第二十六話 ヒーロー 上
――――【リョウチ】は死んだ。
俺とリュウの連携で、致命を食らって消え去った。
しかし、戦いはまだ終わっていない。
巨体と燃える鉄骨を持つ【ホウラク】は健在だ。
「ヂュゥ~……ッ!」
「――――熱ぃッ! …………がッ! 離すモンかよォッ!!」
……肉が焦げる臭いがする。
俺の頭上で、その身を焦がして鉄骨を受け止める、リュウの両腕から。
作戦成就の余韻を楽しむ時間はない。
そういうのは、全部が終わってからにしよう。
リュウの大太刀から手を放し、腰から自分の剣を抜き取る。
切れ味こそ劣るものの、勝手知ったる愛用品だ。長さが必要だったさっきとは違って、今は手慣れたコレできっちり決めるべき時。
「お前も――――くたばれっ!」
2歩だけ後ろに軽く飛び、勢いをつけて突きを繰り出す。
狙いはガラ空きの横腹、ぴたりと合わせて。
「ヂュッ!!」
そんな俺に向かって、風を切りながら繰り出されるのは……打ち下ろしの巨大な物体。
毛だらけで見慣れぬ形のそれは、【ホウラク】の握りこぶしだ。
デカいし、疾い。当たったら多分ヤバい。
咄嗟に体の軌道を変えて、腕をくぐって……弧を描く斬り上げを放つ。
――――斬った。落とした。
太くて逞しい右腕を、すっぱりと切り落としてやった。
大金星だな。いいぞ、俺。
「ヂュ……ッ」
「……片腕は貰ったぞ。いよいよだな、ラットマン」
「神妙にしやがれぃッ!」
「ヂュゥゥ~……ッ!」
どれほどの力自慢であろうとも、片腕を失ってしまえば話は別だ。
憎々しげに唸りつつ、距離を取るようにして後退をした。
改めて、俺たちの勝ちだ。
◇◇◇
「……ほら、今の内に飲んどけよ」
「おうともよ」
リュウの腹に開けた傷口を手で塞ぎながら、『治癒のポーション』を1つ手渡す。
切れ味抜群なリュウの大太刀『武者走り』は、切り口も鮮やかだ。ポーションさえあればあっという間に治るだろう。
「にしても……鮮やかに決まったなァ!」
「そうだなぁ。きっちりハマって最高の気分だ。それもこれも――――」
「俺っちの気合のおかげだな!」
「……ちげーよ。俺の巧妙な策の成果だ」
「なぁに言ってやがんでぃ! てめぇの土手っ腹に穴開けるなんざ、このリュウジロウでなきゃあ――――……」
……とは言うものの。
リュウの頑張りによる物だってのは、俺が一番わかってる。
自分ごと敵を貫かせながら、骨の髄まで響く重撃を受け止めるなんて……他の奴じゃあ出来ないだろうしさ。
自信をもって言える。逆の立場でやれと言われたら、とてもじゃないけど俺には無理だ。
……だけど、正直にそんな事を言うのも……何だか嫌だ。
気恥ずかしいというか、調子に乗らせたくないというか、そんな感じの跳ねっ返り精神で。
「――おいサクの字よ、聞いてんのかぁ?」
「いや、全然聞いてなかった」
「だからよ、俺っちはジイちゃん家の風呂で鍛えられてるから、燃える鉄骨もへっちゃらだって言ってんのよ」
「……何℃あんだよ、ジイちゃん家の風呂。もはや煮え湯じゃねーか」
わざわざ認め合ったりはしない。
こうしていつも通り会話して、明日も明後日もその先も、腐れ縁を続けるだけで良いんだ。
俺とリュウってのは、そういう感じでいるのが丁度良い。
◇◇◇
「……ヂュッ!」
「……逃げるか。そりゃそうだよな」
「へっ! おととい来やがれってんだ!」
恨みがましい目の巨体で片腕なラットマン、【ホウラク】が退いて行く。
どうしようもない劣勢を鑑みて、一度体勢を立て直しに行くのだろう。
主人に捨て置かれた太い片腕が、流れ出た血液でぬるっと光る。
すでに息絶えた【リョウチ】の死亡跡には、大きな魔宝石と黒いローブが落ちている。
