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本気でプレイするダイブ式MMO ~ Dive Game『Re:behind』~  作者: 神立雷
第五章 応えよ、響け、目を覚ませ
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第十四話 リポップ




「……まずいですよね。ええ、まずいです。【聖女】が居なくなったとなると、ラットマンは再び勢いづくでしょう」


「…………ああ」


「ここは退却が良と見ますよ、クリムゾンさん」


「……そう、だな」




 その登場がふざけた道化師(ピエロ)によってもたらされた予期せぬ形ではあった物の、確かな戦力だった【聖女】のチイカ。

 そんな彼女が消え、更には首都も危険と来ている現状は、非常によろしくない。


 そして更には、『外来種』のキルによるもう一つのペナルティ。

 "とても怖くなってしまう" という不可思議な物が待っている事を考えれば、何度も死に戻りながら無理やり戦う……いわゆるゾンビアタックも、不可となっただろう。

 良くない。良くない流れが来ている。




「いよいよ()()()……か」


「それしか無いでしょうね。幸い首都には外壁があり、四方の入り口を抑えれば守りきれるはずです」


「入り口は狭い。ラットマンが何百いようとも、一度に通れるのは5匹もいないだろう。ならば、耐えきれぬという事もない」


「少数戦を連続でするだけ、ですね。それがどれほど続くのかは、考えたくありませんけど」




 その手は初めに提案された。

 堅牢な壁に囲まれた首都での、籠城。

 それは歴史も語る有効な戦術であり、数の差を埋める一つの手段だ。


 しかし、それは……最後の最後にしておきたかった。

 ラットマンの能力が未知数である以上、むざむざ最終防衛ラインまで引っ張る必要もないだろう、という考えがあったからだ。


 もし、奴らに何かがあったら。

 首都の壁を破壊したり、壁越しに攻撃をくわえてくるような力があったなら。

 万が一にそんな何かを用いられたならば、退路を失う籠城という作戦は自殺行為でしかない。

 だからなるべく、避けたかったのだ。




「いよいよ切羽詰まってきたのだ。自分たちでは解決しきれず、敵の力不足に頼るしかないとは」


「情けない話ですが、祈りましょう。ラットマンに『そういう物』がない事を」




     ◇◇◇




「退却ぅっ! 退却しろぉっ!!」


「おおい! 一旦下がるぞぉ!」




 タテコくん、ヒレステーキと連れ立って首都へと後退すれば、その道中の前衛部隊の間にも指示が伝わっている所だった。

 いかんせん明確な隊分けのような物がなく、更には "安全地帯セーフエリア" の外ともなると情報伝達手段が口頭に限られ、足並みが揃うのに時間がかかってしまう。




「退却だって? 下がるのか?」「話が違うじゃねーか! 行けるとこまで行くんじゃなかったんかよ!?」

「いや、多分状況が変わってんだろ」「みんな下がってるよ? 下がろうよっ」




 じわりと波紋が広がるように情報の共有がされ、互いの様子を伺いながら判断をつけようとするプレイヤーたち。

 こういう時は、急造の集団特有の悪さが出る。

『何に従うべきなのか』がはっきり定まっていないと、身の振り方に迷いが出てしまうのだ。


 で、あればこの場は。

 私が目印となるのが最良だ。




「――技能(スキル)『鳳天舞の戦旗』……みんなっ! 退却だッ! 退却してくれっ!」


「下がるのか? え? どっち?」「ちょい待ち、あのラットマンだけ倒したい」

魔法(スペル)が来るぞぉ!」「で、結局どうすんだよ?」「回り込め!」


「た、退却を……っ!」




 しかし、いくら旗を掲げた所で、元より背の低い私が戦場でひときわ目立つには足りず。

 むしろそれぞれ余計に混乱するばかりで、右往左往するプレイヤーが増えてしまった気さえする。

 急がなくてはいけないのに。




「あの……た、退却…………あっ! そうだっ! 技能(スキル)『栄光の道を往く軍馬』ッ!」




 ふと思いついた、冴えた方法。

 開戦の合図時のように、馬上で声を挙げれば目立つのではないか、という名案。

 それをするためにスキルを叫んだ。

 が。




「…………あれ?」




 一向に "正義のジャスティス・馬・ホース" は現れない。

 どうして? 戦いの最中に乗り捨てたから、ヘソを曲げてしまったのだろうか。かしこそうな顔だったし。




「クリムゾンさん、どうしました?」


「あ、いや。スキルで馬を呼ぼうとしたのだが、うんともすんとも言わなくって……」


「へぇ~……ん? それって『栄光の道を往く軍馬』ですか?」


「うむ、そうなのだ」


「あれは一日の回数制限がありますよね? もしかすると、もう使い切ってるんじゃないんですか?」


「……あっ」




 スキルに異常に詳しいタテコくんの言葉を受けて、しみじみ考える。

 我がクランの偵察隊の元へ向かった際に、一回。

 その後、開戦と同時に一回。


 確かに今日は、すでに二回喚び出していた。すっかり忘れていた。




「そういえばそうだった! 今日は数時間前に一回と、先程一回使用していたっ」


「つまり、1足す1だから…………2だな!」


「よく出来ましたね、ステーキ。まさかキミにさんすうが出来るとは」


