表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
156/246

第四話 【正義】の受難 下




「なんやコイツ。ワイらがビビってるって言いふらすんか?」


「明らかな挑発ですねクォレハ……」


「そもそもそんなの誰が信じるんだよ、アホくさ」



「わ、私は【正義】のクリムゾン! 正義の名を持つ有名人で、誰もが知ってるヒーローだ! だから私の言葉には、いつだって真が宿るのだ! だって私は、嘘ついた事ないもん!」


「……チッ、ウザ」


「殺すぞ腐れライト勢」


「キミたちみたいな悪い子と違って、私には無敵の『接触防止バリア』があるのだ! や、や~い!」


「…………なにコイツ。キッズかよ」




 私の言葉に、ひといきで殺気立つ室内。

 そのぴりりとした空気に、胸がきゅっと締め付けられるような感覚がする。


 "援軍に来てくれないのなら、掲示板で悪く言う" 。

 それは『晒し』と呼ばれる非道な行いで、誰にでもわかる明確な『悪』だ。


 ……【正義】の名を持つ私の生き方では、本来絶対にありえない手段。

 だけど私は、なりふり構わず、と決めたから。

 だから悪事にも手を染めるし、サクリファクトくんのように "出来ることは何でもする" を頑張るのだ。


 …………心が痛いけど、Re:behind(リ・ビハインド)のために。

 ラットマンを退けて、またみんなと一緒に楽しくゲームをしたいから。




「……つか、別に晒しとかどうでもよくね? もう移住確定っしょ」


「そ、そうだお! 終わるリビハで何を言われても、ぼくたちには何の影響もないんだお!」


「…………リビハという超人気ゲームの有名人が、違うゲームの掲示板に書き込みに行くのだ。"リビハでガチ勢やってた『ああああ』ってクランは、対人戦で負けるのが怖くてこのゲームに移住した、みっともない弱虫集団だ" って、書いちゃうのだ!」


「……名前変えたらそれで終わりだろ」


「何気ない会話で "リビハでガチ勢やってた" と口にしたならば、キミたちはどこでも弱虫扱いなのだ! ざ、ざ、ざまーみろ! わ~い!」


「わ~いじゃねぇよクソ女。てめぇ、自分が何言ってるかわかってんのか?」


「……マジでウザいわ。のだのだうるせーし」


「やっちゃうよ? やっちゃうよ?」




 ひどい、と思う。自分のやっている事が。

 そして、これでいいのかな? とも思ってしまう。


 彼らは別に、わざわざ迷惑をかけようとしているわけじゃない。

 ただ興味を失っているから、リビハやその首都の事をどうでもいいと思っているだけ。

 "終わるなら終わるでいいし、それなら別のゲームに移住するだけだ" っていう、至極普通の事を言っているだけだ。


 ……だけれどもう、止まれない。

 晒しちゃうぞ って言ってしまったが最後、私という存在は、彼らのはっきりとした敵対者になっちゃったから。

 このまま突き進むしか……ないのだ。




「わ、私は本気なのだ! 助けてくれないんだったら、掲示板にたくさんたくさん――――」


「……その辺でやめとけよ、【正義】の」


「――――ひゃっ」


「あ、リーダーじゃん。いつから居たん?」


「割と前から居たぞ」


「影薄スギィ!」


「うるせー」




 唐突に現れた白いローブの男が、私の肩に手を乗せ、喋る。

 ただそれだけの事だったのに、これでもかと背筋を凍らされた。


 ……この人は、何だろう? 

