第十四話 Take off
□■□ 首都中央噴水広場 □■□
「……うっし、そんじゃぼちぼち行ってくるわ」
「……うい」
「……その……なんつーか…………あんま気にすんなよ、"モリヒト"」
「…………うい」
「…………じゃあな」
そう言いながら、遠慮がちに立ち去るフレンドの背中を見つめる。
あいつは今から戦場へ行く。俺が行けない戦場に。
本当は、ずっと一緒にリビハで遊んでいた友人として、あいつと一緒に戦いたかった。
肩を並べて、互いを守って、ラットマンとのガチバトルに熱をあげたかった。
……けど、駄目だ。
どうにも足が動かないんだ。
―――― "ラットマンにキルされたくない" と訴える体が、言う事を聞いてくれなくて。
ダイブしている俺の心が、そうしてダウンしてるから……"モリヒト" というゲームのキャラクターアバターも、こうして動けなくなってるんだ。
◇◇◇
「……はぁ……」
普段よりずいぶん人気の少ない、首都の噴水広場をぼーっと眺めていると、知らずの内にため息が出た。
今頃みんなは戦っているんだろう。あの腐れラットマン共と。
そんなクライマックスイベントの中で、俺や周囲に居る奴らときたら……誰も彼もが伏し目がちに俯いて、精気の無いまま座り込んでいる。
……ここに居るのは、『脱落者』。
ラットマンやらリザードマンに殺されて、恐怖で立てなくなった敗北者たちだ。
そんな無様でありながら、懲りずにリビハにダイブするのは……救いを求めての事なのか、それとも利口な判断すらも出来なくなった精神的致命傷の証か。
どっちだかはわからんけれど、とにかく居るだけ。ダイブするだけ。
『外来種』共が消え去ったら立てるかもしれないし、そのうちふわっとダイブアウトして、二度と戻って来ないかもしれない。
そんな、誰にも何の影響もおよぼす事のない……ただのモブキャラで脇役の木っ端。
混じりっけなしの一般プレイヤーで、主役になれない終わった存在。
それがここにいる『脱落者』たちだ。
◇◇◇
――――ヴン、と音がした。
それは空から鳴る音で、目に覚えのある物から出た音だ。
……あれは、モニター。
海岸地帯にシマリスっぽいドラゴンが現れた際に使われた、リビハ運営のライブ配信だ。
『全軍――――突撃ぃぃっ!!』
『チャージ!』『行くぞオラァ!!』『ぶちかませえっ!!』
……おお、すごい。
高そうな鎧に身を包み、技能で呼んだ騎乗生物に乗った騎乗持ちの戦列。
そんな上級プレイヤーたちが、横一列に並んで力強く突進をしてる。
そうして蹴散らす背後には、闘志に燃えるプレイヤーたちが吠えながら全力ダッシュして。
もう始まってたのか。ラットマンとの最終決戦という、リビハの最大で最後の戦い。
『技能、忠義の突撃槍ッ!!』
『ヂヂュゥ~ッ!』
『正義ィィーッ! さんじょおおーッ!!』
そんな苛烈な奴らの中でも、特に目立つのが【正義】のクリムゾンだ。
手に閉じた雨傘のような黒い槍を構え、一心不乱にラットマンを蹴散らして。
真っ赤な鎧に身を包み、輝く金髪をなびかせながら、目に見えてプレイヤーの旗印である様は――――まさしく "Re:behindの主人公" 。
憧れつつ、苦々しくも思ってしまう。そうなりたかったけど、なれなかった自分がクッソ惨めで。
……と、不意にカメラが引きを見せた。
空から撮った、広域を映す視点だ。
そうして上から見てみると、クリムゾンの異常さがよりいっそうに理解出来た。
それは破竹の勢いというか、海を割るモーゼ。
黒っぽいラットマンの群れの中を、真っ赤なオーラのホウキで掃いているような、そんな感じの無双ぶりだ。
……やっぱすごいな。有名プレイヤーってのは。
呆れるほどに強力だ。同じゲームをやってるとは思えないほどに。
「…………お?」
そんな事を考えていると、カメラの引きが加速して――――今度はまるで別の地点を拡大し始める。
……なんだ? ここ。
首都から見れば右の奥。見えるのは、黒い絨毯のように広がるラットマン勢、そして枯れた草とゴツゴツした岩ばかり。
主戦場とはほど遠い、へんぴで僻地な地点だ。
どうしてここを映す?
