第二十二話 コミュニケーション 上
カブトムシの『キャラデリ砲』で、いよいよ慌てたラットマンたち。
そんな中で一度下がって【正義】のクリムゾンさんと何事かを会話していたマグリョウさんが、戦闘中の俺たちの所へ戻って来た。
「サクリファクト、俺は一時抜けるぜ。2人で行けそうか?」
「え? いや、問題はないと思いますけど……マグリョウさんは何するんすか?」
「あぁ……ちょっとばかり単独で、状況利用のいいことをしようと思ってな」
そう言いながらストレージをまさぐるマグリョウさんは、イタズラを思いついた悪ガキのような顔でニヤける。
……これは、アレだな。何かしらの酷いことをするつもりなんだろうな。
つまり、いつも通りだ。
「……ああ、それと――――お前の女のアレも使わせて貰うぜ。おかげでご機嫌な事を思いつけたんだ」
「アレ……? 了解っす。気をつけて」
「おいおい、誰の心配してんだよ。俺はお前の親友で、【死灰】のマグリョウ先輩だぜ?」
「あ~……そっすね、言葉を間違えました。俺が知る『最強』の戦いぶり、期待してますよ」
「そうだ、ははっ、それでいい。孤高の軽戦士の蹂躙劇だ。特等席で楽しめよ」
「【死灰】の旦那ァッ! あっしも襟と居住まい正して、しかと勉強させていただきやすッ!!」
「……お、おう……。まぁ……そうしろ」
気合の入りすぎたリュウに気圧されつつも、ストレージからどんどんアイテムを取り出し、地面に投げ捨てる。
そんなマグリョウさんの左隣には、灰ポーションを逆さまにする『灰の手』が寄り添って。
「『来い、死灰』」
マグリョウさんが歩き出す。
さらさらと地面に流れる灰が、蠢く影のようにマグリョウさんの後を追う。
剣・手斧・ナイフ……何かの小瓶、ボールのような物、壺……。
地に投げ捨てられた様々なアイテムを、灰が絡め取るようにして運んでいく。
灰色の男が、散歩でもするかのようにのんびり歩く。
無数の『灰の手』を従えて。一人きりの戦列をこしらえて。
◇◇◇
「…………『はやぶさ』」
「――――チュ!?」
ロラロニーが乗る暴走ドラゴン、カブトムシ。
そんな目が離せない存在を神妙な顔で見つめていたラットマンの背中に、マグリョウさんがぬるりと張り付いた。
「……まずは、お前だ」
「チュ!? チュチュッ!」
「……見えるか? ナイフだ。小さく、特別な物でもないが――しっかり致命の刃だぜ」
「チューッ! チューッ!!」
腕を絡め取って拘束しながら、ナイフを見せつけるマグリョウさん。
そんな犯罪者じみた男に捕まった哀れなラットマンは、助けを求めるように甲高い悲鳴を挙げた。それに気付いた周囲のラットマンたちが、いきり立って武器を構える。
……一見すれば、人質のようにも見えるだろう。
"コイツの命が惜しければ……" なんてシーンに思えるかもしれない。
だけど、違う。俺にはわかる。
マグリョウさんは、そうじゃない。
彼はそんなに、不誠実じゃない。
そして、そんなに……甘くない。
「首を、な。こうする。いいか? 横に真っ直ぐ斬りつけて、取り返しのつかない傷口を作るんだ。するとお前はあっけなく……いとも簡単に死んで行く。お前は俺に、殺される。今から俺が、お前を殺す」
「チュチューッ! チュチュチュー!」
「……その他の間抜けなネズミ面共、お前らもちゃんと見ているか? 俺は今からコイツを殺す」
「ヂュゥ! ヂュヂュァ!」
「……5秒、5秒だ。コイツが死ぬまで、あと5秒だぜ」
マグリョウさんの足元に広がる死の灰が、うぞうぞ動いて形を作る。
舞い上がり、渦を巻き――――完成したのは、数字の『5』。
少し見上げた位置に浮かんだ、アラビア数字の『5』だった。
