第二十一話 ヒロイン
ロラロニーちゃんが乗る、カブトムシ型のドラゴン。
それが角の先端から光を発射し、『光壁』を展開していたラットマンの一団を消し去った。
死んだのではない。吹き飛んだ訳でもない。
完全に、消えた。消しゴムで落書きを消すみたいに。
光が "パオーン" と広がって、気付いた時にはばしゅっとかき消えてしまった。
……なにあれ。すごい。こわい。大変だ。
【正義】と呼ばれるトッププレイヤーの私でも、あんなトンデモは見た事がない。
「あれこそ切り札。カブトムシ型ドラゴンが有する最大の能力ですよ、クリムゾンさん」
「なに、あれ……?」
「竜やリスのように "食べて消す" 事が出来ないカブトムシ。そんな彼が持った、キャラクターを消す一つの手段です」
「け、消すっ!? そんな、そんなの――……」
"ずるい" 。そう言おうとして、やめる。
あれが "ドラゴン" だと言うのなら、そんな力を持っているのも……当然なのかな、と思ったから。
残機が10あるリス、ブレスで火災を発生させる竜。そのどちらもが、それなりに反則。
だったらカブトムシにそんな異能があっても……アリなのかもしれない。
……うん、アリだ。きっとアリ。そういう事にしておこう。
「一度撃ったなら、次までに30分の時間を要します。リスや竜と比べてみても、おおよそ平等かと思いますよ」
「……そうなんだ」
そうして3種の "ドラゴン" を並べてみると、それぞれ特徴があるのかな、と思う。
例えばリス型なら……耐久特化。動きはそこまで早くない代わりに、何度も蘇生と強化がされる。
そんなどっしり構えるタフネスを持つリスは、陣地や拠点などの防衛で生きるタイプなのかもしれない。
首都に飛来した竜型なら……破壊特化だ。空を飛ぶ事と牙や爪で、単純に生物としての能力が高いし、それと合わせて炎のブレスまでも吐き散らす。
火災を発生させられるというのは、集落を滅ぼす能力がとっても高い。電撃作戦と焼夷の力を持つ、拠点強襲タイプかな。
そして、カブトムシ型は……攻撃特化。早く、硬く、強い。そうしてラットマンのような小さな存在を蹴散らしながら、ここぞと言う時の『キャラクターを消すビーム』。
きっと歩兵相手の乱戦でこそ映えるタイプ。
それぞれが、何かの得意を持つ3種。
一つずつ比べれば優劣はあるけれど、全部の力をまとめて考えたら――――丁度いい感じなのかな。
◇◇◇
「よう【正義】。いいザマだな?」
「…………【死灰】」
「正義のヒーローが聞いて呆れるぜ。最近はボロクソなお前しか見てねぇぞ」
「…………」
少しだけ静まった戦場から、するりと抜け出してきた【死灰】のマグリョウが、酷いいじわるを言ってくる。
この男は、いつもそうなんだ。自分勝手で我儘で、悪びれもなく人を傷つける。
気に入らなければすぐにPKするし……あとすごく、口が悪い。
……正義のヒーローであるのなら、決して見過ごせない存在だ。
「……ぁんだよ、黙りこくって。らしくねぇな?」
「…………うん」
「あぁ? 何だお前……調子狂うぜ」
「ふふふ、マグリョウくん。どうかその辺でご勘弁を」
「…………まぁいいけどよ。それより【正義】、聞きたい事がある」
「なに?」
「ここへ来る途中、リスに怯えた臆病者共が退いて行ったってのは、わかってる。だが、それにしたって前線が薄い。いくらなんでも薄すぎだ。そうしてよくよく考えてみれば、首都の『ゲート』周りで、座り込んだ死に戻り勢がうようよ群れて居やがったのを思い出すぜ」
「…………」
「俺が知ってるRe:behindプレイヤーってのは、一度や二度のデスペナでいじけるような小心者じゃねぇ。ゾンビアタックも上等の、イカした奴らだってそれなりに居たはずだ」
「……うん」
「なぁ、言えよ。なんかあるだろ。死に戻りした奴らが、戦線に戻れない理由が。そいつらが『ゲート』の周りで、しけたツラして膝を抱える理由が、あんだろ?」
「…………」
