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第七話 【殺界】のジサツシマス決死行



□■□ Re:behind首都南西 渓谷エリア □■□




「危ないよ~、そっちは通行止めやよ~」


「は、はぁ!? どうして道が塞がって!? さっきまで普通に……っ」


「残念な事に、ボクが一度通ったからねぇ。不運なボクが山道を通れば、決まって大岩が落っこちてくるのさ」




 今日の依頼は『ワガママお姫様のバリア剥がし』。

 かわいこぶりっこで男をかどわかす、恋慕と憎悪を集めるHimechanへの嫌がらせ。

 そこにどんな経緯があって、どんなドロドロの愛憎劇があったのかは知らないけれど、依頼は依頼でボクのお仕事。


 だからまずは、後々邪魔になる従者から。

 お姫様を守る騎士様を、排除するためP(プレイヤ)K(ー・キル)しに来た。




「さて。キミに恨みはないけれど、晴らさせて貰うね」


「くそっ! よりによってこんな時にP(プレイヤ)K(ー・キラー)かよっ!」


「そりゃあそうやよ。その()()()()()()を狙って来たからね。その手のお花、お姫様への贈り物でしょ?」


「な……!?」


「んふふ、摘まれたお花もキミの想いも、揃って不咲(さかず)で不運だねぇ」


「な、何でそれを知って……」


「大丈夫やよ。キミの代わりにボクがちゃあんと、彼女に不運の花(スカビオサ)を届けてあげるから」




 ざあざあと流れる川音ににじり寄るように、ゆっくり後ずさっていた従者くん。

 そんな様子だった彼は、ボクの言葉を聞くや否や、足を止めてこちらを睨む。


 怯えと諦めに染まっていた目は、今やすっかり闘志の色を浮かべて。

 大切なお姫様に危機が迫る事を知って、使命感に燃えちゃったのかな。




「お前……狙いはシラウメちゃんかっ!」


「うわわ、すごいね。とっても勇者サマっぽい。背筋がぞぞってしちゃうよ」


「……あの子に手出しはさせないっ!」




 従者くんがひとりでに盛り上がる。

 独善的にボクを巨悪に仕立てあげ、自分勝手に勇者を気取るんだ。


 それはまるで、ボクが作ったこの状況を、良いように使った自慰のよう。

 そんな物をヨガリながら見せ付けられても、ボクは困るばかりだよ。これってセクハラってやつじゃない?




