第十九話 ロラロニー
□■□ 現時刻 □■□
□■□ 首都西方向 荒野地帯 □■□
『ここにいるカブトムシはドラゴンで、タコがアイテムを使って動かしている』。
ロラロニーがそんな事を言った後、トントン拍子で話が進んだ。
なぜそうなるかと言えば、それは単純な話だ。
"この大きなカブトムシドラゴンが味方になって、更には話がわかるというのなら、とても具合がいい" と、誰もが思ったからだ。
誰もが望まぬバッドエンド、『Re:behindの終了』が眼前に差し迫るこの状況。
そうなる理由や原因なんかの細かい話は後にして、とにかくこの場を切り抜けるのを優先すべきだ――――と考えていたのは、俺だけじゃなかったって事なんだろう。
「火星虫くん、ファイト~」
ラットマンが右へ左へおしくらまんじゅうをする、大戦場。
そんな中でもひときわ目立つ、カブトムシの上に乗る茶色髪の少女。
なんとも間抜けな声で応援をしながら、楽しそうに戦場を駆け回るロラロニーだけれど……それはおおよそ作戦通りの動きだ。
ロラロニーが持つ変な二つ名、【ネズミの餌のロラロニー】。
それは以前のリスドラゴン戦で得たものであり、この場では抜群の代物だった。
とにかく味方のドラゴンだ、と認識した俺たち全員で、カブトムシに乗っかり、首都を出発してすぐの事。地上で戦うプレイヤーとラットマンの上を、滑空するように飛んでいた俺たちを、大量のラットマンが追っていた。
高度は目測で、大体10メートル。そんな低空飛行するカブトムシに、ラットマン共は釘付けだった。
『ヂュゥヂュゥゥ!!』
『チュゥァァアアッ! アァァッ!!』
――――釘付けにも、ほどがあった。引くくらいに。物凄いブチ切れて追いかけてきた。
デカくて黒くて空を飛ぶ。そりゃあ目立つだろう。
その上に敵対している "プレイヤー" が乗っている。そりゃあ、殺そうとするだろう。
だけど、それにしたって度が過ぎる。見すぎだし、追いすぎだし、顔真っ赤すぎていた。
こちらを視認したラットマンは、どいつもこいつも必死になって追ってくる。それこそ1匹の例外もなく、真の意味で "どいつもこいつ" も、だ。
その上、弓を持つなら矢を射って、杖を持つなら魔法を放つ。どう考えても届かない位置からだって、馬鹿みたいにムキになって攻撃をしかけてくる。
その尋常じゃない食いつきは、肉食モンスターよりよっぽど苛烈だ。明らかに普通じゃない状況だった。
……そんな謎の答えには、"チューチューうるせえドブネズミ共だ" と口汚く罵るマグリョウさんのおかげで辿り着く。
確かにあのラットマン共は、ネズミ人間だ。
ドブネズミっていうのはどうかと思うけど、とにかくネズミではあった。
それならば、『ネズミを刺激する二つ名』を持つロラロニーが、こうまで注目を集めていても不思議じゃない。
"ラットマン" と呼んでいた俺たちパーティだけじゃ思い至れない…………そこぬけに口の悪いマグリョウさんがいたからこそ、スムーズに答えを見つけられた。
この時ばかりは、マグリョウさんの酷い暴言に感謝である。
◇◇◇
そんな事実を目の当たりにしながら、滑空を続けるカブトムシの上。
そういう要素があるのなら――――と思考を巡らせる。
したい事とすべき事、降って湧いた策の欠片、それをずる賢く使う方法、そんな考えを懸命に組み上げる。
……今尚無数の遠隔攻撃にさらされて、だけれど全く傷つくことのないカブトムシ。
……それを以心伝心で操る【ネズミの餌のロラロニー】。
……多勢に無勢な負け戦。俺たち一人ひとりの出来る事、やらなきゃいけない事。
――――そして浮かんだのが、ダイナミックな囮作戦だ。
ロラロニーを乗せたカブトムシを駆け巡らせて、ラットマンの敵視を操作する案だった。
上等だ、と思った。我ながら抜群に冴えてるな、と。
そんな自画自賛の勢いのままに、"カブトムシに乗ったロラロニーが、ネズミをおびき寄せて……" と言いかけた所で、はっとして口を紡ぐ。
……ロラロニーを、囮に使う?
