第二十八話 リザルト
「……ああ……いやはや、これはこれは」
「…………」
「……年甲斐もなく、胸が熱くなってしまいます。まるで演劇のワンシーンではないですか……ふふふ、ふふふ」
キキョウくんが笑う。堪えきれない、と言った様子で。
そうして細められた視線の先にあるのは、リュウジロウくんが肩を貸している意識不明のヒーロー、サクリファクトくんの姿だ。
「おうおう、サクの字ぃ!! 流石は俺っちの相棒よ!」
「サクちゃんったらもう、魅せてくれちゃってっ! もうっ!」
「よかったねぇ、サクリファクトくん」
リュウジロウくん、さやえんどうまめしばさん、そしてロラロニーちゃん。
彼が率いるパーティメンバーの誰しもが、明るい顔でリーダーを見つめて。
そうしてみんなが持っているのは、自慢の友人を誇らしく思う気持ちなのだと思う。
まさか ではなく、やっぱり とか 流石 という表情。
厚い信頼の上にある……期待通りという満足げな顔だ。
彼らが今日にいたるまで培ってきた関係を、如実に語る空気が見える。
「流石は我々のリーダーです。あなたとダイブ初日が重なった偶然が、今では商運の良さとして身に沁みますよ、ふふふ」
それは【正義】が普段向けられているもの。
私をヒーローと呼んで慕ってくれる人々が向けてくる、心地のいい信頼感。
『正義さんなら必ずやってくれる』って期待される……嬉しくなれるタイプの責任だ。
それを、彼らは、サクリファクトくんに向けているんだ。
「ははっ! おい、見たかよクソネズミ! こんなにクールな事が他にあるか? いいや、無いね。俺の親友は、ああまですげえ!」
「チュ……チュゥゥ……ッ」
「……おい、見たかって聞いてんだよ害獣。見たかよ? なぁ、見てねぇのか? ……何だよ、そのまん丸目玉は飾りかよ。そんなら要らねぇな」
「――――チュッ!? ヂュヂュヂュッ!?」
「……暴れるんじゃねぇよクソネズミ。節穴を塞いでやったんだ。感謝の気持ちで這いつくばれ」
「チュウ~……チュ~……」
「暗闇の中で然と感じろ。眼窩の最奥に刻み込め。てめぇらをゴミみたいに滅ぼすのは、最強の軽戦士である【死灰】様と、その片腕であるサクリファクトだ」
「チュウ! チュウゥ!!」
「わかったか? わかったな? よし、そんなら死ね」
【死灰】も明るい顔をして、先程よりもずっとうきうきと、背後から締め上げたラットマンをいたぶって殺害している。
キラキラ光るその眼差しは、いつもの死んだ目とは大違い。
希望と興奮にまみれた目をして、機嫌よく悪事を働いた。
……私だけ、だったんだ。
彼がヒーローである事を、今の今まで知らなかったのは。
サクリファクトくんは、ずっと前から、彼らにとってのヒーローだったんだ。
「…………」
私は後ろを振り向かない。
後悔や無念をくつくつ煮えさせても、良い明日は迎えられないと思っているから。
だけど、『こうであったなら』って思う時はある。
例えば、もし彼が。
……サクリファクトくんが、もっと早くにリビハを始めていて……それこそ、私と一緒の『Re:behind最初期組』であったなら。
もしそうであったとしたら、私とはどういう関係性になっていて、どんな日々を過ごせたかな、とか。
……そんな風に、頭の中で夢を見て。
やっぱり彼らが羨ましくって…………何だかずるいって思っちゃうんだ。
◇◇◇
「なぁ、キキョウよ。サクの字が言ってたぜ? "そろそろ一旦退くべきだ" ってよ」
「ええ、そうですね。ひとまずの戦果はあげられましたし、後続と足並みを揃えるためにも、一度体勢を整えるべきかと思われます」
そんな会話をするリュウジロウくんの肩には、くったりとしたサクリファクトくんがいる。
先程見せた理外の超加速。それの反動によるものなのか、その目蓋はぴたりと閉じられて。
……結局あの異常な速さは、何によるものだったのだろう?
