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本気でプレイするダイブ式MMO ~ Dive Game『Re:behind』~  作者: 神立雷
第五章 応えよ、響け、目を覚ませ
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第二十一話 ヒロイン




 ロラロニーちゃんが乗る、カブトムシ型のドラゴン。

 それが角の先端から光を発射し、『光壁』を展開していたラットマンの一団を消し去った。


 死んだのではない。吹き飛んだ訳でもない。

 完全に、消えた。消しゴムで落書きを消すみたいに。

 光が "パオーン" と広がって、気付いた時にはばしゅっとかき消えてしまった。


 ……なにあれ。すごい。こわい。大変だ。

【正義】と呼ばれるトッププレイヤーの私でも、あんなトンデモは見た事がない。




「あれこそ切り札。カブトムシ型ドラゴンが有する最大の能力ですよ、クリムゾンさん」


「なに、あれ……?」


「竜やリスのように "食べて消す" 事が出来ないカブトムシ。そんな彼が持った、キャラクターを消す一つの手段です」


「け、消すっ!? そんな、そんなの――……」




 "ずるい" 。そう言おうとして、やめる。

 あれが "ドラゴン" だと言うのなら、そんな力を持っているのも……当然なのかな、と思ったから。


 残機が10あるリス、ブレスで火災を発生させる竜。そのどちらもが、それなりに反則。

 だったらカブトムシにそんな異能があっても……アリなのかもしれない。

 ……うん、アリだ。きっとアリ。そういう事にしておこう。




「一度撃ったなら、次までに30分の時間を要します。リスや竜と比べてみても、おおよそ平等かと思いますよ」


「……そうなんだ」




 そうして3種の "ドラゴン" を並べてみると、それぞれ特徴があるのかな、と思う。


 例えばリス型なら……耐久特化。動きはそこまで早くない代わりに、何度も蘇生と強化がされる。

 そんなどっしり構えるタフネスを持つリスは、陣地や拠点などの防衛で生きるタイプなのかもしれない。


 首都に飛来した竜型なら……破壊特化だ。空を飛ぶ事と牙や爪で、単純に生物としての能力が高いし、それと合わせて炎のブレスまでも吐き散らす。

 火災を発生させられるというのは、集落を滅ぼす能力がとっても高い。電撃作戦と焼夷ナパームの力を持つ、拠点強襲タイプかな。


 そして、カブトムシ型は……攻撃特化。早く、硬く、強い。そうしてラットマンのような小さな存在を蹴散らしながら、ここぞと言う時の『キャラクターを消すビーム』。

 きっと歩兵相手の乱戦でこそ映えるタイプ。


 それぞれが、何かの得意を持つ3種。

 一つずつ比べれば優劣はあるけれど、全部の力をまとめて考えたら――――丁度いい感じなのかな。




     ◇◇◇




「よう【正義】。いいザマだな?」


「…………【死灰】」


「正義のヒーローが聞いて呆れるぜ。最近はボロクソなお前しか見てねぇぞ」


「…………」




 少しだけ静まった戦場から、するりと抜け出してきた【死灰】のマグリョウが、酷いいじわるを言ってくる。

 この男は、いつもそうなんだ。自分勝手で我儘で、悪びれもなく人を傷つける。

 気に入らなければすぐにPKする(殺す)し……あとすごく、口が悪い。


 ……正義のヒーローであるのなら、決して見過ごせない存在だ。




「……ぁんだよ、黙りこくって。らしくねぇな?」


「…………うん」


「あぁ? 何だお前……調子狂うぜ」




「ふふふ、マグリョウくん。どうかその辺でご勘弁を」


「…………まぁいいけどよ。それより【正義】、聞きたい事がある」


「なに?」


「ここへ来る途中、リスに怯えた臆病者チキン共が退いて行ったってのは、わかってる。だが、それにしたって前線が薄い。いくらなんでも薄すぎだ。そうしてよくよく考えてみれば、首都の『ゲート』周りで、座り込んだ死に戻り(リスポーン)勢がうようよ群れて居やがったのを思い出すぜ」


「…………」


「俺が知ってるRe:behind(リビハ)プレイヤーってのは、一度や二度のデスペナでいじけるような小心者じゃねぇ。ゾンビアタックも上等の、イカした奴らだってそれなりに居たはずだ」


「……うん」


「なぁ、言えよ。()()()()()だろ。死に戻り(リスポーン)した奴らが、戦線に戻れない理由が。そいつらが『ゲート』の周りで、しけたツラして膝を抱える理由が、あんだろ?」


