第四話 毒・薬・ロラロニー
□■□ 首都東 海岸地帯 □■□
「ピラニア、ピラニア、昆布? ピラニア…………」
「ピラニアは淡水魚だった筈だから厳密には違うんだろうけど、それにしたってコイツばっかだな。近海はそうなのかね?」
「何かに使えねぇかな、コイツ。治癒のポーションになったりよぉ」
「なって毒薬だろ、この見た目だぜ」
網から溢れんばかりの大漁の魚。
その目に見える成果におおはしゃぎだった俺たちは、今では明らかにテンションが下がっている。
色とりどりだったのはただの個体差で、殆どが『雑食』であろう、ギザギザの牙にぷっくりした体のピラニア風モンスターだったからだ。
陸地に揚げられているのにも関わらず、手を出すと必死に噛み付いてこようとするので、剣を持つ俺と"リュウジロウ"の二人で選定作業をしている。
女性陣二人とキキョウは、珊瑚をひっくり返したり削ったりして遊んでるみたいだ。
「はぁ……なぁんか……思ってた感じと違ぇや。俺っちはもっとマグロだのカンパチだのがかかると思ってたんだがなぁ」
「他のプレイヤーがやってないって事は、面白くない結果にしかならんって事なんじゃねーの?」
「そう言われちゃあ、そうなんだけどよぉ」
この世界は昨日今日始まった訳じゃないからな。
ここに海があるって知られてるって事は、何が獲れてどうなるかってのを誰かが試した後って事だろ。
未開拓地域ならまだしも、情報があるって事は……そういう事なんだろうな。残念だけどさ。
「毒にも薬にもなりやしねぇ、おんなじ魚ばっかしで…………ん? おう、"サクリファクト"、こいつを見ろよぃ」
「ん~? ……何だこれ、ホタテみたいだな」
「ホタテか…………こいつは食えるんじゃねぇか!?」
「まぁ、食えるだろうけど…………金になるモン探しにきたんじゃねーのかよ」
確かこういう、白っぽい殻が二枚重なってる貝を『ホタテ』って言った気がするぜ。
中身しか見た事はないが、刺し身で食べればねっとりと、焼けばホロホロ崩れる甘い身は醤油と相性抜群なんだよな。
…………そんな事考えてたら、元々変に期待してたせいで美味い物を食う準備をしてた胃が、くるくる声を鳴らす。
いや、本来は金を稼ぐ為の投げ網漁だったけど…………俺も、リュウの事言えないな。
「いいじゃねぇか、上等だぜこりゃ! でけぇし重い! 他にもあるんじゃねぇかっ!?」
「貝類は結構あるな……これは、石か? ……にしては、感触が……」
「おやおや、それは『牡蠣』ですね」
「うわっ! な、なんだよキキョウかよ」
「『海のミルク』とも呼ばれるそれは、ぷりっとした身を噛むと海を感じさせる塩気を含んだジューシーなエキスが口内に広がり、貝類とは思えない濃厚な味わいなんですよ」
「そ、そうか。つーか近いわ」
いつの間にかすぐ後ろに立っていたキキョウが少し興奮気味に語る。
牡蠣、好きなのか? こいつも何だかんだで食う事を期待してるじゃねーか。
「おおっ! 何だよ、魚は全滅でもそれ以外はいいじゃねぇの! じゃあこれはなんだよ、キキョウっ!!」
「それは恐らく、腐った木の実ですね」
「おおっ! ……ってなんでぃっ!! 腐ったゴミかよっ!!」
取り戻した元気の行き場を失くしたリュウが、丸くて黒いゴミのような物体を森にぶん投げる。
真っ直ぐ飛んだソレは、木に当たってペチャっと音を立てた。
…………森のカミサマに怒られても知らねーぞ。
◇◇◇
「結構あったじゃねぇか、食えそうなモンが!」
「ホタテに牡蠣に、小さいカニか…………昆布も食うのか?」
「なんとなくもったいないよね~、出汁でも取る?」
「私、お母さんに教わってるからお料理出来るよ~」
