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第十五話 Gear up




 色が抜け落ちたように濃い灰霧。

 その一部が形を成して躍り出た。


 それは目に覚えのある人。

 体中から灰の線を引きながら、目にも留まらぬ疾さで動く……超有名プレイヤー。




『よう、ネズミ共ぉ……【死灰】が来たぜ』


『チュチュ!?』




 名を売った訳ではない。だけど売れている。

 ロールプレイをしている訳でもない。だけど誰もが忘れない。

 あくまで自分のやり方と、好む手法でこの世界を駆け抜ける男……【死灰】マグリョウ、その人だ。


 ……正直な所、俺はあの人に憧れている。

 ついでに言えば、そんなプレイヤーは少なくないって話だ。


 このリビハで最も重要な要素である【二つ名】というシステム。

 それを獲得するために必要なのは、知名度とキャラクター性だ。

 しかし、わざわざ名前を売ったりするのは格好悪い事だし、ロールプレイなんて恥が先走って出来やしない。

 そんな風に考える "俺のような奴ら(一般プレイヤー)" が望むのは………… "やりたいように普通にゲームして、なんやかんやで持て囃される" って未来だろう。


 そういった俺たちが考える理想、それを体現しているのが、【死灰】のマグリョウさんのプレイスタイルだ。

 飾らず、媚びず、演出をせず。だけれど鮮烈で印象深く、人目を惹いてはばからない。

 まさしくフリーダム。リビハで一番羨ましい成功の形だ。

 だから憧れ、ああなりたいと思ってしまう。




『……"かげろう"』


『チ、チューッ!』




 そんな彼が持つ二つ名【死灰】。

 それは "灰のオーラを身に纏い、認識阻害を発生させる" というもの。

 一見いたくシンプルで、なおかつ微妙な効果に見えるけど……あの人が使う事で、それは凶悪な効果となる。


 マグリョウさんの職業、軽戦士(フェンサー)