「そう出来るといいね~。ま、させないんだけどさ~」


「シラウメちゃんは、俺が守るっ!」


「……うへぇ。そういうのってさぁ、下地とか土台が肝心だって、ボクは思うよ? キミが今しているのは、疑似餌ルアーを必死で守る哀れなお魚さんに見えるんだけど」


「うるさいっ! 死ね! シラウメちゃんに仇なすPKめっ!」




 多分、精一杯に格好いいんだと思う。

 ダンスを踊るような踏み込みに、剣刃を煌めかせる綺麗な斬りつけ。

 それはとっても仮想らしくって、いたいけな少年が憧れる勇者の一撃なんだ。


 だからとっても――口に苦味を覚えそうなほど――格好悪い。

 見栄えを気にした一撃で、観戦を意識した動き方だから、芯もなければキレもなくって、この上ないほど醜いんだ。


 ううん、何だか目が汚れちゃいそう。

 こんな無残を見せらちゃうなんて、ボクってやっぱりとっても不運。




「……つまんない。ボク、そういうのが一番キライ」


「な、なんだとっ!」


「頑張るフリ、真剣なフリ、情熱を燃やすフリ。全部が偽のキミだから、可愛いフリした女の子に惹かれてしまうのかな?」


「シ、シラウメちゃんを悪く――――」


「怒ったフリ。そういうの、もういいから」




 普段はじっくり時間をかけて、死んでいくプレイヤーの顔を見るのがお決まりだけど。

 何だかそんな気分じゃなくって、さっさと足を潰して終わりの支度をする。


 だってこんなの――つまんない。




     ◇◇◇




 ……現実と区別がつかないVRMMO。真に迫った仮想の世界。

 その中に生きる人々は、いつしか『仮想世界の住人』へと変わっちゃう。


 冒険者ぶって、勇者然として、ファンタジーの住民になりきって。

 そうして『現実のような、現実ではない世界』の中で、『ゲームの登場人物』である自分を作り出してしまう。


 理想になれる世界で過ごしすぎてて、演じた自分に自分が騙されてしまうんだ。




「く……っ! くそっ! 足がっ!」


「…………痛がり方も嘘くさ~い……」


「な、なんだと!?」



 それはまるでボクの大嫌いな『演劇』のよう。

 全部が全部偽物で、全ての所作をこれでもかって程わかりやすくする、見ている人を意識した『大嘘フィクション』。


 ……ずっと前は、良かったな。

 二つ名を得ようとする人が少ない時代は、誰もがあけすけな人間のままで過ごしていたから。


 だけど近頃は、そうじゃない。

 わざと派手な事をして、人為的にドラマティックを作り出して、わざとらしい演技をする人ばかりになった。


 だから最近、ずうっとつまらないんだ。

 殺そうとしても、怖がるフリをしたり。

 嘲笑っても、悔しがるキャラクターになりきったり。

 そうやって、どこにも本当の気持ちが感じられない事が多いから。




「あのさ……キミは今、本当に困っているの? 死にたくないって思ってる? シラウメちゃんを守るんだって気持ちに、嘘はないって言い切れる?」


「……当たり前だっ! 彼女は俺が守るんだ!」


「ふ~ん、あっそぉ~。じゃあさぁ……」


「……なんだっ!」


現実リアルのキミの氏名と年齢、あと住所に国民管理番号を教えてくれたら、シラウメちゃんを見逃してあげるよ?」


「…………は、はぁ!?」



「お仕事人な【殺界】の名にキズはつくけど、キミの熱意がそれほどだったら、ボクは素直に退いてあげよう。いよいよ後がないアンラッキーの中に生まれた、スーパーラッキーのチャンスだよ」


「そ、それは……っ」


「さぁ、彼女を守るのだ~」


「……そんなの……そんなの! ば、ばかじゃねぇの!? 教えるワケねーだろ、そんなのっ!!」


「……どうして? そうすれば、彼女に手出しはしないって言っているんだよ?」


「だってそんな…………現実リアルは関係ねぇじゃねーか! 今はリビハの出来事なんだし、ゲームの話なんだから!」


「…………ふぅん」




 ゲームはゲーム。リアルはリアル。

 そういう考えが、ボクにはこれっぽっちも理解出来ない。


 仮想世界で殺されたといっても、それをされたのは()()のハズだし、それなら恨みは『中の人』の精神に根付くハズ。

 だったら今巻き起こる "大事な人の心を守りたい" ってイベントも、ゲームの中のリアルな話であるハズだよね。


 それなら、仕返しがリアルであっても当然だし。

 守りたい "彼女(シラウメちゃん)" のために何かを差し出す事だって、『中の人』が生きている現実リアルでだって出来るハズなんだもの。


 そうでないなら、恨みは偽物。思い込んでる作り物。

 怖い気持ちも憎い気持ちも、誰かを守りたい気持ちだって、そうあったほうが()()()から、そういうフリをしてるだけって事になる。



 ……やっぱりそういうの、一番キライ。

 全部を全部『ゲームだから』と割り切るのなら、恐怖も熱意も好意でさえも、全部偽物で不誠実だもの。

 そんな下らない物の応酬に、接続している人間が持つ、本当の気持ちはまるで見えないんだ。


 そんな偽物の人付き合いに、ボクを巻き込まないで欲しいなぁ。

 せっかくこうして忙しい合間をぬって――PKしているっていうのにさ。




「……はぁ、もういいや。ごめんね? 時間を無駄にしちゃって」


「なんだよっ! 逃げるのか!?」


「逃げるっていうか……もう終わってるもん。足、動かないでしょう?」


「…………えっ!? ……は!? な、なんで!?」


「ボクが持つ武器、三稜針さんりょうしん。その細い針は、飛ばして良しに刺して良しの便利な暗器なんやよ。それに道化師(ピエロ)のスキル『眩暈(イリンクス)』を乗せれば、あっという間に木偶を作れる秘密の毒針なのさ」


「……く、くそっ!」


「あ、それとついでに、洋服のほつれを縫ったりも出来るんやよ。そんなの持ち歩いているなんて、ボクって女子力高いよね。キミもそう思わない?」


「ふ、ふざけんなよっ! おいっ!」


「あ、そうだ。女子力と言えば…………」



――――クォォーン!