技能『疾駆』を使った私よりも素早い、早送りのような動きだった。
後で、聞いてみたいなぁ。
「まぁ、しゃあねぇか。サクの字はすっかりイビキをかいていやがるし、そうなってくるとどうしたって、行く先が見えやしねぇってモンだぜ」
「ふふふ……そうしてどちらが欠けてもいけない2人であるからこそ、あなた達は相棒同士と言えるのでしょう」
「なぁに、ただの腐れ縁よ」
「サクリファクトくんも、同じ事を言っていましたよ? ふふふ」
……それにしても……退却、か。
確かに彼らの働きによって、戦局を変えるきっかけは出来た。それに、私の捨て身の特攻によって、突出しすぎているというのもあるから、それは納得の行く所ではある。
だけど……きっとこれから、あのカブトムシに乗って帰るのだろうけれど……それって大丈夫なのかな。
今もなお、暴走と呼んでも差し支えない勢いで走り回るカブトムシ。
その体は、度重なる防御行動で、細かいキズがついているように見える。それによって外殻の色艶を失っているばかりか、薄い翅も片方がだらりと飛び出てしまっている。
ああまで消耗している状態で、来た時のようにみんなを乗せて飛べるのかな。
そして何より、その背に乗せる人数。
彼らがここへ来た時よりも、1人多い。
そして、その増えた1人である私は……サクリファクトくんに "重い" と言われてしまった存在なのだ。
…………うぅむ。
……私って、重いのかな?
コクーン内部で見る事の出来る『体組成測定』で、しょっちゅう体重や体脂肪率と健康状態はチェックしているけれど、この頃は変動も緩やかだったと思う。
体調管理もヒーローの責務だし、見栄えの良さも重要な項目なのだから、その辺りには十分注意をしているのだ。
……という事は、つまり。
私が理想とする体重が、平均よりずっと重いのか。
それとも、サクリファクトくんの周囲の女の子が、私よりずぅっと軽いのか。
はたまた、私の真っ赤な重鎧が、抱き上げるのに適していない重さであるのか。
……その全部、なのかもしれない。
むむむ、と言った感じだ。
「しかしよ、キキョウ。奴さんを見てみろよ」
「……カブトムシ、ですか?」
「応よ。ロラロニーを散々っぱら守りきったせいで、薄羽が片っぽイカれていやがるぜぇ? 空を駆けるにゃあ、無欠とは言えねぇだろぃ」
「確かにそうですねぇ」
「どうすんでぃ? ひしめき合うネズミの渦中にブッ込んだ所で、参っちまう予感しかしないぜ?」
「ふむ」
意外な冷静さを見せたリュウジロウくんが憂いを口にし、キキョウくんが首をかしげる。
周りを見渡せば、ぐるりと囲むラットマンの軍勢がいる。
それは、サクリファクトくんの大立ち回りで呼び寄せられた事もあって、より一層に分厚い包囲を生み出していた。
こうまで密度の高い四面楚歌を切り抜けるには、飛行による離脱が欠かせないだろう。
……どうするのかな。
こういう時にまばゆいばかりの閃きを生み出すヒーロー、サクリファクトくんは、すっかりとその目を閉じて。
「……そろそろ、だとは思うのですが」
「そろそろって、アレか? トカゲの」
「ええ、連絡はしてありますので」
「…………?」
何が、そろそろ? トカゲが何だと言うのだろう?
そんな疑問を持った私が、彼らに問いかけようとした、そんなタイミングで。
――――ビィィヤァァッ!!
突如として響き渡った、何かが大きく吠える声。
反射的に、それが聞こえた『空』を見上げる私の目に……巨大な鳥が、映ったのだった。
◇◇◇
「……シ」
「ずいぶんのんびりをした物ですね、『ベン・バルマー』さん」
「シ」
「それに、お一人ですか。『Die letzte Fantasie』の皆様は、未だ説得が出来ていないのでしょうか?」
「シ」
「……やはり、Re:behind内では意思の疎通が難しいですね。詳しい話は後にして、今はとりあえず "みかんちゃん" に乗せて頂きましょうか」
「シ」
「サクの字が寝ててよかったなァ、青鱗! コイツはてめぇを、死んでも許さねぇって息巻いてたんだぜぇ?」
「………な……………えっ!?」
……ちょっと待って。
これは一体、どういう状況なの?
