第六話 Re:behind戦記 【脳筋】編
□■□ Re:behind首都 『よろず屋 カニャニャック・クリニック』 □■□
「――――こんにちは、お邪魔しますよ、カニャニャック女史」
「おや、タテコ。ご無沙汰じゃないか」
「ええ。ここの所中々時間が取れず、申し訳ありません」
「いやいや、気にしないでくれたまえ。お茶を――――ああ、いや。君は食事は出来ないんだったね」
「出来ないと言いますか、食べても食べなくても変わらないと言いますか……ええ」
Re:behindが首都は、大通り。
そこに位置する『カニャニャック・クリニック』の店内に、珍しい来客があった。
全身を3つの盾で固めた ザ・壁役 の有名人。
【竜殺しの七人】、【脳筋】ヒレステーキの相棒。タテコさん。
珍しいというか、不思議というか。
女性嫌いで有名な【脳筋】の相棒である彼が、カニャニャックと慣れ親しんだ感じで言葉を交わすだなんて。
彼と彼女に、一体どういう繋がりがあるのかな。
「……"ヒレステーキ" は、いつも通りかい?」
「ええ。外で何かしてますよ。スクワットか何かをね」
「…………店の前でそういう奇行をされてしまうと、ことさらに客足が遠のくという物だけれど……まぁ、仕方ないね」
「はは……すみません」
「ふむ……スピカ。のんびりしている所を申し訳ないのだけれど、席を外して貰ってもいいかな? こんな私にも、積もる話というものがあったりするのでね」
「……了承」
そんな疑問を持ちつつ、じっとりジト目で盗み見していた私に、カニャニャックがにべもない言葉を投げかける。
……気になっちゃうな。この意外な組み合わせの2人が、どんな話をするのかなって。
もしかしてもしかすると、甘い恋の話とかかもしれない。
あ、凄い。どうしよう。
もしそうだったとしたら、これは凄い事だよ。
女性嫌いの【脳筋】が、馬鹿みたいに筋トレに明け暮れている間……その相棒が彼に内緒で、女性と逢い引きしてるんだ。
凄い。いけない恋って感じで、何だか波乱の予感だよ。
どうしよう、ロラロニーちゃん。
織姫と彦星が、ここに居るよ。
「ああ、いらっしゃったのですか、スピカさん」
「……常駐」
「おや? 今はここを根城にしていると? 魔法師専門クランの『エンジョイ・マジック・サークル』は、脱退されてしまったのですか?」
「在籍」
「なるほど、何か事情がおありなのですね。ああそれと、スピカさんも同席していただいて構いませんよ」
「……いいのかい? 事情はそれなりに複雑で、おめおめ周知されるべきでは無いと思うのだけれど」
「構いませんよ。Re:behindの情勢を鑑みれば、時間的猶予も無いですし」
「…………?」
聞いてもいいとは言われたけれど、何だか重めな話のようで、少し尻込みしてしまう。
互いに少しだけ難しい言い回しをする彼と彼女の表情。
それは明らかに、ゴシップ的な話をする雰囲気ではなくって。
何だかとっても複雑な、ややこしい事情がありそうだ。
少なくとも、恋バナみたいなウキウキな物ではないと思う。
◇◇◇
「……それで、彼の様子はどうだい?」
「おおむね、いい影響を受けていますよ。【正義】のクリムゾンさん等の受け入れられる女性も増えつつありますし」
「それは何よりだね。それは君の存在価値を証明するものだったかい?」
「どうでしょう。大手を振って自身の成果とは言えませんが、そうなる要因の一つではあったかもしれません」
「そうかい。まぁ、どこに因果があるかはわからないからね」
…………何だろう?
いまいちよくわからない話だ。話しているのは、悩み相談かな?
タテコさんには悩みがあって、それをカニャニャックに話してアドバイスを貰う事で、どうにか解決しようとしているって感じかもしれない。
みんなそれぞれ大変なんだね。
「……しかし僕は、これでいいのか不安なんです。事態は確かに好転している物の、まっすぐ解決に向かっているとはとても思えない」
「ふむ……」
「Re:behindの存続には陰りが見え始め、回り道を悠長に歩く時間は残されていません。今まで共に歩んで来た僕の力では、限界があると感じています。何か……ありませんか? ヒレステーキが持つ女性に対する価値観を、それこそ根こそぎ変えてしまうような――そんな劇薬は」
「……錬金術師相手に "薬" を求めるというのは、洒落では済まない事だよ?」
「洒落で言っている訳ではありませんので」
「……そうかい。切羽詰まっているね」
……どうしよう。話はなんとなく理解出来た。
そして、そうだからこそ居心地が悪い。
今2人が話しているのは、"【脳筋】の女性嫌いを治す" という、凄くプライベートな感じの物だ。
そのためにタテコさんが色んな努力をしていて、そこにカニャニャックがアドバイスしているのだと思う。
……う~ん。
っていうかそもそも、【脳筋】はどうして女性が嫌いなんだろう?