『接触防止バリア』が働く安全地帯セーフエリア圏内で、私に触れる事が出来るというのは、きっと悪意や害意がない証明なはずなのに。

 それなのに、とても強く感じた――――"殺される" という危険信号。


『ああああ』のメンバーにリーダーと呼ばれたことから、きっとこのクランのまとめ役なんだろうけど……全員不気味で底が知れない面々の中で、より一層に得体の知れない感覚がする。

 こわい。




「【正義】のネーチャン。流石にそれは、やりすぎ」


「……っ……!」


「俺らみたいなネットの害虫相手にやる事じゃねーって。このまま行ったら、最後に馬鹿を見るのはアンタだよ」


「……うぅ…………」


「何だってそうまではしゃいでるのかは知んねーけど、吐いたツバが飲める内に引いとけって。リアルで『なごみ』がギリギリ許す非道徳的行為(悪いこと)とか、アンタは知らんだろ?」


「…………ひぅ……」



「いや、リーダーぬる過ぎねぇ? おうコラ、ライト勢。喧嘩なら死ぬまでやってやんぞ、クソエンジョイ勢コラ」


「ライト相手にイキんなよ "エイトビート(ハチ)" 。棲み分けろって。効率わりーぞ」


「出、出~! "****(伏せ字)" パイセンの口癖、『効率悪い』!」


「効率厨がリーダーだなんて、とんだブラッククランだお」


「いやリーダー。棲み分けつったって、そいつが喧嘩売って来てるわけやん」


「まぁ……なんか嫌なことでもあったんだろ。スルーしとけよ、一々相手してたら効率わりーから」


「全てを効率の二文字で片付ける男」




 声色は優しく、少しタレ目気味の瞳も、子供を諭すような雰囲気で。

 しかし、私の肩に乗せた手は、私の全身を微動もさせない力と凄みがあって。


 体と一緒に、口を塞がれて、心臓を握りしめられてるみたい。

 廃人集団のリーダー、『****(伏せ字)』さん。

 この人、とってもこわい。




「まぁ、そういうワケだから。とりあえず『リビハを守る手伝い』を頼むのは、もうやめときな」


「…………」


「私はリビハを守るのだ! キリリッ!」


「勇者様かな?」


「そういうのはそういう場所でやってくれよな~、頼むよ~」


「俺ら相手にゃ力技は無理だし、そんな()()()()()()()()()()の、下らん事は絶対やらねーからさ」




 そうして私に言いながら、有無を言わさぬような視線でこちらを見つめる "****(伏せ字)" さん。

 そんな私の周りには、ヘラヘラしながら酷い言葉をぶつけてくる、とっても怖い廃人たちがいて。


 ……だから私は、何も言えずに。

 弱々しく頷くばかりだった。




     ◇◇◇




「――――で、結局闘魂力士やるんか?」


「やるお!」


「やりますねぇ!」


「意外とノリノリで草。リーダーはどうする?」


「……あ~? 何それ?」


「知らんの? アンテナ弱っとるでキミ」


「アンテナしなしなですよ、悪魔」




 "****(伏せ字)" さんの拘束から逃れ、だけれど何かを乗せたように、肩を落とした格好の私をよそにして、『ああああ』の面々は談笑を再開する。

 それはあたかも、今ここで何事もなかったかのような……日常的で平穏な空気だ。


 そうした彼らの様子が、ちくちくと心を突き刺してくる。

 自身の不器用さを、不出来さを、不甲斐なさを……あけすけに物語るようで、とっても辛くって。




「トーコンリキシ? 槍騎士限定のMMO?」


「『リキシ』と聞いたら最初に出てくるのが『槍騎士』とか、この人頭イカれてんですかね」