前触れもなく私たちの前に降り立った、大きなトカゲ顔の怪鳥。
その上に乗っていた、群青色の鎧と槍を持つリザードマンが、こちらに挨拶するように手を上げて――――それを受けたキキョウくんとリュウジロウくんが、朗らかに会話を始めている。
「な……!? え……? え?」
「ああ、クリムゾンさん、ご安心下さい。彼は味方ですよ、ふふふ」
なにこれ。なんなのこれ。何がなんだかわからない。
この、どことなく優しげな雰囲気のリザードマンは……一体なんなの? どういう事なの?
「え……いや…………あの……」
「クリムゾンさんの疑問はもっともです。しかし、ともあれ、今は首都へと戻りましょう」
「あ……う、うん……」
「マグリョウくんはカブトムシがお好きなようですし、あちらに拾って貰いましょうか。ロラロニーさんとまめしばさんを合わせて3人程度であれば、ラットマンを蹴散らしながらでも、余裕を持って進めるでしょうから」
「よぉし! トカゲ鳥ィ! このリュウジロウに背なを貸す事、誉れと思って高々飛びやがれェ!」
「ビィヤァ……」
「……シ」
…………。
あれよあれよと引きずられ、変な鳥の背に乗せられて。
頭を混乱でいっぱいにしながら、澄んだ青空へとその身を飛ばした。
お休みがないリビハの毎日。
そんな中でも、今日は特別にせわしない日だ。
◇◇◇
「……二つ名効果で、敵愾心がゆるやかに?」
「はい。私の持つ【外国の越後屋】という二つ名によって、私と交渉をする立場の『外来種』さんには、妙な嫌悪感が湧きにくいようなんですよ、ふふふ」
キキョウくんが語った、リザードマンとの交流に至るまでのお話。
それは彼が持つ二つ名の効果による物であり、筆談とゲーム外での交渉によって形作られている、という内容だった。
二つ名、【外国の越後屋】。
その効果は、『国を跨いで袖の下を渡せる』というもの。
それを彼は、『別種の者と交渉の席に付く事が出来る』効果だと語った。
それは確かにそのようで、隣にいる私にも、その効果が実感できる。
本来であれば、リザードマンからなる『外来種』と私たちとの間には、辛抱たまらないほどの本能的な隔たりがある。
それは漠然としたイライラで、頭の根っこで "これは相容れない存在だ" と思い込んでしまうような、生理的な嫌悪だ。
しかし、今隣で巨大な怪鳥(みかんちゃんという名前らしい)の手綱を握る……ベン・バルマーさん? からは、そのような嫌な感じは全くしない。
それどころか、くりっとした目玉とすべすべ鱗に、少しだけ愛らしさを感じてしまうほどだ。
「ここまで来るのに時間と手間はかかりましたが、ようやくきちんと契約が済んだのですよ。利害も一致しておりましたし」
「利害?」
「ええ。話を聞いた所、ラットマンの軍勢と敵対しているのは、我々日本国だけではなく……彼ら独国勢も同じようでしたので」
「……リザードマンも、ラットマンと争いをしていたの?」
「はい。我々に先んじて、大きなぶつかり合いがあったようです。その数は、1000を超えるほどだとか」
「せっ……!?」
なんとびっくり。
今日私たちの首都に攻めてきたラットマンは、まさしく氷山の一角だったらしい。
総数1000匹。今日の3倍。想像しただけでふらりとしてしまうほど、途方もない数の大軍勢だ。
「それに対峙した独国勢は、ギリギリの所で『ゲート』を守りきったそうです。それを受けたラットマン勢……恐らく中国勢ですが、そんな彼らは矛先を変え、我々日本国の集落を目指しました。我らの首都を占拠し、拠点として活用する事で、独国を2方向から攻めるつもりだったのでしょう」
「……なるほど」
聞いた話を頭の中で整理してみれば、自ずと見えてくる所がある。
私たちの『首都』の北には、独国のリザードマン。
西には中国のラットマンが集落を持ち、綺麗な三角形の位置関係であるのかな、と。
ならば、ひとまずリザードマンを攻めるのを止め、私たちの『首都』を奪って第二の拠点とする事で、攻め方に彩りを加えるつもりであったのかもしれない。