数えきれないほどのラットマンは居るものの、プレイヤーの姿なんてどこにも…………
『ひぃ~、た、たすけてくれ~』
『チューチュー!』
『しにたくねえよぉ~オヒョヒョ』
……居た。一人だけ。
大きめのバックパック、腰のピッケル、体中につけた遠見鏡やポーション類。
テンプレな冒険者っぽい服装をして、情けない顔で逃げ回るプレイヤーだ。
そうして逃げるプレイヤーの後ろには、ぞろぞろと大量のラットマンが居る。
こんな所で孤立していた獲物を見つけて、愉悦にネズミ面を歪ませながら追いたてて。
……なんだ、これ。プレイヤーの殺戮ショーか? 趣味悪いな。
『――おけ』
『――――"イ6番"』
『――――"ハ2番" ……SCSC』
『おい、AoE設置やめろつったろ。邪魔くせえ』
『よく見ろカス。"ハ2番" はキャンセルしたっつーの。残3秒だボケ』
『漏らしある、11時奥』
『俺やるわ』
逃げ回るプレイヤーがラットマンに追いつかれ、あわや終わりかと思われたその瞬間。
"イ6番" や "ハ2番" という声と共に、その両脇――――枯れた草薮の中から、大量の範囲攻撃スペルが飛び出した。
そうした唐突の次に来るのは、その魔術を追いかけるようにして姿を現す無数のプレイヤーたちだ。
各々が持った武器で、盛り上がったり盛り下がったりもせずにラットマンを殺してまわる。
……誰だ? あいつら。めちゃくちゃ強い。
よく見れば装備も地味ながらに強力そうな物ばかりで、動きも並のものじゃないけど……それにしては、見たことも聞いたこともないような姿格好のプレイヤーたちだ。
『グッキルグッキル』
『10ダウン? ええやん……』
『JB-2ロケット申請するわ』
『それ別ゲー』
『ヘクステック・プロトベルト買ってくる』
『それも別ゲー』
『バフくれ』
『ATK?』
『ATK』
『おけ』
『"地の魔宝石" 落ちねぇな、使えねー』
『外周のデバッファー釣りきれた?』
『ちょい残りっぽいお』
『どの辺? "ハメ太" に言っとく』
『2列目くらいの赤毛・両腰に小剣の鞘付きだお』
『あいよ、飛ばすわ』
『これで今何キル?』
『わかんね。スコアボード欲しいな』
『やだよ、キャスにKSされまくってんのに』
『ハゲドー』
……作業。そんな言葉が頭をよぎる。
剣を振る時、魔法を出す時。表情に変化は一切なくて、感情はどこにも見えやしない。
彼らがするのは "殺す" ではなく、"HPを削りきる" だけって感じの、あくまでゲームで敵キャラを倒す行動だ。
それに加えて、魔法の名前も冷たく、端的。
発露した効果は、小規模範囲に電撃の嵐を生むものと、大地を溶岩のように煮立たせるもの。
どちらもサンダーストームとかヘルファイアとか言ってもよさそうな物なのに、彼らが言ったのは "イ6番" と "ハ2番" だ。
それはきっと彼らにだけわかる、出来る限りに短縮させて、効率だけを求める名称。
見栄えも印象深さも不要で、とにかく数値のダメージを与えられればいいって感じのやり方。
全てが事務的で、情の感じない狩りざま。
遠距離から崩し、全員で囲み、格好つけたり楽しんだりする事もなく、最短距離で命を止めに行く。
それをする彼らは、まるで一つの生き物かのように、全員が自分の役割をスムーズにこなして。
『ん~、"釣り野伏" は感づかれたかね?』
『漏らしは無いからまだ行けそうだけど、ぼちぼち切り込んでも良いかもしれんな。こっちの本隊動いたくさい』
『あ、ストップ。"音拾い" するわ』
一人のプレイヤーがそう言うと、全員の時が止まったかのようにぴたりと静止した。
まるでその全員が精密機械。長くて濃い歴戦を感じさせる反応速度とチームワークだ。
そうして物音が消えた中で、"音拾いをする" と言い出したプレイヤーが地面に耳を押し当てる。
笛を手に持ち、身軽な装備をしている所からみて、あれは吟遊詩人だろうか。
……吟遊詩人にあんなスキルあったかな?
