第三話 食べたり、食べられたり
□■□ 首都東 海岸地帯 □■□
「それにしても、随分獲れたじゃんっ! すごいね、この網!」
「おうっ! ちっとばかし小物ばかりだが、こいつぁ宝の山だぜっ」
ヒレステーキさんとタテコさんが気分を害して去った後、まめしばが無理やり盛り上げるように声を出す。
…………いつまでもよくわからない事を気にしてたってしょうがないか。
さっさと切り替えて、目の前の『出来高』を確認するのが、今この場での賢い選択だろう。
「しかし……凶悪なツラの魚が多くないか? これもモンスターに属するのかね」
「かと思いますよ。モンスターに分類されない生き物、という物は未発見ですしね」
「すご~い、歯がギザギザで、こわいね~」
網にかかったモノで最も目立つのは、ぷっくりと丸い体に凶悪な牙を持つピラニア風の生き物だ。
黒光りする真珠のような眼は、こっちを恨みがましく見つめるよう。
食い殺す為に強化した口の中と合わされば、どうあっても敵にしかなりえない存在だと実感させられる。
「おいっ!! こっちのこれ……ちっちゃいけどサメだぜぇっ!?」
「ほんとだー!! 凄い凄いっ!! リュウ、ピースしてピース」
リュウの指先を見れば、確かにあのざらりとした質感はサメの肌っぽい。
色は赤で頭が矢尻みたいになっちゃいるが、その顔つきはまさしくサメのソレだ。腹の横についたヒレは長く伸び、まるでロケットのフィンのようにも見える。
……それだけであれば、今にも空をも飛べそうな……そんな姿であったけど。鋭い流線型の体は、腹だけパンパンに膨れてる。何かを腹いっぱい喰ったんだろうか。これじゃあ飛べないな。
それにしたって、こうまでお腹が膨らむまで食事をするって……つくづく野生の、モンスターだなぁ。
「フカヒレっつったら高級だろ!? 見ろよこのヒレ……たっぷり食えるぜ!?」
「凄い凄い~……ん? 何か口からはみ出てるよ?」
「おお、何だ? 食べ残しか? 布みてぇだな…………?」
そう言いながらサメの口から赤い何かをずるっと引っ張るリュウ。
意外にすんなり取れたその赤い何かは、どう見ても『布切れ』だった。
「……布? 何か文字が書いてあるぜ…………『Sky……』スカイなんとか」
「へぇ~、英語かぁ。Re:behindって英語は使えないよね?」
「基本、ゲーム内では母国語しか使えませんね。日本は漢字・ひらがな・カタカナと、少しばかり優遇されている…………なんて言われていますが」
どういう事だ? 元の文明とかそういう設定なんてあったっけ?
海外は海外でRe:behindをやってるらしいけど、別のサーバーだって話だしな。何しろ誰も、海外プレイヤーに会った事がないから。
「ねぇねぇ、もしかして……海の向こうのアメリカの人の持ち物かもしれないよ~」
「そういう事も、あんのかもしれねぇなぁ?」
とぼけた女ロラロニーが何時も通りの自由な発想でそんな事を口にする。
……まぁ無くもない、のか? サーバーが別なんじゃなくて、大陸が別なのか?
