第三話 【正義】の受難 中
□■□ Re:behind首都 『ああああ』クランハウス前 □■□
「と、と、と……突然の来訪、失礼するっ。ここがクラン『ああああ』の拠点で間違いないだろうかっ!」
「……は? 誰だよてめーは。いきなり現れて好き勝手言ってんじゃねーぞ」
「……コイツ【正義】じゃね? つか喋り方ヤバスギィ!」
「いきなりガチRPer現れて草」
「有名プレイヤーたんインしたお!」
「何でザ・エンジョイ勢がここ来るんだよ。ライトちゃんはお外でシコシコ自演売名してろ」
「つーか装備赤すぎワロタ。迷彩効果は二の次でRPとか、流石二つ名厨は気合が入っていらっしゃる」
「自分、見抜きいいっすか?」
「しょうがないにゃあ」
「あの人、実際に触れるVRMMOで見抜きを……? 妙だな……」
「せやかて工藤!」
「カオス」
「あ、あの……」
ドアを開けた瞬間に、濁流のような会話が押し寄せる。
思わず圧倒されながら見渡せば、ここには8人のプレイヤーが居る事がわかった。
……にしても、事前にカニャニャック女史に聞いてはいたけれど……。
彼らの喋り方の、なんて独特なことか。理解するのが難しすぎる。
「つかそんな事よりさ、今って首都の経済ガバガバじゃん? ラットマンに効くとかガセネタ流してゴミアイテム処分しまくろうぜ」
「乗るしかない、このビッグウェーブに」
「あ~、そういや首都西出口の露店で魔宝石とかがクソ安値で売ってたわ。一人2個までとか言ってたけど、変装すりゃ何度でも買えてウマいかもわからんね」
「おほ~」
「定期のトカゲ狩り行く人~? 火力欲しいっすわ」
「行ってやってもいいぞ」
「あ、タンクさんは環境ゴミだからすっこんでて下さ~い」
「殺すぞてめー」
「なぁ、『花束火炎バラ』のPOP位置キープ、誰か忘れてスルーしただろ。エンジョイ勢にいくつか抜かれてたっぽいぞ」
「は? ありえん。担当誰だよ。てめーか? "聖徳太子" 」
「俺じゃねぇよハゲ」
「あっそ死ね」
「辛辣スギィ!」
「また髪の話してるお……」
彼らの喋り方は、一言で表すならば『古い時代の定型文』といったものらしい。
インターネットの一部や著名なネットゲームで使われて、長い歴史の中でかろうじて生き残った"コピペ" "語録" と呼ばれるようなもの。
そんな、いわば "ワールド・ワイド・ウェブの方言" のような物の奔流を目の当たりにすれば、彼らがそれを使う理由について語ってくれたカニャニャック女史の言葉を思い出す。
『彼らが口にするのは、一種の鳴き声のようなものなんだ。うぐいすが決まってホーホケキョと鳴くように、アブラゼミがミンミンと繰り返すように、定形に収まっているからこそ有効なコミュニケーション手段だね。
インターネットの深い所にいないと聞き覚えのない定型文、長年の経験がないと理解出来ないアンダーグラウンドな世界の常套句。それらを発し、聞き、自分はそれを理解していると見せつける事で、同族意識を互いに高め合っているんだよ。
……ああ、ちなみに、気になる単語があったとて、それを調べる事はおすすめしないよ。
ああいうものは往々にして、良からぬものが原典となっているからね』
彼女にそれを聞いた時にはよくわからなかった内容が、こうして実際に体験する事で、はっきりと理解出来た。
私には通じない。彼らには通じる。
だからこそこれが良いのだろう、と。
「あ、思い出した。細い電撃で脳を焼く魔法作ったんだけど、誰か試し打ちさせてくれん?」
「おう。 "すかさずハメ太郎" にならやっていいぞ」
「勝手に許可出してて草」
「別に俺はいいけど、そんなクソザコスペルじゃ死んでやれねーと思うぞ」
「ほい、『アタマ・コワレールガン』」
「…………アッ」
「即死やんけ! 草生い茂る」
「だっせえコイツ、秒で死んでるじゃん」
「つかスペルの名前ヤバスギでしょ。小学生かな?」
…………ひどい。
その一言に尽きる。
殺伐とした内容に、それを生み出す意味のわからない喋り方。