「知ってんだろ、言えよ」
「…………すごく、怖いんだって……そう聞いた」
「あぁ? 怖い? 何がだ」
「死んだ時の感じがいつもと違う、って。立ち上がれないほど怖い感じが、心の奥から湧き出て来るって。理由はわからないけど、怖くてもう戦えない、って言ってるらしいよ」
「……はぁ? んだよそれ」
サクリファクトくんと【死灰】たちは、首都からやってきた。
だからきっと、私が聞いた報告と同じに、多くのプレイヤーが立ち直れないのを見たんだろう。
…………。
それにしても。
いくらRe:behindが未曾有の危機とは言え、あの【死灰】が他人の動向を気にして、それを覚えているなんて。
誰とも寄り添う事をしない孤高の軽戦士マグリョウを、そんな風に変えたのは――――やっぱり彼の影響なのかな。
「ふむ……つまり、『ラットマンにキルされると、原因不明の恐怖に襲われる』という事でしょうか?」
「うん、多分そうだと思う」
「…………ふぅん」
「不思議な事ですね。一体どういう理屈なのでしょう」
そんな私の言葉を聞いて、【死灰】が少し考え込んだ。
灰色の剣で肩を叩きながら、地面にじっと目を落とす。
そして、再び顔を上げ。
「怖い、ねぇ…………へぇ……」
「……マグリョウくん?」
――――にたり、と、おぞましく嗤う。
背中がぞわっとする感覚。悪より邪悪な、歪んだ微笑み。
……この表情は、見たことがある。【死灰】がダンジョンでする顔だ。
虫と死ぬまで殺し合う、その覚悟を決めた時にする顔。
悪くて怖い、殺戮者の顔。
「そうか、そういうシステムか」
「……マグリョウくんは、何かご存知なのですか?」
「いや、知らねぇよ。知らねぇけど……ははっ! そうなら何より具合が良いぜ」
「…………どういう事でしょう?」
「金髪、お前も言っただろう。"ラットマン" は海外プレイヤーだと。これは対人戦だと」
「ええ、まぁ……ラットマンやリザードマンからなる『外来種』がプレイヤーであるのは、裏も取れている確かな事実ですが」
「だったら、平等なはずだろう? "海外プレイヤーにキルされたら、立ち直れないくらいの恐怖を味わう" って条件は、恐らく奴らも同じ事。違うか?」
…………え? なに? それ。私はそんなの聞いてない。
キキョウくんとマグリョウは、『外来種』が何だって言ったの?
プ、プレイヤーって言ったの?
「…………なるほど」
「だろ? はははっ! だったら……丁度いいってもんだぜ。この【死灰】があいつらを――――」
「ちょ、ちょっと待って!」
「あ? んだよ【正義】」
「あの……ラットマンが海外プレイヤーって、一体……どういう事?」
流石にそれは聞き捨てならない。
『外来種』と呼ばれる "人ならざる人型モンスター" が、海外からRe:behindに接続している、プレイヤーだなんて。
そんな情報…………初耳すぎる。
◇◇◇
「……そっか……そうなんだ」
「"ラットマンやリザードマンは、海外のリビハプレイヤーである"――――私もそれを知った当初は驚きましたが、こうして今となってみれば、胸にすとんと落ちる気持ちです」
「トカゲ面とやりあった時から、俺は薄々気付いてたけどな。人間みたいなAIと、人間くせぇのはまるで違うんだ。間抜けなポカをやらかす出来損ないぶりは、本物の人間にしか出来ない "ヒトらしさ" だぜ」
確かにキキョウくんの言う通り、それを知ったら納得もする。
『外来種』が持つ装備、スキル、二つ名……そして、感情のようなもの。
そういう色々、小さな違和感が、ほどけるように消えていって。それ以外考えられないとすら思ってしまう。
――――ラットマンとリザードマンは、海外のRe:behindプレイヤー。
単純だけど、全然わからなかった。姿と言葉が違うというだけで、こうまで絶対的な『敵』に見えるなんて……驚きだ。
「まぁそういう訳だ。だから、それを使わせて貰おうと思ってな」
「…………? どういう事?」