"お前の女のアレを使わせて貰う" って、ロラロニーとまめしばがやってたカウントダウンの話だったのか。
……っていうか、彼女じゃないんだけど。否定するのを忘れてたぞ。
「さぁ、死へのカウントダウンだ…………『5』」
「チュ、チューッ!」
「……『4』」
「チュチュチュチュ!」
「『3』……」
「ヂュ、ヂュウゥッ!」
「『2』~……」
マグリョウさんを知らないラットマンたちは、人質を取られたと思っているのか、その場から動けず何事かを叫ぶだけだ。
そんな奴らを満足そうに見渡しながら、マグリョウさんがカウントを続けて行く。
ささやくような声と共に、浮かんだ数字が形を変える。
『5』から『4』、『4』から『3』へと減っていく。
そしていよいよ『2』まで来た所で、マグリョウさんの目が "くにゃ" と細められた。
引き上げた外套で見えないけれど、あれはきっと笑ってる。
俺にはわかる。あの目は、笑顔だ。
俺と一緒にいる時の物じゃない。
カニャニャックさんに話しかけている時の物でもない。
何かを殺す、その瞬間の笑み。
彼なりの『誠実さ』を敢行する時にする、幸福と恍惚にまみれた、愉悦の微笑みだ。
「チュチュチュゥーッ!」
「『1』…………『0』」
「――――チュ……カッ」
……灰の数字が『0』になる。
ラットマンの首が真一文字に裂かれ、噴水のように血が吹き出した。
暴れもがいていた手足が、だらりと力を失い、倒れる。
1人の男の誠実な殺意によって、1匹のラットマンが命を失った。
首を斬られて動けなくなった死体が、世界から死亡判定を受けて消え始める。
全身にノイズが走り、地面に溶け込むように消えていくラットマンの頭を、マグリョウさんが踏みつけた。
そして残される、哀れなラットマンの遺品。
着ていた防具と、何かの薬品。そして腰にささっていたロングソードだ。
「何だこれ? こいつはとんでもねぇなまくらじゃねぇか。武器のメンテくらいちゃんとしろよな」
「ヂュ!? ヂュヂュゥッ!!」
それを拾い上げ、つまらない物を見たようにため息を吐くマグリョウさん。
まるで紙くずを捨てるように背後に投げると、『灰の手』がそれをしっかりキャッチした。
「…………さぁ、もう一度行くぞネズミ共」
「ヂュ、ヂュゥゥッ!」
「死ぬ準備をさせてやる――――『5』」
……そして再び、空に数字が表れる。
灰色の男が視線を巡らせ、矢を番えるラットマンに目を止めた。
「チィィーッ!」
「……『いざない』」
自分に向けられた視線を嫌がるようにして、立て続けに矢を3連射するラットマン。
その矢が『いざない』の効果を受けて、少しだけ速度を落とす。
軽戦士技能、『いざない』。
それは使用者の周囲に強い追い風を呼ぶスキルだ。
軽戦士の軽足を活かした高機動戦闘、それを助ける補助スキルでありながら、ダンジョンの虫がバラ撒く鱗粉などを吹き飛ばす事にも使えるらしい。
少し興奮気味にそれを説明するマグリョウさんは、ずいぶんと気に入っているようだった。
そんな追い風によって、勢いを失った3本の矢。
それを灰色の外套で受け止めて、ぽろりと落ちる矢を1本、右手で掴む。
残りの2本は地面の灰がキャッチした。
「『4』」
「チィィ……ッ」
追い風に乗り、またたく間にラットマンへと肉薄したマグリョウさん。
そうした勢いをそのまま跳躍の軌道に変えて、両足だけでラットマンの動きを封じて押し倒す。
「『3』」
「――チィッ!?」
ラットマンの左腕を右足で踏みつけ、掴んでいた矢でネズミの手のひらを地面に固定する。
痛みに声をあげるラットマンを、灰色の眼差しで見つめながら――――『灰の手』によって恭しく差し出された矢を雑に掴んだ。