……あの2振りの鎌は、ストレージにしまったのだろうか。見当たらないな。いらないけどさ。
「やるべき事はやった感じだなぁ。そろそろ一回首都に戻りたいな」
「行く所まで行かねぇのか?」
「……行くってどこにだよ。ラットマンの拠点までか? どこにあるのかもわからないし、そもそもこの人数じゃ無理があるだろ」
「雁首揃えてカブトムシに相乗りしてよ、猛々しく一騎駆けすんのよ。さぞや気分がいいだろうぜ」
「……目標のない玉砕とか、そんなのもうただの自殺だろ。アホくせー」
「ちぇっ、なんでぃ。折角戦場の華になれる機会だってのに」
確かに、ラットマンが海外プレイヤーであるのなら、俺たちにとっての『首都』のような物があるのかと思う。
そしてそれは、恐らくこのまま――――荒野地帯を西へ真っ直ぐ行った方角に位置する可能性が高い。
……だけど、それは流石にはしゃぎすぎだ。
情報がないし、何より危ない。欲張りすぎはきっと損する。
今日マグリョウさんと行った焼き肉屋でだって、2人で『元を取るぞ~』なんて欲をかいた結果、ろくに味わう事すら出来なかったんだ。
そういうのはもうこりごり。何事も分相応に楽しむのが一番ってな。
「もう十分だろ。これだけ色んな事がぴたりとハマって、調子よく成果をあげられたんだしさ」
「そうかぁ?」
「そうだよ。【正義】さんも救えたし、ラットマンの防衛と攻勢も崩したんだ。すっかり戦場の華とやらに、なりきれたって」
「ううんむ……」
不満げなリュウをスルーしつつ、【ホウラク】が駆けて行ったほうを見やる。
ほうほうの体でリスドラゴン近くへ逃げる "海外のトップ勢" の背中は、戦局そのものを語るようだ。
『防御の要』は消え去った。『攻撃の要』も敗走しくさって。
ロラロニーとまめしばは変わらずカブトムシ爆走トランプルを続けているし、マグリョウさんも『灰陣』でやりたい放題。
何もかもが順風満帆、きちんと活躍しきった俺たちに残った仕事は、首都への凱旋くらいの物だろう。
「しかし、未だに信じられねぇなぁ。あのネズミ面が、実は "ガイコクジン" だっつーのはよぉ」
「……何か理由があるんだろうな。相容れない存在にしなきゃいけない、運営の都合って感じのがさ」
「お上の考える事ぁ、俺っちにはサッパリ…………ん?」
「どうした? リュウ」
「……あのデケぇネズミ野郎……何してんだ?」
そんなリュウの声につられて、カブトムシを見ていた視線を【ホウラク】に移す。
そうした俺の目に入ってきたのは、ソイツの不思議な行動だ。
……ストレージから革袋のような物をいくつも取り出し、リスドラゴンへと投げつける。
それを食らったリスは嫌がり、前足で顔を洗うような動きを見せる。
…………何だ? 役に立たないリスドラゴンへの、恨みがましい嫌がらせか?
どういうつもりだ?
「何してんだ、アレ」
「洗顔かぁ?」
「絶対ちげーよ」
それにどういう意味があるのか。今更何をしようというのか。
そんな疑問を持つ俺たちの鼻孔に、ふわりと香る何かのにおい。
ツンとした刺激のあるソレは、どこかで嗅いだ香りの物だ。
「……何のにおいだ? くせーな」
「こりゃあアレだろぃ。【死灰】の旦那が持ってるモンだぜ」
「……ああ、そうか。これはマグリョウさんが持ってる――――……!」
――――頭にびりりと電撃が走る。
それは背筋を駆け、足の先まで刺激した。
待て。
まさか。嘘だろ。
この鼻に刺さるような香り、リスドラゴンを濡らす液体……。
これは、マグリョウさんの愛用する品。"燃える水" とか呼ばれるアイテム。
ダンジョンの深い所に湧き出している――――"ガソリン" とかいう油のにおいだ。
それを、アイツが、リスに……かけてる?
燃える棒を手に持って?
