第十八話 カブトムシ
「がんばれ~、火星虫く~ん」
巨大な甲虫、カブトムシ。それに乗って気の抜ける声を出すのは、俺たちパーティが誇るおとぼけ女のロラロニーだ。
彼女と思念で会話をし、その願いの通りに動くソレは、今もシャカシャカと忙しなく脚を動かしている。時折立ちはだかるラットマン共を軽々吹き飛ばしながら、この広い戦場を縦横無尽に動き回って。
……実際のカブトムシって、あんなに早く走れるもんだっけ? 黒光りしながら素早い動きをしていると、古い時代に人類を畏怖させた『G』とかいう存在じみて見えるな。
今の時代は根絶された生き物だけど、とある映像作品で見た覚えがある。平べったくて素早くて……あれは確かに怖かった。
「そこだ~!」
そうした大暴れをしながらも、隙を見てはリスドラゴンへと力強く突進攻撃を行うカブトムシ。
太くそそり立つ大角をランスのようにするソレは、騎兵のチャージを思わせる。
「ギッ!? ……ヂヂ……ィッ!!」
空気を揺らす衝突音。
深く、ずぐりと抉りこむような大角の刺突。
流石の無敗なリスドラゴンも、その重撃を受ければよろめき、たたらを踏んで後ずさる。
……ざまぁみろ、だ。憎たらしいリスめ。
海岸の時、そしてこの戦場で、弱々しいプレイヤーを良いようにしていたお前には、そんな苦しみが丁度いい。
何しろこの地は、お前がやりたい放題出来る "餌場" なんかじゃ、無いんだからな。
――――ここは戦場。
あくまで公平で平等な、同じ立場が堂々とぶつかり合う戦争の地だ。
プレイヤー対プレイヤー……そしてドラゴン対ドラゴンの、均衡の取れた勝負所なんだ。
そう。
あの黒光りする巨大な甲虫、カブトムシ――――マグリョウさんが言うには『ヤマトカブトムシ』という種らしいアレは、紛れもなく "ドラゴン" だ。
……なぜ、そう言い切れるのかと言えば、それはとても単純な話。
本人(?)が、そうだと言ったから。ただそれだけの話だ。
◇◇◇
◇◇◇
□■□ ゲーム内で1時間ほど前 □■□
□■□ 首都西側 入り口 □■□
「ねぇねぇまめしばさん! 聞いて聞いて! 仙台のコクーンハウスで、生サクリファクトくんに会っちゃった!」
「ええっ!? 何それすごい! 何で何で!? リアルのサクちゃん、どんな感じだった!?」
「え~と、ゲームより少しだけ背が小さくてね。あと、顔もちょっと違う雰囲気だったよ~」
「へぇ~、そうなんだ……背と顔が、ねぇ…………ふぅん?」
俺とマグリョウさんが焼き肉屋を出て、最寄りのコクーンハウス『Dive Game Re:behind 専用コクーンハウス Sendai Colony』へと辿り着いた時のこと。
たまたま……本当に偶然、現実のロラロニーと出くわした。
確かにロラロニーは仙台に住んでいて、そこのコクーンハウスを使ってダイブしているとは聞いていたけれど、まさかそこで会うとは……思いもよらぬ出来事だ。
だが、残念ながら今日は急ぎだ。だらだらしている余裕は無い。
『お話する約束だった乙女さんがダイブアウトしてこない』とごねるロラロニーを引きずって、3人で慌ただしくダイブイン申請をし、各自コクーンルームへと向かった。
ちなみに今日のコースは、マグリョウさんの奢りで "クィーン" だ。
人生初の最上級コクーン。それを、人の金で利用する事になるなんて……思いもよらない出来事というのは、たびかさなるものなのかもしれない。
そうして首都の『ゲート』にダイブした俺たち3人は、掲示板の情報を頼りに首都西門へと向かい――――怒号と戦況報告で大騒ぎなその場所で、カニャニャックさんと会話するリュウ・まめしば・キキョウを見つけ、合流するに至る。
「ねぇねぇ、サクリファクトくん。さっきも聞いたけど、ゲームを始める時にキャラクターの背を現実よりも大きくして、顔もいじったんだよね? それってどうしてなの?」
「私も気になるなぁ~? ねぇサクちゃん、それってどうしてなの~?」
「…………ロラロニーはまだしも、まめしばはわかってて聞いてるだろ、それ」
「え~? わかんないなぁ? なんでなんで~? うひひひ」
「…………」
「ふふふ、私も気になりますね」
「……キキョウ、てめぇ……」
……なぜそうしたのか、なんて……ちょっと見栄を張ったに決まってるだろ。
それをわかっていながら、わざとらしく聞いてくるまめしばとキキョウが、もう本当にウザい。
……まぁ、本気で理解出来ずに聞いてくるロラロニーも、それはそれで非常に厄介だけど。
「……うるせー、ちくしょう。早く準備しろっての」
そんな奇跡とも呼べるほどの偶然によってもたらされた羞恥プレイに耐えながら、手元ではてきぱきと戦闘準備を整える。
ポーションの分配、装備品のチェック、ストレージの金をキキョウに預ける『念の為』。
逐一声を出すまでもない、今まで散々繰り返してきた戦いの支度は、パーティメンバーの間でスムーズに行われて。
そんな俺たちの隣には、マグリョウさんとカニャニャックさんが座り込んで言葉を交わす。
他者が入り込めないような独特の空間を作りながら、互いの得た情報をすり合わせ、ストレージのアイテムをまさぐっていた。
「……ほぉ、他国プレイヤーか……そいつは面白ぇな。よし、カニャニャック。アイテム出せ。外国ネズミを殺すに至るモンを、ありったけだ」
「はいはい。全部出すから、適当に見繕っておくれ」
「……ぁん? 何だよ? いつもと違ってずいぶん物分りがいいな」
「今日に限っては出し惜しみは無しさ。ワタシもまだまだ、ゲームを続けていたいしね」
そうして取り出されるのは、ポーションの小瓶にトラバサミ、変な形の壺や角笛……果ては猫耳のようなものまで、バラエティに富んだ形のアイテム。
それらを雑にガチャガチャと、地面にばら撒くカニャニャックさん。
……いつも持ち歩いてるのか? あの変なアイテム群を?
