第二十話 ビーム
『さやえんどうまめしば』は、Metuberである。
それは動画投稿で稼ぎを得る職業で、現代では珍しい『誰でも出来る職業』だ。
だからこそ、なのか、多くの人がそこに淡い夢を見る。
特別なスキルもいらずに、いつでもどこでも手軽に始められ、成功すれば億万長者という玉虫色の生き方に憧れ、多くの人が日々新たに参入する。
そしてその内の大半が、厳しい現実に直面し……淘汰されては消えていく。
毎日多くの人間が挑戦し、それと同数の人間が諦めている世界。それが動画投稿者の生きる場所。
Re:behindに負けずとも劣らない、実力主義の厳しい世界って所だろうか。
「……いい? あそこを狙うからね」
「"ワレにマカセるがいい、青いメスよ" だって。火星虫くんは偉いね」
「いやまだ何も偉い事してないよね!? 評価が甘すぎない!? 褒めるのは全部成功してからだよ、ロラロニーちゃん!」
……そんな多くの人がシノギを削るMetuber界隈において、さやえんどうまめしばという女は――――明確な『成功者』だ。
元からその整った顔立ちと聞き取りやすい声で一定の評価を得ていたまめしば。
そんな彼女のチャンネルは、海岸地帯におけるリスドラゴン戦の生配信で……勢いよく跳ねた。
そこでの大立ち回りとあざとい宣伝が功を奏し、チャンネル登録者数は怒涛の150万人越えだ。
また、精力的な週五の動画投稿を欠かさない、Metubeに対する熱意もあった。
そうして投稿される動画の内容は様々で、センセーショナルな話題を素早く安定して取り上げる事や、何気ないRe:behindの日常風景の動画を配信したりと、バリエーション豊かな物だ。
しかし、そのどれもこれもが堅実な『見応え』を持っており、叩き上げで備わった地力と合わせて、きちんと好評を得る事となる。
『最近コラボ依頼が多くて参っちゃうよ、私も大物Metuberの仲間入りだね』とは、調子に乗り尽くしたニヤけ面で話す、まめしば本人の談だ。
「あの『光壁隊』は、リスドラゴンに付かず離れずくっついてる。しかも、いざとなったらリスドラゴンを盾にするんだよ。そういう動きはすっかりばっちり録画済みなのさ。というわけで多分だけど、私たちが攻撃出来るチャンスは一回ぽっきりしかないよ」
「うわ~何だか緊張しちゃうな~」
「ふふふ、だいじょーぶ! このまめしばさんに任せなさいっ! なんてったってこの私こそ、【必中動画投稿者】なんだからさっ!」
「……ん? ……ねぇねぇまめしばさん。火星虫くんが言ってるよ。"センジツ、トリを逃しただろう。それも三度も。必中にはホドトオイのではないか" って」
「な……っ!? ちょっとタコ、あんたそんな酷いこと思ってたの!?」
「"ワレはジジツを言ったまで。ショウジンするがヨイ" だって」
「な、なんて生意気……! ぬるっと軟体のくせにっ!」
「火星虫くんは言う事が難しいね。かしこいんだね」
「評価甘っ!」
そんな彼女の動画チャンネル、『さやえんどうのまめしばチャンネル』には、一つのシリーズ物がある。
その内容はと言えば、何のこともない『ただのお散歩動画』だ。
Re:behindのあちこちに出向いては、やれ景色が綺麗だの、やれ風が強いだのを言うばっかりの、視聴した所で何の意味があるのかわからない、しょうもない糞動画のシリーズ物。しかし、人気はあるらしい。
まめしば、ロラロニー、そしてタコが気ままにRe:behindを行く、のんびりとぼけた珍道中。
べらべらうるさいまめしばと、その合間に挟まるロラロニーの飾らない物言い。そして毎回何やかんやでトラブルがあるそのシリーズは、固定の視聴者を多く掴んでいると聞いた。
かく言う俺も、何が面白いのかわからないまま、ついついぼーっと見てしまったりもする。
仲のいい彼女たちが楽しく過ごしている様子は、ぼんやり見てしまう不思議な魔力があるんだ。
……まぁ、その動画シリーズの出来た経緯が、『ヒール』と『聖女』に怯える俺のためだったから……特別深い思い入れがあるかもしれないってのは、否定出来ないんだけどさ。
そんな具合で、変な魅力と吸引力がある、仲良し2人と1匹のお散歩動画シリーズ。
その名を――――『まめタコロニーの漫遊記』と言う。
「……あ~ぁ! いっつも一緒に散歩してたタコが、こーんなに生意気だったなんて! はぁ~、がっかりだなー! 喋らないほうが可愛かったなー!」
「"青いメスも、黙っていればキレイだぞ" だって」
「…………なにその二枚目俳優みたいなセリフ。もしかして私を口説いてるの? タコのくせにぃ?」
「"くどいていない。青いメスは、ワレの好みにガッチしない" だって」