「…………」


「知ってんだろ、言えよ」




「…………すごく、怖いんだって……そう聞いた」


「あぁ? 怖い? 何がだ」


「死んだ時の感じがいつもと違う、って。立ち上がれないほど怖い感じが、心の奥から湧き出て来るって。理由はわからないけど、怖くてもう戦えない、って言ってるらしいよ」


「……はぁ? んだよそれ」




 サクリファクトくんと【死灰】たちは、首都からやってきた。

 だからきっと、私が聞いた報告と同じに、多くのプレイヤーが立ち直れないのを見たんだろう。



 …………。

 それにしても。

 いくらRe:behind(リビハ)が未曾有の危機とは言え、あの【死灰】が他人の動向を気にして、それを覚えているなんて。

 誰とも寄り添う事をしない孤高の軽戦士(フェンサー)マグリョウを、そんな風に変えたのは――――やっぱり()の影響なのかな。




「ふむ……つまり、『ラットマンにキルされると、原因不明の恐怖に襲われる』という事でしょうか?」


「うん、多分そうだと思う」


「…………ふぅん」


「不思議な事ですね。一体どういう理屈なのでしょう」




 そんな私の言葉を聞いて、【死灰】が少し考え込んだ。

 灰色の剣で肩を叩きながら、地面にじっと目を落とす。


 そして、再び顔を上げ。




()()、ねぇ…………へぇ……」


「……マグリョウくん?」




――――にたり、と、おぞましく嗤う。


 背中がぞわっとする感覚。悪より邪悪な、歪んだ微笑み。

 ……この表情は、見たことがある。【死灰】がダンジョンでする顔だ。

 虫と死ぬまで殺し合う、その覚悟を決めた時にする顔。

 悪くて怖い、殺戮者の顔。




「そうか、()()()()()()()()か」


「……マグリョウくんは、何かご存知なのですか?」


「いや、知らねぇよ。知らねぇけど……ははっ! そうなら何より具合が良いぜ」




「…………どういう事でしょう?」


「金髪、お前も言っただろう。"ラットマン(あれ)" は海外プレイヤーだと。これは対人戦だと」


「ええ、まぁ……ラットマンやリザードマンからなる『外来種』がプレイヤーであるのは、裏も取れている確かな事実ですが」


「だったら、平等なはずだろう? "海外プレイヤーにキルされたら、立ち直れないくらいの恐怖を味わう" って条件は、恐らく奴らも同じ事。違うか?」




 …………え? なに? それ。私はそんなの聞いてない。

 キキョウくんとマグリョウは、『外来種』が何だって言ったの?

 プ、プレイヤーって言ったの?




「…………なるほど」


「だろ? はははっ! だったら……丁度いいってもんだぜ。この【死灰】があいつらを――――」


「ちょ、ちょっと待って!」


「あ? んだよ【正義】」


「あの……ラットマンが海外プレイヤーって、一体……どういう事?」




 流石にそれは聞き捨てならない。

『外来種』と呼ばれる "人ならざる人型モンスター" が、海外からRe:behind(リ・ビハインド)に接続している、プレイヤーだなんて。

 そんな情報…………初耳すぎる。




     ◇◇◇




「……そっか……そうなんだ」


「"ラットマンやリザードマンは、海外のリビハプレイヤーである"――――私もそれを知った当初は驚きましたが、こうして今となってみれば、胸にすとんと落ちる気持ちです」


「トカゲ面とやりあった時から、俺は薄々気付いてたけどな。人間みたいなAIと、人間くせぇのはまるで違うんだ。間抜けな()()をやらかす出来損ないぶりは、本物の人間にしか出来ない "ヒトらしさ" だぜ」