……そんな乱暴な動作をする【死灰】を見て、焼肉屋を思い出す。
店の給仕ロボが差し出すフォークを、奪い取るようにしていたリアルマグリョウさんの姿と、笑ってしまうくらい重なったから。
「『2』」
次いで刺すのは、ネズミの右手。
両手を矢で縫い付けられたラットマンは、必死にもがいて脱出を試みる。
そんな哀れなネズミの顔を、灰色の男が覗き込むようにして、笑う。
「さぁ、お前は今から死ぬぞ。お前自身の矢でもって、脳天を貫かれてぶっ殺されるんだ」
「チ、チィィッ!!」
「認識しろ。この光景を理解しろ。俺を記憶して忘れるな。灰色の男が、お前を殺すぞ。何を置いても忘れるな。今際の際の映像を、その小せえ脳に叩き込め――『1』」
「チ、チ…………チィ!」
地面に張り付けになったソイツから、弓で放たれた3本の矢。
その最後の1本を『灰の手』から受け取ったマグリョウさんが、ラットマンの額へゆっくり合わせて、じっくり挿し込む。
「――――『ゼロ』」
そしてラットマンは、もがくのを止めた。
残った弓と矢筒を『灰の手』が回収し、マグリョウさんが顔を上げる。
「ヂュ、ヂュゥッ!」
「チュチュァアッ!!」
空に浮かぶ数字が『5』に戻り、マグリョウさんが座ったままで首を こきり と鳴らす。
そんな余裕を見せつける敵をどうにかしようと、周囲のラットマンが一斉に襲いかかった。
…………マグリョウさんが笑う。
楽しい事を始める顔で。
地面に灰色の右手を当てて、外套で隠れた口を開いた。
「……『廻れ、死灰』」
ぽそり、と呟くような声。どこまでも冷たい、【死灰】のマグリョウの声。
そうして言った "灰を喚ぶ声" は、いつもと文面が違っている。
「なぁ、サクの字ぃ。【死灰】の旦那は何をするんだぁ?」
「……いや、俺も知らない…………何だ?」
知らない言葉、見たことのない構え。俺の知らない行動を取るマグリョウさん。
そんな彼が触る地面。その周辺に広がる灰が、ぼこぼこと動き出す。
その異常は瞬く間に広がって――――ついには液体のように地面を覆い尽くしていた灰が、無数の『灰の手』となって起き上がる。
「おおっ!? こいつぁ……一体なんでぃ!?」
「……すげえ、マグリョウさん…………いつの間にあんなにいっぱい『灰の手』を…………って、ん? うわ、なんだアレ……キモッ!」
以前見た時よりずっと増えた、マグリョウさんの『灰の手』。
二つ名効果による灰の操作で作られたそれに感心していた俺とリュウだった、けれど。
その形のおかしさに首を傾げて、きちんと観察してみれば……それは『手』ではなく、全く違う物だった。
そしてソレのあまりのキモさに、思わず素直な感想が口から出てしまった。
――――あれは、『手』じゃない。『虫』だ。
灰とナニカで形成された、灰色の虫だ。
マグリョウさんのストレージから溢れた主斧、それをカマに見立てたカマキリ。
シミター2本を顎に見立てて、挟む動きでガチガチ鳴らすクワガタ。
毒液がたっぷりつまった瓶から灰色の足を生やして、カサカサ動く大蜘蛛。
クロスボウを尻尾とするサソリ。黒いボールのアブラムシ。ロープのような物を垂らすハエ。
そして……無数のナイフや刃物が集結し、ガチャガチャとおぞましい音をうならせる、とびきり凶悪な大ムカデ。
ストレージから出したアイテムと武器。
それと死灰を合わせて形を作る、マグリョウさんの "虫型モンスター" たち。
殺され、燃やされ、灰となり。
【死灰】の力で蘇り、武器を与えられて【死灰】に寄り添う、灰製の虫。
それらが無数に作られて、それぞれがもぞもぞ動き出す。