「ちょっとネトゲに毒されすぎてんよ~」


「AI界隈風に言うなら過学習ってやつやな」



「ヤリキシじゃなく、力士ね。『闘魂力士』っていうVRゲー。なんかクマやらとハッケヨイするゲームらしいよ~」


「ぼくは大木と相撲を取るって聞いたお!」


「大木と相撲ってなんやねん。葉っぱ生い茂るわ」


「へぇ。そうなるとやっぱ、樹齢が長い木のほうが効率いいんかな?」


「……ほんと、二言目には効率だなリーダー」


「まぁリビハでリアルマネーは十分稼いだし、そんなガツガツやらんでもええやろ」


「と言いつつ、結局ガチでやんだろ」


「しょうがないね」


「そういう意味ではいいゲームだったな、リビハ。堂々とRMT出来たし」


「まぁ、お世話にはなったな~。良ゲーとは言えんかったけどな」


「こうして僕らのRe:behind(リ・ビハインド)は幕を閉じたのであった……おしまい」




 "おしまい" 。

 それは何気ない言葉で、雑多な談笑の中で語られる、インターネットの常套句だったのだと思う。


 ただ、それが他の誰でもない――ゲームを知り尽くしたヘビーゲーマーの口から出た事が、逃れようのない事実を、残酷な現実を突きつけてくるように聞こえてしまう。

 それに加えて、"****(伏せ字)" さんのプレッシャーが消えて弛緩していた事だとか、自分が肝心な時ばかり役立たずである事とか。

 そんなアレやコレが、ごちゃまぜに絡み合ったすえ。



「…………ひっ……ひっく…………」



 湧き出る嗚咽を止める事が出来ず、涙が自然と溢れ出していた。




     ◇◇◇




「……えっ、何? マジ?」


「ファー! なんか泣いとるやんけ!」


「……ぼ、ぼくのせいじゃないお!」


「は? ガキかコイツ」


「…………」



「ひっ……う……う、うぁぁ…………」




 どうしてなのかわからない。私はそんなに弱い子じゃなかったはずなのに、とも思う。

 だけど、一度溢れ出してしまった涙は、どうしようもなく止まらない。


 望む通りに行かなかった。

 自分の内で理想の未来を作り上げ、それが叶わなかったから。


 勝手に裏切られた気持ちになった。

 同じRe:behind(リ・ビハインド)を熱心にプレイする同士、絶対にわかりあえると勝手に思い込んでいて、だけれどそうとは行かなかったから。


 大きな力を持つ彼らが、私たちを見捨てる事が確実な物となった。

 予想を超える力を持っていた最強の廃人集団が、私のせいで『参戦するかどうか不明』から、『絶対に参戦してくれない』に変わったから。


 ……"リビハが終わる" という事を、彼らがはっきり言ったから。


 どれが私の心を湿らせ、泣き虫にさせたのかはわからないけど。

 ただ、どうしようもなく悲しくて、自分でも嫌になっちゃうほどに、みっともなく涙が流れる。




「……うぅぅ……やだ、やだよぉ…………」


「……なにコレ。すげー困るんだけど」


「泣けば俺らが言う事聞くと思ってんのか? あほくさ」


「やべぇよ、やべぇよ……」


「さっさとダイブアウトし(落ち)ようぜ、付き合ってられんわ」



「……う~ん? なぁ、アンタさ……」


「いや、やめとけってリーダー。癇癪起こして泣いてる奴相手にするとか、コウリツ悪いだろJK」


「サワンジャネ」


「うぅぅ……ひぅぅ…………?」


「【正義】のネーチャンはさ、何が悲しくて泣いてるワケ?」




 "****(伏せ字)"さんの声が聞こえる。

