第二話 【正義】の受難 上
□■□ Re:behind首都 『正義の旗』クランハウス内 □■□
【竜殺しの七人】たちとの会合が終わったこの部屋で、私は一人考える。
――――私は不足していた。
それは、ラットマンの襲来が唐突な物だったからでもあるし、思わぬ強敵だったからでもある。
しかし、決してそれだけとは言い切れないというのもまた、真実だ。
あれくらいで十分だと思っていた。
力ある知人に声かけをし、自分の力を余すこと無く発揮して、ただ頑張ればどうにかなる――――そう考えていた所が、確かにあった。
だけれど今は違う。
ラットマンが再び来る事を知り、彼らが大変厄介だと言う事を知り、自分の力だけではどうにもならない事を知った。
だから、このままでは……駄目なのだ。
サクリファクトくん。私のヒーロー。
彼が見せてくれたアレコレは、持っていた物と持っていなかった物その全てを使い切り、とにかくなんとかしようとする……死に物狂いの生き様だ。
だからああして成し遂げて、私とプレイヤーを救い尽くした。
そういう彼の本気な気持ちが、窮地を覆す事が出来たのだ。
……だから私も、そうしよう。
彼の輝かしい生き様を見て、意識を改めるこの【正義】のクリムゾンは。
例え何を捧げようとも、勝利をひたむきに目指すと決めたのだ。
そうでなくては、並び立てない。
ゲームを楽しみ、ゲームに熱を上げ、ゲームだと理解しながらも、ゲームだと馬鹿にしたりはしない……そんな彼の隣に居られない。
やろう。私が私として出来る事、その全部をやりきろう。
間に合わなくて後悔したりは、しないよう。
後ろから来てあっという間に私を抜き去った、黒くて赤い私のヒーローに、置いてけぼりにされないように。
◇◇◇
「隊長! どういう事ですか!?」
「ああ、魔法師隊員か」
魔法師隊員。
そのキャラクター名は、『過密スケジュールの末ついに狂った喋る機関車』という。
クラン『正義の旗』創設前からの付き合いで、Re:behind最初期には共に自治を行った大切な仲間だ。
……そういえば、私がクランメンバーを『○○隊員』と呼ぶようになったのは、彼が原因だったかもしれない。
長くて意味もわからない上、愛称もつけにくい名前の彼を呼ぶのに困った私の苦肉の策が、そういう呼び方の原型だったと思う。
「魔法師か――じゃないですよ! どうしてクラン倉庫の一斉整理なんてしてるんです!? こんな戦時下みたいな状況で、溜め込んでた素材に薬草全部買い叩かれまくってるし……!」
「お金が必要なのだ。それと、保管場所も失くなるかもしれないのでな」
「……失くなる? どういう意味ですか?」
「私はこれから、"クランハウス" を譲渡する……かもしれないのだ」
「はぁ!?」
クラン創設資金は私が全額払ったし、この建物も私のお金で建てた物。
だからこれは私のクランであるし、全てが個人的所有物だと言える。
……だけど、私の胸いっぱいに湧き上がるのは、彼や他のクランメンバーに申し訳ないと思う気持ちだ。
範囲を指定し、外装や内装を選択して始まったシステムによる自動建築を、飽きもせず眺めたあの日。
一緒に家具を配置して、クランで掲げる旗をデザインし、何をどうすれば正義っぽい雰囲気になるのか語り合った事も忘れられない。
ダイブしたらまずはここに顔を出し、どこかで正義をするためここから飛び出て、事が済んだらここへと帰る。
そんな思い出がいっぱい詰まった、私たちの全てとも言えるこのクランハウスを、手放すかもしれないという通告は――やっぱり胸にちくりと来る物があった。
「な、な、何でですか!? どうしてそんな! ここを……売るだなんて!」
「売るのではない。譲渡で、あくまで可能性の1つなのだ」
「どういう感じで手放すかなんてどうでもいいんですよっ! 何でですか!? クラン倉庫の物まで売って……何でそんなに金をかき集めているんですかっ!!」