"備えあれば~" とは言うけれど、いくらなんでも備えが過ぎる気がするぞ。
「おっ、こいつは……『ビリビリシマウマの電気袋』か? 良いもん持ってるじゃねぇか。火薬と合わせりゃ具合の良い "閃光発音筒" になるんだよな」
「うん、それも使っていいよ。ああ、それと……これも持って行くといい」
「……あぁ? 何だよ。俺がダンジョンの最奥で見つけた、魔宝石っぽい罠アイテムじゃねぇか。そんなゴミ要らねぇよ」
そう言ってカニャニャックさんが取り出したのは、とても大ぶりな魔宝石だ。焼肉屋で話が出た『よくわからん謎のアイテム』というやつだろうか。
『触ったら動けなくなる』とマグリョウさんが語ったその丸くて黒光りする玉は、確かにどこか不思議な――――目が離せなくなるような、妖しい艶めきを放っている。
「……ここを見てご覧。"コントロール・コア" と書かれている。これは大層なスペシャルだよ」
「んぁ? 何だ? コントロールって」
「わからない。わからないけど、何かがある。触れると鼓動のような音が聞こえ、力が溢れる気さえするんだ。ダンジョン・アイテムに精通したワタシにはわかる。これは……スペシャルだ」
珍しい。というか、前代未聞じゃないか? ダンジョンから発掘されたアイテムに、日本語で名前が書かれているっていうのは。
少なくとも俺が調べた限りでは、元々名前がつけられているものを、この世界で見た事がない。
……にしても……"コントロール・コア" か。
一体どんな効果を持つものなんだろう。
「……んな事言っても、使い道がわからねぇんじゃ――――」
そんな、戦闘準備に急ぐ中。
マグリョウさんがそうボヤきながら、それをナイフで突き転がしていた中での出来事だった。
ぴゅん、という聞き慣れた音が鳴ったと思えば……どちゃ、という何とも言えない粘着質な音が鳴り……。
――――ロラロニーのタコが、"コントロール・コア" とやらに張り付く。
……何してんの、こいつ。
「あっ、火星人くん」
「……おいおい、サクリファクト。お前の女のペットは、まるで躾がなっちゃないようだぞ」
「……そんなんじゃないですって。つーかタコ、離れろよ。それは食べ物じゃないぞ」
「おうおう、タコスケェ! あんまりはしゃいでると、俺っちがお前を食っちまうぞぉ!?」
「リュウくん、駄目だよ~。火星人くんみたいな気持ち悪いの食べたら、お腹こわしちゃうよ~」
「…………いやいや、ロラロニーちゃん……飼い主がそれ言う……?」
思わぬタコのいたずらに、呆れのため息を吐いてしまう。そんな事してる場合じゃないっていうのにさ。
飼い主が飼い主なら、ペットもペットだ。とぼけた事を好んでするよな。
◇◇◇
いくらカニャニャックさんが "ご自由に" と放出してくれたとは言え、それは一つの立派なアイテム。タコの遊び道具にするには、過ぎた代物だ。
黒い玉に吸盤をべったり吸着させて、いつまでも離れようとしないタコを、みんなで協力をしながら引っ張る。
「だめだよ~火星人く~ん」
「くそ……ぬるぬるして気持ち悪いな」
「ふふふ、タコは塩もみするとぬめりが取れるらしいですよ」
しかし、そのつるりとした玉を布越しに掴み、ぬるりとしたタコを引き離すのは……なんとも難しいもので。ぬるりつるりと手間取って、いよいようんざりしてしまう。
……そんな不毛な時間を過ごす事、5分程度だろうか。
「おうおう、タコスケコラァ! いい加減にしねぇと、ぶつ切りにしてたこ焼きの具に――――……ん? 何でぃ、ありゃあ?」
「……鳥かな? ずいぶん大きいね」
「おいおい、こっちに来るぞっ」
そう言うリュウの声に釣られて上を見上げれば、確かに何かが飛んでいる。
空に浮かんだ、黒い影。広げた羽根は、向こうの空を青く透かして。
太陽を背にして飛ぶそれは、ずっと遠くに居るというのに……ぴりりと強い存在感がある。
……見てわかる、明らかな巨体。
それがはっきり一直線に、こちらへと向かって飛んできて――――ずずんと言う音と震動を伴いながら、俺たちの目の前に降り立った。
「ひゃあ~」
「なにこれっ! でっか!」
「おうおう、こいつぁ……バカデケェカブトムシだぜぇ?」