少女で、とぼけてて、怖いことが嫌いな彼女を、一番に危険な所へ向かわせる?
それは、やってもいいことなのか。いくらならず者だからと言っても、それは度が過ぎるんじゃないかと、自問して。
……駄目だ。
何より俺が、許せない。
ロラロニーはそういうやつじゃない。俺やリュウがどうにかなるのはどうでもいいけど、彼女はそういう存在じゃないんだ。
上手く言葉に出来ないけれど、ロラロニーを危ない目に合わせるのは――――それだけは、心の底から、嫌だと思った。
そうして口をつぐんだ俺と、微妙な空気になるカブトムシの上。
そんな中で……空気の読めないロラロニーが、とぼけた口調で俺に言う。
『なめるな、黒い小僧』
『……え?』
『この子は、ワレが必ず守る。槍が降ろうと津波が来ようと、海賊船からだって必ず守りきる。ワレを見くびるでないぞ、黒い小僧。あまりタワケタ事をぬかすと、ネットリぬめりと絡みついてやるぞっ…………だって。火星人くんは怒ってるみたいだよ』
『…………何だ、それ。そいつも大概口が悪いな』
『……サクリファクトくん、大丈夫だよ。火星人くんもこう言ってるし、私も……がんばるから』
『…………』
『それが一番いいんでしょ? それなら私、がんばるよ』
『……多分だけど、すげえ怖いぞ』
『平気だよ、大丈夫。がんばれるよ』
『……何でだよ』
『だって、私が一番怖いのは――――このゲームが出来なくなって、みんなに会えなくなる事だから。そうならないように出来るなら、何も怖くないよ』
そう言ってカブトムシを撫でるロラロニーは、いつも通りにゆるくとぼけた表情で。
形がすっかり変わったタコに、心底信頼しきった様子で身を預けていた。
◇◇◇
作戦を整える。
狙いは前線の大きな撹乱と、要の排除だ。
カニャニャックさんからの情報で、ラットマン側には『防御の要である光壁部隊』と『攻撃の要である司令塔のような存在』がある事は、すでにわかっている。
ならば、カブトムシドラゴンという強力な存在を得た俺たちが、それを叩くべきだろう。
そんな作戦会議の中で明らかとなる、色んな新情報。
『ゲート』を守る理由。カブトムシドラゴンの能力。掲示板に書かれた『リスドラゴンがいる』という情報。それに単騎で突撃をしている【正義】さんの存在。
マグリョウさんが "外来種は海外プレイヤーかもしれない" と口にして、キキョウが "そうですよ" と断言し、一悶着あったりもした。
…………時間が10倍に加速されているっていうのは、こういう不便が起こるよな。俺たちがのほほんと焼き肉を食べている間に、色んな事がありすぎた。
もし、仲間や知人がここに居なかったとしたら……俺とマグリョウさんは、酷い置いてけぼりを食らっていただろう。
でも、もう大丈夫だ。俺もマグリョウさんも、Re:behindの時間に追いついた。それに加えて俺の周りには、頼れる仲間が勢揃いだ。
それなら、やれる。精一杯のマジな本気で、出来る全てを出し尽くせる。
それで全部丸く収まるなんて思っちゃいないけど、少しだけでも良い方向に向かわせられれば――――十分、上等だ。
この『Dive Game Re:behind』は、確かに剣と魔法の世界ではある物の、世界を救う勇者なんかは存在しない。
"日本のプレイヤー" も、"外国のプレイヤー" も、誰も彼もが公平にちっぽけ。全員がただの "一般人" だ。
だから、良い。だからやり甲斐があって、やる意味がある。
小さな存在の集合である世界であればこそ、こんな小さな俺たちだって……いくらかばかりは、世界を救えたりもするはずだ。
……あの【正義】さんだって救えたんだしさ。
――――だから、まずは、カブトムシ。
ロラロニーが『火星人くんが入ってる虫だから、火星虫だね』と名付けたカブトムシ型の、良いドラゴン。
