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本気でプレイするダイブ式MMO ~ Dive Game『Re:behind』~  作者: 神立雷
第五章 応えよ、響け、目を覚ませ
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第十五話 正義のヒーロー




――――"このDive Game Re:behind(リ・ビハインド)は、人間とAIによって作られた世界である"。

 そんな当たり前の事を、プレイヤーは日常の中で感じる事が多々ある。


 昼夜の概念、天候の変化がなく、どこまでも過ごしやすい世界。

 地面に種を植えたなら、ゲーム内で一日経てば芽が飛び出す。

 掘り返した鉱物は、インゴット状で出てくる。

 ふかふかの毛を刈られるためにいるような『七色羊』がいるし、ゴムのような便利な素材となる『伸びるカエル』というモンスターもいる。

 

 都合のいい日和。都合のいいアイテム。都合のいいモンスター。

 このゲームをプレイするプレイヤーたちは、そんな()()()()()()()を常日頃から感じていたりする。



 結局の所、これはゲームだ。

 全てはデータ上の出来事であり、プログラムされた電気信号が作り出す虚構の世界でしかない。


 そこにある幸運も、不運も、起こる様々なドラマも――――作られた物でしかない。




 ああ、そうだろう。

 そうであるならば。


 運営よ、管理者よ……マザーAI "MOKU" よ。


 今私たちの目の前にある、絶望を作り出すあなたは。


 あなたは、私たちに、"滅びを" と。

 そう言っているのだろう?




     ◇◇◇




「……あ~……まずいですね。輪をかけて、ですよ」


「そんな…………こんなのって……」


「理由はわかりませんが、あのドラゴンはラットマンに従っているようです。足元には無数のソレらが居るというのに、まるで食べようとしない。つまりは、あのシマリスは……」




――――ラットマンの、戦力なのでしょうね。


 そんなタテコくんの声が、とっても遠くから聞こえるようで。





「ド……ッ!」「ドラゴンっ!?」「ネズミドラゴンだぁーっ!!」

「マジかよっ!」「冗談じゃねぇ! 逃げろぉっ!!」




 恐怖の象徴、『ゲート』がどうこうよりもはっきりとしたゲームオーバー。

 ()()()()()()()()()の、キャラクターデータを消すシステム。


 それらが形を持った "ドラゴン" という存在は、誰にとっても恐れるもので。


 地鳴りと震動でふとした静けさを産んでいたプレイヤーたちが、それを指差し慌てて逃げ出した。




「逃げろ! 逃げろぉ!」「おい! ドラゴンが出たっ! 戦ってる場合じゃねぇぞ!」

「流石にキャラデリは無理だよ~、逃げようよ」


「…………ああ……あぁ……」




 蜘蛛の子を散らす、という言葉がぴったりな、足並みの揃った大後退。


 それもそうだろう。そうなるだろう。

 結局、今までの戦いは "命だけを賭けたもの" 。

 しかしドラゴンが居るとなったら、それは "キャラクター自体を賭けたもの" となるのだ。


 レベルを上げた。装備を揃えた。それを操作し、冒険に出て、友と笑った思い出いっぱいのキャラクターアバター。

 努力と、思い出と、成果の詰まった『Re:behind(リ・ビハインド)』で生きた証が、ソレなのだ。


 ……それを失いたくないと思う心は、否定出来るものではない。




「逃げろーっ!」「どこに逃げるんだよ!? ドラゴンはきっと、首都に行くんだろ!?」

「海岸に逃げる?」「『ゲート』の守りをガラ空きにするのか? あれを守らなきゃ、リビハが終わるんだぞ!」




 ……今までずっと、つくづく都合が良かった。

 世界は我らの味方だった。


 だから、今。その()()()()が来ているのかもしれない。


 ずっと平和で順風満帆な楽しかった日々の、精算をする時なのかもしれない。




     ◇◇◇




 全てが手探りだった最初期。

 徐々に集落が形作られ、生活基盤が整っていった前期。

 プレイヤーがどんどん増えて、急な発展と共に秩序に乱れが見えた前期中頃混乱期。


 ……あの頃だったか。

 私が『正義』の名の下に……自治と言う名のロールプレイを始めたのは。



『二つ名』という、有名になればなるほど力を増す仕様がある世界。そこではどうしたって、悪事が()()()