もしかすると、情報が出揃っていないほどの高レベルなのかもしれない。
あの吟遊詩人も、そして他の全員も。
『――後続。複数だね。15か16』
『重いのは?』
『速くて重いのと、遅くて重いの居る。どうするリーダー?』
『足拘束は5まで行けるぞ。口までやるなら2が限界』
『ん~……いいや。ガチタン相手はめんどくせえし効率悪い。"沼" で足止めして場所変えるぞ』
『どっち?』
『空からC行って第一、第三と第二PTで分かれて挟撃』
『第二ミドル?』
『第二ミドル』
『あいよ、レビ』
『レビ』
『レビですよ、神』
『そのままイニシエートな。死んだ雑魚はクラン抜けろ』
『上等だし』
『当たり前だよなぁ?』
どうにも "音拾い" とやらは索敵技能か何からしい。
そんなスキルの報を受けた彼らは "レビ" とだけ呟き、全員が空へと舞い上がる。
……正直、彼らが何を言ってるのかほとんど理解出来ない。
ただ伝わるのは、あの集団がこういう状況に、ずいぶんと慣れているって事だけだ。
『本隊どうなってんのかな』
『ぼくが予約した正義さんのふくらはぎは無事かお?』
『消し炭になってもいいけど、二の腕だけは残ってくれよな~頼むよ~』
『部位フェチと "死体性愛" を同居させてんのかコイツ。マジきめぇ』
『つっても数差400くらいっしょ? やり方次第じゃねーの』
『二つ名効果モリモリ【正義】のAll-in見てみたいけどなぁ』
『動画上がるっしょ』
『ああ、多分な。今も俺ら撮られてるし』
『……はぁ? マジかよ "****"』
『ソースどこよリーダー』
『いや、空見ろし』
リーダーと呼ばれた白ローブの男が、こちらを見ながらそう言った。
……あれほど大きなモニターなのに、彼以外は気づいてなかったのか。
それほど目の前の敵に集中していたのだろうか。
そうして指差された "カメラ側" を、その周辺のプレイヤーたちがジロリと見つめる。
…………全員目つきがクソ悪い。モニター越しで目があっている錯覚に、ぴりりとした緊迫感を感じてしまう。
『ざっけんな! 勝手に撮ってんじゃねーぞボケコラカスゥ!』
『誰に許可得てやってんだよハゲ。公式晒しとか笑えねーぞ』
『あ、すまん。俺が許可したんだわ』
『マジかよ "****"』
『勝手スギィ!』
『許可したって、誰にしたんですかねぇ』
『何度も言ってるだろ。頭の中に聞こえる "神の声" だよ』
『うわ……』
『出た出た……』
『いや、マジなんだって。"SG-01 Io" って言うんだよ。甘えて来て可愛いんだぜ?』
『……ヒエ~……引くわ~超引くわ~』
『こっわ』
『ヤバスギでしょ』
『病院行けよ』
あの白ローブがあの集団のリーダーなのだろうか。
戦闘や会話なんかの中心に、あの男が居る気がする。
だけど、尊敬とかはされてないみたいだ。
色々と酷い事を言われてる。
『……あ、はぐれ4』
『飛び道具でいいっしょ』
『――――俺』
『ちょ、降りるのかよ "聖徳太子"』
『跳ねてんなアイツ。飛び直しの魔力無駄になるぞ』
『やる気勢ですね~』
そうした会話の最中に、大地を歩く少数のラットマン集団を見つけたようだ。
空を飛ぶプレイヤーたちが、各々投げナイフや弓を構えて――――しかし、それを追い越すようにして、一人のプレイヤーが飛び出した。
……信じられないほど鋭い動き。4匹のラットマンなど物の数ではないとばかりに、一瞬で全滅させた。