「……察しが悪いな。しょうがねぇ。聞け、【正義】。俺がお前に "対人戦で勝つ方法" をレクチャーしてやろう」
「…………勝つ、方法?」
そう言いながら、マフラーのように口元を隠していた外套を引き下げ、毒蛇のような笑みを浮かべる【死灰】のマグリョウ。
……やっぱりひどい顔。悪巧みをする犯罪者のような顔つきだ。
サクリファクトくんと背丈は同じくらいだし、雰囲気も少し似ているけれど、笑顔の質が全然違う。
私を救い出しながら、決め台詞と共にはにかんだサクリファクトくんの笑顔は、もっとキラキラしていたんだ。
◇◇◇
「ネトゲにおける "対人戦" ってのは、基本的には終わりがねぇ。結局奪い合うのはゲーム上の命だけだから、互いの気が済むまでどっぷり泥沼だ」
「……うん」
「それは規模が膨れ上がった "多数戦" であろうとも、何も変わる事はねぇ。規定の時間だ宣戦布告だと、クソみてぇなハウスルールでお行儀よく闘いごっこをして、勝った負けたを運勢みたいに受け入れる。そんで一息ついたなら、次の機会にまた殺し合う」
「……そうだね」
「何度繰り返そうと終わらねぇ。決着がつかねぇんだ、いつまでもな。殺されたら殺そうとするし、殺したらまた殺そうとする。生も死も、そういう状態変化ってだけでしかねぇからな」
……【死灰】の言う事は、真実だ。
私がヒーロー活動をしている時も、それはつくづく思い知らされてきた。
悪いプレイヤーを見つけては、粛々と正義を執行する。
口頭で済めば万々歳だけど、大体の場合はそうも行かずに――――戦い、命を奪う事となる。
しかし、そうなってくると次に産まれるのは、『復讐PK』という名の新たな悪事だ。
自分を邪魔した目障りな奴……そんな思いを胸に滾らせ、私の命を奪いに来る。
そうしてそれを再び倒せば、今度はもっと数が増えたり罠を仕掛けて来たり、手を変え品を変えて私の命を狙って来るんだ。
私はそれを、経験から知っている。
「でも、それなら……勝ち方って?」
「簡単だ。わからせればいい。それこそ一撃必殺の、延々続く殺し合いごっこを終わらせる、唯一無二の方法だ」
「…………?」
「……"PK" をキメた所で、勝ちじゃねぇ。死に戻って蘇れるなら、殺し切ったとは言えねぇよ。対人における勝利ってのは、命を奪う事じゃねぇんだ」
「…………じゃあ、どうするの?」
「――――もう嫌だ、と思わせる。歯向かう気力を失くさせる。てめえの負けだとわからせる。キャラクターの命じゃなく、操作するプレイヤーの戦意をぶっ殺すんだ。そうすりゃ決着。それが対人戦の極意で、クールなトドメってもんだぜ」
◇◇◇
「分不相応にも【死灰】を狙った、クソアホPK共。
そいつらをカウンターでキルした時には、毎度のようにして来た事だ。
兎にも角にも、萎えさせる。
煽ってもいい、"舐めたプレイング" してもいい、死体の上でダンスを踊ってやってもいい。
それに加えてキルした後に、そいつのアカウント宛で "個人メッセージでの暴言" を送ったんなら……もう最高だ。
とにかくボロクソいたぶって、苦渋と辛酸をジョッキでイッキさせてやるんだ。
あの【殺界】の腐れ女がする事だって、形は違うが同じだぜ。
毎日毎日不運を押し付け、ゲームの日常を嫌わせる。楽しくない時間を無理やり過ごさせる。
それが積もってギリギリいっぱいになった所で、道化師の『遊び』でふざけて殺す。
気付いた時にはもう間に合わない……ゲームのキャラクターじゃなく、操作するプレイヤー自身を蝕む神経毒ってな。
……俺も【殺界】もある意味同じ。
余裕で相手をしてやって、囀る声に笑ってやりながら、うんざりするほど簡単に殺す。
倒れるキャラクターに唾を吐きかけて、馬鹿にしながら死体撃ちをする。
『てめぇは俺の相手じゃねぇ。すっこんでろ雑魚』と煽り倒して、キャラクターを操作するプレイヤー自身の心をズタズタにするんだ。