 誰もが悪名を轟かせようとし、あちこちで決闘とも呼べぬ諍いが起こった。

 女性プレイヤーは決して一人では行動出来ないような、ささくれた世界だった。


 そこで毎日見回りをし、マナーのなっていないプレイヤーを注意する……そんな毎日。

 "悪いことはしてはいけない" という単純なことわりを、人間が持つ善性に訴えかける続ける。正義はただそこだけにあると語って、コミックのようなヒーローのフリをして。



 ……当然、受け入れられはしなかった。

 悪い人、嫌な人、その大体が剣を抜き、私に襲いかかってきた。

 殺した。殺された。つくづく動乱の日々だった。


 "自治厨" ……独りよがりなルールを押し付ける、自由を阻害する存在だと言われた。

 "正義バカ" ……架空の存在であるヒーローに陶酔する、子供のようだとも。

 "正義(笑)さん" ……綺麗事を声高に語る私を、その信念ごと嘲笑されもした。



 だが、続けた。

『仲良しであるのが一番良い』と……そんなフィクションのヒーローが語った、夢物語でしか通用しない理屈を信じ、それをするために努力をし続けた。


 強きをくじき、弱きを庇い。

 悪しきに対峙し、良きを守る。

 毎日の巡回。無償の手助け。困窮した者への施し。そして多くの『カッコ良さ重視』。

 なりたい自分になりきるために、無茶をしてでもそれらを続け。

 ついには一時期、借金を作った事すらあった。


――――でも、楽しかった。

 戦隊モノのリーダーのように真っ赤な色で自身を塗りかため、自分で考えたかっこいいポーズで登場し、高らかに『正義参上』と名乗りを上げる日々は……最高だった。




 私にとっての『二つ名システム』とは。


『有名になれば強くなれるから、ロールプレイをする』というものではなく。


『それがあるから、ロールプレイをしてもいい』という言い訳になるものだった。


 だから、最高だったんだ。




     ◇◇◇




 ……そんな私に、ある日突然届いた声。

 マザーAI "MOKU" の、悪事を働くプレイヤーを知らせる声。


 どこかで誰かが涙する時、それを逐一私に教えてくれる。

『正義を行え』と押し付けてくる。



 …………ありがたく、そして……ちょっとだけ迷惑だった。

 だってそんなの、手に余るのだから。


 プレイヤーの総数は知らないが、少なくとも100は居た。つまりは私の100倍だ。

 その半分以上が悪人だとして、50の悪をたった1人で断罪せよ、だなんて。

 そんなの無茶だし、とても大変だったから。



 しかしそれでも、頑張った。

 それこそ現実の "治安維持組織(けいさつ" のように、責務をもった義務としてやりこなし続けた。

 おやすみは無い。余暇もない。友人と朗らかに会話をする時間もない。

 そこにあるのは、正義だけ。信念半分、責任ちょこっと……あとは、やりたくないけどやるしかないという諦め。


 ……まるで、業務だ。仕事のよう。

 給料の出ない職業に就いた心持ちで、マザーに言われるがまま正義を行う日々だった。


 ちょっぴり。ほんの少しだけ。

 ヒーローをするのが面倒になったりもしたけれど。


 誰かのピンチを知ってしまったら、見過ごす訳にはいかなかったから。

 ちょっとは知らせて欲しい、でもあんまり沢山は困る、丁度いいくらいが良いのにな……そんな事を考えながらも、多忙で正義な日々を過ごしてた。




     ◇◇◇




 しかして、そんな複雑な気持ちでやっていた私の行いは。

 少しずつ、日の目を浴びるようになった。世界が変わり始めたのだ。


 刷り込みとも言えるほどに、やり続けた私の善行。

 "悪を行えば、【正義(笑)さん】が必ず現れ、地の果てまでも追ってくる"。

 "そしてその果てで断罪されれば――――【正義(笑)さん】という二つ名の糧となる"。

 どこかで誰かがピンチになる時、必ず現れる正義のヒーローが、認知をされ始めたのだ。


 そうしていつしか『(笑)』は外れ、【正義さん】と呼ばれるようになり。

 その二つ名を高らかに掲げ、悪い人を断ずる私が【正義さん】として名を挙げるにつれて……それを真似る者が現れた。

『正しき事を行えば、あのように強くなれる』という意識が、浸透し始めたのだ。



 それからは、全てが調子よく進んだ。

 私のフォロワーを集めて『正義の旗』というクランを作り上げ。

 それぞれにヒーロー業務を割り当てて、1人の取りこぼしもなくプレイヤーたちを救う事が出来るようになり。

 そのままクランは力を増して、知らない者が居ないほどの自治組織となっていった。

 おかげで私にも余裕が出来て、登場シーンに凝ってみたり、ヒーローっぽい物を収集したり、と……やりたい事が全部出来るようにもなった。



――――充実していた。幸せだった。毎日が嬉しい一日だった。

 私が訴え続けた "悪いことはしてはいけない" という信念が、プレイヤーの共通認識となったのだ。

 そうして今となってはそのほとんどが、眩しいくらいの良い子ばかりに成り上がった。


 私の行いは間違っていなかった事、そしてそれが報われた事。そして私が『正義のヒーロー』として認められた事。

 それらが手に取るようにわかって、とてもとても満たされた。




「ドラゴンがっ! ドラゴンが動き出したぞっ!」「お前ら逃げろぉっ!」

「いやぁ!」「食われるのは勘弁だぜ!」



「……ステーキ、クリムゾンさん。僕らも逃げますよ。いくらなんでもドラゴンまで居たら、多勢に無勢を越えています」