その上、当然のように魔法をプレイヤーに向けて撃ち、平気で殺して平気で殺され、周りは平気で笑っている。
……怖い。全部が理解出来ない。
同じRe:behindというゲームを嗜む者同士、ある程度は通じる所があると思っていたけれど。
まさか……こんなに、だなんて。
出てくる言葉はまるで理解が出来ないし、やる事だって異常ばかり。
その上『カルマ値』が底値なのは当然と言わんばかりに、『接触防止バリア』が存在しない前提で行われた、手軽すぎる "PK" 。
これはあまりにも、住んでいる世界が違いすぎる。
なんだかとっても心細くなってしまう。
こんな事なら格好つけずに、誰かと一緒に来ればよかった。
例えば、こういう場面に強そうな……。
「…………うう、【死灰】を誘えば良か――――」
「『さみだれ』」
「――――きゃっ!」
そうして私がマグリョウの二つ名を口にした瞬間、無数の斬撃が飛んでくる。
咄嗟に腕で防御をしたものの、それらは全て『接触防止バリア』によって弾かれた。
「……えっ、えっ?」
「女騎士が "聖徳太子" の地雷をガッツリ踏み抜いててワロタ」
「あ~【正義】ちゃん、コイツの前でその名前は禁句なんよ。一回同職のタイマンで負けてるから、トラウマになっちゃってるんだってよ」
「トラウマじゃねぇよハゲ、クソ気に入らないだけだハゲ」
「あー! いい加減ハゲハゲうるさいお! もう怒ったお! いでよ、『ぽこワーム』!」
「キュリィィ!」
「おっ? "髪の毛ふさお" 自慢の一本糞かな?」
「これもううんこでしょ」
「ううううんこじゃないお! 茶色いワームだお!! 召喚獣なんだお!!」
唐突な攻撃に混乱する私をよそに、"タイシ" と呼ばれた男と、召喚士の『召喚』によって呼び出された "ぽこワーム" という名前の召喚獣が喧嘩を始める。
……もう、何がなんだかわからない。
これが廃人の持つ空気感なのかな?
正直、全然ついていけないし、何だか不気味で気持ちが悪い。
「【死灰】……ね~。アイツはそこそこ強いからな~」
「せやな。つーかアイツ、どっちかっていうとこっち側やろ」
「まぁ、【死灰】はソロでハイリスク・ローリターンのダンジョンとかやってるアホなんですけどね、初見さん」
「グッツグツに煮込まれた厨ニだしな~。一緒に居たら心が痛死しそう」
「つか結局【正義】ちゃんは何しにきたん?」
「俺にはわかる。くっころ志願でしょ」
「はえ~すっごい淫乱」
使用スキルから見て恐らく軽戦士であろう "タイシ" と、大きな茶色ミミズがドタバタする隣で、平然と会話をする3人が、こちらへ声をかけてくる。
『くっころ』というのが何の事なのかはわからないけど、ともかくこれは好機かもしれない。
このタイミングで、無理やり本題をねじ込むのだ。
「そ、そうなのだ! 私は今日、お願いがあって来たのだ!」
「のだのだうるせーのだ」
「なんていやらしい口調なのだ……」
「あ、あなた方も知っているとは思うが……今このリビハは、大変な危機に瀕しているのだ! だから、助力を賜りに来たのだ!」
「危機っていうと、ネズミ頭のラットマンやろ?」
「そうなのだ。今はひとときの停戦状態だが、再び激しくぶつかりあう時が、近い内に必ずあるのだ。だから、リビハを守るためにも……あなた方『ああああ』の力を借りたいのだ」
「ふ~ん、俺パス~」
「ワイもお断りやで~」
「そうだよ」
「なっ、なぜ!? 首都が、ひいてはリビハが終わってしまうかもしれないというのに、どうして!?」
「知ってるけど、別にどうでもいいんだよな~」
「まぁ、終わったら終わったでしゃーなしって感じやな」
「そうだよ」
返ってきたのは、予想外の反応だった。
誰よりリビハをプレイして、誰より真剣に効率と強さを求めた彼らは、このゲームがどうなってもいいらしい。
……なんでだろう。やっぱり彼らは、よくわからない。
四六時中ダイブをして、常に精力的に高みを目指していた彼らは、リビハに強く執着してると思っていたのに。