 何で泣いているんだ? って。


 ……そんな事聞かれても、わからない。

 それはもう、色々だから。



「うぇぇ……」



【正義】のクリムゾンとしてとか、リビハを守るためとか、そんな沢山の事が頭の中で渦を巻いて、自分でもよくわからなくって。


 …………ただ、心の中にある事は。

 一番大きい事は、ずっと1つきりなんだ。


 この前リスドラゴンに突っ込んだ時から、ずっとずっと思っている事。

 私は……私は。




「……も、もっと……ひっく……リビハ…………したいよぉ……」


「…………ん」


「み、みんなと一緒に…………遊びたいぃ…………」


「……あ~…………」


「一緒に……楽しいことしたり……う、うぅ~……一生懸命がんばったり……もっとお喋りとか…………したい、よぉ…………うぇぇ……」


「…………」


「わた、わたし……リビハが…………好きだから…………だからもっと、ずっと……ずっと、やりた、やりたかっ…………うぅぅ……」




 私がずっと思っていた事。サクリファクトくんが見せてくれた事。

 それは、ただそれだけの事。


 自分の役割ロールらしさとか、名声にかかる期待に応えてとか、そういうところも否定はしないけれど……。

 それでも一番根っこにあるのは、ただそればっかりなんだ。



 自分がリビハをしたいから、おしまいにしたくない。


 遊びたいだけなら他のVRゲームでもいいけど、それじゃあだめで。

 お喋りをしたいだけなら、現実リアルでもアバターチャットでもいいけれど、それは私の求めるものじゃない。


 私は、このDive Game Re:behind(リ・ビハインド)の中で。

 そこで知り合った人たちと、そこに生きる人たちと、彼らと出会えたこの場所で。

 一緒に笑って、手を取って、生きて……そうして目一杯、人生の中の限りある時間を共有したいんだ。


 私は、このゲームが……大好きだから。

 ただ、それだけなんだ。




「……うぁぁ……いやだよぉ…………もっとリビハしてたいよぉ……」


「……どうすんのコレ」


「わかんね」


「みんな楽しくやってるのに…………ラットマンに……ちゅ、中国プレイヤーに台無しにされるなんて……そんなの、いやだぁ…………」


「…………」



「……まぁ……それは……うん……」


「んな事言ったって、なぁ……?」


「……あ、ぼ、ぼくは……!」


「……なんだ? "髪の毛ふさお(ハゲたん)"。なんかあんのか?」


「おい、煽んなよリーダー」


「良からぬ展開の悪寒」




「……え、ええ~! ラ、ラットマンって! ちゅ、中国プレイヤーだったのかお~!」


「……ひでぇ棒読み」


「なんで初耳風やねん。そんなモンとっくに知っとるやろ」


「ゆ、許せないお! ぼくは中国人に、嫌な思い出ばっかりなんだお! これは許しちゃおけないんだお!!」


「…………オイオイオイ」



「……あー、"髪の毛ふさお(ハゲたん)" は、闘魂力士やらんのね。了解~」


「ワイはやるで~」


「俺漏れも」


「みんな、いいのかお!? 中国勢に良いようにやられて、平然としてられるのかお!?」


「はは、そうだなあ。そうかもしれんなあ。ネトゲ界隈の中国人ってのは、ムカつくもんなぁ」


「……は? 何乗っとんねん、リーダー」


「みんなもネットゲーマーの端くれなら、中国人は見敵必殺サーチ・アンド・デストロイじゃないのかお!? このクランはいつの間に、そんな腑抜けだらけになっちまったんだお!?」