1000もの数を揃えられるのであれば、それも1つの名案だ。
「それにしても、なんというか……ラットマンたちはずいぶんと組織的なのだ。我々とは違う感じなのだな」
「そうですね。中国の方々には、"旗印" に留まるようなものでなく、明確な指揮者が居るのかもしれません」
「指揮、かぁ……」
絶対に負けられない、大事な戦い。そうしたこの場において、私たちにもそんな存在が在ったら良かったのにな、と思う。
けれど、それほどの絶対的なナンバーワンは……これと言った人が浮かばない。
【竜殺しの七人】は、確かに一番有名ではあるけれど、誰もが好かれ嫌われの激しい面々ばかり。
そこに含まれない有名プレイヤー――――【開拓者】の彼……は、知名度があるが放浪癖も持ち合わせているし。
【猟犬】と【喰み狐】のペアは戦闘狂勢だけのスターだから、やっぱり難しい。
【吸血鬼】……【太陽の子】……【影歩き】……駄目だ。誰も彼もが、人の上に立つ者じゃない。
……やっぱり、どうしても。
こういう時は、昔の【聖女】のような、誰にでも好かれている存在が必要なんだと思ってしまう。
惜しいなぁ。あの【聖女】がまともであったなら、きっと一丸となれただろうに。
「……やはり我々日本勢が勝ちを目指すには、何かこう……参戦する理由付けが必要ですね」
「ううむ……」
「兎にも角にも、駒の数。それが足りていません。死に戻って恐怖にかられたプレイヤーを差し引いても、戦列に並ぶ絶対数が心もとないにも程があるかと」
「……確かに」
このRe:behindのプレイヤーは、基本的には仲良しだ。
よそのVRMMOのように、あちらこちらで血で血を洗うPK合戦が繰り広げられている訳でもないし、派閥や敵対チームなどもそこまで多くは存在しない。
と言うのも、そうなっている理由は、Re:behindの特殊な在り方にある。
公式RMTによって、ゲーム内での稼ぎがそのまま現実の生活に直結するMMO。
そうなってくると起こるのが、現実と仮想の逆転現象だ。
明確な自治組織が無い世界。誰もが人を殺す事が出来て、いつでも殺される可能性がある世界。
そんな世界で重要なのが、いかに恨みを買わないか。
つまる所―― "どれだけまともに見られるか" 、だ。
立場、風聞、社会的名誉。
……とにかくそれらの『一般社会で大事にすべき事』を、ゲーム内で重視しないといけない。そうでなくては、稼げない。
パーティ募集が集まらない、素材の買い取りをして貰えない、円滑な取引が為されない…………そうした先にある『リビハ社会からの拒絶』は、まともなリビハ生活を遠ざける。
稼げなくては、毎月15万円+ダイブ料という多額の料金がかかるこのゲームを、続ける事が出来ないのだ。
だから、大体の人はまとも。
ほとんど優しいし、おおむね真面目で、おおよそにこやかなのだ。
しかし、それと同時に……とても保身的でもあった。
危ないことを避け、不確実な物を嫌う。安定を何より大切にする。
いくらゲームで自由とは言え、生活がかかっているのだ。
仮想世界で冒険をしながらも――吊橋を渡るような大冒険を、決してやろうとはしないのだ。
だからこそ、今日この時に数の不利があるのだろう。
我らがクランの呼びかけで、なんとか100は集まった物の……日本国のリビハプレイヤーの大半が、デスペナルティというリスクを背負う戦争を嫌い、我関せずと傍観を決めている。
『自分がゲートを守らなくとも、誰かが守ってくれるだろう』という、日本人らしい "事なかれ主義" が、大いに悪く発揮されているのだ。
「……参戦する理由、かぁ……」
「ええ。未だ傍観に徹しているプレイヤーが、今こそ自分が立たねばならぬと考える何かがあればいいのですが」
「うん……」
戦わなくちゃいけない理由。
自分が行かなきゃって思う動機。
そんな何かが、今は一番に必要なんだ。
……明日も明後日も、その先も、
ずっとリビハをするために。
◇◇◇
「それにしても……」
「はい、何でしょう?」