「つーかぼちぼち、やる事もなかったしな」
「そうだよ。このゲーム底が浅スギィ!」
「レベルキャップ開放が亜人種と関係してるっぽいけど、『そこまでして、だから何?』って感じは否めないわな~」
「せやな。進入不可エリアだらけやし、見つけたMobも大体殺したし。やりきった感あるで」
「あ、あの……! でもっ! …………そうだ! お、お金も払うのだ! あと、あと、私のクランハウスをあげてもいいのだ! だから! だから……!」
「ライトちゃんの端金とか要らないわ~。『治癒のポーション』を誰も作れない時代に、全員で作りまくって荒稼ぎしたし」
「『重クロガネ鉱石』もさんざん独占したったしな。リアルで金使う事もないし、正直あまりまくっとるわ」
「30分で、50万!」
「あとクランハウスは普通に要らねーっすわ。ここあるし、ライト勢のクランハウスとかスゲーくさそう」
「そ、そんな……」
「なんつーか、ゲームクリアにちょうどいいタイミングなんだよな~。新しいVRゲーも続々出てるし。リビハが終わったら次なにやる~?」
「あれええやん、相撲取りのやつ」
「え~、アレって結局デブ同士でぶつかりあうだけっしょ?」
「ガチホモもこれには思わずにっこり」
想定外だった。
私の予想では、彼らがラットマンが狙う『ゲート』の重要性をわかっておらず、それゆえ傍観を決めていると思っていた。
しかし、彼らの言葉を聞けば、どうやらそんな現状をしっかり把握した上で、どうでもいいと思っているよう。
それこそ、ゲーム内マネーやクランハウスになんて、価値が見いだせないほどに。
……どうしよう。
彼らガチ勢の考えが、このゲームに対する熱意の形が、どんなものなのか――それがさっぱりわからない。
毎日ダイブして、お金を稼いでレベリングをして、そうしてこの世界に依存していたわけではないのだろうか。
「そもそもシステムが下らんのよな。キャラのレベルを上げるより、有名になったほうが手っ取り早く強くなれるとか。そんなんRP推奨すぎやんけ」
「やっぱり僕は王道を往く……Mob狩りレベリングスタイルですかね」
「まぁ、普通のRPGではないよな。レベル上げんのも金さえあれば一瞬だったし」
「職業適性試験とかぬるすぎて草生えたわ。一ヶ月でカンスト余裕でした」
「『ああああ』みたいなガチ勢向きじゃないわ、このゲーム」
「気づくの遅杉内」
「ま、多少はね?」
そうして気づく、1つの答え。
このRe:behindは……彼らにとって、『終わったもの』だと言う考えかた。
彼らにとってのこの場所は、全部を攻略しきった世界なのだ。
レベルを最大にして、存在する "Mob" を手当たり次第葬って。
お金儲けや戦闘の熟練も、全部をきちんと網羅し尽くした、やりこみが終わったゲームなのだ。
だから、世界の存続などには興味がなくて。
こうしてたまり場でお喋りしながら、適当に狩りに行ったり遊び半分で素材を独占したりして、仲間とざっくばらんに遊んでいるのだ。
「うぐ…………」
流石と言うか当然と言うべきか、やっぱり全員レベルがキャップに達しているらしい『ああああ』の面々。
その上、大体のモンスターを狩ったという確かな経験があった先での、ついに来たゲームへの飽き。
それに加えて、先程の『定期のトカゲ狩りに行こう』という誘い文句から、暇つぶしにリザードマンを狩っているようですらあって。
……だから余計に、くやしくなってしまう。
『外来種』を倒すのに慣れている事が伺える、最大レベルの手練集団。
その力を借りる事が出来ないのは……極上のキュウリを前に、おあずけされたカッパのような気分になってしまうのだ。
「そういうわけだから、さっさと帰って、どうぞ」
「正直お前、邪魔やで」
「で、でも……! 人数をもっと揃えないと、リビハが……!」
「どうでもええわ。ライトちゃんはライトちゃんらしく、ぬる~い絆を深め合ってりゃええんやで」
「いつも通り狭い範囲で最強決めて、恥っずい恥っずいロールプレイで黒歴史製造マシーンしてな~」