すごいなあの人。あの熟練者集団の中でも、とびきりに強そうだ。
『……おい、撮ってるヤツ! こっちはいいから別のとこ映せやハゲ!』
『なになに? いきなりどしたん?』
『別のとこってどこだよ』
『つまり "聖徳太子" は、主戦場で戦う女子のパンチラとかを映せと言っているんじゃね?』
『なる。百里あるわ』
『はよして』
『ちっげえよハゲ! ……おい! 【死灰】もどっかでやってんだろ? あいつ映せオラ!』
『……ああ、そっちね』
『"聖徳太子" はホント【死灰】が大好きなんだお~』
『は? 殺すぞハゲ』
『な……! や、やんのかお!!』
"タイシ" と呼ばれた男が、"カメラ側" に向かって吠える。
それを受けてか、たまたまか……カメラが移動を開始した。
周りの仲間がそんな彼を茶化している姿が、ぐぐっと一息に離れていく。
そして、今までの場所のちょうど反対あたり――――プレイヤーから見て左側にカメラが寄り始めた。
……遠目でもわかる、その色合い。
地面に落っこちた雲のようにもくもくとした、灰が舞い上がる場所。
俺は知ってる。誰でも知ってる。あれはあの人のフィールドだ。
『――――ははっ!』
灰の中から飛び出すのは、同じく灰色のひとかたまり。
髪、目、服……そして剣に至るまで、全てが灰色のプレイヤー。
――――【死灰】。
【迷宮探索者】で竜殺し。
誰もが認める最強のソロプレイヤー、【死灰】のマグリョウがそこに居た。
◇◇◇
・作中で言及されない用語(読まなくとも良いもの)
・『――――"ハ2番" ……SCSC』
地面を沸騰させるスペル。恒久的に変化させるのではなく、スペル発動中だけ変えるタイプ。
"SC" はスペル・クローズ。
・『バフくれ』『ATK?』『ATK』
強化効果を及ぼすスキルやスペルを求める言葉。
クラン『ああああ』のバッファー(バフをかける役割の者)は、攻撃力を上昇させる『ATK-buff』と、防御力を向上させる『DEF-buff』2種のセットを用意しているため、どちらをかけるか聞いた。
・『やだよ、キャスにKSされまくってんのに』
Kill Steal。とどめを奪われる事。キャスとはスペルキャスターの意。
・『空からC行って第一、第三と第二PTで分かれて挟撃』『第二ミドル?』
スペル "レビテーション" で飛んで移動し、あらかじめ設定した後方合流地点のCポイントから攻め込もう という内容。
耐久力重視の第二PTがミドル(真正面の意味)から突っ込み、それぞれ機動力と火力の別PTでサイドから打撃を加えるのが彼らの常勝パターン。
・『そのままイニシエートな。死んだ雑魚はクラン抜けろ』
イニシエート=集団戦・乱戦。一撃離脱ではなく、足を止めてのぶつかり合い。
ちなみにそこで死んだメンバーは、何だかんだで抜けない。
・『二つ名効果モリモリ【正義】のAll-in見てみたいけどなぁ』
All-in=全力や全開。
彼らガチ勢は "二つ名効果" というリビハ独自のゲームシステムを嫌ってはいるが、ゲーマーなので興味は人一倍持つ。
・『ん~……いいや。ガチタン相手はめんどくせえし効率悪い』
とにかく防御に特化したタンク(壁役)の事。
本来はこのようなゲームで使うものではないが、語感が良いので彼らは使う。するとアーマードコアの新作が出る。