「…………『狂った機関車』、聞いてくれ」
「いや、なんですか狂った機関車って! いきなり何を……あ、いや、それは俺の名前か……」
「ふふ」
自分の名前を自分で忘れた彼のおかしさに、思わず苦笑が漏れてしまう。
……でも、そうだよね。
目の前の彼は、私の隣にいる内ずっと『魔法師隊員』としか呼ばれていないし、それほどまでに私のクランと共にあったのだから。
自分の本当の名すら忘れるほどに、私とばかりプレイしてきた。
その裏付けになるのが私の笑みで、そんな長い時間はずっとこのクランハウスで過ごして来たんだ。
それを思えば……笑うと同時に、目頭がぎゅっと熱くなるようで。
「わ、笑わないで下さいよ。今のは勢いで言っちゃっただけなんですから」
「ふふ、すまない……えへへ」
「……はぁ……全く。隊長はいつも、思い立ったら即なんですから……付き合わされる身にもなって下さいよ」
「ふふ……それも、すまないと思っているのだ」
そうして呆れた顔をする彼は、先程までの鋭い剣幕をすっかり引っ込めて。
……気を回す魔法師隊員の事だ。きっと私の表情を見て、何かを察したのだろう。
正義を胸に突き進んできた長い年月。そんな私をいつでも支えてくれたのが、今目の前にいるこの彼だ。
ヒーローを目指す馬鹿な女。ロールプレイを貫く痛い女。些細に気づかず、盲目的で、不器用を極めた駄目な女。
そんな私がヒーローで、クランの隊長で居られたというのは……彼の補佐によるところが大きいだろう。
それが一体どんな感情でされているのかは、わからない。
その胸にある感情が、友愛なのか、恋慕なのか、父性のような物なのか――それは不器用な私には、まるで考えが及ばない所だ。
だけれど別に、そういう物はどうでもいい、と思う。
なぜかと言えば、それはいつかの雑談の中で、1つの答えを聞けたから。
代わり映えのしない普通な日々の、気兼ねない仲間同士での会話の中で、他愛もない流れで彼の口から語られた――――『なんやかんやで、毎日楽しい』と言うセリフ。
……ただそれさえ聞けたから、そこに眠る感情だとか想いだとかは、どうでもいいんじゃないかと思った。
"一緒にゲームしていて楽しい" 。それさえわかれば、全部大丈夫。
「……なぁ、魔法師隊員」
「何ですか?」
「みんなと遊ぶRe:behindは、君にとってどんな物だったかな?」
「……いや、急に何を言い出すんですか」
「私はとても楽しかった。正義を胸に、あちこちでヒーロー活動をして、クランの名前を知らしめて行く事は……とても楽しい日々だった」
「…………まぁ、それは俺もそうですけどね」
「……うん」
「……それが、何ですか?」
「だから、もっと遊びたい。仲のいいクランメンバーと一緒に、やりたい事を沢山したい。こんな所で終わりにしたくない」
「……そりゃまぁ、俺も普通にそう思いますけど……」
「私が楽しかったのは、お金があったからじゃない。クランハウスがあったからじゃない。リビハがあって、そこでみんなと過ごせたからだよ。だから、それを守るためには――――要らない物から差し出して、守りきれるように頑張らなくっちゃいけないんだ。それで全部がなくなっちゃっても、私とみんながRe:behindに居るなら、これからもきっと毎日楽しいんだから……そうする事が一番なんだ」
「……言ってる事はわかりますよ。別に家とか金がなくたって、俺らが『正義の旗』である事には変わりませんし。……ただ、それで何をするのかって話ですよ」
「うん、そう。そうなのだ。だから私は……私は、行くのだ」
「行くって……どこにです?」
「……『廃屋』に」
「は~………………はぁっ!?」
クランハウスを手放すと聞いて驚いていた時よりも、ずっと驚く魔法師隊員。
私だって他の人がそれをすると言ったら、きっと同じような顔をしてしまうのだろうから、そうなる気持ちもよくわかる。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい。『廃屋』って、あの『廃屋』ですか?」