「せや。ラットマンに負けてリビハが終わる時は、雑魚共の断末魔聞きながら白米食ったるで」
「あ~いいっスね~」
「そんな……うぅ……そんな言い方…………」
……駄目だった。にべもない、とはまさにこの事。
それなりに知られた私の知名度も役立たず、交渉の席にすらついて貰えなかった。
ただただ馬鹿にされ、酷い言い様で心を傷つけられて、『ライトプレイヤー』代表として笑われた。
決死の覚悟でここにきて、身を奮い立たせてドアを開けたのが、ばかみたい。
あけすけにないがしろだ。室内で門前払いだ。侮りと嘲笑だらけの、丁寧に最悪な扱いだ。
悔しい。悲しい。心が痛い。
ひどいよ。こんなのないよ。
「そうだお! とっとと帰るんだお!」
「あれ? "髪の毛ふさお" 、うんこワームは?」
「"聖徳太子" にやられちゃったお……再召喚まで3時間だから、トカゲ狩りいけないお……」
「コイツ使えなさすぎて草枯れる」
「間抜けかてめーは」
「なんだこのオッサン!?」
「おいハゲ。うんこワームの返り血くっせえんだけど、これ自動で消えねーの?」
「消えないお。それは『ぽこワーム』の特殊能力、『くっさいくっさい血液浴びせ』なんだお! 洗っても中々落ちないんだお!」
「クソザコの置き土産厄介すぎワロタ」
……血まみれで細身の軽戦士、 "タイシ" を見れば、思い出す。
あの時、自身の体を血で真っ赤に染めて、キラキラした活躍を見せてくれたサクリファクトくんを。
彼に勇気づけられて、もっと頑張らなきゃって考えて。
そう決心して訪れたこの場所で……私はとうとう、何も得られなかった。
……あなたと並び立って居られるよう、一生懸命頑張ろうとしけれど。
私の【正義】も、私の『正義』も、ここの人たちには通用しなかったよ。
「つか、それならちょうど良くね? さっき話してた相撲のVRゲーやらん?」
「闘魂力士ってやつ? 別に良いけど、あれってヘッドギア式? 脊髄プラグ式?」
「あれは確かヘッドギアだお。ぼくは『むらくも重工』の最新型持ってるから、すぐに出来ちゃうお」
「ええやん、なんぼなん?」
「650万くらいだったお!」
「ほーん、ポチるか。2時間くらいで届くかね?」
「都心部なら30分もあれば来るやろ」
「よし! 俺は群馬だからギリ都心だな!」
「うるせーぞとうほぐの民」
「…………」
……サクリファクトくん。
平凡で、普通で、特徴らしい特徴のない……ちょっとだけお口が悪い、私のヒーロー。
あなたなら、こんな時。
その身を犠牲にして、とても素晴らしい事ばかりをする、あなたなら。
こういう時は、あなたはきっと。
そういう事を、するんだよね。
……うん、そうだ。
サクリファクトくんならきっと、いつも通りの彼らしく、一生懸命をするのだろう。
だから私も、そうしよう。
彼に並んでいられるように、自分が一番良いと思った事を、なりふり構わず目指すんだ。
何を捨てても、何を差し出しても。
一番素敵な未来のために、ただひたむきに突き進むんだ。
「…………君たちの事は、よくわかったのだ」
「何やねんライト勢。まだいたんか」
「はいはい、もういいから。シコシコ売名する作業に戻りなさいって」
――――今日の私は、ヒーローだ。
この世界で確かに見つけた、作り物じゃない、ちょっとだけダークな私のヒーロー。
そんな彼の背中に憧れを見て、彼の役割で遊ぶするんだ。
……ごめんね、マザー。
私は今日少しだけ、悪い子になるよ。
そして、サクリファクトくん。
あなたらしさを、ちょっと貸してね。
「――……ああ! よぉくわかったのだ! クラン『ああああ』は、ラットマンに怯える臆病者の集まりだという事が!」
「…………あ?」
「よ、よぉ~し! この【正義】のクリムゾンは、外でいっぱい言いふらしに行っちゃうのだ! わ、わ~い!」
「……は?」
「ファッ!?」
『正義』のためなら『悪』もする。
それが私を救ってくれた、ダークヒーローの生き様で。
それをちょこっと真似たなら、どんな事だって出来るはず。