「その、ベン・バルマーさん? とは、一体どのように取引をしたのだ? 交渉とは、どんな物なのかな?」
「そうですね。交渉というか、協定でしょうか。リザードマンと我々の間で和平を結んだのですよ。最も、私の見える範囲で、ですが」
「ふむ……しかし、いくら【外国の越後屋】だからといっても、よくそんな場を設ける事が出来た物だと感心してしまうのだ」
「……ここにいる独国の有名プレイヤー『ベン・バルマー』さんは、以前マグリョウくん・サクリファクトくんの両名と、命を奪い合った関係なんです」
「それは……」
「そしてその際に、マグリョウくんが彼の鎧と槍を、戦利品として持ち帰っておりまして。私はそれを買い取って、ひとまず交渉の席について頂くための、頑なな扉を開く手土産としたのですよ」
そんなキキョウくんの言葉を受けて、みかんちゃんを操舵するベン・バルマーさんを見やる。
群青色の鎧はトゲトゲで、ひと目でオーダー品とわかる素晴らしいもの。
また、その背にある十字槍も、これまたひときわに鋭い業物だ。
……有名プレイヤーであるならば、きっとこの彼も二つ名持ち。
そんな彼の象徴とも言える鎧と槍は、なんとしてでも取り返したかったに違いない。
うん、きっとそう。
私だってこの鎧とマントが奪われたなら、一生懸命お願いしてでも返して欲しいって頼み込むだろうから。
「それに加えて、彼らのパーティと一時的な雇用契約も結びました。ラットマンを疎ましく思っているのは、我々も独国勢も同じ。ならば、ラットマンを叩ける機会を共有する事は、互いにとって有益でしかありません」
「そうなんだ……。独国の人も、意外と優しいのだな」
「と言っても、きちんと対価はお支払いしておりますが」
「対価って、お金?」
「ええ、3億ほど。ふふふ」
「そうなんだ」
言うなればそれは、『傭兵』。そんな感じなのかもしれない。
戦う力のない非戦闘職の錬金術師や鍛冶師などが、移動や素材集めのために戦闘職を雇い入れる……プレイヤー間でも時折見られる、一時的なボディーガード契約。
それを、リザードマンという別の種族に頼んだのが、【外国の越後屋】であるキキョウくん。
『国を跨いで袖の下を渡せる』という効果の通り、別の国の人とも何かが取引出来るような――――……ん?
……あれ?
ちょっと待って。
今、キキョウくん……いくらって言った?
「……あの、今……」
「はい?」
「お金は、いくらって……?」
「3億ですよ」
「……さ、さんおく……?」
「ああ、と言ってもそれはゲーム内マネーですので……日本円で言うならば、2億5千5百48万円ほどですが」
「……に、におくごせんまん……」
「キキョウは金が大好きだからなァ! 文字通り、腐るほど持ってやがんだよな!」
「で、でも……だからと言って、そんな大金……」
「ふふふ、クリムゾンさん。私はお金が好きなのではなく、稼ぐ事が好きなのです。入金額を見る時は胸が高鳴りますが、預金額に固執はしないんです。使うべき時ではしっかり使い、天下に金を巡らせる……それが正しい金銭の在り方であるというのが、私の持論なのですから」
「そ、それって……リビハで稼いだお金なの……?」
「いえいえ、私共はまだまだ中級者。そうまで稼ぐ手立てはありません。これは私が、現実世界の仕事で稼いだものですよ」
凄い。私もそれなりにお金持ちだと思っていたけれど、上には上がいたと思わされちゃう。
一体どんな仕事をしているのだろう? リビハをしながら出来る、高級取り?
それってまさか、悪名高い『スイッチを押す仕事』なのでは……。
「……キキョウくんは、その……『スイッチ関係』のお仕事をしているの?」
「ふむ……まぁ、そう言えなくもないですね」
「……そうなんだ」
「と言っても私は、『スイッチを押させる側』の立場ですが。それは何の事もない、ただの清掃会社ですよ。ふふふ」
使い切れないほどのお金があると自負していた私だけれど、3億円近いお金をぽいっと出せるほどではない。
……世界はやっぱり、広いんだなぁ。
何だか今日は、驚かされてばっかりだ。