一般的にそういうタイプの男性は、手ひどくフラれた経験があるとか、モテない自分を守るためだったりだとか、そういうイメージがあるけれど……。
あの『筋肉一番』なヒレステーキが、恋愛で火傷をするような人間だとも思えない。
何だろう? わからないや。
「……と言っても、"嫌な思い出をかき消す" だなんていう薬品は、仮想にも現実にも無いけどね。電子の那由多世界を掘り進んだなら、デジタルな依存性ハッピーポーションくらいはあるかもしれないけどさ」
「……彼はある意味、筋肉に依存をしていますがね」
「ふふ、それは知っているけどね。彼はそれを、何のためだと言っているんだい?」
「…………"またタテコが女性にイジメられても、すぐ守れるように" ですって。笑っちゃいますよね」
なんとびっくり。【脳筋】の筋トレって、そういう理由があったんだ。
意外と情に厚い所もあるし、思っていたほど馬鹿じゃないのかもしれない。
という事は、【脳筋】が女性嫌いになったのは――――タテコさんが女性にイジメを受けていたせい?
……あれ? でもそれっておかしい。
タテコさんはこうしてカニャニャックと平気で喋る事が出来るし、他の人とも平然と受け答えをするって聞くし。
…………イジメられていた本人が嫌悪感を長引かせていないのに、その友人だけがいつまでも怨み続けるなんて事、あるのかな?
「……笑いはしないさ。それこそ、君が彼の側にいる理由だろう?」
「……まぁ、そうなんですけどね」
◇◇◇
「ともあれ、私が一つの案を出そうじゃないか」
「拝聴します」
「"精一杯、リビハを続ける" 。それをするのが、一番に良いと思うよ」
「…………この情勢で、ですか?」
「だからこそ、さ。彼にはこの世界が必要だ。そしてもちろん、君にも。ならばそれを、守りきろうと努力すべきだよ」
「はぁ……。まぁ、僕たちは先日からそれなりに、ラットマンを打ちのめしてはいますけど」
「もっと、だよ。【竜殺しの七人】に連なる君たちの力は、そんな物じゃないだろう?」
「……ただの脳筋と壁役とでは、出来る事にも限度があるんです」
「そうかな? 私はそうは思わないけれど」
「何故です?」
「サクリファクトくんたちの活躍を、この眼でしっかり見たからね」
出た、サクリファクト。
クリムゾンやマグリョウは言わずもがな、いつの間にか【ドクターママ】のカニャニャックにまで興味を持たれている男の名前だ。
先日のリスドラゴンの件から、あの男を英雄視する声ばかり聞いて、私は胃もたれしそうなほどだよ。
どうしてみんな、あんな男に興味を持ったり惹かれたりするんだか……私にはさっぱりわからない。
レベルだって低いし、職業はひねくれ者しか選ばない "ならず者" だし。
その上、気は効かないしデリカシーもないし、私のロールプレイすら理解出来ない唐変木だっていうのにね。
……私の『冬空』を褒めた辺りから、センスは悪くないと思うけどさ。
それでもやっぱり、みんなは過大評価してると思う。
あいつはそんな凄いやつじゃないよ。平凡で普通な、とぼけた奴なんだ。
「ああ、彼ですか。確かにあのリスドラゴンへの一撃は、目を見張る物でした。しかし、あれはあくまで二つ名効果を発揮させた技でしょう? 僕たちが参考に出来る所は無かったと思いますが」
「それも確かに活躍だけれど、私が言うのはその件ではないさ」
「……というと?」
「彼と彼の相棒は、君たちが押し負けた相手に勝利したじゃないか。燃える鉄筋を持った力強いラットマンに、君たちは負け、彼らは勝った。レベルや装備は、彼らのほうが劣っていたというのに」
「それは…………」
「ドラゴンが出て退かねばならなかった、あそこで粘る必要はなかった、相性が悪かった。君たちが退いた理由は多々あるだろうし、戦い続けていれば君たちでも勝てたかもしれない。だけど、サクリファクトくんとリュウジロウくんが見せた『相棒』ぶりは、中々無視出来ない物だったと思うよ」
「……そう、ですね」
「…………そろそろ、彼にも本気になって貰う時じゃないかな? 全てを話し、理解して貰ったその上で、"この世界を守りたい!" と言わせるべきだと、私は思うよ」
「…………」
「と、いうわけで……後は君たち次第かな。はい、いつもの『プロテイン飲料』」
「……『魔力のポーション』でしょう」
「そうとも言うね」
◇◇◇
◇◇◇
「……ふぅ、悪かったね、スピカ。君にはつまらない話だったろう?」
「……普通」
「普通、かい。くふふ。これ以上ないほど他人事だ」
そう言われても困ってしまう。だって本当に他人事なんだし。
