第二十五話 バディ 下
――――男だけが集まった場合、果たしてどんな会話をするだろうか。
それはどこのどんな人々でも、似たようなものだと思う。
好きな動画や映画にコミックなどの、取るに足らない趣味の話。
あとは最近やってるゲームとか、食べて美味かった食べ物の話もするだろう。
それと他には……綺麗な子を見ただとか、こういうタイプが好きだとか、そんな色気づいた話をするかもしれない。
そして、そんな話の合間合間に、下ネタだとかつまらないジョークだとかをたっぷり挟み込む。
男ってのはそういう物だ。いつまで経っても子供なんだ。
年がら年中下らない与太話と悪ふざけをして、互いに馬鹿を晒して盛り上がる。
それこそ、女の子が見たらすっかり呆れてしまうような、どうしようもなく低俗で幼稚な会話ではしゃぐばっかり。それが男の友人関係って物だろう。
それに加えて俺とリュウは、リビハを共にプレイする同士だ。
だから当然会話の中身は、リビハの話が多くなる。もちろん、ふざけた話をしながら。
『この前こんな物を見たんだ』
『こっちはこういうのを見つけたぜぇ』
『俺が見た物のほうがすげえな』
『何言ってんだ、俺っちの勝ちだろぃ』
『今度はこういう事がしてぇなぁ』
『馬鹿を言うなよ、アレを食うのが先だろ』
『それはリアルで食えやい』
『リビハで食うから良いんだよ』
『武器を新調したんだぜ』
『おいおい、すげえじゃねぇか。ちょっくら見せてくれや』
『凄いだろ。高かったんだぜ』
『こいつぁ上等だ。貰っていいのか?』
『いや、あげねーよ』
『新しいスキルを覚えたぞ。こんな風に使おうと思ってる』
『そんなら、こういうのはどうだ? 良さそうじゃねぇか?』
『……確かに良いかもな。早速やってみようぜ。お前で試し斬りしていいか?』
『……いい訳がねぇぜ』
…………そうしてからかい合いながら、一緒にリビハの世界を満喫して来た。
得た装備品を自慢しあって、互いの成長を確認し合う。広大な仮想世界で見つけた物で盛り上がり、新たな発見を共に求めるってのもまた、楽しい事だ。
戦い方や工夫の仕方を語り合い、馬鹿を言いながら色んな連携を考えるのだって、時間を忘れるほどに面白い。
そういう会話と共に同じ世界を楽しむ事は、MMOでしか味わえないご機嫌な交流ってやつだろう。
これから俺たちがする作戦は、そんな中での思いついた、悪ふざけの延長にあるもの。
――――決まれば必ずケリがつく、俺たちだけの必殺技。
リュウと俺じゃなければ出来ないし、俺たちだから出来る合わせ技だ。
◇◇◇
「……【死灰の片腕】」
「ヂュウ!?」
マグリョウさんが持つ二つ名の一端を借り、灰のオーラを身に纏う。
本体である【死灰】が力をアップさせた事により、今までよりも濃密な、重さを感じそうなほどにはっきりとした幻惑の灰が湧き出した。
次いで、貰った『灰のポーション』を割って開ければ、辺りを灰が包み込む。
……俺の装備は黒っぽいから、完全に見えなくなる訳じゃない。ぼんやりさせる程度の物だ。
それでいい。ギリギリ見えるくらいが丁度いい。
何しろ俺を見失って貰っちゃあ、困るんだ。
ラットマンにも……リュウにもな。
「これでも食らえっ!『ローグ印の砂かけアタック』!」
「ヂュッ!?」
そんな灰色に紛れつつ、地面の砂を握って【ホウラク】の顔面に投げつけてやる。
たまらず顔を背けるソイツは、忌々しそうに片目を瞑って。
スキルでもなんでもなく、かつ、卑怯で悪どいノーマナー戦法だ。
どうだラットマン。ならず者ってのは、そういう存在なんだぜ。
「オラァ! どんどん来いやぁ!」
「……ちぃ」
灰の向こうで薄っすら見える、赤っぽいのと黒っぽいのが声を荒げる。
そのうるささが今はありがたい。どこに居るのかわかりやすいしな。
……もしかしてリュウは、そのために声を出してるのか? 俺に居場所を知らせるために?