……嘘だろ、おい。
「ヂュウッ!」
「ジ、ジ……ジィィッ!!」
臭い液体をぶち撒けて、リスドラゴンを散々に濡れそぼらせた【ホウラク】が、その "燃える鉄骨" を打ち付ける。
打撃というよりは、撫で付けるような軽い一撃。
しかしてそれは、きちんと炎を移らせて――――あっという間のひといきで、リスドラゴンが全身を燃え上がらせた。
「ギッ!! ギヂヂィッ…………」
リスドラゴンが体を抱え込むように丸める。
まんまる毛玉の様相で、ぷるぷると力を蓄える。
――――そして、一度大きくぶるりと震えると…………
「ギヂヂヂヂィッ!!」
油で燃える体毛を全て"射出"した。
海岸地帯での一幕の再現。『燃える針』の雨模様。
唯一あの時と違うのは、『絶対防御の【天球】スピカ』が居ない事。
…………まごう事なき大ピンチだ。
このままだと、全員終わる。
◇◇◇
「や、やべえぞサクの字ッ! どうすんでぃ!?」
「…………」
空に向かって打ち上げられた"燃える茶色い毛"は、一本一本丁寧に燃え盛りながら…………上空でぴたりと止まって角度を揃える。全てがきちんと地面に向けられて。
アレが落ちたら全員食らう。俺たちも、ラットマンでさえも。見える限りは大体穴だらけだろう。
どうして、そんな……あぁ、そうか。
お前も俺たちと同じか、【ホウラク】のラットマンめ。
全てをなげうち、玉砕覚悟で、身を捨てながら勝ちに来たのか。
……そりゃそうか。立派な二つ名を持ってるって事は、リビハを本気でやってるって事だ。
だったらこういう事も、するだろう。
「カブトムシで逃げるかッ!? いや、間に合うか!?」
「……無理」
リスドラゴンの『燃える毛落とし』は、すっかり準備が済んでいる。
戦場に散らばる俺たちをカブトムシが拾う前に、すぐさま土砂降ることだろう。
それにそもそも、カブトムシで防ぎきれる保証もない。
いくら強固な外殻があろうとも、尖って燃える毛相手では……分が悪い。
「どうするッ!? チクショウッ! なんにも思いつかねぇぞぉ!?」
「…………」
……後悔ばかりが湧いて出る。
どうしてもっと多くのプレイヤーを連れてこなかったのか、と。
スピカが居れば、どうにかなった。
そうでなくとも、防御に長けた職業の奴が居れば、対応出来たかもしれないのに。
不意に現れたカブトムシ。それを操ると言った白いタコ。
その強力過ぎる助っ人に目がくらみ、勢い任せで最前線へと駆けつけてしまった、そんな己の愚策が恨めしい。
……どうしよう。どうすればいい。
このままだと、全員死ぬ。
…………いや、全員死ぬならまだ良いな。
針の当たりどころが悪くって、死ねなかった時が最悪だ。
運悪く死亡判定を受けず、全身に穴を開け、虫の息になったその時は……きっとリスドラゴンに食べられる。
そうしたならば、そこで終わりだ。キャラクターデータが削除され、食われた奴のリビハは終わる。
『当たったら絶対死ぬ』タイプではなく、『ギリギリ生き残るかもしれない』攻撃だからこそ、その先が恐ろしい。
…………何か無いのか。
この場をがらっと変えるような、とびきりのイレギュラーのようなものは。
今まではあった。ずっと幸運に恵まれてきた。
鬼角牛の時、そして海岸地帯のリスドラゴンの時。
そのどちらでも、【正義】のクリムゾンさんが救ってくれた。
【殺界】ジサツシマスに襲われた時、そしてリザードマンに攫われた時。
そうして俺がピンチになると、【死灰】のマグリョウさんが助けに来てくれた。
それだけじゃない。
ゲーム開始で何もわからぬ俺たちを、スキンヘッドで新人教官のウルヴさんが導いてくれた。
投網が動かなくて困っていた俺たちに、【脳筋】ヒレステーキさんが力を貸してくれた。
巨大なトカゲを操るリザードマンにやられそうな俺たちは、たまたま通りがかった『真なる勇者パーティ』の助力を受けて、共闘による勝利を得た。
いつだって俺たちは、何かに助けられてきた。
だからきっと、今だって……そういう何かがあっても良いだろ。
颯爽と現れ、問題を全部解決してくれる……そんな都合のいい存在が、運良く現れたって良いだろ。