「…………は?」
今もこうして和やかに談笑する彼女たちは、2人と1匹のトリオで世界をねり歩き、動画映えを求めて毎日散歩をした。
週五回の動画投稿が可能なほどに、四六時中の時間を共にしてきたんだ。
『まめタコロニーの漫遊記』。
その動画シリーズのコンセプトは、ゆるくて朗らか。休日の昼下がりのような雰囲気がテーマだ。
それゆえ全体が一貫して、のんびりした風景の散策がメインとなっている。
だけれど結局、そこはRe:behindの世界だ。
きっと動画になっていない部分で、モンスターに襲われるような事だって、数えきれないほどあったのだろう。
森で、山で、海で……到るところで多くのピンチがあって、何度も窮地に陥ったんだろう。
そしてその都度、乗り越えて来た。2人と1匹のトリオで協力し、モンスターを退けたんだ。
だから動画に映るのは、いつもいつもお散歩日和でひたすら安全な風景ばかり。
見えない所で平和を勝ち取ったからこそ映る、ゆるくて朗らかな景色だったのだと思う。
この厳しいRe:behindの世界で、のんびりとぼけた散歩が出来る――――そのために必要な実力と、確かなチームワークがあったんだ。
「こ、好みじゃない……?」
「そうなんだ。じゃあどんな子が好きなの?」
「タコの好みじゃ……ない?」
「"ワレは茶色を好む" ――――へ~、やっぱりそうなんだね。カブトムシのメスって茶色っぽいもんね」
「…………むきーっ! どうして私がタコにフラれた感じになるのさー! なんか凄いムカつくーっ!」
「うわわ、暴れちゃだめだよまめしばさん」
「……もういいよ! 八つ当たりだよ、ロラロニーちゃん! ラットマンの『光壁隊』に、このイライラをぶつけちゃおう!」
「は~い」
それならあいつらは、きっとやる。
ああして楽しげに会話をしながら、危機を乗り越えてきたトリオでやるなら、きっと綺麗にぶちかませる。
楽しい時間を過ごすため、邪魔な奴らを追い払えるはずだ。
◇◇◇
「――――弾道は大体わかってる。弾速はどのくらい?」
「"およそ85キロ。クウキテイコウは受けず、それゆえ風の影響もない" って言ってるよ~」
「……信じられないくらい遅いけど、安定はしてるんだね。無風な荒野でよかったよ…………偏差射撃は出来る? あ、ロックオンとか出来たりして!」
「"どちらもフカノウだ。青いメスがコウリョせよ" だって」
「……ほんと偉そうなタコだね? 別にいいけどさぁ」
今尚ラットマンを吹き飛ばしながら、大地を駆け回るカブトムシ。
その甲殻は、どれほどの衝撃が加わろうとも凹みもせずに、最初と同じ形のままだ。
……そう。変わっていない。
ただ一点を除いて。
違うのは、大角だ。
騎兵のランスとして使っていた先程までは、まるで鹿の角のような形状だった。
しかし今ではその角の先っちょが折れ曲がっている。
それは、ダメージによる負傷じゃない。あいつ自身が望んでそうする、予備動作だ。
突進に使うのではなく、本来の用途で使うための準備の仕草だ。
――――拳銃で言うところの、安全装置って感じだろうか。
「距離を取りすぎると偏差撃ちに憂いが残る……近づきすぎると警戒されて、リスドラゴンの影に隠れるんだろうし…………よしっ! ロラロニーちゃん! 一回飛んで!」
「うん。火星虫くん、よろしくね」
「カモメみたいに大きく回って、進入角度は70度で急降下! カウントゼロで発射するよっ!」
「は~い」
そうして準備を済ませたカブトムシが、煌めく薄羽を大きく広げ、空の彼方へ飛んでいく。
釣られたラットマン共が見上げれば、それは太陽と重なり、黒点のような様相だ。
……ラットマンの『光壁隊』が詠唱を始める。この隙に『光壁』を展開させ、自分たちの安全地帯を作り出すために。
そんな奴らは、自分たちを執拗に狙っていた狩人とカブトムシが離れた事を受け、好機と判断したんだろう。まんまとな。
「……ぁん? いよいよやるのか。【必中動画投稿者】とやらのお手並拝見だな」
「……まぁ、多分大丈夫っすよ。あいつは大体、外さないんで」
「へぇ、えらく信頼してんだな? 俺にはあいつの動画は当たらなかったが」
「そうなんすか? 俺は結構好きっすよ、まめしばのチャンネル」
「不快な訳じゃねぇが、平和が過ぎる。日向ぼっこみてぇな動画は、俺には合わねぇ。もっと血や臓腑が飛び交う物を見たいんだ」
「…………でしょうね」
そんな陰気なマグリョウさんと会話していながら、一拍。
【ネズミの餌のロラロニー】が離れた事により、少しだけ落ち着きを取り戻した戦場。
そこに、高く細い、つんざくような風切り音が鳴り響く。
こちらに顔を向けたラットマンを相手取りながら、空を見る。
