第十五話 正義のヒーロー
――――"このDive Game Re:behindは、人間とAIによって作られた世界である"。
そんな当たり前の事を、プレイヤーは日常の中で感じる事が多々ある。
昼夜の概念、天候の変化がなく、どこまでも過ごしやすい世界。
地面に種を植えたなら、ゲーム内で一日経てば芽が飛び出す。
掘り返した鉱物は、インゴット状で出てくる。
ふかふかの毛を刈られるためにいるような『七色羊』がいるし、ゴムのような便利な素材となる『伸びるカエル』というモンスターもいる。
都合のいい日和。都合のいいアイテム。都合のいいモンスター。
このゲームをプレイするプレイヤーたちは、そんなおあつらえむきを常日頃から感じていたりする。
結局の所、これはゲームだ。
全てはデータ上の出来事であり、プログラムされた電気信号が作り出す虚構の世界でしかない。
そこにある幸運も、不運も、起こる様々なドラマも――――作られた物でしかない。
ああ、そうだろう。
そうであるならば。
運営よ、管理者よ……マザーAI "MOKU" よ。
今私たちの目の前にある、絶望を作り出すあなたは。
あなたは、私たちに、"滅びを" と。
そう言っているのだろう?
◇◇◇
「……あ~……まずいですね。輪をかけて、ですよ」
「そんな…………こんなのって……」
「理由はわかりませんが、あのドラゴンはラットマンに従っているようです。足元には無数のソレらが居るというのに、まるで食べようとしない。つまりは、あのシマリスは……」
――――ラットマンの、戦力なのでしょうね。
そんなタテコくんの声が、とっても遠くから聞こえるようで。
「ド……ッ!」「ドラゴンっ!?」「ネズミドラゴンだぁーっ!!」
「マジかよっ!」「冗談じゃねぇ! 逃げろぉっ!!」
恐怖の象徴、『ゲート』がどうこうよりもはっきりとしたゲームオーバー。
食べられたら終わりの、キャラクターデータを消すシステム。
それらが形を持った "ドラゴン" という存在は、誰にとっても恐れるもので。
地鳴りと震動でふとした静けさを産んでいたプレイヤーたちが、それを指差し慌てて逃げ出した。
「逃げろ! 逃げろぉ!」「おい! ドラゴンが出たっ! 戦ってる場合じゃねぇぞ!」
「流石にキャラデリは無理だよ~、逃げようよ」
「…………ああ……あぁ……」
蜘蛛の子を散らす、という言葉がぴったりな、足並みの揃った大後退。
それもそうだろう。そうなるだろう。
結局、今までの戦いは "命だけを賭けたもの" 。
しかしドラゴンが居るとなったら、それは "キャラクター自体を賭けたもの" となるのだ。
レベルを上げた。装備を揃えた。それを操作し、冒険に出て、友と笑った思い出いっぱいのキャラクターアバター。
努力と、思い出と、成果の詰まった『Re:behind』で生きた証が、ソレなのだ。
……それを失いたくないと思う心は、否定出来るものではない。
「逃げろーっ!」「どこに逃げるんだよ!? ドラゴンはきっと、首都に行くんだろ!?」
「海岸に逃げる?」「『ゲート』の守りをガラ空きにするのか? あれを守らなきゃ、リビハが終わるんだぞ!」
……今までずっと、つくづく都合が良かった。
世界は我らの味方だった。
だから、今。その跳ね返りが来ているのかもしれない。
ずっと平和で順風満帆な楽しかった日々の、精算をする時なのかもしれない。
◇◇◇
全てが手探りだった最初期。
徐々に集落が形作られ、生活基盤が整っていった前期。
プレイヤーがどんどん増えて、急な発展と共に秩序に乱れが見えた前期中頃混乱期。
……あの頃だったか。
私が『正義』の名の下に……自治と言う名のロールプレイを始めたのは。
『二つ名』という、有名になればなるほど力を増す仕様がある世界。そこではどうしたって、悪事が映える。
誰もが悪名を轟かせようとし、あちこちで決闘とも呼べぬ諍いが起こった。
女性プレイヤーは決して一人では行動出来ないような、ささくれた世界だった。
そこで毎日見回りをし、マナーのなっていないプレイヤーを注意する……そんな毎日。
"悪いことはしてはいけない" という単純な理を、人間が持つ善性に訴えかける続ける。正義はただそこだけにあると語って、コミックのようなヒーローのフリをして。
……当然、受け入れられはしなかった。
悪い人、嫌な人、その大体が剣を抜き、私に襲いかかってきた。
殺した。殺された。つくづく動乱の日々だった。
"自治厨" ……独りよがりなルールを押し付ける、自由を阻害する存在だと言われた。
"正義バカ" ……架空の存在であるヒーローに陶酔する、子供のようだとも。
"正義(笑)さん" ……綺麗事を声高に語る私を、その信念ごと嘲笑されもした。
だが、続けた。
『仲良しであるのが一番良い』と……そんなフィクションのヒーローが語った、夢物語でしか通用しない理屈を信じ、それをするために努力をし続けた。
強きをくじき、弱きを庇い。
悪しきに対峙し、良きを守る。
毎日の巡回。無償の手助け。困窮した者への施し。そして多くの『カッコ良さ重視』。