 確かにキキョウくんの言う通り、それを知ったら納得もする。

『外来種』が持つ装備、スキル、二つ名……そして、感情のようなもの。

 そういう色々、小さな違和感が、ほどけるように消えていって。それ以外考えられないとすら思ってしまう。


――――ラットマンとリザードマンは、海外のRe:behind(リビハ)プレイヤー。

 単純だけど、全然わからなかった。姿と言葉が違うというだけで、こうまで絶対的な『敵』に見えるなんて……驚きだ。




「まぁそういう訳だ。だから、それを使わせて貰おうと思ってな」


「…………? どういう事?」


「……察しが悪いな。しょうがねぇ。聞け、【正義】。俺がお前に "対人戦で勝つ方法" をレクチャーしてやろう」


「…………勝つ、方法?」




 そう言いながら、マフラーのように口元を隠していた外套を引き下げ、毒蛇のような笑みを浮かべる【死灰】のマグリョウ。


 ……やっぱりひどい顔。悪巧みをする犯罪者のような顔つきだ。

 サクリファクトくんと背丈は同じくらいだし、雰囲気も少し似ているけれど、笑顔の質が全然違う。

 私を救い出しながら、決め台詞と共にはにかんだサクリファクトくんの笑顔は、もっとキラキラしていたんだ。




     ◇◇◇




「ネトゲにおける "対人戦(PvP)" ってのは、基本的には()()()()()()。結局奪い合うのはゲーム上の命だけだから、互いの気が済むまでどっぷり泥沼だ」


「……うん」


「それは規模が膨れ上がった "多数戦" であろうとも、何も変わる事はねぇ。規定の時間だ宣戦布告だと、クソみてぇなハウスルールでお行儀よく闘いごっこをして、勝った負けたを運勢みたいに受け入れる。そんで一息ついたなら、次の機会にまた殺し合う」


「……そうだね」


「何度繰り返そうと終わらねぇ。決着がつかねぇんだ、いつまでもな。殺されたら殺そうとするし、殺したらまた殺そうとする。生も死も、そういう()()()()ってだけでしかねぇからな」




 ……【死灰】の言う事は、真実だ。

 私がヒーロー活動をしている時も、それはつくづく思い知らされてきた。


 悪いプレイヤーを見つけては、粛々と正義を執行する。

 口頭で済めば万々歳だけど、大体の場合はそうも行かずに――――戦い、命を奪う事となる。

 しかし、そうなってくると次に産まれるのは、『復讐PK』という名の新たな悪事だ。

 自分を邪魔した目障りな奴……そんな思いを胸に滾らせ、私の命を奪いに来る。

 そうしてそれを再び倒せば、今度はもっと数が増えたり罠を仕掛けて来たり、手を変え品を変えて私の命を狙って来るんだ。

 私はそれを、経験から知っている。




「でも、それなら……勝ち方って?」


「簡単だ。()()()()()()()()。それこそ一撃必殺の、延々続く殺し合いごっこを終わらせる、唯一無二の方法だ」


「…………?」


「……"P(プレイヤ)K(ー・キル)" をキメた所で、勝ちじゃねぇ。死に戻って蘇れるなら、殺し切ったとは言えねぇよ。対人における勝利ってのは、命を奪う事じゃねぇんだ」


「…………じゃあ、どうするの?」




「――――もう嫌だ、と思わせる。歯向かう気力を失くさせる。てめえの負けだと()()()()()。キャラクターの命じゃなく、操作するプレイヤーの戦意をぶっ殺すんだ。そうすりゃ決着。それが対人戦の極意で、クールなトドメってもんだぜ」




     ◇◇◇




「分不相応にも【死灰おれ】を狙った、クソアホP(プレイヤ)K(ー・キラー)共。

 そいつらをカウンターでキルした時には、毎度のようにして来た事だ。

 兎にも角にも、()()()()()