「ってことは、一つの世界でバラバラに生きてるって事なのかね」
「そのような可能性もなくはないですが…………となると、このサメがこの布を咥えていた理由が気になりますね」
「理由も何も、そんなん当然このサメがプレイヤーを…………」
「…………えぇ? た、たべたの……?」
普通に考えたら、そうなるよな。腹もパンパンだし。
モンスターっていうのは、そういうもんだ。肉食のヤツなら尚更そう。
このRe:behindにおけるモンスターは、独自ながらにきちんと生きている。
骨や筋肉、そして内臓に至るまでもがきちんと機能し、その心臓はちゃんと鼓動を刻んでいるんだ。
だから、食事もきちんと行う。それゆえ、食物連鎖も存在している。
ある程度はシステム的に……増えたり・減ったりが操作されるらしいけど、基本的にはこの世界だけで完結しているんだ。
弱いヤツは数ばかり多く生まれ、強いヤツがそれを食う。
その強いヤツを、もっと強いヤツが食べて――――と、独自の形を織りなす世界。
モンスターがモンスターを食べている……なんて、特に珍しいシーンでもない。
それは一つの、完成された世界。
きちんとした生態系で、めぐり続ける自然の輪だ。
だから、ある意味…………俺たちのような『プレイヤー』は……時に、世界を破壊する者として、裁きを受けたりするらしい。
と言ってもそれは、神でもなければ "アカウント停止" のような手段ではなく。
あくまでこの世界における、力ある存在の裁きであって。
…………確か、この辺の、そういう裁き――――『世界を調停する、バランサー』の役割を持っているのは…………。
『鬼角牛』とか言う名前の、黒くてデカくてやたらと強い、猛牛だったかな。
まぁ、いいか。関係ないしさ。
「海外プレイヤーの拠点が別大陸だとして、それはすぐそこという訳ではないでしょうね。何しろ、見渡す限りの大海原です。つまるところ、そこで食事をし、こちらの沿岸まで泳いでくるとは…………それほどまでに泳ぎが速く、体力もあるのでしょうねぇ」
「ちょっと網で捕まえただけで、こんなに怖いお魚とサメばっかりなんだね~。海ってこわいね~」
「そうだね、ロラロニーちゃん……水着なくて、よかったね……」
「まさしく人喰い鮫だなぁ! フカヒレもさぞ美味いんだろうよぉ!」
「いや、ちょっと待てよリュウ。まさか食う気か?」
「ぁん? なんでぃ"サクリファクト"。サメは嫌ぇか?」
「いや、嫌いとかじゃなくて…………プレイヤーを食ったサメを、食うのか?」
「わ、わたしは嫌だよ。そんな動画アップしたら、絶対コメントで『狂ってる』って言われるよ~……」
細かく言ってしまえば、野生の生き物なんて何を食ってるかわかったモンじゃないって言っても……。目に見えて『ヒト』を食った生き物を口に入れるってのは、倫理的にどうかと思うよな。
そこまで小難しく考えなくたって、単純に気分が良くない。カニバリズムに片足突っ込んでる感覚だ。
「いや、まぁ……そう言われると俺っちもアレだけどよ…………。そうすると、このうじゃうじゃいるピラニアみてぇのも食えねぇなぁ」
「確かに。お肉、好きそうですもんね」
「ひゃ~、こわいね~」
肉は俺も好きだ。やっぱり男としては肉が大好きだし、肉好きに悪いヤツはいないって思うほどでもある。
ただそれは、人間って枠の中だけでの話。
唐揚げもステーキも好きだし、食う。
それらが好きなヤツとは仲良く出来ると思う。
けど、人肉食ってる魚とは仲良く出来ないし、その魚を食うのも無理だ。
いくら仮想の話とは言え、そういう事はしたくない。
それこそ、このRe:behindとやらにある――――『カルマ値』とか言う『善悪の数値』が、ゴリゴリ下がってしまいそうだしさ。
そうしたらまた、別の形で裁きがあるかもしれないな。
どんな風にそうなるのかは、知らないけどさ。
『言語』
Re:behindにて使用できる言語は基本、母国語のみ。
英語が出来る物が発音したり、自由に書く文字で他国語を表現する事は出来るが、その際にシステムに『言葉』として認識はされない。
プレイヤーネームや店名登録等、システムに申告する際に英字を入力するエラー表示で蹴られてしまう他、アイテム名登録にも母国語以外は使用出来ない。
それについての質問や要望に対して、運営の回答は『民族の誇りを保持する為』の一点張りである。
尚、日本国内のRe:behindゲーム内では英字は用いられないが、コクーンハウス等の施設にある物は殆どが英字の名を持つ。