第二十三話 コミュニケーション 下
『外来種』は、海外プレイヤー。
それはキキョウが裏を取った情報であり、だからこそ疑いようのない事実だ。
そんな他国のプレイヤーたちは、何らかの理由で発声にフィルターがかけられていて、俺たち日本勢と意思の疎通が出来なくされている。
また、その姿もまるで人とは思えない有様に変えられている事も、交流をする弊害にもなっていた。
そういう理由がある事を踏まえた上で、マグリョウさんが選んだ方法が――――『数字』という表現法なんだろう。
数を数える時に使う記号。数値を示す一つの文字種。
それは漢数字やローマ数字と色々あるけれど、基本的にはどこでも『1』から『9』の "アラビア数字" と呼ばれる物が使われる。
言うなればそれは、世界共通の言語だ。
読み方は様々だろうと、形は同じ。だからきっと、海外勢にもきちんと届く。
"カウント5秒で誰か死ぬ" というルールを、理解させる事が出来る。
……素晴らしいコミュニケーション能力だ。もうコミュ障とは呼べないな。
…………例えその交流が、悪意満点のえげつない物であろうとさ。
「…………『0』だ。俺を覚えろ、クソネズミ」
「ヂッ……」
棍棒持ちのラットマンが、懸命の抵抗も虚しく死んで行く。
余裕で回避を続けたマグリョウさんが、絡みつくように背後に回って――――首を捻じり折り、殺した。
ノイズが走って消えて行くラットマンの隣に落ちた棍棒を拾い、『灰陣』の円に向かって投げる。
地面に広がる灰の一部が餌を貪るように絡みつき、片足が棍棒で出来たバッタが産まれた。
「次は……2匹か。歓迎するぜ。『5』」
「チュルルァ!」
「チュリリィ!」
バッタが円を形取る輪に入り、新たな2匹のラットマンが円の中へと引きずり入れられる。
右手に赤い剣を持つ奴と、左手に青い剣を持つ奴――――……言葉が通じなくてもわかる。仲がいい2匹なのだろう。
鳴き声もぼんやり似てるしな。
……あれの中身が人間だと考えると、思う所が無いでもない。
だけれど今は、敵同士。そういう感情は邪魔なだけだろう。
「さぁ、かかってこいよ、つがいネズミ共……『4』」
「チュル!」
「チュリ!」
剣をだらりとぶら下げて、作った隙を見せつけるマグリョウさん。
しかし、かえって2匹のラットマンの警戒心を高めてしまったようだ。
2匹が左右に素早く別れる。狭い円陣の中、両側に分かれての挟み撃ちの構え。
そうするためのスムーズな移動は、彼らの歴戦を裏付けるものだろうか。
「チュ!」
「チュ!」
「『3』……」
短い鳴き声を発した2匹による、息を合わせた強襲。
マグリョウさんの左側にいる赤い剣のほうが、一歩だけ早い。左腕が無い彼の弱みを狙う作戦だろう。
見えた隙、そこを狙う万全の連携。恐らく奴らの必勝法。
赤と青という対の色合いを役割としたペアのラットマンが、タイミングを合わせてマグリョウさんへと襲いかかる。
「……食らえ」
そんな挟撃に対し、マグリョウさんが思わぬ行動を取った。
小さく "食らえ" と呟きながら、自身の右側にいる青い剣持ちへとすっかり向き直ったのだ。
一歩早い赤い剣持ちに、無防備な背中を晒す行為は……どう考えても悪手。
かに、見えた。
<< ガヂッ! >>
「チュッ!?」
「ヂ……ッ!」
「……よし、いい子だ」
周囲の『灰の虫』軍団から飛び出す、一つの灰色をした影。
まんまる太った灰のイモムシだ。
【死灰】の冷たい声に反応したソレが、イモムシらしからぬ素早さで現れ――赤い剣持ちの足を食らう。
マグリョウさんお気に入りのトラップアイテム、黒鉄のトラバサミ。それで作られた、大アゴで。
「……俺は覚えているぜ。ダンジョンで16回目に死んだ原因が、お前のそうした噛みつきだったよなぁ」
<< ガヂッ! ガヂヂヂッ! >>
「『2』。斬っても刺しても離れねぇ "噛み付くイモムシ" は、しばらく夢にも出てきたんだぜ」
赤い剣持ちの足に噛みつき、もつれるように地面に引き倒すイモムシ。
口に含んだ "餌" を食いちぎろうとしているのか、身体はびたんびたんと暴れまわって。
……恐ろしい動きだ。野生の生き物特有の、とにかく殺して食うための捕食行動って感じで。
それがああまで大きくて、噛んだ大アゴ以外は霞のような灰で出来ているっていうんだから、ことさらに恐怖を掻き立てる。あとキモい。
言うなればそれは、イモムシのおばけだ。
噛みつきという祟りで呪い殺す、最高にキモい怨霊だ。
見ているだけでトラウマになっちゃうぞ。