…………いや、それは無いか。リュウにそんな器用さは無い。
「…………」
「ヂュ、ヂュヂュゥ~ッ!」
【ホウラク】が燃える鉄骨を振り回すのは、風圧で灰を散らそうとしているのだろうか。
脳みそまで筋肉っぽさがあるけど、それなりに知恵を働かせるらしい。
しかし、それがかえって隙となる。
巨大な武器の、全力を込めたフルスイング。
その大振りの合間を狙って、俺たちが策を始めるのは――――
「――――今だっ! リュウ! 来いっ!!」
「応ッ!」
「チチ……ち?」
【ホウラク】、俺、リュウ、【リョウチ】の一直線。
俺は身をかがめて【ホウラク】の眼前に。
リュウはこちらに真っ直ぐ駆け寄り、大太刀を大きく振りかぶる。
「……ヂュウッ!!」
「…………ちぃ」
俺を見つけた【ホウラク】が、低い姿勢の俺を叩き潰す構えを取った。
リュウを追う【リョウチ】は、その背後から首を刈り取る用意を始める。
――――チャンスは一回。失敗したらきっと死ぬ。馬鹿な俺たちの全賭けだ。
……ドキドキしてきた。
ああ、クソ。すげえ楽しいな。俺は今、最高にゲームしてる。
「よっしゃサクの字! 受け取れやぁッ!」
「――――なっ!? 馬鹿、下手くそかよっ!」
振りかぶった大太刀を、リュウがこちらに投げつける。
作戦通りの動きだけれど、回転してるのは想定外だ。どうして回した。真っ直ぐ投げると決めたはずなのに。
「ああ、もうっ! いてぇっ!」
「泣くなよサクの字ぃ! 男だろぉ!?」
「泣いてねぇっ!」
全てが都合よく行くわけもなく、煌めく刃をがっしり掴む形となった。
手のひらがすぱりと斬れて、鈍い痛みがじわりと広がる。
…………こんなの、全然平気だけどな。
"これからのリュウ" のほうが、ずっと痛いんだろうしさ。
「ヂュウ~ッ!」
「チチッ……ちぃ」
俺の頭上に、燃える大鉄骨が迫る。
リュウの背後で、死神の鎌がぬらりと光る。
リュウは真っ直ぐこっちに来ている。サラシの巻いた半裸の姿で。
俺の手にはリュウの大太刀。位置関係は理想の状況。
「…………出来る。俺なら出来る。そればっかりやってきたんだ」
◇◇◇
マグリョウさんは言っていた。
"素人は、とりあえず突いとけ" と。
ファンタジーの定番武器、ロングソード。
そうしたいわゆる "剣" というのは、実は意外と扱いにくい代物だ。
なぜならそれは――――上から振り下ろす、横から薙ぐ、下から斬り上げる――――と言った『剣の基本動作』、それらをこの "仮想現実" で始めてやる時、およそ誰もが空振ってしまうんだから。
……実際、俺もそうだった。
ゲームを始めてしばらくは、『ダメージが低い』ではなく、『ミス』ばかりだった。
マグリョウさんは言っていた。
"とにかくまずは、当てる事。他の話はそれからだ" と。
普段は現実に生きる俺たちだ。剣を振って何かを斬るなんて、当然のように未経験である。
そうなってくると大体のプレイヤーが、剣のリーチを把握出来ずに、当てる事すら出来やしない。
そりゃそうだ。踏み込み具合がわからなくって、剣筋の角度を知らなくって、どこまで届くか検討もつかないっていうのに、動いて跳ねる獲物を華麗に斬るだなんて……そんな事をいきなり上手く出来るのは、一部の天才だけだと思う。
マグリョウさんは言っていた。
"そうして慣れてけ。剣で何かを傷つけることに" と。
眺めている時はずいぶん立派に見えていたのに、いざモンスターとの戦いとなると、予想以上に長さが足りない。
届くと思った距離でも届かず、かと言って思い切りよく踏み込めば、近づきすぎて振りが詰まる。握った手に近い所で、殴りつけるようにするだけとなってしまう。