なりたい自分になりきるために、無茶をしてでもそれらを続け。
ついには一時期、借金を作った事すらあった。
――――でも、楽しかった。
戦隊モノのリーダーのように真っ赤な色で自身を塗りかため、自分で考えたかっこいいポーズで登場し、高らかに『正義参上』と名乗りを上げる日々は……最高だった。
私にとっての『二つ名システム』とは。
『有名になれば強くなれるから、ロールプレイをする』というものではなく。
『それがあるから、ロールプレイをしてもいい』という言い訳になるものだった。
だから、最高だったんだ。
◇◇◇
……そんな私に、ある日突然届いた声。
マザーAI "MOKU" の、悪事を働くプレイヤーを知らせる声。
どこかで誰かが涙する時、それを逐一私に教えてくれる。
『正義を行え』と押し付けてくる。
…………ありがたく、そして……ちょっとだけ迷惑だった。
だってそんなの、手に余るのだから。
プレイヤーの総数は知らないが、少なくとも100は居た。つまりは私の100倍だ。
その半分以上が悪人だとして、50の悪をたった1人で断罪せよ、だなんて。
そんなの無茶だし、とても大変だったから。
しかしそれでも、頑張った。
それこそ現実の "治安維持組織" のように、責務をもった義務としてやりこなし続けた。
おやすみは無い。余暇もない。友人と朗らかに会話をする時間もない。
そこにあるのは、正義だけ。信念半分、責任ちょこっと……あとは、やりたくないけどやるしかないという諦め。
……まるで、業務だ。仕事のよう。
給料の出ない職業に就いた心持ちで、マザーに言われるがまま正義を行う日々だった。
ちょっぴり。ほんの少しだけ。
ヒーローをするのが面倒になったりもしたけれど。
誰かのピンチを知ってしまったら、見過ごす訳にはいかなかったから。
ちょっとは知らせて欲しい、でもあんまり沢山は困る、丁度いいくらいが良いのにな……そんな事を考えながらも、多忙で正義な日々を過ごしてた。
◇◇◇
しかして、そんな複雑な気持ちでやっていた私の行いは。
少しずつ、日の目を浴びるようになった。世界が変わり始めたのだ。
刷り込みとも言えるほどに、やり続けた私の善行。
"悪を行えば、【正義(笑)さん】が必ず現れ、地の果てまでも追ってくる"。
"そしてその果てで断罪されれば――――【正義(笑)さん】という二つ名の糧となる"。
どこかで誰かがピンチになる時、必ず現れる正義のヒーローが、認知をされ始めたのだ。
そうしていつしか『(笑)』は外れ、【正義さん】と呼ばれるようになり。
その二つ名を高らかに掲げ、悪い人を断ずる私が【正義さん】として名を挙げるにつれて……それを真似る者が現れた。
『正しき事を行えば、あのように強くなれる』という意識が、浸透し始めたのだ。
それからは、全てが調子よく進んだ。
私のフォロワーを集めて『正義の旗』というクランを作り上げ。
それぞれにヒーロー業務を割り当てて、1人の取りこぼしもなくプレイヤーたちを救う事が出来るようになり。
そのままクランは力を増して、知らない者が居ないほどの自治組織となっていった。
おかげで私にも余裕が出来て、登場シーンに凝ってみたり、ヒーローっぽい物を収集したり、と……やりたい事が全部出来るようにもなった。
――――充実していた。幸せだった。毎日が嬉しい一日だった。
私が訴え続けた "悪いことはしてはいけない" という信念が、プレイヤーの共通認識となったのだ。
そうして今となってはそのほとんどが、眩しいくらいの良い子ばかりに成り上がった。
私の行いは間違っていなかった事、そしてそれが報われた事。そして私が『正義のヒーロー』として認められた事。
それらが手に取るようにわかって、とてもとても満たされた。
「ドラゴンがっ! ドラゴンが動き出したぞっ!」「お前ら逃げろぉっ!」
「いやぁ!」「食われるのは勘弁だぜ!」
「……ステーキ、クリムゾンさん。僕らも逃げますよ。いくらなんでもドラゴンまで居たら、多勢に無勢を越えています」
「まぁ、しゃーねーな。わかったってのよ」
「…………」
「クリムゾンさん?」
楽しかった。嬉しかった。
誰もが認めるヒーローになれたし、人間が本当の本当は良い子なんだって事が、わかったから。
それが例え、マザーAIによるちょっとしたズルを使ったからとは言っても、それでも十分満足出来ていたのだ。
"人より頭の良いAI" が、そうなるように仕向けたのかもしれなくたって。
それでも私は、幸せに思えていたのだ。
「……私は、行くよ」
「…………勝ち目がないですよ。無駄死にです」
「……下がってどうなる? 首都に籠城したとしても、その外壁はドラゴンにむしりとられ、ラットマンがなだれこむだけだろう」
「それは、そうですけど」
「そうだ。そうだろうとも。…………もう、おしまいなのだ。我々には、打つ手が無い」
だったらきっと……なぁ、マザー。
この絶望的な状況も、全てを知り尽くすあなたが、作り出しているのだろう?