 煽ってもいい、"舐めたプレイング(舐めプ)" してもいい、死体の上でダンスを踊ってやってもいい。

 それに加えてキルした後に、そいつのアカウント宛で "個人メッセ(ファン)ージでの暴言(メール)" を送ったんなら……もう最高だ。

 とにかくボロクソいたぶって、苦渋と辛酸をジョッキでイッキさせてやるんだ。


 あの【殺界】の腐れ女がする事だって、形は違うが同じだぜ。

 毎日毎日不運を押し付け、()()()()()()()()()()()。楽しくない時間を無理やり過ごさせる。

 それが積もってギリギリいっぱいになった所で、道化師(ピエロ)の『遊び』でふざけて殺す。

 気付いた時にはもう間に合わない……ゲームのキャラクターじゃなく、操作するプレイヤー自身を蝕む神経毒ってな。


 ……俺も【殺界】もある意味同じ。

 余裕で相手をしてやって、囀る声に笑ってやりながら、うんざりするほど簡単に殺す。

 倒れるキャラクターに唾を吐きかけて、馬鹿にしながら死体撃ちをする。

『てめぇは俺の相手じゃねぇ。すっこんでろ雑魚』と煽り倒して、キャラクターを操作するプレイヤー自身の心をズタズタにするんだ。

 そうした先で『だめだ、コイツには敵わない、コイツは関わっちゃいけない奴だ』とわからせる事が出来りゃあ……そこで決着、つまりは勝利。

 それこそが、不毛に続く対人戦をサクっと終わらす、"たったひとつの冴えたり方" だ」




 …… "死んでも復活する" 。ゲームでは当たり前の事だ。

 だから "死" は、一種の状態変化に過ぎない。

 善悪や陣営に限らず平等に、死の先にまた明日がある。


 だから "死" は、敗北じゃない。

 試合じゃなくて殺し合い……ネットゲームのPK合戦において、それは決着じゃない。一時的にそういうことになったというだけ。

 復活したらまた戦えて、今日も明日も殺し合いが続く。今日は殺されたけど、明日は絶対殺してやると思う限りは、決着が無い。



 …………それを終わらせる手段が、『対人戦で勝つ方法』。


 めげさせて。諦めさせて。頭を踏んづけ、くじけさせて。

 これでもかと格付けをして、精神的にマウントを取ってからの……タコ殴り。

 そうして立ち向かう気を失くさせて、延々続く "殺し合い" を終わらせる事が――――【死灰】や【殺界】の決着方法。


 ……酷い、と思う。

 いくら相手が悪党だろうと、その心を引き裂くような行いは、決して正しいとは言えないって。

 確かにP(プレイヤ)K(ー・キル)は悪だけど、暴言を吐いたり死体を弄んだり、粘着して嫌がらせをするのは……とても良くない行いだ。


 やっぱり、こうして邪悪に嗤う【死灰】のマグリョウは、その性格までもがきちんと悪役ヴィランだった。




「…………」


「つっても厄介な事に、こういった規模の多数戦においては、そういう意識が生まれ辛いんだ。自分が死んだ責任を、隣の味方に擦り付ける奴がいる。時の運だとか寝ぼけた事を言って、自分の弱さから目を背ける奴もいる。そうしてどいつもこいつも無闇に持ち直す。次こそ勝てると勘違いして、()()()()をしやがらねぇ。だからこういう多数戦では、死んだてめぇがクソ雑魚ゴミクズカスNOOB野郎だと理解させるってのが、中々に難しい」




 …………クソ雑魚ゴミクズカスNOOB野郎って……。

 それはいくら何でも言いすぎだと思う。


 それとついでに、【死灰】はこんなにお喋りだったかな? とも思った。

 今までは、人と会話なんて……まっぴらごめんって感じだったのに。




「だからこの場は()()()()()んだ。『海外プレイヤーにキルされたら、怖くて立っていられねぇ』。そんな仕様は、最高にご機嫌だぜ」


「…………」


「"日本プレイヤー(俺たち)" がそうなるなら、"海外プレイヤー(あいつら)" も同じだろ。俺がネズミ共をキルすれば、奴らに恐怖が襲うんだ。ここはRe:behind(リビハ)で平等な世界だ。必ずそういう事になってるだろうよ」


「…………あっ」


「――――俺が奴らに、恐怖を植え付けてやる。抗いようもないほど圧倒的に、目を背けたくなるほど残虐的に、嗜虐的の粋を極めて覚えさせてやる。俺たちに逆らうとどうなるのか、死んでも消えない嫌な記憶として、ネズミ共にわからせてやる」




【死灰】のしようとする事に、ようやく気付けた。

 彼は自分が、恐怖の象徴になろうとしてるんだ。


 "死ぬとなんかすごく怖い" というあやふやな記憶と、残忍な殺し方をするマグリョウ。

 その二つをラットマンの心に深く残して、"マグリョウが怖い" と記憶させる。

 死んでも生き返れる戦場で…………彼がいる限り、怖くて戻って来れないような、そんなトラウマを植え付けるつもりだ。


 ……なんて非道。なんて残忍。目を覆うほどの底知れぬ悪意。

 やっぱり【死灰】のマグリョウは、どこまでもブレない極悪で、仄暗い目をした悪党だ。




「俺のRe:behind(リビハ)は邪魔させねぇ。調子に乗って()()()()()来た腐れネズミを、とことん痛めつけてやる。二度と俺たちの『ゲート』を狙う気が起きないよう、ボロクソにしてゲームを降りさせてやるよ。ははっ、最高だなぁ、おい?」