「……やっすい挑発だなハゲ。頭皮洗って出直してこいよハゲ」


「……【死灰】もラットマン相手に大立ち回りしてるって記事を見たお! "聖徳太子タイシ" と【死灰】は、また水をあけられるんだお!」


「…………は? 殺すぞてめえ」


「【死灰】は中国ネズミ相手に百戦百勝だお! "聖徳太子タイシ" は負けっぱなしで相撲ゲーにスタコラサッサだお! 超だっせえお! くそざこすぎなんだお!」


「…………」


「いや、"髪の毛ふさお(ハゲたん)" 、その煽りは洒落にならんて」


「……ま~いくら公式RMTつったって、アイテム換金すんのもダリィしな~……。盛大に引退祭りしてもいいけどさ~」


「……あん? やんの?」


「ん~……う~ん、やるか~」


「おう、いいんじゃね? 俺もクラン倉庫片付けんのめんどくせーし。つかそんな端金集めて分配すんのとか、クッソ効率悪いわ」


「本当にクランリーダーか? コイツ」


「やりますねぇ!」


「はぁ……まま、ええわ」


「中華狩りとか、最後に最高のコンテンツ来たわ」


「み・な・ぎ・っ・て・き・た」




 …………話がよくわからない。

 中国が生意気だとか、倉庫整理だとか、引退祭りだとか……。


 それではまるで、ラットマン相手に闘ってくれるような……。




「……で、【正義】のネーチャン。次はいつ頃ぶつかんの?」


「……へ、え……? え、えっと……リアルで10時間後、くらい……です……」


「あ~、言っとくけどさ。指揮下とかには入らんからな? 俺らは俺らで勝手にやるよ。ライトちゃんと臨時PTとか、効率クソ悪そうだし」


「"エイトビート(ハチ)" 何持ってくん? ヴァリある?」


「あ~、あるぞ。観賞用のも出すわ」


「コレクターの観賞用とかくさそう」


「変な汁ついてそう」


「まだつけてねーよ」


「あっ……」



「ちと買い出し行く」


「ワイも行くわ。召喚用の魔宝石足りん」


「ぼ、ぼくも行くお!」


「露店出てんの西だっけ? リーダークラン倉庫の権限ちょうだい」


「あいよ、いってら」




「……あ…………えっ?」




     ◇◇◇




 私が混乱しきっている内に、あれよあれよとクランハウスを飛び出す『ああああ』の面々。

 そうして一瞬で静まった室内は、私と "****(伏せ字)" さんの2人きりとなって。


 ……これは、もしかすると。

 …………手伝ってくれる、のかな?


 でも、どうして?




「…………一応言っとくけどさ」


「……?」


「女の涙でどうのこうのとか、そんなんではないから。そんな紳士共だったら、多分童貞じゃねーし、絶対ネトゲにハマってもねーし」


「…………」




 ぽつり、と喋りだす "****(伏せ字)" さん。

 その表情や雰囲気は、初めに見せたそれとはまるで別物のよう。




「……よく、誤解されんだよな」


「……誤解?」


「お~。ほら、俺らってさ。『廃人』っつー奴だろ?」


「……うん」


「『廃人』『コア』『ガチ勢』。そういうのって、いつでもどこでも『エンジョイ勢』と逆の存在って言われてっけどさ。別に俺らって、エンジョイしてないワケじゃねーんだよ」


「…………?」


「楽しみ方が違うだけ。『ガチ勢』と『エンジョイ勢』ってのは。俺らはガチでゲームして、最速の攻略と最高の効率を求めるのが楽しいんだよ、はは」


「……あ……」


「じゃなきゃネトゲに入り浸ってねーって、ははは。たかがゲームにガキみてーにマジになって、真剣にレベリングしたりレイド攻略すんのが楽しくてしょうがねーから、四六時中やってんだ、はははは」




 ……言われてみれば、そうなのかもしれない。

 いや、そうでなくては変な話だ。


 ガチ勢。真面目にゲームをやる人たち。

 それは時折『余裕がない人』『楽しむ事より効率を優先する人』を指すように言われたりもして……私も実際、ちょこっとだけそう思っていた。


 だけど実際は、違うんだ。

 彼らはそれが――――『ガチ勢という遊び方』が好きだからやっていて。

 それもまた、1つのゲームの楽しみ方っていうだけなんだ。




「だから余計にな、気の合う仲間ってのは貴重なんだ、はは。いつでも真剣にゲームが出来る『ガチ勢』限定な上に、それ相応のプレイヤースキルも必要だし。そのために入会も脱会も自由にしてるから、長く続く奴のほうが稀だしな~ははは」


「…………」


「『エンジョイ勢お断り』『来る者は拒まず、去る者は追わず』。その上『ゴリゴリのネトゲオタクの集いに溶け込めるヤツ』って限定しまくってるから、まぁ集まらんわな、ははは」


「……うん」


「だけどその分、()()()()()()どっぷりだ。他では中々見られない、高プレイヤースキルと高い意識と、ついでに外には出られないほどディープな会話のやり取りで、代えの効かない関係になる。"普通のクランはいくらでもあるけど、このクランはここしかない" って思ってんだ。俺も、あいつらもな、ははは」


「…………すごい」


「ははは、すげえだろ? ゴミ溜めみたいな集まりだけど、俺らは俺らでとびきり楽しんでんだ。それこそ『ガチ勢』だとか『クソ廃』だとか言われるのと同じに、()()から見たら歪で汚らわしいんだろうけどな。はは」