私を正真正銘のヒーローにして、プレイヤーの善性をこじ開けた時のように、世界を変えようとしているのだろう?
世界の管理者。何もかもを手のひらで転がす、喋って笑うデウス・エクス・マキナよ。
あなたが設定し、そうなるように仕向けて――――我らに "滅べ" と言っているのだろう。
「退いても無駄だ。世界の終わりを目に映しながら、絶望の中で消えていくしかない」
「…………」
「……ならば、せめて。せめて……っ! 最後だけは、らしくありたいっ」
「…………クリムゾンさん」
「逃げない! 媚びない! 諦めないっ! 私が一番に目指したヒーローのように、ひたむきに、ただひたすらに勝利へと……っ!!」
「…………」
「逃げろーっ!」「やってられるかよぉ!」「もう終わりだぁ!!」
マザー。あなたは世界を統べるものだ。
精神を没入するこの世界を、自由自在に操るものだ。
見ろ、あのプレイヤーたちを。
私の旗には目もくれなかった人々が、今はあなたの指先一つで、いとも簡単に統率が取れている。誰もがきちんと後退をしているよ。
笑ってしまうよな。あんなに言う事を聞いてくれなかったというのにさ。
……私なんて、つくづく無力だ。
【正義】だなんだと名乗っても、それはあくまでゲームの話で……作られた世界の中での、あなたに用意された舞台上だけでの話なのだ。
結局は、ただの1人の人間。とてもちっぽけで、力のない存在。
だから、こんな時……何も出来ない。
どれだけ願ったって、なんにも解決は出来やしない。
正義の志を持ち、ヒーローに憧れるだけの……操り人形でしかなかったんだ。
「……勝てるわけ、ないでしょう。何百ものラットマンに、ドラゴンですよ?」
「やってみなければわからない…………なんて言うほど、私はバカじゃないよ」
「…………」
「でもね、私は……見たくないんだ。世界が終わるその瞬間を、この目で見届けたくないんだよ。どうにかなるかもって考えながら、精一杯やりながら……終わりたいんだ」
「……はい」
「例え、無駄だとわかっていても。最後はせめて、前のめりに倒れたいんだよ」
だから、せめて、最後だけは。
"怖がれ" と言われても怖がらず、"逃げ出せ" と脅かされても逃げ出さず。
義務も責務もかなぐり捨てて、私が私であるがままに。
自分の意思だけで決めて、自分のやりたいようにしたいんだ。
悪の軍団が何人いようと、たった1人で真っ直ぐ突っ込む、テレビの中のヒーローみたいに。
私が夢見た、ヒーローみたいに。
そうなれる世界で、そうなるんだよ。
「タテコくん、そしてヒレステーキ」
「……はい」
「…………」
「今まで、楽しかったよ。別のゲームかリアルか……とにかくどこかで再び会ったなら、その時はまたよろしくね」
「…………それは、叶わない事だと思いますよ」
「……そっか。そうだね。私ももう、VRゲームは……いいかな。もう十分遊んだから」
「…………」
「楽しかった。竜殺しの時も、不意に花畑地帯で会った時も……そして今日も。とってもとっても楽しかったよ」
「……そう、ですね。僕もです」
「…………」
「君たちの事は、絶対忘れないからね」
剣を持つ。
手に馴染んだ古くからの相棒、『真・ジャスティスソード』を、しっかりと。
ずっとずっと一緒だった大事な愛剣。折れるたび打ち直した二つと無い最高の剣。
……私がヒーローを目指したその日から、ずっと共に歩んできた。
だから、最後くらいは、一緒に。
お前と一緒に命一杯、やりきろう。
なりたいものになれる世界で、なりたいものになりきろう。
「それじゃあ……ふたりとも」
「……はい」
「…………」
「さよなら。元気で」
「……クリムゾンさん」
「……ん?」
「……貴女は確かに、正義のヒーローでしたよ」
「――――うんっ!」
さぁ。
最後のロールプレイを、始めよう。
今までの分と、これからの分。
一生分の正義の心を、今、燃やせ。
「マザー、そしてラットマン。私の生き様、その目に焼きつけろっ!!」
「ギヂヂィィッ!」
「ヂュゥーッ!!」
「正義、参上だっ!!」