「『1』……俺はいつでもここにいる。何せMMO廃人だからな。……俺に怯えろネズミ共。俺はいつでもRe:behindにいる。そうしていつでもお前を見ている。灰色に怯えろ、ネズミ共」
「チュチュゥ!」
「チャァ!?」
「俺に会ったらお前は終わる。俺はいつでもここにいる。灰色の中からお前の背中を、いつでも狙い続けているぞ」
「チュウーッ!」
「【死灰】に会ったら5秒で終わる。それを覚えて記憶しろ。灰を見ながら震えて終われ」
「チャアーッ!」
「『0』――――俺がお前らの、ゲームオーバーだ」
肉薄したマグリョウさんが、青い剣を軽々さばき……胸元に潜り込み、突きを構える。
赤い剣持ちの足を食いちぎったイモムシが、今度は首元へと飛びかかる。
…………灰で作られた円陣の中。
カウントゼロで、2箇所から血飛沫が上がった。
赤い剣持ちと青い剣持ちのラットマンたちは、そこで同時に息絶える。
「……2本セットのロングソードか。ネズミのおもちゃにしちゃあ上等だな」
マグリョウさんが武器を拾い、『灰陣』の中へと雑にぶん投げる。
蠢く灰がそれに絡んで――――頭にそれぞれ剣を携える、2匹の蛾が産まれ出た。
「さぁ……次はどいつにするかな。お前か? それともお前か? 目移りするぜ」
ゆらり、とマグリョウさんが歩み出す。
それに合わせて、彼を取り巻く虫たちも、狂気を感じる暴れ具合をそのままに……主の進む先へと陣を進ませる。
……殺したラットマンの武器を使って作る、『灰の戦列』。
すでに幾匹も増えたそれらが作る陣は、どんどんその半径を広げている。
その形は、マグリョウさんの殺した相手だ。
カマキリ、イモムシ、蛾にムカデ。ダンジョンに出てくる虫たちの姿を為して、彼と一緒に殺意をバラ撒く。
「チィ……ッ!?」
「次は魔法師か。死地へようこそ、歓迎するぜ」
「チィィ…………」
「さぁ、5秒間だけ一緒に過ごそう。忘れられない思い出作りだ。俺を覚えろネズミ面……『5』」
「チ、チィ……」
円陣の外へ向けて、『灰の虫』たちが威嚇する。
ラットマンもそれをどうにかしようとするが、灰の体に剣は効かない。近づけば "牙" や "カマ" で斬りつけられて、円陣を崩す事は不可能だ。
「チィィーッ!」
「『4』」
かと言って、中に入ったラットマンが逃げ出す事も……許されない。
ぐるぐる回る『灰の虫』たちによって閉じ込められて、抜け出す隙はどこにもない。
……外のラットマン、そして中のラットマン。
そんなそれぞれに許される事は、ただ一つずつ。
中に入っていないなら、『次が自分の番でないよう祈るだけ』。
中に入ってしまったのなら、『5秒後に死ぬ覚悟をするだけ』。
抵抗も、邪魔も、打開も出来ない。
それは【死灰】が許さない。
「『3』。どうしたほら、俺はなんにもしてねぇぞ」
「チッ! チィッ!」
「ここだ、ここ。ここが俺の弱点で、名前を "あたま" って言うんだぜ? 知らねぇのか? ちゃんと教育受けたのか? チュー学校は出たのか、チュー学校は。どうなんだよ、頭でっかちの魔法師野郎『2』」
「チ、チッ! チィッ! チチィッ!」
「…………慌てるだけかよ、つまんねえ。これだから魔法師ってのはダセえんだよな。対応力に欠けるっつーか、遠距離からぶっぱでキメるだけの考えなしっつーかよ。『1』」
「チ、チィィィーッ!」
「……あぁ、なるほど。日本人だろうが外国人だろうが、魔法師を選ぶ奴が使えねえってのは……万国共通って事だな。勉強になったぜ」
「チ、チィ……」
「『0』だ。無様を晒して劣等を示す……反面教師の才能はあったな? はははっ」
……マグリョウさんがああやって、言葉が通じないのに煽りまくるのは……少しでも伝わればいいと考えているからだろうか。
それとも、単純に魔法師が嫌いなだけか。
……多分、後者だな。俺にはわかる。友達だから。
◇◇◇
「いけいけ~火星虫く~ん」
「ミーチューブアローッ! ……脳天直撃クリティカルっ! 凄いぞ私! これは流鏑馬の才能が開花しちゃった予感!?」
「ははっ! そうだ! 死ぬ気で来いよぉ! お前の寿命は後3秒だぜっ」
……広い荒野の戦場で、みんながそれぞれやりたい放題だ。
戦場を転がしているのは、相変わらず自由に暴走をするロラロニーのカブトムシ。
それを後押しするように、その上から矢を放つまめしばによって、着実にラットマンの数が減らされる。
そして、そんな大騒ぎなこの地の一角で、マグリョウさんが恐怖の死をバラ撒いて。