太陽を背にした黒い影は、甲高い音を鳴らしながら、どんどんその大きさを増している。
――――カブトムシの背に乗って移動していた、その道中。
そんな『カブトムシ型ドラゴン』とリンクしたタコが、そいつの持ちうる能力を俺たちに語った。
力が強い。どんな敵にも押し負けない。
体が堅い。どんな攻撃でも傷がつかない。
足が早い。その6本足での高速起動は、中々のもの。
空を飛ぶ。リアルのカブトムシよりよっぽど上手に飛べる。
それは確かに強力だった。
今まで見たことのない水準で纏まった、頼もしい身体能力を持っていた。
だけど……それだけか、と残念にも思った。
ただただ、生物として強いだけ。とびきりなモンスターと言われても納得してしまう程度の、些細なものだ。
そう思ってしまうのも、今までに出現した "ドラゴン" が、あまりに規格外だったせいだろう。
竜型ドラゴンは火を吐くし、牙や爪が鋭くて、尻尾の一撃も強力だった。
リスドラゴンはデカくて硬い。毛も飛ばせるし、10回生き返るとかいう反則能力もある。
それに加えて、それらのドラゴンは――――キャラクターデータを、消滅させる。
その異能があるからこその、恐怖の象徴だったんだ。
だったら、このカブトムシは……微妙だな、と思った。
確かに強いのだろうし、格好いいけど、ドラゴンとしては下の下じゃないかと……そんな風に思ってた。
そう、思っていた。
タコが、あれをするまでは。
「――――行くよっ! タコムシ! ロラロニーちゃん!」
「うんっ」
「……カウントっ! さんっ!」
「さ~ん!」
マグリョウさんが "実存のものよりずいぶん太い" と語った、カブトムシの大角。
その先端は今では折れ曲がり、ぽっかりと穴が空いていた。
内部が螺旋に刻まれた、覗き込むだけでぞっとするような、暗くて深い穴だ。
タコは言った。"これは砲身だ" と。
「にーっ!」
「にー!」
タコは続けた。"カブトムシは草食だ。樹液は吸うが、肉は食わない" と。
"だが、ドラゴンだ。そういう力は持っている" と。
そして、最後に。
"だから、食わずに消去する" ……と、そう言った。
「いーち!」
「いーち!」
カブトムシに乗った、移動中。
タコはその言葉を証明するため、力を披露した。
雄々しく伸びた大角の、先端部分を折り曲げて。
その砲身内部の奥底に、何かのエネルギーを収束させる。
そして、"ぎょん" というどこか機械的な音と共に、白い光を打ち出した。
退却を進めるプレイヤーの、その後ろにいたラットマンたち。
その中の一部に光が落ちて、"ぱぉん" と言う間抜けな音が響き渡り――――着弾地点にいたラットマンは、この世界から消去された。
…………そんな『試し打ち』が行われたのは、俺たちが移動している時の事だ。
あれから、ゲーム内では30分が経過している。
再装填は済んでいる。目標はそこにいる。照準は合っている。
――――後は、太陽を背にした逆落としから……のんびり散歩が出来るような、平和な場所を作るだけ。
「一撃必殺Metube拳法っ! デストロ~イ……バズーカぁ!」
「頑張れ火星虫くんっ! 火星虫びーむっ!」
……空の上から、落下よりも早い急降下。
すっかり油断しきっていた『光壁隊』のラットマンたちを、カウントゼロで光の柱が包み込む。
そして、ちらちら煌めく光の残滓を散らした後は、奴らはすっかり "キャラデリされた" 。
◇◇◇
"俺たちのドラゴン" は、竜のように炎のブレスを吐けたりしない。
かと言って、リスのように10回生き返る事も出来ない。
しかし、これがあるから最強種だ。
再装填は、30分。弾は遅く、範囲もそこまで広くない。
しかし、それでも十分ヤバい。
形状はカブトムシ、ステータスは最上級、そしてキャラクターを消去する『キャラデリ砲』を持つ存在。
だから、あいつは……"ドラゴン" だ。
「――――着弾確認っ! 任務完了であります、隊長っ!」
「うむ~よきにはからえ~」
遅い弾速と、ゆるやかな弾道。
それを考慮し、調整をして、急降下爆撃を発案したのは。
――――【必中動画投稿者】という名の、Metuberな観測手。
強力なドラゴンと意思を交わして、的確に指示を出したのは。
――――【ネズミの餌のロラロニー】という名の、とぼけた司令官。
そんな2人の言葉を信じ、育んだ絆でしっかり決めてみせたのは。
――――白くてタコな、操縦者。
掛け声以外は完璧な連携を見せた2人と1匹により、ラットマン陣営の『防御の要である光壁部隊』は……この世界から消去された。
今日の『まめタコロニーの漫遊記』も、いい感じで見どころ満載だ。