そうした先で『だめだ、コイツには敵わない、コイツは関わっちゃいけない奴だ』とわからせる事が出来りゃあ……そこで決着、つまりは勝利。
それこそが、不毛に続く対人戦をサクっと終わらす、"たったひとつの冴えた殺り方" だ」
…… "死んでも復活する" 。ゲームでは当たり前の事だ。
だから "死" は、一種の状態変化に過ぎない。
善悪や陣営に限らず平等に、死の先にまた明日がある。
だから "死" は、敗北じゃない。
試合じゃなくて殺し合い……ネットゲームのPK合戦において、それは決着じゃない。一時的にそういうことになったというだけ。
復活したらまた戦えて、今日も明日も殺し合いが続く。今日は殺されたけど、明日は絶対殺してやると思う限りは、決着が無い。
…………それを終わらせる手段が、『対人戦で勝つ方法』。
めげさせて。諦めさせて。頭を踏んづけ、くじけさせて。
これでもかと格付けをして、精神的にマウントを取ってからの……タコ殴り。
そうして立ち向かう気を失くさせて、延々続く "殺し合い" を終わらせる事が――――【死灰】や【殺界】の決着方法。
……酷い、と思う。
いくら相手が悪党だろうと、その心を引き裂くような行いは、決して正しいとは言えないって。
確かにPKは悪だけど、暴言を吐いたり死体を弄んだり、粘着して嫌がらせをするのは……とても良くない行いだ。
やっぱり、こうして邪悪に嗤う【死灰】のマグリョウは、その性格までもがきちんと悪役だった。
「…………」
「つっても厄介な事に、こういった規模の多数戦においては、そういう意識が生まれ辛いんだ。自分が死んだ責任を、隣の味方に擦り付ける奴がいる。時の運だとか寝ぼけた事を言って、自分の弱さから目を背ける奴もいる。そうしてどいつもこいつも無闇に持ち直す。次こそ勝てると勘違いして、うんざりをしやがらねぇ。だからこういう多数戦では、死んだてめぇがクソ雑魚ゴミクズカスNOOB野郎だと理解させるってのが、中々に難しい」
…………クソ雑魚ゴミクズカスNOOB野郎って……。
それはいくら何でも言いすぎだと思う。
それとついでに、【死灰】はこんなにお喋りだったかな? とも思った。
今までは、人と会話なんて……まっぴらごめんって感じだったのに。
「だからこの場は具合がいいんだ。『海外プレイヤーにキルされたら、怖くて立っていられねぇ』。そんな仕様は、最高にご機嫌だぜ」
「…………」
「"日本プレイヤー" がそうなるなら、"海外プレイヤー" も同じだろ。俺がネズミ共をキルすれば、奴らに恐怖が襲うんだ。ここはRe:behindで平等な世界だ。必ずそういう事になってるだろうよ」
「…………あっ」
「――――俺が奴らに、恐怖を植え付けてやる。抗いようもないほど圧倒的に、目を背けたくなるほど残虐的に、嗜虐的の粋を極めて覚えさせてやる。俺たちに逆らうとどうなるのか、死んでも消えない嫌な記憶として、ネズミ共にわからせてやる」
【死灰】のしようとする事に、ようやく気付けた。
彼は自分が、恐怖の象徴になろうとしてるんだ。
"死ぬとなんかすごく怖い" というあやふやな記憶と、残忍な殺し方をするマグリョウ。
その二つをラットマンの心に深く残して、"マグリョウが怖い" と記憶させる。
死んでも生き返れる戦場で…………彼がいる限り、怖くて戻って来れないような、そんなトラウマを植え付けるつもりだ。
……なんて非道。なんて残忍。目を覆うほどの底知れぬ悪意。
やっぱり【死灰】のマグリョウは、どこまでもブレない極悪で、仄暗い目をした悪党だ。
「俺のRe:behindは邪魔させねぇ。調子に乗ってあやつけて来た腐れネズミを、とことん痛めつけてやる。二度と俺たちの『ゲート』を狙う気が起きないよう、ボロクソにしてゲームを降りさせてやるよ。ははっ、最高だなぁ、おい?」
「そんな…………そんなの正義では――っ!」
「……そりゃあ正義バカの定義では、決して許される事じゃねぇだろうなぁ。何せ俺は "礼節に欠いた行為" をするって言ってんだ。優等生のお前なら、文句の一つもあるだろうよ」
