第十一話 【天球】よ、龍に届いているか 上
□■□ Re:behind首都西 荒野エリア □■□
「諸君。親愛なるRe:behindプレイヤー諸君」
足が多くてキモめな馬に乗るクリムゾンが、真っ直ぐこちらを見て語りだす。
「――――見よ、あの青空を。今日も太陽はさんさんと照りつけ、風は我らをくすぐって。いつも通りのお天気だけど、いつも以上に今日はいい日だ。今までにない幸せな日和だ。なぜなら今日こそ、明日の憂いが消え去る日なのだから」
その向こうには、地を覆う黒波みたいな大軍勢。
『外来種』であるラットマンが、波打つように蠢いて。
「襲い来る脅威に怯える時があっただろう。暗雲立ち込める未来を憂いて、心置きなくリビハが出来なかったりもしただろう。明日にもこのゲームが終わるかもしれないと考え込んで、どうしようもなく胸を痛くした事があっただろう。
しかし、それも今日でおしまいだ。おしまいにするのだ。ここに居る我らで、今日で全てを終わらせるのだ。明日にかかったどんより雲を、みんなの力で晴らすのだっ!
――――見よ! あの空をっ! どこまでも爽やかな日本晴は、未来にかかる黒雲なんてありはしないっ!
――――見よ! この大地を! どちらを見ても精鋭ばかりの、リビハを救いに列挙した勇者たちの戦陣をっ!
これぞまさしく救世万端! 総力戦で、決戦だっ!
今日こそ全てに終止符を打ち、未来永劫語られる『Re:behind最終決戦』日和なのだぁっ!!」
そうして掲げた剣刃に、陽光がぴかっときらめいた。
今日はいよいよ勝負の日。
泣いても笑ってもこれが最後の、ラットマンとの最後の戦いだ。
◇◇◇
リビハプレイヤー軍、暫定総大将。
真っ赤な鎧とキラキラ光る金髪の、名実共にトッププレイヤーである【正義】のクリムゾン。
そんな彼女が声を張り上げ、集ったプレイヤーたちをつたなく鼓舞する。
そしてその周囲には、トップクラン『正義の旗』の面々がずらりと並び、後ろ手に手を組んで胸を張って。
「明日を決めるは今日にあり! 自らの手で、明日を決めるのだ!
我らが愛したリビハの命運は――――他の誰でもない! 諸君と我らの双肩に! かかっているのだあっ!」
「オオッ!」「ウオーッ!」「いいぞぉ! 正義さぁん!」
なんて言えばいいんだろう。
……凄く、らしい。
そしてそうだからこそ、見ている人々をその気にさせる事が出来るのかなと思う。
「明日も楽しくリビハをするため! 隣の誰かと手を取り合いながら、今日と同じくお日様の下で並び立っていられるよう! 誰かと繋いでいたいと願ったその手でもって、今日の勝利を掴み取るのだっ!!」
これから起こる色々は、あくまでゲームの出来事で、現実の命にはさほど影響は無い。
だからこれは、ただのワガママ。
もっとゲームがしたいよっていうだけの、子供の駄々の延長上にある物で。
そうだからこそ私は、【天球】スピカは。
一生懸命やりたいって思う。
楽しい今を守るため、この世界のみんなで頑張りたいなって。
たかがゲームをするために。
自分が楽しいなって思える事をするために。
これからもずっとするために。
今の自分に出来る、全部を込めて。
「――――戦旗を掲げよっ! たなびかせえっ!!」
例えそれが、『誰かが作り出した本気にならなきゃいけない場面』であったとしても。
仮想世界の "キャラクター" と、現実世界の "キャラクターの中の人" が持てる力をあるだけ全部発揮して、何かに向かって頑張るっていうことは。
「スピカ氏っ! よろしいですかな?」
「……ん」
「承知でござる! ええいっ!」
「……僕もやりたかったデュフ。スピカちゃんデザインの、旗持ちの役目」
「これはそれがしが承った責務でござる! キムォータ殿に譲る訳には行かないのですぞ!」
こうまで世界が輝いて、自分が一番星になったかのように思えるのだから。
『新着サポート情報っ! クラン "ああああ" が行動開始だよ! プレイヤーネーム スピカ!』
『信号確認ー! スピカデザインでナウでヤングな、追加の旗がもうすぐ届くよー! 後ろを向いてー? プレイヤーネーム スピカ!』
「…………うるさい」
『――システム・メッセージをオフにしますか?』
『――システム・メッセージをオフにしますか?』
「……しない」
『はぁい! 了解!』
『はーい! 了解!』
◇◇◇
◇◇◇
□■□ 少し前 □■□
□■□ Re:behind 首都 『よろず屋 カニャニャック・クリニック』 □■□
「……うん、ふむん。ほほう、ほうほう。そうかい、なるほど、なるほどね。ふふ……それはとても恐ろしく、かつ素晴らしい妙案だね」
「…………」
「しかし、その『仮面』とやらを製作するのは…………おや? おやおや? ほほう! そうかいそうかい! レイナさんにねぇ!」
「…………」
「いやはや、まさか君が彼女に協力を仰ぐとは。久しぶりに驚かされてしまったよ、くふふふ」
「…………」
「……いよいよ腹をくくったのかい? ……うんうん……なぁに、大丈夫さ。きっと彼女なら、マグリョウの血肉の一片までをも愛してくれるよ。くふふ」
「…………」
「…………あらら、切られてしまったよ。もうちょっと遊びたかったというのに」
タテコさんが訪れ、そして去ってしばらくした後。
スペル『光球』で色んな模様を作りながら、だらだらと考え事をしていた私を他所にして、カニャニャックが『セーフエリア通信』で通話をしていた。