「……なっ!? なんだ!?」




 姿はてんで見えないけれど、声が届くほどの距離。

 そんな位置から聞こえた遠吠えが、()()()()()()()()()の襲来を告げる。




「『顔なしオオカミ』の群れがね、ずっと追いかけてきてたんだ。困っちゃうよね」


「う……嘘だろ!?」


「ボクってファンシーでキュートな女の子だから、野生動物にも懐かれちゃうの。まるでどこぞのプリンセスみたいだよね。……と、そういうわけでもうすぐここにやって来るから、彼らの遊び相手はよろしくね? 勇者クン」


「な……っ!? ま、待てよっ!!」


「動けないままオオカミに食べられちゃうなんて、きっと苦しくて痛いんだろうね。そんなキミの今日という日は、とっても不運だったねぇ」


「ちょ――――」


「それじゃ、ばいば~い」




 本当はじっくり死に様を眺める予定だったけれど、もういいや。

 怒ったフリに格好いいフリ、その上恋のフリまでする偽物クンには、これっぽっちも興味がないし。




     ◇◇◇



□■□ Re:behind首都西 荒野エリア □■□




(……お~、やってるね~)


「おい、お前らッ! 一旦退くぞッ!」




 先日あった、ラットマンたちの大攻勢。

 それが終わった今になっても、ネズミの攻めは続いてる。


 といってもそれは、ぱらぱらとした散発的なもの。

 ラットマンたちがこちらの様子を伺うような、そしてあわよくば、少しの間引きを狙うような。

 そんな感じのゲリラ戦が、あちらこちらで起こっているらしいんだ。




「退けッ! 一目散だッ! 死んでも死ぬなよぉ!」


「コイツらは()()目的だ! 手傷は許しても、殺されるのだけは回避しろっ!」




 そんなこの場で巻き起こる10対10の小競り合いは、プレイヤー側が劣勢みたい。

 ハリネズミみたいな騎乗生物に乗ったラットマンの機動力に、まんまと翻弄されてるよ。


 そうした中にあって、必死なプレイヤーが一番に意識するのが、『死の回避』。

 今までは、誰も彼もが出来るというワケではないけれど、それなりのプレイヤーにとって有効だった "死に戻りを(ゾンビ・)繰り返す戦法(アタック)" なんて、もっての外な退却ぶりやよ。

 これぞ "いのちだいじに" でござい、って感じかな。


 でも、それも仕方ないんだ。

 ボクらプレイヤーに定められた新たなデスペナルティ。

『死ぬと、何だかとっても怖くなる』っていう不思議な仕様を避けるためには、それだけが唯一の道なんだから。




「……クソッ! 足が早え! 振り切れないぞ!」


「何だよあの生き物は!? 短い足でシャカシャカ走って……反則だろ!」




 だけれど逃亡それは、許されない。

 全速力のハリネズミがプレイヤーたちの退路を塞ぐように回り込んで、すっかり包囲をされちゃって。


 ……もしかして、ラットマンも知っているのかな?