「こ、これは……!」
「知ってるんすか? マグリョウさん」
「艶のある外骨格、3対6本の脚……頸節にはしっかりとトゲまで生えて! 頭角は実存のものよりずいぶん太いが、しっかりと雄々しい形状をしていやがるし……前胸にある小角の逞しさもばっちりだ! 目は白い――いわゆる "ホワイトアイ" と呼ばれる変質をしながらも、しっかりと複眼の様相を見せているっ! こいつは間違いねぇ……昆虫綱コウチュウ目コガネムシ科カブトムシ亜科……真正カブトムシ族! 正真正銘の日本国原産種、"ヤマトカブトムシ" だっ!!」
「……マジかよ」
それは、確かにカブトムシだった。
深いこげ茶色の甲殻に、昆虫特有の複眼。そしてトレードマークとも言える大きな角は、図鑑で見たソレと全く相違のないものだ。
……それはそうだし、今この時は、その虫に注目すべきだって、わかってるんだけどさ。
「……マジかよ……マグリョウさん……」
…………マグリョウさん、知識とテンションヤバすぎだろ。
やっぱり虫、大好きじゃないか。
◇◇◇
「気をつけましょう。何をしてくるかわかりませんよ」
「で、でも……こんな大きい虫、どうするのっ? 私の矢も効かなそうだし!」
「てやんでぃ! 立派な鎧武者振りを見せつけやがって……自慢かってんだよォ!」
「う~ん……?」
ともあれ、謎の生物の急襲だ。
こちらをじっと見て地面に佇むその姿には、どうにも敵意は感じないにしたって……その大きい角で突つかれでもしたら、きっと重大な怪我をする。警戒するに越した事はない。
「ロラロニー、離れろっ! ……チッ、これからラットマンとの殺し合いをする前だってのに、何でこんな虫が……」
「…………う~ん?」
「――――おい、ロラロニー! 離れろって!」
その巨体と、そこから溢れ出してやまない力をひしひしと感じ、誰もが慎重に距離を取る。
しかし、そんな緊迫した空気の中で……ロラロニーだけは違っていた。
首をかしげる動作をしながら、何の躊躇もなくカブトムシに近寄るロラロニー。
どこまでも とぼけてはいる物の、無茶や無謀は決してしない、臆病者の彼女だってのに……一体何を考えてるんだ。
「あ、危ないよっ! ロラロニーちゃん!」
「何してんでぃ! 早く離れねぇと、ぷちっとやられちまうぜぇ!?」
「――――火星人くんなの?」
「…………」
「……えっ?」
「……うん、うん……やっぱりそうなんだ! 火星人くんはすごいねぇ。どうして大きくなっちゃったの?」
「な……何をして……」
「そっかぁ、あの黒い玉がそうなんだ。すごいね~……触ってもいい?」
「……ど、どういう事……?」
大きな大きなカブトムシ。
それとしっかり見つめ合い、言葉を交わすロラロニー。
そんな1人と1匹を前にして、誰も口を開けなかった。
……何だ? これ。
一体何が起きてるんだ?
あのカブトムシは……味方なのか?
「すごいね~、すべすべしてて、甘栗みたいだね」
「……お、おい……ロラロニー。それは、その……大丈夫なのか?」
「うん? うん、大丈夫だよ~。この子、火星人くんだって」
「…………は?」
「火星人くんが、そこの "コントロール・コア" で動かしてるんだって。このカブトムシのドラゴン」
・サクリファクトが言った「コクーンハウスでロラロニーに会った」という発言部分のおまけストーリーを活動報告に投稿しました。
・それは、本文の展開上のテンポアップのためにカットされた部分であり、物語の大筋には関わって来ない要素です(会っていたという事実に意味はあります)。
・短いものではありますが、サクリファクト(キノサク)たちがコクーンハウスへ向かう過程と、リアルのロラロニーとの会話に興味がございましたらご覧ください。
・また、繰り返しになりますが、物語の大筋には関与して来ない部分です。「別に気にならないよ」という方は大丈夫です。
おかげさまでブックマークが1,000件を突破しました。それに加え、沢山の評価や感想、レビューなど、本当に心から嬉しく思っています。
この場をお借りして御礼申し上げます。
いつもご愛読いただき、ありがとうございます。