「まぁ、しゃーねーな。わかったってのよ」


「…………」


「クリムゾンさん?」




 楽しかった。嬉しかった。

 誰もが認めるヒーローになれたし、人間が本当の本当は良い子なんだって事が、わかったから。


 それが例え、マザーAIによる()()()()()()()()を使ったからとは言っても、それでも十分満足出来ていたのだ。


 "人より頭の良いAI" が、そうなるように仕向けたのかもしれなくたって。

 それでも私は、幸せに思えていたのだ。




「……私は、行くよ」


「…………勝ち目がないですよ。無駄死にです」


「……下がってどうなる? 首都に籠城したとしても、その外壁はドラゴンにむしりとられ、ラットマンがなだれこむだけだろう」


「それは、そうですけど」


「そうだ。そうだろうとも。…………もう、おしまいなのだ。我々には、打つ手が無い」




 だったらきっと……なぁ、マザー。

 この絶望的な状況も、全てを知り尽くすあなたが、作り出しているのだろう?

 私を正真正銘のヒーローにして、プレイヤーの善性をこじ開けた時のように、世界を変えようとしているのだろう?


 世界の管理者。何もかもを手のひらで転がす、喋って笑うデウス・エクス・マキナよ。

 あなたが設定し、そうなるように仕向けて――――我らに "滅べ" と言っているのだろう。




「退いても無駄だ。世界の終わりを目に映しながら、絶望の中で消えていくしかない」


「…………」


「……ならば、せめて。せめて……っ! 最後だけは、らしくありたいっ」


「…………クリムゾンさん」


「逃げない! 媚びない! 諦めないっ! 私が一番に目指したヒーローのように、ひたむきに、ただひたすらに勝利へと……っ!!」


「…………」



「逃げろーっ!」「やってられるかよぉ!」「もう終わりだぁ!!」




 マザー。あなたは世界を統べるものだ。

 精神を没入するこの世界を、自由自在に操るものだ。


 見ろ、あのプレイヤーたちを。

 私の旗には目もくれなかった人々が、今はあなたの指先一つで、いとも簡単に統率が取れている。誰もがきちんと後退をしているよ。

 笑ってしまうよな。あんなに言う事を聞いてくれなかったというのにさ。


 ……私なんて、つくづく無力だ。

【正義】だなんだと名乗っても、それはあくまでゲームの話で……作られた世界の中での、あなたに用意された舞台上だけでの話なのだ。

 結局は、ただの1人の人間。とてもちっぽけで、力のない存在。


 だから、こんな時……何も出来ない。

 どれだけ願ったって、なんにも解決は出来やしない。

 正義の志を持ち、ヒーローに憧れるだけの……操り人形でしかなかったんだ。




「……勝てるわけ、ないでしょう。何百ものラットマンに、ドラゴンですよ?」


「やってみなければわからない…………なんて言うほど、私はバカじゃないよ」


「…………」


「でもね、私は……見たくないんだ。世界が終わるその瞬間を、この目で見届けたくないんだよ。どうにかなるかもって考えながら、精一杯やりながら……終わりたいんだ」


「……はい」


「例え、無駄だとわかっていても。最後はせめて、前のめりに倒れたいんだよ」




 だから、せめて、最後だけは。

 "怖がれ" と言われても怖がらず、"逃げ出せ" と脅かされても逃げ出さず。

 義務も責務もかなぐり捨てて、私が私であるがままに。


 自分の意思だけで決めて、自分のやりたいようにしたいんだ。



 悪の軍団が何人いようと、たった1人で真っ直ぐ突っ込む、テレビの中のヒーローみたいに。

 私が夢見た、ヒーローみたいに。

 そうなれる世界で、そうなるんだよ。




「タテコくん、そしてヒレステーキ」


「……はい」


「…………」


「今まで、楽しかったよ。別のゲームかリアルか……とにかくどこかで再び会ったなら、その時はまたよろしくね」


「…………それは、叶わない事だと思いますよ」




「……そっか。そうだね。私ももう、VRゲームは……いいかな。もう十分遊んだから」


「…………」


「楽しかった。竜殺しの時も、不意に花畑地帯で会った時も……そして今日も。とってもとっても楽しかったよ」


「……そう、ですね。僕もです」


「…………」


「君たちの事は、絶対忘れないからね」




 剣を持つ。

 手に馴染んだ古くからの相棒、『真・ジャスティスソード』を、しっかりと。

 ずっとずっと一緒だった大事な愛剣。折れるたび打ち直した二つと無い最高の剣。


 ……私がヒーローを目指したその日から、ずっと共に歩んできた。

 だから、最後くらいは、一緒に。

 お前と一緒に命一杯、やりきろう。


 なりたいものになれる世界で、なりたいものになりきろう。




「それじゃあ……ふたりとも」


「……はい」


「…………」


「さよなら。元気で」




「……クリムゾンさん」


「……ん?」


「……貴女は確かに、正義のヒーローでしたよ」



「――――うんっ!」




 さぁ。

 最後のロールプレイを、始めよう。


 今までの分と、これからの分。

 一生分の正義の心を、今、燃やせ。




「マザー、そしてラットマン。私の生き様、その目に焼きつけろっ!!」


「ギヂヂィィッ!」


「ヂュゥーッ!!」



「正義、参上だっ!!」




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