 ボクらが死んだら、中々戻って来れないって弱みをさ。




「……クソ、欲張るんじゃなかったな」


「どうする!? おい! どうすんだウルヴさん!」


「強制ダイブアウト――――ああ、チクショウ! やっぱり無理だ!『外来種』との戦闘はPvP扱いになってるって話は、マジネタくせえ!」




 必死だね。とっても。

 それもそっか。誰だって怖いのはやだもんね。

 それに加えて、いよいよ最終局面が迫る今だもの。

 死んで戦いに戻れなくなる、なんていうのは、他の何より悔しいのだろうから。


 ……そうして追い詰められる彼らの表情は、あの勇者くんとは違う顔。

 本当の気持ちがありありと見える、真剣で真摯な感情のあらわれ。


 ……うん、悪くない。




「――――……お前ら、逃げろ」


「……!?」


「ここは俺が食い止める。お前らは首都へと逃げろッ」


「な……っ!? ふ、ふざけんなって! 出来るかよ! そんな事っ!」




 ……うわぁ、すごいや。コミックみたい。

 ううん、それだけじゃなくって……ありとあらゆる創作で、幾度も繰り返されたシチュエーションやよ。


 ウルヴとかいう名のハゲが見せる、自己犠牲。

 自分の命と引き換えにして、仲間を守るあからさまな美談。

『ここは俺に任せて先に行け』だなんていう、定番でテンプレで王道な展開が、今ボクの目の前で、心底真剣に行われちゃってる。


 ……ああ、すごいね。いい感じ。




「それしかねぇだろッ! 良いから行きやがれッ!」


「で、出来るかよ! ウルヴさんだけ置いて行くなんて! アンタも一緒に逃げ――――」


「『闘心』!『裂帛』!……『()退()』ッ! 俺の退()()は今捨てたッ! こんな時くれぇ、先輩の言う事を聞きやがれッ!」


「……ち、ちくしょう! なんだよちくしょうっ! ウルヴさん、アンタは馬鹿だっ! 大馬鹿野郎だっ!!」




 いやぁ、あついね~。エモーショナルだね~。

 普通のVRMMOだったら、思わず顔を背けたくなっちゃう()()()()()()なんだろうね。


 でも、今ここにあるのは本当の感情。

『死んだら死ぬほど怖いと聞くから、仲間をそんな目に合わせたくない』っていう、リアルな対人関係の延長にあるドラマなんだ。


 だから彼らは、おかしくない。

 みっともなくない。恥ずかしくない。格好悪くもない。


 ……ここはあくまでゲームの世界であるけどさ。

 それでも、一緒にゲームをする向こう側――『プレイヤーの中の人』を思ってする行動は、立派に一つのコミュニケーション。

 だからそれを仮初めだなんて言えないし、それってすごく素敵な物なんだ。



 ……んふふ。

 ボクのPKと、一緒だね。




「……やっと行ったか。ったく、無闇に頑固で困っちまうぜ」


「チィ!」


「……そう生きろって教えたっけか? ああ、覚えてねえや。……教え子どもはどいつもこいつも勝手に成長しやがって、全く……教官冥利に尽きるよってんだよなぁ」


「チュウ! チューッ!」


「教え子と言やぁ、サクリファクトだ。あの野郎……ドラゴン相手にブチかましやがってよ……」


「チュァーッ!」


「……そんな奴にこの世界のイロハを教えた【新人教官】のウルヴ様が、ネズミ如きに芋ひいてたら――――示しがつかねぇってモンだよなぁ!?」


「チュチュチュウッ!!」


「おうおう! 腐れネズミ共ぉッ! 俺より先にゃあ行かせねぇッ! ここを通りたきゃあ、俺を殺してから行けやぁッ!!」




 暑苦しくて人間らしいハゲの口から、素敵な名前が飛び出した。


 ああ、サクリファクトくん。ボクの大事な男の子。

 キミが掲げた栄光は、こんな脇役の心にまでも、まばゆく明かりを灯しているよ。


 みんながキミに憧れているんだ。

 誰も彼も、このボクも。




     ◇◇◇




 サクくん。サクリファクトくん。キミは何を望むのだろう?

 英雄の役割(ロール)? 天まで届く名声? 莫大な財産?


 ……ううん、きっと違うよね。

 キミが求めるのは、そんな大層な物じゃない。

 普通で凡百なキミが、分相応に欲しがったのは――もっと身近で、ささやかで。

 そして、すでに持っている物。ずっと手に入れ続けている物。


 "この楽しいVRMMOを、このまま本気でプレイしていたい" っていう、()()()()