相手は【死灰】、マグリョウ。
ソロを好み、この私――――みんなのアイドル【天球】スピカに目もくれないあいつだけれど、ここにいるカニャニャックとだけは仲良しだから、『セーフエリア通信』とかもしたりするんだ。
と言っても、ずいぶんこの店にいるけれど、マグリョウとカニャニャックの『セーフエリア通信』を見たのは数えるほどだ。
……一体何の話かな。気になっちゃうな。
「…………」
「何の話? とでも言いたげな顔だね、スピカ」
「……肯定」
「ふふ……いやなに。何でもマグリョウは、此度の争いに勝つため、自分でも出来る事は何かないかと考えていてね」
「…………」
「自分一人の戦いならば、千を相手取っても勝てる自信があったようだけど――今は多数戦のイベントだ。とにもかくにも数差の著しいあちらとこちら、その不利を何とかしようとマグリョウは考えた。しかし彼には友達が、サクリファクトくん一人しかいない。その上知らない人に話しかけるなんて、とてもじゃないけど出来やしない。コミュニケーションが苦手な彼には、誰かに助力を乞う事は不可能だったんだ」
うん、まぁ……うん。
そりゃあそうでしょ。だってマグリョウだもん。
いつでも不遜で傲慢で、どこでも殺意でヒリヒリしてる、『殺す』と『無視』の選択肢しか持ってない奴だもん。
そんな、小動物くらいなら視線だけで殺せそうなほど物騒な男が、誰かに頭を下げて協力を頼むなんて――――それこそ天地がひっくり返ったって無い事だって言い切れるよ。
「だから彼は、自分と同じような日陰者である『匿名掲示板群の名無したち』をその気にさせたみたいだね。彼らが好むようなスタンスを提示して、彼らが存分に暴れられる舞台を用意をして、ね」
「…………」
「……ふふ。持った繋がりは『害意』だけ。全員てんでバラバラの、好き放題をするだけの迷惑集団。仲間や戦友と呼べるものでは無いけれど、それでもラットマンを殺す劇物であることには変わりない」
「…………劇物」
「目には目を。殺意には殺意を。それが何より好きなマグリョウだから、自分たちを飲み込もうとする害意には、より一層の害意で対抗しようとしたのかもしれないね」
「…………」
「"『ゲート』を守ろう" とするのではなく、"そうなる前に皆殺しにしよう" と考える辺りが、とても彼らしいと私は思うのさ」
◇◇◇
「…………」
「……ふぅ、ふぅ」
カニャニャックが持つビーカーが、ぷくぷく音をたて、茶色い湯気をあげる。
そうして慌てる謎の液体を落ち着かせるように軽く息を吐きかける彼女を見ながら、ぼーっと考える。
……マグリョウも、タテコさんも、現状に何かを思い……何かをしようとしてる。
そしてそれは、他の人たちも同じだと思う。
クラン『正義の旗』に集まった、七人の私たち。
このRe:behindで最も有名で、最もいずれかの力を持っている存在――【竜殺しの七人】。
そんなトッププレイヤーのそれぞれが、今自分に出来る事を、精一杯して頑張ってる。
……私は、【天球】は、どうしよう。
先日の防衛戦でも、私はそれなりに頑張った。
守るべきものを『光球』で守り、『夏空』とかで出来る限りをした。
…………でも、結果は微妙だった。
全部を守りきれたなんて、とてもじゃないけど言えないんだ。
いくら私が『絶対防御の【天球】スピカ』と呼ばれる存在だとしても、それは見える範囲でという話だ。
背丈・装備・動作――――その全てが似通った、"ラットマン" と "プレイヤー" の区別をつけるのは、ジト目でなくても難しかった。
あちらとこちらの色彩入り乱れる大戦場。
どこを守れば良いのかがわからなければ、守護の星座はまたたけない。
だから私は考える。
必要だったのは、目印だ。
どこに守るべき味方がいて、どこに滅ぼすべき敵がいるのかをわかりやすくする、目印。
そしてそれを統率する――――ううん、統率じゃなくたっていい。
意思の疎通が出来るのならば、あとは勝手にまとまるはずだ。
だから、そういうもの……例えば、今カニャニャックがしていた『セーフエリア通信』のような、簡単で簡素な伝達手段があったなら。
そんな2つがあったなら、きっと私はきちんと『絶対防御』を披露出来るし、そうならきっと、数で負けてるプレイヤーだって……やられてばかりにはならないんだ。
「……ふぅ……ふぅ」
……思い返すのは、『正義の旗』でのみんなの表情。
強い意思を固めたような顔だった【正義】のクリムゾン。
面白い事を思いついたような【殺界】ジサツシマス。
目をつむり、覚悟を決めたような雰囲気だった【金王】アレクサンドロス。
そして、流星より鋭い視線で決心をしていた……灰色の男。
人見知りでひとりぼっちながらはそのままに、きちんと自分に出来る最大限を頑張った、【死灰】のマグリョウ。
誰も彼もが、あいつの――――サクリファクトのひたむきな姿に何かを感じて、出来る限りを頑張って。
「…………」
そんな今、いつも通りのジト目で無口な私は。
一体何をどうすれば、みんなの役に立てるのかな。
『絶対防御』の星空で、守るべき所とそうじゃない所。
それらをはっきりさせながら、互いを繋げて地上の星座となる手段。
"スピカ" にしか出来なくて、"スピカ" だからこそ目一杯に出来る事。
……う~ん。
やっぱり何も思いつかないや。
だからこうしてだらだらと、考えにふけってばっかりなんだ。
◇◇◇