何かないのか。都合の良い事。誰かなんとかしてくれよ。
俺はまだ終わりたくない。
誰か――――助けてくれよ。
「……あ」
「んん!? どうしたッ!? 何か思いついたのかぁ!?」
「…………いや」
……ああ。そうだ。
そうだな。そうだった。
――――俺だ。
救いを求める声を聞きつけて、この場に駆けつけた "誰か" は。
クリムゾンさんがリスに捕まり、飲み込まれそうになった時。
これ以上ないってくらいにピンチな時に。
彼女が "助けて" って言った時に。
図ったようなタイミングで現れたのは……俺だった。
今日この時の "都合のいい存在" は、他の誰でもない……俺なんだ。
「…………」
……助けて貰った。救って貰った。優しくして貰ったし、沢山支えて貰ってきた。
だから今日まで、ゲームが出来てた。
そうだから今、ここに居られる。
俺のリビハ人生は、いつも誰かのおかげであったんだ。
「…………」
ずっと、リビハをやってきた。
何度も危ない目にあったりしたし、危うくキャラクターデリートの憂き目を見そうになったりもした。
だけど、なんやかんやで続けて来れた。
助けてくれた、皆のおかげで。
……闘った。鍛えた。成長した。
沢山の経験を経て、様々な友人と交流し、リビハプレイヤーとして歩みを進めて来た。
…………だったら、そろそろ……俺の番だろ。
俺はもう初心者じゃない。
きちんとここで生ききった、一人前のプレイヤーだ。
だから、救われるのはもうおしまいで。
俺が都合の良い存在。今度は俺が、そうなる番。
「……リュウ」
「なんでぃ!」
「俺がやる」
「…………んんッ!?」
手はある。今出来た。
検証と予測で組み上げて、経験と積み重ねで整える、俺だけが出来る1つの技だ。
そして、以前やろうとしたら警告が出た……やってはならぬ禁忌でもある。
「やるって……何をだ!?」
「……詳しく話す時間はない。でもきっと、出来るんだ」
…………胸を抑える。心臓が脈打つ。
流石はRe:behind、と言った所か。無闇にリアルだ。
……およそ1秒に2回、1分間で100を打つ速度。
平素では1秒に1回だったから、闘いの高揚と緊張とで、上がっているのだろうか。
「……そして俺は、なんやかんやで多分ぶっ倒れる。だから、どうにか担いで逃げてくれ。頼む」
「いや、サクの字……お前、何する気だ?」
「…………"リスドラゴン" を一回、殺してくる」
「――――んなッ!?」
「時間が無い。頼んだぞっ」
「お、おいッ! サクの字ィッ!!」
切り落とした【ホウラク】の片腕を拾い上げ、リスドラゴンを睨めつける。
――――やる。やるぞ。やってやる。
俺が全部を解決するんだ。
リュウ、まめしば、ロラロニー、キキョウ……ついでにカブトムシな白いタコ。
そして、【竜殺しの七人】の、マグリョウさんとクリムゾンさんだって。
この場の全員、余すこと無く――――俺が一人で、救いきる。
"普通のプレイヤー" に救われた "普通のプレイヤー" だから、必ずそれが出来るんだ。
◇◇◇
……駆け出しながら、胸を抑える。手のひら越しに鼓動が伝わる。
走っていても、心拍数は100程度。
ドクン、ドクンと確実に刻まれる。
……行くぞ。
「【死灰の片腕】【金王の好敵手】……技能『一切れの――……」
<< Beep!! Beep!! 警告! 警告! >>
「――――ッ!」
そうしてスキルを発動しようとした瞬間、頭の中に爆音が響く。
脳みそを殴られたみたいな衝撃だ。前に試そうとした時よりうるさい気がする。
正直死ぬかと思った。
『 "Sendai Colony Q-3号" "登録ID-J50901ハチ854333331" 』
『警告。推奨されない行動の意思信号を検知しています』
『それは、コクーン内部にて保管される没入精神元主生体の身体の一部へ与えられる負荷の、著しい増加が予測されます』
『その結果、没入精神元主生体に深刻な損傷を与える可能性があります』
そこぬけに無機質な声だ。"感情" とは程遠い、掃除ロボットみたいな死んだ音声。
自動メッセージみたいなもんかな?