 それをずっと続ける事が、キミの願う夢なんだよね。



 それはきっと馬鹿な夢。

 たかがゲームに本気になっちゃう、誰かが笑うような夢。

 リスに食べられ、【聖女】に殺され、リザードマンに締め上げられても、まるで懲りない愚者ザ・フールの仕草。


 だけれどボクには、ちゃんとわかるよ。

 辛くったって苦しくったって……それでも自分が自分らしく生きられる場所だから、この世界を求め続けるんだよね。

 人工プールを嫌がって、大海原を求めるイルカと同じ気持ちなんだよね。


 そうしてボクにはキミの気持ちが、イルカの気持ちが――よ~くわかる。

 だから、馬鹿にしたりはしないんだ。

 (あざけ)るように笑うんじゃなくって、とっても良いね、って笑ってあげる。


 太陽(ザ・サン)だって(ホイール・オブ)(・フォーチュン)だって、不運なボクは逆位置で引いてばっかりだから。

 逆しまの愚者(ザ・フール)を愛しんで、口づけしながら "かしこいね" って言ってあげるんだ。




「……へっ……ちくしょう…………ここまでかよ…………」


「チチィッ!」




 だからね、サクリファクトくん。ボクの大事なイルカさん。

 キミのためなら【聖女】も攫うし、大好物のイワシもあげるし、一緒にプールを泳いであげる。

 キミの幸せに結びつくなら、どんな奉仕もしてあげる。


 キミがリビハを望むなら、ボクが支えてあげるんやよ。

 にんにんってね。




「――――やっほ~、ウルヴさん、でいいのかな?」


「……誰だ……? って、お前……PKの【殺界】か!?」


ほやほや(そうそう)、よく知ってるね」


「……悪ぃが今はお前の相手をしてる暇はねえ。巻き込まれたくなかったらさっさと消えな」



「まあまあ、そう言わずにさ。ボクはあなたを助けに来たんだから」


「…………あぁ? 悪名高いPKが、人助けだぁ?」


「んむ、ちょっと事情があるからね。ボクはボクなりの良いことをするのさ」




 そうして会話をしながらに、太ももに取り付けた苦無を取り出す。


 ……サクくん、覚えているかな?

 これは、"せめて苦しみが無く逝けるように" って思いを込めて―――― "苦無(クナイ"と、そう呼ぶ武器だって事。




「……そりゃあ助かるが、アンタは盗賊(シーフ)道化師(ピエロ)だろう? いくら【竜殺し(りゅうごろし)()七人(しちにん)】だからって、10匹のラットマン相手じゃあ――――」


「えいっ」


「――――は……? あ……?」


「チューッ!?」




 ぷすりと刺すのは、ウルヴさんの心臓部。

 毒もスキルも無い一撃だけれど、弱った彼の命を奪うには、苦無の一刺しで事足りちゃう。


 そんなボクの思わぬ行動に、ウルヴさんもラットマンも混乱しきりだ。

 んふふ、面白いね。

 ボクは不幸のクロアゲハ。悪名高い "赤ネーム" 。

 ボクが後に残すのは、同族の死体ばかりと決まってるっていうのにさ。




「……て、てめえ…………何して…………」


「『復活地点ゲート』へお帰り、ウルヴさん。キミに訪れる小さな不運は、【殺界ボク】って不運で覆い尽くしてあげるから」


「カハ……ッ……?」




 ウルヴさんが死に戻る。

 だけれどそうして逝く先は、何の事もない普通の "死"。


 ボクは神出鬼没のP(プレイヤ)K(ー・キラー)

 不運の象徴でくノ一な、【殺界】ジサツシマスなんだ。


 ラットマンに殺されたプレイヤーに "不運(死の恐怖)" が起こりうるなら。

 "不運ボク" が先回りをして、この『苦無』で刺し殺してあげる。


 ラットマンには殺させないよ。

 プレイヤーの心臓は、ボクが止めてあげるんだ。

 それならきっと苦しみは、死の恐怖は――起こりえないのだから。




「死んでもまた戦えるよう、いつも通りに逝ってらっしゃい」


「……あ…………?」


「チュ……!?」




 ああ、これは善行さ。

 キミたちリビハプレイヤーの "運命(ダイス・ロール)" は、いつも通りに優しく邪魔してあげる。

 プレイヤーに "最悪リタイヤ" の目が出ないよう、優しく凄惨に妨害してあげるね。


 これがボクの最大限。陰ながらサクくんの手助けをする、良い子なPKの殺戮興行。

 さながら "戦士の魂(エインヘリャル)" をヴァルハラへ送る、戦乙女ヴァルキリーなPK稼業さ。




「チュウ! チューッ!」


「ああ、こうしちゃいられない。今もどこかでラットマンと戦うプレイヤーを、ボクが先んじてキルしてあげなきゃ」


「チュチュチュウ!」


「そういうワケで、ばいばいネズミさん――『スニーキング』」


「チュ!?」




 悪を滅ぼすとか、首都を救うとか、世界を守るとか。

 そんな役目は、ボクのするべき事じゃない。

 ボクはあくまでPKだから、『同族殺し』で世界を回すんだ。


 ……馴染みのP(プレイヤ)K(ー・キラー)に、声をかけに行こうかな。

 "これからもずっとPKが出来るように、人を助けるPKをしよう" って、誘い文句をこさえてさ。

 うん、それがいい。きっととっても楽しいね。


 そうしてボクは、サクくんが精一杯を出来るよう、暗がりに忍んでサポートしよう。

 陰ながら粛々と支えるなんて、やっぱりボクって女子力高いよね。



 ……サクくん。

 キミは今、どこで何をしているのかな?


 ボクも一緒に頑張るよ。

 そうしてずっと表と裏で、一緒にリビハで遊ぼうね。




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