 それは攻撃力特化というより、戦闘特化と呼ぶべき職業。

 軽足と幻惑で翻弄し、一瞬の隙を何度も突いて勝負を決めるタイプの戦士(ファイター)だ。


 そして、そんな軽戦士(フェンサー)と【死灰】が合わされば――それは凶悪な組み合わせに変わる。

 二つ名効果の認識阻害と、軽戦士(フェンサー)スキルの幻影効果。

 それらを灰のフィールドで発動させれば、大体の場合は見失うんだ。




『"きょっこう"』


『チュウチュウー!』


『……馬鹿が、そっちは俺じゃねぇ』




 陽炎かげろう極光きょっこう

 自身の姿をブレさせたり、残像を生んだりする軽戦士(フェンサー)技能(スキル)を巧みに使いながら、ラットマンの群れへと突っ込むマグリョウさん。

 そんな彼が通った後には、死んだり死んでなかったりするラットマンがずらりと倒れて。


 ……やっぱ強い。そして冷たく、かっこいい。

 色んな意味で他を寄せ付けない存在だ。



「…………ん?」



 と、マグリョウさんに夢中になっている俺の視界の片隅に、ちょっとした違和感を見つける。

 彼が支配する場の後方――灰がもくもくとした中で、何かが動いたような気がして。



「……お……?」



 目を凝らす。

 気のせいじゃない。確実にナニカが居る。

 灰色の霧と同じ色で、しかしながらきちんと質量を持ったナニカだ。




「……なんだ? あれ……」




 そうしてじっと見ていた最中に、灰の煙が動きを見せる。

 それはまるで、開放されたダム。一部から溢れ出るように、どばっと何かが吹き出した。



「…………うわ……」



 ……異質。出てきたモノは、そう言うほかないものだった。

 被っているのは灰色のお面。ウサギ、カエル、ゾウにクマなど様々な動物の面。

 そんな風に言ってしまうと、まるで可愛い物に思えるけど……いかんせん()()が酷すぎる。


 右と左のサイズが全然違う両目玉。後頭部にまで裂けた口。欠けた耳にギザギザの歯。

 それらとは逆に何のパーツも存在しない、輪郭だけはキリンっぽいヤツまであって。


 灰の煙から溢れるように飛び出したのは、どれもこれもが歪んだデザインのお面を被り、灰色のローブを羽織る不気味の集団だ。

 あいつらは一体なんだろう。あんなに特徴的なのに、ウワサ一つ聞いた事がないぞ。




『……チ、チィ!?』


『…………』




 仮面の軍勢が一目散に地を駆ける。

 ふとももまで隠すローブのせいで足が見づらく、見下ろすカメラ視点で見ると地面を這っているようだ。

 その上、誰もが一言も喋らないってのが、これまた不気味さを加速させて。


 そんな謎の集団が向かうのは――――

――――独り走って駆け抜ける、【死灰】背中へ真っ直ぐだ。


 あれは、マグリョウさんのパーティメンバーだろうか。

 孤高の軽戦士(フェンサー)がここ一番でソロではない事に、少しばかり落胆した。




『チ……ッ! チチチィ! チチィ!!』


『…………』


『……チ…………ッ……』


『…………』



「……は?」




 自分の口から、思わず疑問の声が漏れる。

 仮面のやつらの行動が、あまりに理解出来なくて。


 動物仮面を被った軍勢は、【死灰】の "エリア" から出てきた。

 それに加えてその色合いは、マグリョウさんと同じ灰色だ。

 そうなってくると、誰でも思うはずだ。

 "ああ、あれは【死灰】の仲間なんだな" と。

 "彼らは今から【死灰】と共闘するんだな" と。

 "ああして【死灰】の下へ行き、協力してラットマンを滅ぼすんだな" と。



 ……しかし、それは全て間違いだった。

 彼らは、先を走る仲間と合流するのではなく。かと言って、援護をするわけでもなく。


 いまなお果敢に斬り込む【死灰】の後ろ。

 決定力に欠ける軽戦士(フェンサー)な彼が残した、()()()()()()

 足を斬られて大地に倒れ、必死に自分を癒やしていたラットマンを――――


――――およそ30居る仮面の軍勢その全てで、袋叩きにしはじめたのだ。




     ◇◇◇




『…………チ……チ……』


『…………』


『………………チ……』




 ……むごい。それしか言葉が出ない。

 いくらムカつくラットマンだからと言っても、()()()()されては同情もする。


 相手は1匹のラットマン。囲んだのは、二重三重にも輪になった仮面の軍勢。

 そしてその全員が、飢えきった獣の様相で、四方八方から手を伸ばす。


 一つの手のひらは剣を刺す。

 殺す意思ではなく害なす意思で、どこでもいいから突き刺して。

 一つの手のひらはぶん殴る。

 顔は遠いと見たのか、ラットマンの脇腹を執拗に殴りつけて。

 一つの手のひらはただ掴む。

 毛を、ヒゲを、口を掴んで……引っ張り、引き裂こうと暴れ回って。

 一つの手のひらは突っ込む。

 目玉に、足の傷口に指を刺しこんで、ねじり入れたらかき混ぜて。



 ……ダメージを与えようとしているのなら。

 殺そうとしているのなら。

 もっと簡単なやり方はあるはずだ。


 ……戦いに勝ちたいのなら。

 リビハを守りたいのなら。

 今すべき事は、そういう事じゃないはずだ。


 しかし彼らがここでするのは、ただの()()()()()()