 変な喋り方。常軌を逸したコミュニケーション。

 それらは私からすると、とても『良いもの』とは言えないものだったけれど。


 それが彼らの交流法で、それもまた1つの楽しみ方って事なんだと思う。




「……うん、わかるよ。だってここのみんなは、とっても楽しそうだったから」


「ははは、そうだろ? 馬鹿ばっかりだけど、そうなんだよ。だから、だろうな~」


「…………だから、って?」



「……アンタが言った『正義のために』とか、『リビハを守るため』とか……そういうのはさ、クソなんだよ」


「う…………」


「そんなんどうでもよすぎるって。アンタのロールプレイだったり、勇者サマぶったドラマチックな思考の話だし。それはアンタが勝手にやってる事で、()()()()()()()()()だ。俺らには関係ねーし、巻き込まれるのはゴメンなんだよ」


「…………うん……」


「だけど、『このゲームが好き』ってのは、わかる。『みんなと一緒に遊びたい』ってのも、まぁわかる。俺らゲーマーはそういう気持ちを知ってるし、大体そう思ってるから、そういう考えを否定したりはしないんだ、ははは」


「……あ……」


「だったらまぁ、タイミングもいいし、多少は手伝ってもいいってなったりするんだ、はは。どうせもう辞めるんだから、後を考えずに浪費しまくって――――同じゲームを楽しんだ者として、ははは、少しは手伝ってやってもいいってなぁ」




 ……彼らの急な心変わりは、そういう理由だったんだ。


【正義】としての言葉じゃなく、名誉や名声に関わるものでもなく。

 1人のプレイヤーが、何も着飾らずに言った言葉に、同調をしてくれたから。


 Re:behind(リ・ビハインド)のシステムに沿って、二つ名を育む『ライトゲーマー』で『エンジョイ勢』の私。

 あくまで1つのRPGとして、がむしゃらなレベリングと効率を求め続け、立ち回りや連携を研ぎ澄ましていた『ヘビーゲーマー』で『ガチ勢』な彼ら。


 プレイスタイルはまるきり違うけれど、根っこにあるのは同じもの。


 このゲームを、楽しむ気持ち。

 仲のいい人たちと、一緒にいたいという気持ち。


 ……みっともない涙と一緒に、情けない本音を零してよかった。




「……中国だとか引退だとか……はは、素直じゃねーにも程があるって。意地でも "アンタのため" "みんなのため" とは言わねーんだよなぁ。いつだってアイツらは、私欲のためってスタンスを崩さねーんだ。それをしたら負けだと思ってんだろうなぁ」


「…………」


「つってもまぁ、それも当然か。いつでもどこでも口を揃えて "俺がこのクランに居るのは、そのほうが経験値効率がいいからだ。理由なんてそれだけだ" なんて言ってる奴らなんだから。なぁ? ガキみたいでおもしれーだろ? はは」




 素直じゃないというか、へそ曲がりというか。

 優しさを見せるのは格好悪い、友愛を伝えるのは情けないと考える、ある意味少年のような心を持つ人たち。


 ……そう考えると、あの苛烈なやり取りの一つ一つが、愛情の裏返しであるように見えてくるような気がする。

 ……ちょっと、可愛いかもしれない。




「……だからまぁとりあえず、俺らが向かうエリアは安心して任せて――――」


「あ、あの……ちょっといいかお?」




 そうして静かな会話が弾む室内に、再び『ああああ』の面々が顔を見せる。

 しかしその様子は、先ほどとは打って変わって……酷く控えめな、おずおず といったもの。


 ……ど、どうしたのだろう?

 何か不備でもあったのだろうか?




「なんだよ "髪の毛ふさお(ハゲたん)"。忘れ物か?」


「いや、あの……せ、【正義】さんに、お願いがあるんだお」


「お願い……? わ、私が出来る事なら、何でも…………」




 先頭の丸顔の "ハゲたん" と呼ばれる男が、私に視線を向けてくる。

 その丸い顔は、どことなく赤らんで。


 …………なにかな?




「……ち、ちゃんと勝てたら、あの、その……ふ、ふくらはぎをっ! 触ってもいいかお?」


「髪の毛の匂い嗅がせてクレメンス」


「今何でもするって言ったよね? 自分、二の腕ぷにぷにいいっすか?」



「……え…………」




「……私欲のため は良いけどさぁ…………はは、何だよその頼み事。ほんと童貞くっせえなお前ら、はははは」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