「……だって……」
「ただまぁ、てめぇに何と言われようとも、俺はやるっつったらやるぜ。俺はまだRe:behindを引退したくねぇからな」
……それは、とても『正義』とは呼べないもの。
正義のヒーローとしては、絶対許しちゃいけないものだ。
少なくとも、止めなくちゃいけない。そうじゃないと、【正義】じゃない。
目の前で悪巧みする者がいるなら、それを止めなきゃ……ヒーローじゃない。
…………わかってるんだ。それが良い事だっていうのは。
明日もRe:behindが続けられるように、みんなのためにする事なのは。
でも、正しい訳じゃない。善い事じゃない。
誰かを必要以上に傷つけるのは、よくない事なんだ。
その相手が、海外プレイヤーだろうと、国内プレイヤーだろうと……それはやっちゃだめなんだ。
……止めなきゃ。
良い事だけど。世界を救う善行だけど。頑張れって言いたいけれど。
だけどそれでも、それは悪い事だから。ヒーローだったら、止めなきゃいけない。
「……折角サクリファクトと友達になれたんだしな。俺はこの世界で、まだまだあいつと遊ぶんだ」
「…………!」
――――はっとした。
サクリファクトくん。私を救った、男の子。
私のピンチに颯爽と現れた、初めての……私のヒーロー。
……そっか、うん。
……じゃあ、うん。
……それなら、そうだよね。
今日の私は…………そうなんだ。
「……マグリョウ」
「ぁん?」
「…………が、がんばって」
「…………はぁ?」
「せ、世界を……Re:behindを、守ってほしいっ。だから、その……頑張って」
「……なんだお前。ちゃんと話聞いてたか? 俺はこれから、お前の言う『正義』とは、真逆の事をするんだぞ」
「……今日――――……インだから」
「ぁん?」
「きょ、今日の私は……『ヒロイン』だから! 今日はヒーローはお休みで、か、かっこいいヒーローに救われる、ヒロインの日だからっ! だから、悪いことも……み、見過ごす!」
「……何だこいつ。意味わかんねぇ」
今日の私は、救う側じゃなくって、救われる側。
黒くて一生懸命なヒーローに助け出される、1人のヒロインだったから。
だから、正義がどうとか言わないで、悪い味方も応援するんだ。
ただひたすらに守られながら、精一杯に声援を送るんだ。
だって、それこそが、ヒロインの役割なはずなんだから。
……今日だけ。
今日だけは……【正義】じゃなくてもいい日。
そう決めた。今決めた。
「ふふふ、そうですね。今日のクリムゾンさんは、我らがパーティリーダーに救われた……物語のヒロインでしたね。ふふふ」
「……う、うん。サクリファクトくんは、ヒーローだよ。……私の、ヒーロー」
「…………ふぅん? あっそ……まぁいいや。じゃあな」
そう言って首を鳴らすようにぐりぐりとさせ、ラットマンに駆け出そうとする【死灰】のマグリョウ。
……だったけれど。
唐突にピタリと動きを止めて、こちらを睨みつけるように振り向いた。
「……おや? どうしました? マグリョウくん」
「いや…………おい【正義】」
「…………?」
「お前は今日、あいつに救われたかもしれねぇが――――俺はもっと、ずっと前に救われた。お前よりも、ずっと前にな」
「…………え……」
「いいか? 俺が先だ。あいつに救われたのは、俺のほうが先なんだ。それだけは忘れるなよ。わかったな? 俺のほうが早かったんだ」
「おやおや……ふふふ」
「しっかり覚えとけよ。俺が最初だ。一番なんだ」
そう言うだけ言ってから、再び【死灰】はラットマンへと駆け出して行く。
そんな言葉を言い終えた彼の顔は、どことなく得意気な……勝利宣言をするみたいな色で、染まっていて。
「…………」
…………なに、それ。
サクリファクトくんに救われたのは、【死灰】のほうが先?
……なにそれ。
なんか…………なんか、ずるい。