それに加えて、色々意味がわからなかったから。
『全てを話し~』とか『君の存在価値は~』とか、2人でわかる言葉ばかりで、私にとっては思わせぶりも良いところだ。
……なんか、もやもやする。
【脳筋】は私の事を避けるから、好きでも嫌いでもないどうでもいい奴って位置ではあるけれど……何か悩みがあって、それを私がどうにか出来るなら、聞いてあげなくもない。
袖すり合うも他生の縁とか言ったりするし、そこまで薄情ではないつもりだから。
だけど、わからなくっちゃ、どうしようもないよ。
「……う~む」
「……おじさんみたいな声を出すね、スピカ。気になるかい?」
「…………」
「そうだねぇ……それじゃあスピカには、ヒントをあげよう」
「……?」
「『この店の名前』『彼の二つ名』『リビハを作った機関』。全ては君は知っている情報だけれど、並べてみれば何かが見えてくるはずさ」
何だかクイズを出されてしまった。カニャニャックはそういう所があるんだ。
ともあれ、ちょっと付き合ってあげよう。
『この店の名前』――これは簡単。カニャニャック・クリニックだ。
『彼の二つ名』――これも簡単。【竜殺しの七人】で、【脳筋】。
『リビハを作った機関』――これは少しだけ難しい。確か政府関係とか、あとは凄くお金持ちの人とか、それと……コクーン開発に多大な貢献をした、医療機関も含まれるはず。
…………何これ?
何のヒントなの?
「…………?」
「ここは診療所。私はお国に徴集された、精神科学者。二つ名は――――ヒレステーキくんの物ではなく、タテコの物を聞いているんだよ」
タテコさんの、二つ名……?
……あれ? そういえば、それって不思議だ。
彼は竜殺しのあの場に居たし、【脳筋】の相棒として目覚ましい活躍もしてる。
だっていうのにタテコさんには、二つ名が――無い。
「無名」
「うん、そうだね。彼に二つ名はつかないよ。どれほど有名になってもね」
「……?」
「ふふ、続きはまだ内緒にしておこう。近々のお楽しみになるといいね」
「…………??」
思わせぶりだ。何だか遊ばれている気さえする。
カニャニャックって、そういうとこがあるよ。
……でも、どうしてなんだろう?
タテコさんって、ちょっと普通じゃない感じだ。
◇◇◇
□■□ Re:behind首都 『よろず屋 カニャニャック・クリニック』前 □■□
「フンッ! フンッ!!」
「……人目をひいていますよ、ステーキ」
「フンッ! おお、タテコ! フンッ! 終わったのか!?」
「およそ、と言った所ですがね」
「フ~ン? フンッ! しかし何だってあんな、フンッ! 錬金術師に用があるってのよ? フンッ!」
「……喋るか筋トレするか、どちらかにして下さいよ」
「…………フンッ! フンッ!!」
「いや、そこで筋トレのほうを選びますか? 普通」
◇◇◇
「……ステーキ、相談があります」
「なんだ? 一体どの部位に筋肉を付けたいんだ?」
「……いえ、そうではなく。僕は、ですね……ええと……」
「おん? どうした?」
「そのですね……あの~……」
「キレが悪いな? ……まさか、女になんか言われたのか?」
「……違いますよ。そうではなく……その…………」
「お~ん?」
「リ、Re:behindを、守りたいんです。本当に」
「ほぉん?」
「だから、頑張りましょう。一緒に」
「ん~? まぁ、やるだけやるけどよ」
「そうですよ! やるだけやりましょう! サクリファクトくんやリュウジロウくんに、負けてはいられませんよ!」
「なんだぁ? 急にムキムキしやがって」
「ムキムキはしていませんけど……これ、『プロテイン』です」
「おおん? おお!」
「それと、これを」
「なんだこりゃ? ずいぶんデケェ魔宝石だなぁ! 割れって言うのか? しかも握力だけで?」
「何言ってるんですか! 違いますよ! 高いんですからねそれ! ……それを持って、一度ダイブアウトをして下さい」
「おん? なんでだ?」
「……連続ダイブ時間が、そろそろ切れると思うので。念のため、一度 "再ダイブ" したほうが良いと思うんですよ」
「ほーん? そうか? まぁタテコが言うならそうなんだろうな。そんじゃあしてくるわ」
「……僕も一度消えますね。またダイブしたら、もう一度僕を喚んで下さい」
「お~。いつも通りに大声で呼べばいいのか?」
「ええ――――その魔宝石を目印にしますから、高く掲げて大きな声で、僕を喚んで下さいね」
「おう! わかったってのよ!」
「…………」
「…………」
「……カニャニャック女史。全部を話すのは、もう少し後でも……良いでしょうか」
「…………」