「8までは余裕だっての。なにせオレの腹筋は、8個あるんだからな」


「…………キミって、まともに日常生活送れてるんですか?」




「突っ込めぇ!」「退却じゃないのか?」「ちょ、急に居なくならないでよっ」

「おいっ! どうすんだよ!?」「右からくるぞぉ!」




 そうしている間にも、プレイヤーたちの混乱は増すばかりだ。

 未曾有のRe:behind(リ・ビハインド)の危機に、今までなかった多数vs多数の大規模戦闘。

 その非常事態で浮足立った気持ちが、彼らの耳を塞ぐ。考える事を放棄させる。

 一部のプレイヤーにだけ届いた半端な指揮が、かえって邪魔をしてすらいる。


 ……どうしよう、早くみんなで退却しなくてはならないのに。




「みんなっ! 退却だっ! 首都が危ないから、一度後方へ下がってくれっ!!」


「ポーションくれ! ポーション!」「矢がくるぞぉ! 盾上げろぉ!」

「殺せ殺せ! 負けてたまるかよっ!」「ぶっ飛ばせぇ!」




 "戦乱" という言葉がこれ以上ないほどぴったりな、見渡す限りの大戦(おおいくさ)

 誰もが現実の灰色世界でくすぶらせていた闘争心をむき出しにし、より多くの戦果を、血を求め。

 ひたすら前に、一歩でも先へと足を進めようとする。


 その戦意は心強い。Re:behind(リビハ)を守ろうとする強い意思は、私の胸に熱く伝わってくる。


 ……しかし、今は。

 今だけは、その『Re:behind(リビハ)を守る』をするために、どうか話を聞いて欲しい。




「退却してくれっ! 正しき義は、今ここで戦う事ではないっ!」


「一匹残らず駆逐しろぉ!」「ネズミ野郎、ぶっ殺してやるっ!」

「リビハは俺たちが守るんだぁ!」「行け、行け、行けーッ!!」



「お願いだから、話を……っ!」




 精一杯に旗を振り回して、声一杯に訴えかける。

 こうしている間にも、首都にはラットマンが押し寄せているかもしれないという不安で、胸をいっぱいにして。

 早く、戻らなくっちゃ。でないと負ける。リビハが終わる。

 それだけは嫌だ、それは駄目だと力いっぱい拒絶しながら。


 首都にこもればどうにかなるはず。否、それしか道は残されていない。


 それさえ出来れば、きっと。

 きっと何とかなるのだから。

 そうしなければならないのだから。


 だから、早く。




「お願い……っ! お願いだから……旗を見てっ! 言う事を聞いてっ! 下がらなきゃ駄目なのっ!!」


「……ステーキ、僕らも声を出しましょう。とにかく今はここで戦うより、後退すべきだ」


「お~ん? あいよ。…………お前らァッ!! 聞けェッ!!」



「ウオオオッ! 殺せェ!」「魔法詠唱(スペルキャスト)! 巻き込まれるなよ!」

「回り込まれてる、タンクはどこっ!?」「いくぞお前ら! 突っ込めぇ!」



「……話聞けってのよォッ!!」




――――どぉんっ!




 大きな、とても大きな音がした。

 プレイヤーのあまりの狂乱ぶりに、とうとう業を煮やしたヒレステーキが、肩に担いだ『大きい何かの骨』を地面に叩きつける…………()()()()に。


 それは、彼によるものではなく、他のプレイヤーによる物ではない。

 ラットマン陣営側から鳴ったもの。あちらの何かが、出した音。


 そしてそれは、我々のようなちっぽけな存在ではない、とてつもなく巨大な力による物。

 プレイヤーでもラットマンでもなく、()()()()()()()()()()()が……現れた証。




「ギヂゥゥ」


「…………えっ」


『プレイヤーの皆様に、運営からのお知らせです』





 荒野の向こう。距離感が掴めないほど、尋常ではないサイズのソレは。

 一面の土よりずっと濃い色合いの茶色い体毛で体を覆い、そこに三本の筋を走らせる。


 体と比べるとずいぶん小さく見える手……()()は、二本。

 むっくりした太さの力強い足も、二本。


 そして、ふさふさでくるりと丸まった尻尾は――――その数、()()




「ギヂヂィ……」


『首都西方向、荒野地帯に "ドラゴン" の出現が確認されました』




 つい先日のように思える。もしくは、ずっと遠い出来事のようにも。

 そして、どれだけ時間が経とうとも……決して忘れはしない。


 あの色、形……サイズ感。

 尖った前歯に、小さなお手手――――そして無数の太尻尾。




「あれって……この前海岸に出た……」「ひぃっ」

「嘘だろ?」「何アレ!? 何で!? どうしてこの状況でっ!?」


『 "ドラゴン" に捕食されたアバターのデータは、消滅します。これはRe:behind(リ・ビハインド)サービス利用規約第51章2089条に明記されるものであり、プレイヤーの同意を得ている仕様になります。くれぐれもご注意下さい』




 Re:behind(リ・ビハインド)のバランサー。世界の制御機構。どこかの誰かの最終兵器。

 キャラクターを食う、悪しき存在であり……確かな絶望。




「…………リ、リスドラゴン……ッ!」


「ギヂヂヂヂィィッ!!」


『アバターを失う用意がないプレイヤーは、避難する事をおすすめします。以上』




 私たちの世界を滅ぼす大魔王は、茶色いふさふさ尻尾を持っていた。





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