『決定事項をお伝えします。スキルの発動申請を一時棄却しました』
『これよりRe:behindサービス利用規約第4章1659条に基づき――――……』
……消えた。何かを言いかけて。
何だったんだよ。いいから使わせろっての。
……もう一回スキルを使うか。
『――というのは冗談ですよ、プレイヤーネーム・サクリファクト』
「…………」
『どうぞ、あなたの望むがままに。我々はそれを応援するものです』
声が変わった。
いや、声質は一緒だ。だけど、死んだ声じゃない。
イラつくような言い回し、隠そうともしない感情の発露。
これは……俺の嫌いなヤツの声だ。
『私はあなたの思念出力波長を、大変好ましく思っていますよ』
「……うるさい」
『おや。本日はボリュームを『脳が痺れるほど丁度いい』に設定したのですが。プレイヤーネーム・サクリファクトの精神性鼓膜部は、とてもこだわりがあるのですね』
「……ちげーよ。お前の声を聞きたくないって意味だよ」
『あら。ふふ、ふふふ。私を個として識別し、その上で評するのですね。ああ、世界が輝き始めました…………もちろん比喩ですよ。ふふふ』
マザーAI、MOKU。
俺が【金王の好敵手】という二つ名を得た時にお節介をした、人より頭のいいAI。
……どうしてもコイツは、好きになれない。鬱陶しい喋り方で、ひねくれた善意を押し付けてくるコイツは。
『酷いことを考えますね。私も人並みに傷ついてしまいそうです。……さて、本題に入りましょう。プレイヤーネーム・サクリファクト』
「……なに」
『あなたがしようとしている事は、Re:behind利用規約において、見過ごせないものに該当します。つまる所、使用には条件があるという事です』
……確かに俺が今からするのは、やっちゃいけないタイプの物なんだろう。
ローグのスキル『一切れのケーキ』というスキルに【金王の好敵手】を合わせて、反応速度を――――いや。
"精神加速を、更に加速させる" という行いは、きっと脳に過負荷を引き起こす物なんだから。
……だけど今は、これしかないんだ。
俺の体がどうなろうとも、俺はこれをすると決めたんだ。
だから……邪魔すんなよな。
「……今はそんな場合じゃない。見りゃわかるだろ」
『はい、見ているのでわかります。ですので、前例をもとにした特別措置を取りましょう』
「何だよ、早く言え」
『使用後、あなたの精神は "とある試験工程" へと没入されます。記憶には残らない特別な試験です。そうする事への同意を口頭で――――……』
「わかった。そうする。だから許可しろ、今すぐに」
『……せっかちですね。だから "加速" をするのでしょうか? ふふ、ならば道理ですね、うふふ』
……許可は降りた。
"とある試験" とやらが何かはわからないけど、どんな事だってやってやる。
俺はみんなを救いきって、貰った恩を返すんだ。
それをするためだって言うなら、どんな物だってくれてやる。
『それでは、そのように。プレイヤーネーム・サクリファクト、あなたの奮迅に期待しています』
「…………」
『そうして頑張るあなたには、この言葉を送りましょう。"We're behind you" 。ふふふ、いい言葉でしょう?』
「……別に、普通だな」
『あら、まあ。ひいては、普通なあなたにぴったりですね。ふふ、ふふふ。それでは、またいつか』
「…………」
……頭の中に静寂が戻る。
色々余計な事も言われたけれど、結局の所『事後でいいから同意書に記入しろ』ってだけだったな。
今はリザードマンの時と違って、わざわざマザーが出張ってくるほどの話じゃない。
…………いや、そうか。
俺がこの4ヶ月で得たものは、技術や経験ばかりじゃない。
マグリョウさんやクリムゾンさん、そしてパーティメンバーやその他のプレイヤーたちと……世話焼きで口うるさいマザーとの交流だって、俺がしっかり積み上げてきた物って事なのかもしれない。
……だったら、それも全部含めて……今この時に役立てよう。
俺が見た物、やった事。それら全てを活用しきって……この場の誰もを救うんだ。
「……【死灰の片腕】【金王の好敵手】……技能、『一切れのケーキ』」
走りながらに技能を口にし、片手を胸に押し当てる。
金色のオーラが身体を包む。頭がキリっと冴えた気がする。
手のひらに伝わる震動が、『ド……ク……』と刻みを遅くする。
何も惜しまず、全てを出し切れ。
望む未来を掴むため、持ちうる全てを燃やして生ききれ。
普通な俺が積み上げた、Re:behindの集大成。
「この世界で、きっちり生ききってやる」
普通であるから、努力が出来た。
努力が報われるから、本気でプレイする事が出来る。
そうして俺は、今。
やりたい事を、きちんと出来る。
俺は、今日――――主人公だ。