「そうだ。あの『廃屋』だ」
「"ぼろぼろになった崩れかけのボロ家" という意味ではなく、リビハ世界で言う『廃屋』ですか……?」
「そうだ、その『廃屋』だ」
「……いやいやいや! そんな、本気ですか!? 絵に描いたような『エンジョイ勢』の隊長が行ったら、間違いなくボコボコに言われますよ!」
「うむ、そうだろうな」
『廃屋』。それはとあるクランの集会所。
そしてなおかつ、『外来種』よりもずっと根深い遺恨の灯る場所。
私があそこに行ったなら、恐らく――いや、間違いなく傷つけられる。
何しろあそこの住人は、私のような存在を一番嫌っているのだから。
でも、行かなきゃいけない。
実力だけは確かな彼らに、なりふり構わず縋らなくてはならない状況なのだ。
……私はそれほど、本気なのだ。
「……本気だ。ああ、そうだとも。本気だからこそ、あそこへ行くのだ。
本気でラットマンに勝つために、お金も家も、捧げられる物は全部捧げて、日本国プレイヤーの最大戦力へと、共闘を願いに行くのだ。
私たちのような『二つ名持ちのエンジョイ勢』とは別方向からトップへ至った、最強のゲーマー集団に、この大戦へ参戦して貰うのだ」
「…………」
「きっと、他の人では話を聞いてくれない。とことん『エンジョイ勢』として、ロールプレイヤーとして名を馳せて……そうして一番嫌われている私だからこそ、話を聞いて貰えると思うのだ」
「……わかりました。お供します」
「案ずるな。私が一人で行ってくる。魔法師隊員は、引き続き首都防衛の作戦案を頼むのだ」
「でも!」
「……この役目は、私一人の役目なのだ。『旗印』である、私一人の」
「…………」
「ふふん、私は考えたのだ。下手に出る懇願の交渉をする時に、相手にさんざん踏みにじられるのは、いつだって『旗』の役割だろう? だからこれは、私だけの役目なのだ」
「…………何ですか、それ……」
ごめんよ魔法師隊員。
でもこれは、私だけの役割だから。
◇◇◇
□■□ Re:behind首都 裏通り □■□
「…………」
Dive Game Re:behind。
数々の体感型ゲームが存在する現代においてなお、最も際立つVRMMO。
その特徴は多くあり、ゲーム内マネーがリアルマネーとなる公式RMTや、精神時間加速が唯一許されている事など様々だ。
そんな様々な特色があるRe:behind。
そんなユニークだらけの世界の中でも、一番に印象深い特色といえば、やはり誰もが『二つ名システム』をあげるだろう。
知名度を上げれば二つ名が付き、それに応じた強化やスキルを扱う事が出来るシステム。
それがあるから常にどこかでドラマがあるし、誰もが人より目立とうとする。
個性を持つ事が重要視され、それをやり遂げた物が『リビハの成功者』として羨望されるのだ。
しかし、だからと言って、それだけが正解な訳ではない。
例え二つ名が無かろうと、『職業適性試験場』で職業レベルを上げればキャラクターの身体能力は上昇するし、纏う鎧と手に持つ剣をグレードアップさせれば相応の強さを持つ事が出来る。
それに忘れてはいけないのが、"経験と熟達" という、至極当然の成長だ。
モンスターの行動パターン、素材の用途に採取場所。
スキルの効果をしっかり把握し、状況ごとに何をするのが最適化を見極めるのも立派なレベルアップと言えるだろう。
そもそも、これは当たり前の話だけれど。
VRMMOをプレイするその誰もが、目立つのを望むなんて事はない。
多くの人から名前を呼ばれたり、良いも悪いも含めて話題に上がったりするというのを、嫌う人だって沢山いるのだ。
むしろ、完全に監視し尽くされる現代から抜け出す事を望むのがVRゲーマーだから、目立ちたくないと思うほうが正常なのかもしれない。