そんな感じで、とても難しい。『剣で斬る』というのは、慣れがいるんだ。
だから、素人の内は "突き"。
手に持つ剣を、敵に向かって伸ばすだけ。間合いがわからない初心者だって、走って突くなら簡単だ。
自身の剣が届く距離を測る事にも役立つし、戦いの呼吸を覚えるためにも有意義なものだろう。
そして最後の仕上げとして、マグリョウさんはこう言った。
"当てるのに慣れたら、いよいよ殺せ。刺したら死ぬ場所を突けばいいんだ。簡単だろ?" と。
スポーツとしての剣技ではなく、殺すため。
この世界で数多の経験を積んだマグリョウ先輩が、この地で生き抜くために教えてくれたその技を、俺は愚直に繰り返してきた。
『ダメージ判定――"ミス"』を避け、確実に怪我をさせる攻撃方法。
狙いはいつも『クリティカル』。突いたら死ぬ場所を狙って突くだけ。
それが俺の基本技。
それがRe:behindのゲームキャラクター "サクリファクト" の、『たたかう』コマンドだ。
「ウオオッ!」
「チ……ちぃ、ちぃ」
「ヂュウ~ッ!」
――――迫る。
リュウが迫る。【リョウチ】が迫る。俺の頭上に鉄骨が迫る。
……信じろ。
片手で刃を、片手で柄を握りしめ。
手のひらに熱い血を流しながら、俺は出来ると信じ込め。
リュウのサラシをぶち抜いて、その背後にいる【リョウチ】を、射殺す。それだけを考え、研ぎ澄ませ。
……信じろ。
尊敬できる先輩の言葉を聞いて、積み重ねてきた自分の腕を。
共に過ごした相棒の、熱き漢の魂を。
リュウは俺を信じてる。失敗しないと確信してる。俺の "突き" を疑わないから、こうしてその身をさらけ出す。
俺もリュウを信じてる。頭上の鉄骨は、リュウが必ず受け止める。無手の両腕と漢気で、必ず俺を守ってくれる。
だから、俺なら出来るんだ。
五尺もある大太刀を借り受けて、リュウを殺さず、その裏に居る【リョウチ】を殺せる。
リュウのサラシを巻いた腹……その腹の『突いても大丈夫な場所』を突く。
そして、そのまま貫いて…………リュウの背後で首刈りを狙う、【リョウチ】の命を突き止める。
俺なら出来る。突いたら死ぬ場所を知っているから、突いても平気な場所を知っている。
大丈夫。俺なら出来る。
だから……信じろ。
突け。マグリョウさんに習ったその技で。
貫け。頼れる相棒の体の向こうへ、致命の一撃を届かせろ。
穿て。俺とリュウとで考えた、ゲームでしか出来ない捨て身戦法で。
狙うは相棒、その裏側。
怪我をいとわず、痛みを受け入れ、俺とリュウとで勝ちを信じろ。
「――――……食らいやがれっ! 俺の必殺、『普通の突き』っ!」
「チチ……ち……チッ!?」
相棒の胸元に飛び込むようにして、大太刀を根本まで突き入れる。
……手応えは完璧。リュウの身体ごと【リョウチ】を突き刺して、『初見殺し』は、ここに成る。
「噴ッ! 気合ィッ!!」
「――――ヂュッ!?」
「…………ちぃ……」
……2匹のラットマンと、2人のプレイヤー。
その4つが重なるここに、合計3つの血しぶきが舞う。
1つは、大太刀の刃を掴んだ俺の手から。
1つは、俺がぶっ刺したリュウの腹から。
「……あ~……わりぃ。深めに突いちまった」
「かかっ! なぁに、屁でもねぇや」
「チ……ち、ち……ッ」
そして最後の1つは、リュウの裏に居る【リョウチ】の心臓から。
……どれもこれもが赤い血だけど。
死ぬのは黒いローブの【リョウチ】、お前だけだ。
「……これが俺たちの『うらぎり』作戦」
「名付けて、『裏・伝説の漢斬り』でぃ!」
……そんなスキルは存在しないし、ダサいからやめろって言ったのに。
ともあれ、ひとまず、俺たちの勝ちだ。
ざまあみやがれ、ラットマン。