<< ギジャァァアッ!! >>
<< シキィ!! >>
<< ヴヴヴヴ! >>
<< ガヂッ! ガヂヂッ!! >>
「俺の特別、『灰陣』だ。カニャニャック命名だけどな」
それらの虫たちが、地獄の底から唸り上げるような威嚇音を一斉に鳴らす。
溢れ出る濃密な殺意。傍観している俺ですら、ぞくりと震えてしまうほどだ。
直接ぶつけられたラットマンたちは……たまった物じゃないだろう。
「ヂュ!? ヂュウヂュヂュ!?」
「チュァァ……!」
「ジゥゥ……」
灰色の虫たちに気圧されたラットマンたちは、カブトムシよりよほど恐ろしいものを見たような顔をする。じわり……と後ずさりながら。
そうした怯えに気をよくしたのか、『灰の虫』たちは狂ったような滅茶苦茶な動きで暴れだす。
――――そして、マグリョウさんを中心として、円を描くように広がった。
「ヂュ……ヂュヂュ!?」
「……よう、クソネズミ。『灰陣』へようこそ。歓迎するぜ」
ぐるぐる円を描きつつ、刃物の爪や灰の牙でうるさい音をたてる『灰の虫』たち。
その円形の陣の内側に、ラットマンが1匹だけ取り残される。
……取り残される、というよりは……取り残された、か。
『灰の虫』の主の意思で、そうされてしまったのだろう。
中にいるのは、1人と1匹。
その陣を生み出した張本人と……きっとこれから死ぬネズミ。
援護も支援も何もなく、孤高の軽戦士と2人きり。
きっとこれは、そうする物なんだ。
◇◇◇
「俺を殺せば出られるぞ。窮鼠の自覚があるのなら、最後に一噛みしてみろネズミ面」
「ヂ、ヂ……!?」
「さぁ、慌てろ――――残り『5』秒だぜ」
「ヂ…………ヂュヂィィッ!!」
「……『4』」
ネズミの顔が横を見て、後ろを見てから、前を見る。
そうした後で、とうとう意を決したラットマンが、マグリョウさんへと襲いかかる。
おぞましい虫に囲まれた円陣で、必死で心を奮い立たせ、何らかのスキルで自己強化をしながら棍棒を振り回す。
しかし、マグリョウさんには当たらない。
まるで反撃もしないまま、全てを軽々交わしていく。
そこにあるのは、レベル差やスキル性能なんかじゃない。
知っている動き。殺そうとする者のパターンを、経験としてわかっている動きだ。
「……『3』」
「ヂッ! ヂィッ! ヂィィッ!!」
「……『2』」
「ヂ、ヂッ! ヂィッ! ヂヂィッ!」
「…………『1』」
――――――あ。
……ああ、そうか。わかったぞ。
アレの意味。マグリョウさんがそうしている理由。
マグリョウさんは、ラットマンに恐怖を植え付けようとしてるんだ。
忘れられない嫌な記憶を、無理やり刻み込もうとしてるに違いない。
いくら沢山あるとは言っても、『灰のポーション』でバラ撒く『死灰』。
そんな有限のリソースを、わざわざああして数字に変えて浪費するのは、そうする理由があるからだ。
言葉がまるで通じない "海外プレイヤー" に、ルールをわからせるためなんだ。
灰で堂々と見せつけるのは、数字は数字でも "アラビア数字" 。
1~9と0で表す、万国共通の表現方法。
言葉の壁は関係ない。
言語にフィルターがかけられていようと、その検問すらも突破する。
ダイブインでも使われる。レベル表記でも使われる。Re:behindにおける唯一の世界共通語。
種族の隔たりを飛び越えて、誰にでも伝わる "数字での表現"。
それは、相手の事を考えた誠実な対応だ。
悪意いっぱいでラットマンに配慮をする、誠心誠意ひたむきなコミュニケーションだろう。
「…………『0』だ。俺を覚えろ、クソネズミ」
流石【死灰】のマグリョウさん。
誠実に酷い事をさせたら、右に出るものは居ない。
◇◇◇