「そんな…………そんなの正義では――っ!」


「……そりゃあ正義バカの定義では、決して許される事じゃねぇだろうなぁ。何せ俺は "礼節に欠いた行為(Trolling)" をするって言ってんだ。優等生のお前なら、文句の一つもあるだろうよ」


「……だって……」


「ただまぁ、てめぇに何と言われようとも、俺はやるっつったらやるぜ。俺はまだRe:behind(リビハ)を引退したくねぇからな」




 ……それは、とても『正義』とは呼べないもの。

 正義のヒーローとしては、絶対許しちゃいけないものだ。

 少なくとも、止めなくちゃいけない。そうじゃないと、【正義わたし】じゃない。

 目の前で悪巧みする者がいるなら、それを止めなきゃ……ヒーローじゃない。


 …………わかってるんだ。それが良い事だっていうのは。

 明日もRe:behind(リビハ)が続けられるように、みんなのためにする事なのは。


 でも、正しい訳じゃない。善い事じゃない。

 誰かを必要以上に傷つけるのは、よくない事なんだ。

 その相手が、海外プレイヤーだろうと、国内プレイヤーだろうと……それはやっちゃだめなんだ。


 ……止めなきゃ。

 良い事だけど。世界を救う善行だけど。頑張れって言いたいけれど。

 だけどそれでも、それは悪い事だから。ヒーローだったら、止めなきゃいけない。




「……折角サクリファクトと友達になれたんだしな。俺はこの世界で、まだまだあいつと遊ぶんだ」


「…………!」




――――はっとした。

 サクリファクトくん。私を救った、男の子。

 私のピンチに颯爽と現れた、初めての……私のヒーロー。


 ……そっか、うん。

 ……じゃあ、うん。

 ……それなら、そうだよね。

 今日の私は…………()()なんだ。




「……マグリョウ」


「ぁん?」


「…………が、がんばって」


「…………はぁ?」




「せ、世界を……Re:behind(リビハ)を、守ってほしいっ。だから、その……頑張って」


「……なんだお前。ちゃんと話聞いてたか? 俺はこれから、お前の言う『正義』とは、真逆の事をするんだぞ」




「……今日――――……インだから」


「ぁん?」


「きょ、今日の私は……『ヒロイン』だから! 今日はヒーローはお休みで、か、かっこいいヒーローに救われる、ヒロインの日だからっ! だから、悪いことも……み、見過ごす!」


「……何だこいつ。意味わかんねぇ」




 今日の私は、救う側じゃなくって、救われる側。

 黒くて一生懸命なヒーローに助け出される、1人のヒロインだったから。


 だから、正義がどうとか言わないで、悪い味方も応援するんだ。

 ただひたすらに守られながら、精一杯に声援を送るんだ。

 だって、それこそが、ヒロインの役割ロールなはずなんだから。


 ……今日だけ。

 今日だけは……【正義】じゃなくてもいい日。

 そう決めた。今決めた。




「ふふふ、そうですね。今日のクリムゾンさんは、我らがパーティリーダーに救われた……物語のヒロインでしたね。ふふふ」


「……う、うん。サクリファクトくんは、ヒーローだよ。……私の、ヒーロー」


「…………ふぅん? あっそ……まぁいいや。じゃあな」




 そう言って首を鳴らすようにぐりぐりとさせ、ラットマンに駆け出そうとする【死灰】のマグリョウ。


 ……だったけれど。

 唐突にピタリと動きを止めて、こちらを睨みつけるように振り向いた。




「……おや? どうしました? マグリョウくん」


「いや…………おい【正義】」


「…………?」


「お前は今日、あいつに救われたかもしれねぇが――――俺はもっと、ずっと前に救われた。お前よりも、ずっと前にな」


「…………え……」


「いいか? 俺が先だ。あいつに救われたのは、俺のほうが先なんだ。それだけは忘れるなよ。わかったな? 俺のほうが早かったんだ」


「おやおや……ふふふ」


「しっかり覚えとけよ。俺が最初だ。一番なんだ」




 そう言うだけ言ってから、再び【死灰】はラットマンへと駆け出して行く。

 そんな言葉を言い終えた彼の顔は、どことなく得意気な……勝利宣言をするみたいな色で、染まっていて。



「…………」



 …………なに、それ。

 サクリファクトくんに救われたのは、【死灰】のほうが先?

 ……なにそれ。


 なんか…………なんか、ずるい。





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― 新着の感想 ―
[一言] 自分で自分をヒロインって言っちゃう正義さんマジ正義,とてもかわいくて好きです
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