そいつが持つチカラと自我、そしてドラゴンの個性を使って、ちょっとだけどうにかしよう。
有象無象な俺たちで、世界を少しだけ救うんだ。
◇◇◇
◇◇◇
「いけいけ~がんばれ~、火星虫く~ん」
この戦場の主役と言えば、それは間違いなくカブトムシとロラロニーだろう。
その巨大な体躯で邪魔するものを吹き飛ばし、上に乗った少女が甲殻を撫でる。
時たまリスドラゴンへと肉薄しては、突進や角での突き上げでリスの動きを縛り付け、上の少女が小角を撫でる。
飛来する矢や魔法は全て、黒光りする翅で防がれ――――少女はこれでもかと撫でまくる。
…………ロラロニーは、撫でたり間抜けな声で応援したりするばっかりだけど……それでも確かに、この場のメインだ。
あのカブトムシが取る動作の一つ一つ。そこから感じられるのは、強い意思。
ラットマンを蹴散らすことより、リスドラゴンを押しのけることより、何より彼女を守ることを優先する…………そんな思いがひしひしと伝わってくる。
調教師のペットに、こうまで強い想いは無い。
召喚士の召喚獣が、ここまで熱い心を持つ事は無い。
そんな "従属" と呼ばれるものじゃない。ロラロニーの意思を汲み取り、助力というよりは協力をし合って、対等な立場で共にある。契約のような物に縛られず、自分の意志で一緒にいた同士だ。
そうして互いが互いを絶対的に信頼しているからこそ成り立つのが、この策だ。
……そう、信頼だ。
あれを動かす白いタコとロラロニーは、そういう関係なんだ。
スキルで縛られた下僕でもなければ、召喚の魔法で呼び出された従僕でもない。
感情を持ち、この世界で生きる一つの存在として見て、それぞれを親愛なる隣人として受け入れている。
言うなればそれは、俺や他のパーティメンバーに対する想いと同じもの。
今まで共に歩んできた中で育んだ信用と、大事にしたいと願う心で、互いを互いに預ける繋がり方だ。
何しろ、俺が知る限りは、一時も離れることがなかったんだから。
Re:behindにいる限りは四六時中一緒に過ごして、毎日の時間を共有していたんだ。
「火星虫くん、あっち行こ~」
「…………」
まさに意のまま。
飛んでくる飛び道具は広げた翅でガードして、絶対にロラロニーを落とさない。
ロラロニーはロラロニーで、危険を嫌う彼女らしい最適な安全ルートを見つけ出し、そこへとカブトムシを突っ込ませる。あとすごい撫でる。
そんな1人と1匹の強い絆は、共に過ごした毎日の積み重ねで作られてきた。
「まめしばさ~ん。火星虫くん、準備出来たって」
「りょーかいっ! 私もしっかり観ていたからねっ! ――――とぅっ!」
カブトムシと端的に会話をし、再装填が済んだ事を確認したロラロニーが、まめしばへと声をかける。
戦場の隅っこで、ひたすら目立たないよう……位置を変え角度を変え、ちまちま矢を射っていたまめしば。
そんな猛禽の眼を持つ狩人を、ロラロニーが引っ張り上げた。
……彼女たちに頼んだ事は、二つある。
一つは、今すでに行われている、戦場全体の撹乱。
そしてもう一つは――――今から始めるであろう、『防御の要の光壁部隊』の排除だ。
「さぁ、本番用意だよ! ロラロニーちゃん、タコのムシ!」
「タコのムシじゃないよ、火星虫くんだよ」
「大体一緒だからおっけー! 録画の準備もばっちりだし、びしっと決めるよ!」
「は~い」
「…………」
カブトムシの大角、その先端が、がぱりと開く。
それはそいつのとびきりで、そいつがドラゴンである確かな証だ。
……首都に飛来した竜型ドラゴン。海岸地帯、そして今ここにいるリスドラゴン。
そんな "ドラゴン" という存在が、プレイヤーの恐怖をかきたてるのには、理由がある。
強い。確かに強いが、そうじゃない。
デカい。確かにデカいが、そうじゃない。
ドラゴンが怖い理由は、ただ一つ。
キャラクターデータを消去するからだ。