だからそんな人たちは、二つ名を得るような生き方をせず、ただひたすらに "ゲーム" だけをする。
ロールプレイもなく、ドラマ性なども求めずに――ただ狩りをし、素材を集め、商売をしてはまた狩りに行く。
そんな "あくまでゲーム的" プレイング。
レベルアップと自分の経験を元に強くなる、という事だけをする人も、相当数居るというのがRe:behindだ。
言うなればそれは、影の者。
【正義】のように明るい場所で、目立って持て囃される者とは真逆のプレイスタイル。
そしてそんな誰彼は、VRMMOという1つの世界を構築する上で、無くてはならない大事な人たちだ。
彼らが素材を集めて売るから、首都にアイテムが流通する。
彼らがモンスターを狩り続けるから、世界はきちんと回り続ける。
彼らが有用な消耗品を見つけ出し、それを作って売り始めるから、供給が生まれて需要が後を追い始める。
"普通にゲームをするプレイヤー" がいるから、"1つの世界" が出来る。
いわば彼らは、世界の土台を組み上げる重要な役割なのだ。
そして何より、そうであるから彼らは強い。
我らが二つ名取得にかまけている間、ずっと狩りをして素材を集め、ことごとくゲーム的成長をし続けた。
それだけをやり続けたからこそ、誰よりスキルに詳しいし、誰よりリビハが上手いと言える。
とにかくこのゲームをゲームとしてプレイし続けた、正真正銘の実力者だ。
そんな様々な理由から、私と彼らは色んな形で呼び分けられる。
私のような二つ名持ちは、『表のトッププレイヤー』であり、彼らは『裏のトッププレイヤー』であると。
つまるところ、私は『ライトゲーマー』と呼ばれる『エンジョイ勢』で。
彼らは『ヘビーゲーマー』と呼ばれる『ガチ勢』と呼ばれて分けられ。
そうして違う世界として認知され、それ相応に棲み分けているのだ。
◇◇◇
□■□ Re:behind首都 『ああああ』クランハウス前 □■□
……そんな『ガチ勢』たちが根城とする場所に、私は一人訪れている。
首都の『色通り』の奥の奥、薄暮に浮かび上がるよう鎮座する、"お豆腐" のような白い建物。
その外観に色気などは一切無く、看板すらもありはしない。
それは何も言わずして "目立つ集合場所になって、クラン倉庫機能が使えればいい" と語りかけてくるような……そんな、とことん実用性だけを求めたクランハウスだ。
ここが『廃屋』。無名の実力者たちが根城とする場所。
ここにいるのが『ガチ勢』であり『廃人』だから、この建物はその通称で呼ばれる。
「…………」
物音が聞こえる。きっとこのドアの向こうには、恐ろしいガチ勢集がいっぱいいるのだろう。
それもそのはず。彼らは本当のゲーマーだから、四六時中ダイブしているのだ。
それこそ、ここが静かな時が無いと言われるほどに。
……入会は自由。脱退も自由。
仲良しグループでもなければ、絆だなんてもっての外。
徒党を組んだ方が利益があるから一緒にいるだけで、互いを利用し合う事が大前提の、ただただ『ゲームを効率良くプレイする』ためだけに作られた集合体。
――――その名は『ああああ』。
無名の実力者たちが集うチーム。
ここが掲げた入会条件は、ただ1つ。
『エンジョイ勢お断り』。
ただそれだけが信条の廃人クランに、『エンジョイ勢』の代表格である【正義】は挑む。
「……ふぅ…………よし、行くぞっ」
怖くない。彼に勇気を貰えたから。私は【正義】なのだから。
だから、これは彼への恩返し。
そして、【正義】なりの1つの覚悟だ。
サクリファクトくんに負けないように。
私に出来る精一杯を、一生懸命がんばるのだ。
そんな気持ちを手にこめて、ドアを3回ノックした。
「……た、たっ、たたたた、たのもうっ!」
怖くない。怯えていない。私は勇気を貰ったし、【正義】のクリムゾンなのだから。
だからこうしてどもっちゃったのは……多分、噛んじゃっただけなんだ。