 叩ける状況に陥ったラットマンを、望むがままにボコボコにして、傷つけたいから傷つけている。


 言わばそれは……『無責任』の極地って所だろうか。

 仮面という『匿名』を被り、周りと見分けがつかないように同じ格好をして。

 勝ちも負けも関係なく、ただただぶち壊しにするだけの、"歩いて跳ねる呪い" のような存在だ。




『ヂャヂャァ!』


『――遅えよボケ。"さみだれ"』


『…………ヂャッ』


『……チュ~!?』




【死灰】が動く。

 2匹まとめて技能(スキル) "さみだれ" による無数の剣閃で退けた。

 1匹は胸を貫かれ、1匹は腹に浅い傷を負う。


――――取りこぼし。殺しそこない。

 2匹の内の片割れが、ギリギリ生き残ってしまった。


 それは九死に一生を得たように見えて……その実、バッドエンドへの片道切符だ。




『チュ……チュ~ッ!』


『…………』




 ……仮面が見る。転んだラットマンを。

 ……ラットマンが見る。自分を見ている仮面の軍勢を。


 そして無数の手が伸びた。無言で迫る悪意の手。

 必死に逃れようとするラットマンだったけど、一つの手のひらがブーツの紐に指を引っ掛け、転ばせた。


 ああ。

 もう駄目だ。もう無理だ。あいつは終わる。


 冥府から伸び出た亡者の手が、生者を沼へと引きずり込む。

 灰色仮面の軍勢に、頭の先まで飲み込まれていく。




『ヂュヂヂュゥ!』


『…………』




 と。

 近くにいた1匹のラットマンが、仮面の軍勢に向かって弓を構える。

 そして放った矢は、ひとかたまりとなった灰色に向かって、真っ直ぐ飛び――――誰かに突き刺さった。




『ヂュッヂュゥ! ヂュゥ!』


『…………』


『……ヂュ?』




 確かに、刺さった。

 そしてその証拠に、放たれた矢は地面に落ちず、灰色の一団の一部から斜めに向かって突き出ている。


 ……しかし、影響は無い。

 刺さった者。刺さってない者。誰もが()()を意に介さない。

 そんな出来事は二の次だとでも言わんばかりに、目の前のラットマンを壊すことを継続している。



『ヂュ……!? ヂュヂュ!?』



 矢を放ったラットマンの困惑をよそに、囲まれたラットマンが()()()()()行く。


 自分が怪我をするよりも。

 隣の誰かがやられるよりも。


 それより何より、痛めつけたい。崩したい。壊したい。

 何もかも壊して、台無しにしてやりたい。


 そんな悪意と害意をミキシングしたどす黒い汚泥の精神が、モニターから溢れ出ているようで。



「…………えぅっ……ぅぇ……」



 俺の近くでモニターを見ていた少女が、口に手を当てて、えづく。

 そりゃそうなるよな。こんなのもう、色んな意味でのグロ動画なんだから。

 俺も少し気分が悪い感じがする。


 涙を零してこちらを見つめ、何かを叫ぶラットマン。

 空に向かって伸ばした腕は、虚しく空振り灰に飲まれる。


 一瞬でも隙を見せたら、これ以上ないほど壊される。死ぬより無残に壊される。

 それは粘つく炎のように、毛の一本まで余すことなく焼け落とすまで、止まらない。

 彼らが貪り喰らったその後は、灰のひとひらも残らない。




『……チュ…………』


『…………』




 ラットマンが死亡判定を受け、死に戻る。

 無事な部分がないほどボロボロになりながら、ようやく死ねると微笑んで。


 そうして消え行く間にも、仮面の軍勢は手を止めなかった。

 霞んで行く死体を叩き、刺し、砕いて――――とうとうすっかり消え去った後も、しばらく地面を踏んづけて。



 …………頬が引きつる。いくらなんでも行きすぎだ。

 強いとか弱いとかじゃなく、ヤバいとしか言いようがない。


 あれは毒だ。劇毒の空気だ。

 今はたまたま()()()へ向かって流れてるってだけの、人の手に負えない悪意のうねりだ。



『チ……チチチ……』



 そんなおぞましい私刑リンチに怯えた複数のラットマンが、後ずさりをし始める。

 ……そうなるのも仕方ない。

 モニターで見ている俺たちですら、こうまで衝撃的なんだ。

 あの場にいる奴らの恐怖は、計り知れないものだろう。まるきり他人事じゃない訳だしさ。




『チチ…………』


――――ガヂャッ!


『チッ!?』




 そうして後ろに逃げ出したラットマンの足元から、鉄がぶつかりあうような音がした。

 驚きと痛みで声をあげたラットマンが下を見ると、そこにあるのは。



…………()()()()()()、"足止めの罠(トラバサミ)" 。




 ……最悪だ。最悪中の最悪だ。

 今この時において、一番に避けねばならない事が、ここに起こってしまった。



『チ……ッ! チィィ~ッ!!』



 がしゃ、がしゃと暴れるラットマン。

 しかし、ガチりと閉じた鉄の大アゴは、固く硬く閉じたままで。



『……チ……』



 種族が違っていてもわかる、泣きそうな顔。懇願するような顔。

 そんな囚われのラットマンが背後に何かを感じ取り、おそるおそる後ろを振り向く。









『…………』





――――仮面の軍勢が、見ていた。





『………………ッ……』


「……ひっ」




 すでに消えた死体の痕を、狂ったように踏みつけていたそいつらが。

 顔をぴたりとラットマンに向けて、じぃっとじぃっと見つめ続けて。



 ……そして、ひたりと足を踏み出す。

 新たな獲物を掴もうと、無数の手を伸ばして迫る。




『チ…………! チィ! チチチィ!! チィ~ッ!!』


『…………』




 仮面が来る。地面を滑るように。

 トラバサミは外れない。血で染まり、肉が削げようとも、骨まで噛み付くアギトは獲物を離さない。

 必死な顔で辺りを見回し、だけれど周りのラットマンはすっかり居なくて。


 聞こえる。地面をすり足するような音。

 それは徐々に大きくなって、埃っぽい灰の香りすらも漂うようで。


 首を振る。ぶんぶん振る。

 この状況を嫌うように。これから起こる事を拒絶するように。

 壊れたようにぶんぶん振って、涙を零してチィチィ叫ぶ。




『――――チ――……』


『…………』




 ……そんな涙で濡れた顔を、たくさんの手が捕まえた。


 足を怪我したラットマンが、沈痛の表情で無数の手の中に引きずり込まれていく。

 そんな哀れなその生き物を、俺はとうとう見ていられなくなって……思わず目を逸らしてしまった。




 ……なぁ、【死灰】のマグリョウさん。


 アンタ一体、何を連れてきたんだよ。




     ◇◇◇





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