ずらりと並べた『比較的マシな物』を見る。
大体がピラニアで占められていた投げ網には、海底にくっついていたであろう貝類や小ぶりなカニが少しかかっていた。
大漁とまでは行かないまでも、貝が十つにカニが四匹なら上々なのかもしれないな。
「よし、早速食おうぜっ」
「一応薪は拾ってきたけど…………網とかないよ?」
「焚き火に直で突っ込むのか? こういう時ってどうするものなんだ? さっぱりわからん」
「ふふふ、私に丁度いいものがありますよ」
そう言ってキキョウがストレージに手を突っ込む。
用意がいいのは嬉しい事だ。
一体何を取り出すのかと見つめていると…………ストレージから引っこ抜いたその手に持つのは、薄っすら発光する鉄板だった。
「なんだそれ? ちょっと光ってるぞ」
「ふふふ、ミスリル製の板です」
「ええっ!? 高級品じゃん!! しかも結構大きいし!! キキョウそれどうしたのっ」
「注文がキャンセルになったと嘆く武具屋の方がおりましてね。行き先を失って処分に困っていた物を、相場より安い値で譲って頂いたのですよ」
「綺麗だね~、きらきらしているよ」
「ええ、きらきらしているので、私がお店を持った際の看板にでもしようかと思いまして」
大体の店が木の看板の所で、一店舗だけミスリルの光る看板だったら……そりゃあ目立つだろうけど。
安い物でもないのによくやるなぁ。
あぁ、求める人に売れば差額で儲かるって考えもあっての事か。
「おあつらえ向きのサイズだなっ! よっしゃ、焼こうぜ食おうぜっ!!」
辛抱が出来ないリュウに急かされ、早速海鮮バーベキューの準備に取り掛かる俺たち。
背後には凶暴なピラニアがピチピチしてるけど、こちらだけ見れば至って平和な時間だ。
◇◇◇
「いただきま~す!!」
「いただきやすっ!!」
ミスリルの火耐性のお蔭で全然火が通らないというトラブルはあったが、なんだかんだでジュージュー言い出した貝を、木の枝ですくい上げてみる。
一口に収まりきらない程のサイズを持つホタテの身は、ただ焼いただけなのに芳醇な香りを漂わせ、小枝が折れてしまいそうなボリューム感だ。
乳白色とも言える淡い色に、ついさっきまで厳しい自然の中に身を置いていた力強さを新鮮さに置き換えて、俺の目と口と胃袋までも誘惑してくる。
本当の海で育った貝だからか、それとも自分達で取ったからなのか……枝に持ち上げられてぷるぷる震えるその身は、宝物のように輝いて見えるぜ。
醤油がないのが残念だけど、そんな物なくたってこうして口に含めば十分に――――
――――ん? あれ?
なんか、あんまり美味しくないぞ。
「……うん。うん」
「…………う~ん?」
まめしばもロラロニーも『思ってたのと違うなあ?』って顔をしてる。キキョウは変わらずニコニコ顔だが、何も言わない所を見ると不満がありそうだ。
リュウはめっちゃガツガツ食べてるな。味覚がちょっとアレなのか? 寿司にはうるさいとか自分で言ってたけど、どうだかって思ってしまうな。
「かぁーっ!! 別に美味くねぇなっ!!」
いや、味覚はちゃんとしてたらしい。
派手にがっついてるから、たまらなく美味しいのかと思ってた。
こんなに勢いつけて『別に美味くない』って言うやつ初めて見たぞ。
「……どうしてだろうね? Metubeの動画投稿者は、グルメも楽しめるって言ってるのに…………」
「なんか、味がうすい? うすいって言うか、小さいかなぁ?」
「ああ……ロラロニーさんは、やはり鋭いですね。確かに『味が小さい』と言えるでしょう」
謎の表現だ。まずい・うすい・からいじゃなく、小さいとは。
でも確かに、そう言われると『味が小さい』としか思えないぜ。なんだこりゃ?