…………置いて行かれた気分になった。
それなりに戦ってはいるものの、どうしてもこの場にあっては、"脇役" って感じだ。
ただまぁ、俺は元々そういう存在なんだから、そうなるのも当たり前か。
自分が地味で普通な一般人って事は、誰より一番俺が知ってる。
だから、これでいい。このくらいが分相応って所なんだろうし。
「漢一匹リュウジロウッ! ネズミの前歯と漢比べでぃ!」
「チュチュゥ!」
リュウが声を張り上げ、胸ぐらを掴んだラットマンに頭突きをお見舞いする。
……いや、普通に斬れよ。何やってんだコイツ。漢比べってなんだ。
「どうしたどうしたネズ公共ォッ! 敵はカブトムシと旦那だけじゃねぇぞぉ!?」
「……無理に目立とうとするなよな。囲まれたら押しつぶされるぞ」
「てやんでぃ!」
「……何だよその意味不明な感嘆符は。どんな感情を表現してんだよ」
リュウの謎コミュニケーションに呆れつつ、相対するラットマンの隙を探る。
俺たちに注目を寄せているのは、こちらから見て最前列のラットマン。
その後列や、もしくは少しでも距離がある奴らにあっては、すっかり俺たちに背を向けている。
さもありなん。【ネズミの餌のロラロニー】と、【死灰】の注目度は抜群だしな。
……あの隙に、無理やり切り込むか? 少しは荒らせるかもしれない。
そろそろ一旦下がりたいタイミングだし、最後にちょこっと派手に暴れてみようか。カルマ値もたっぷりあるはずだしな。
「……まぁ、目立ちすぎずにそれなりに、出来る分だけ減らそうぜ。『光壁部隊』の排除も済んだし、ぼちぼち退却も視野に入れつつ――――」
「チチ…………ちぃ」
「――――ッ!?」
ひやり、とした。二つの意味で。
首筋に冷たい感触がして一つ、それが刃だと気付いて一つ。
咄嗟にそれを跳ね除けて、背後に振り向き剣を構える。
そこにいたのは、黒いローブをすっぽり被った…………不気味が過ぎるラットマンだった。
「チチチ……ち?」
「……お前は……」
曲がりくねったカマのような形状の武器。
余裕綽々で首を傾げる、黒いローブの暗殺者のような風体。
そして、その雰囲気からひりひりと感じる……特別感。
「――――おおっ!? てめぇは……おおっ!? こなくそぉっ!!」
「ヂュウゥゥッ!!」
「リュウッ!」
そんな黒ローブの向こうでは、リュウに襲いかかるひときわ大きなラットマンだ。
轟々と燃える棒のような物を持ち、それを使って押しつぶすようにリュウを押さえつけている。
そこそこに力がある剣士のリュウをも凌ぐパワーと、燃える棒を持つ特異性――――それもまた一つの、特別感。
「サ、サクリファクトくんっ!」
「ん?」
「そいつは……そいつらはっ! 多分だけど、ラットマン側の――――二つ名持ちですっ!」
クリムゾンさんの声が聞こえる。やっぱりこいつらは、二つ名持ちか。
燃える棒と両手のカマ。他のラットマンよりデカくて凶悪な面構えと、黒いローブ。
それらは以前出会った "リザードマンの二つ名持ち" のように、抜群に際立つ個性を持っている。
装備、武器、そして能力。全体を一つでまとめたデザイン。
つまるところは、キャラクター性だ。
ならば、二つ名を戴くに至るだろう。"ラットマンの国" に属するプレイヤーの中で、こうまで異質であるなら、さ。
……つーか、クリムゾンさん……なんで俺に敬語なんだ?
まぁ、どうでもいいか。
「二つ名はきっと、【ホウラク】と【リョウチ】っ! とっても早い黒い【リョウチ】と、【脳筋】にすら打ち勝つ膂力を持つ【ホウラク】の、竜殺しをも凌ぐ強敵ですっ!」
【ホウラク】と【リョウチ】……?
それがどういう意味だかはわからないけど……彼女にああまで言わしめるほど、この2匹は強いのか。
…………つまりは、アレだな。
こいつらこそが――――
「――――『攻撃の要である司令塔』、なのか」
「チチチ……ち」
「ヂュゥゥウッ!」
戦局の要。ラットマン陣営をまとめる大将。
カニャニャックさんから聞いた、『防御の要』と『攻撃の要』の内の、後者なんだろう。
だったらこの場で叩いておきたい。
…………カブトムシは遠い。マグリョウさんは忙しい。
クリムゾンさんは負傷していて、キキョウは彼女を守ってる。
手が空いているのは俺たちだけか。
だったら、そうだな。
「……やるぞ、リュウ」
「応ッ、サクの字ぃ!」
俺が言って、リュウが頷く。コミュニケーションはそれで十分。
俺とリュウとで、なんとかしよう。
……登場シーンも、格好つけちゃった事だし。