「ん~……こう、ガツンと "食ってるぜ!" って感じがしねぇよなぁ」
「不思議だね~…………あっ」
「そうですね、実際食べていませんし、栄養も得ていませんからね」
「そっか、そうだよねキキョウ」
「どういう事だ? 食べてないのは他の人らも同じだろ?」
「サクリファクトくん。他の彼らと言うのはきっと、メジャーコクーンかクィーンコクーンなのでしょう」
ああ……そうか。
俺たちはマイナー。ただのヘッドセットに『殻』だけの、栄養を取れない最下級のコクーンだからか。
メジャーとクィーンなら液体で満たされた腔内に直接刺激を与え、食べ物を食べてる感覚をリアルに味わえるのか。
実際に食べた物と同じ栄養素を摂れるから、腹でも感じるのかもしれないな。
「そういう事か。結局はこれも『偽物』なんだな」
「そうなりますね、何せ、最下級ですから」
「貧乏は辛いぜぇ。Re:behindでも食いもんを満足に味わえねぇのかよぉ」
「この日差しも汗も、『そう思わされてる』だけなんだもんね~……残念だけどさ」
何かそう考えると、悲しくなるな。
こんなに気分が良い景色も、ヘッドセットで見せられてるだけ。どれだけ食べても、結局はリアルで栄養を取らないといけない。
『お前はこの世界だけで生きてる訳じゃねーんだぞ』って言われてるみたいで…………
「そっか~。それじゃあ、これから楽しみだねっ」
「なんでぃ、ロラロニー。何が楽しみなんだよ?」
「だってね、これからお金をいっぱい稼いで良いコクーンでダイブしたら――――ご飯も美味しくなるし、風ももっと気持ちよくなるし、汗も本当にかけるんでしょ? そうすると、きっともっと楽しくなるよ。ここでご飯を食べて現実でお腹いっぱいになるなら、本当にこの世界で生きてるって気持ちになれるよ。それって、楽しみだなって」
なんつーか、ポジティブというか……幸せな思考と言うか。
偽物だって事実を突きつけられて沈みかけた気持ちを、無理やり引きずり上げられるような とぼけた言葉だ。
能天気でヘラヘラした顔して言いやがるから、余計に凹んでいる事が馬鹿らしく思わされるぜ。
「おおっ、そう考えると……俄然やる気が出てきたぜぃ!」
「ふふふ、そうですね。これから楽しみですね」
「ロラロニーちゃん、良い事言うじゃん! バッチリ録画したからね!」
ウルヴさんが言ってた『パーティに必要な役割』って、こういう事かな。
力も頭脳も技術も無いけど、パーティを前に進ませる重要な何かを補ってくれる、とぼけた女ロラロニー。
ピラニアみたいに毒にも薬にもならない存在だけど、必要なヤツ。
『コクーンのフィードバック』
大分すると 栄養・運動・痛み の三種に分けられるRe:behindのフィードバック。
"結果を元に、原因となった所に変化を帰結させる"それの、栄養については以下の通り。
メジャー以上のコクーン内部を満たす特殊な液体が、肺と胃にまで入り込む。
その特殊な液体はAI制御される事で様々な内蔵運動をある程度まで思う通りにし、ダイブ中のプレイヤーのRe:behind内での行動によってコクーン下部より送られた『栄養素を持つ別の液体』が胃に注入・滞在され
システム上定められたゲーム内での飲食物の栄養素をそのまま現実の生体に摂取させる、と言う物。
ゲームの中だからと言って甘い物を食べ続ければ太るし、合わない物を食べれば具合も悪くなる。
一説に寄れば『毒物を摂取する行動を摂ると、現実でも害ある物を胃に詰め込まれる』等とも言われているが、真偽は不明。
実際に毒物を摂取してダイブアウトしたプレイヤーが具合を悪くしたケースもあるらしいが、精神的な所による物だと診断された事例もある。
運営による声明は、何時も通りの端的な物。
『規約通り、自己責任です』 それだけだった。