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本気でプレイするダイブ式MMO ~ Dive Game『Re:behind』~  作者: 神立雷
第五章 応えよ、響け、目を覚ませ
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第十三話 ボーパルバニー


□■□ Re:behind首都西方向 荒野エリア □■□




「『えりあひーる』」




 あれから幾度その声を聞いただろう。

 幾度ラットマンが頭を弾けさせただろう。

【聖女】が呟き、敵が死ぬ。その単純なやり取りは、滞りなく繰り返されて。


 頭を弾けさせ、大地に血をぶち撒けて―――― 一定の時が経つと、その血液は死体と一緒にかき消える。


 しかし、彼女は赤いまま。

【血まみれ聖女】であるがまま。


 誰かを殺めた返り血は、死に戻りによって消滅する。

 だが、()()()の【聖女】が吐いた血は……彼女が死なない限り、決して消えはしない。



――――荒野は変わらず、乾いたままだ。

 その枯れ果てた地で吸い取るように、ラットマンの血液と命を飲み込んでいく。


 残るのは、彼女がバラ撒く恐怖だけ。




「…………しかし、これは僥倖ですよ。聖女の謎ヒールによってラットマンの勢いは削がれ、前進が止まりました」


「確かにそうかもしれん。あとは首都に "死に戻り(リスポーン)" した者や、外から徐々に集まる者たちが来れば、数の不利は解消されるやもしれないのだ」


「そうですねぇ。いくら僕とステーキでも、大勢に()()()()()()為す術もないですし」




 彼女が何を思い、何をしているのかはわからない。

 しかし今日のこの場においては、その力は有用だと言わざるを得ない。


 自身は持続的に回復がされ、単体相手なら無詠唱で頭を吹き飛ばす事が出来、きちんと詠唱をした範囲ヒールであれば……その中の誰をも、一撃で殺戮せしめる。

 そんなデタラメが、チートをしているような力が、世界を守る今だけは……確かに必要な物なのだ。


 ……それが、本人の意図しないものだとしても。

 今は、その力に頼る事しか、出来ないのだ。




「聖女がもう少し進んだら、僕らも再び戦いに加わりましょう。浮足立ったラットマンならば、まぁ……ちょちょいのちょいでしょうから」


「ん? 今『マッチョ』って言ったか?」


「言ってないです」


「そうか……じゃあ折角だし、『マッチョ』って言ってくれ」


「いや、意味わかんないんですけど!? 嫌ですよ!!」


「ふふ」




 相変わらず仲のいい2人だ。まさに莫逆の友と言った所か。


 竜を殺したあの時も、この2人にはずいぶん助けられた。単純な『守る力』と『攻める力』は、大体の状況で万全だ。

 ならばきっと、このラットマンの群れを食い止める役目も、たっぷり果たす事が――――




「――隊長ッ! 隊長!! 伝令ですッ!!」


「む? どうした、冒険者(アドベンチャラー)隊員。不測だらけではあるが、前線はおおむね安泰だぞ」


「首都周辺のラットマンの圧があまりに強く、どんどん内部に攻め込まれていますッ!『ゲート』防衛部隊の数が足りませんッ!!」


「……なんだと?」




 思わぬ凶報。まさか後ろが危ないなんて。

 しかし、どうして。そこだけはしっかり安全だと思っていたのに。なぜ?




「どういう事だっ! 援軍に加えて、"死に戻り" したプレイヤーも多くいるはずではないのか!?」


「います、いますが……」


「なんだっ! いくらステータス減少があるとは言え、多少は戦力になるはずなのだ!」


「いえ、そうではなく……前線で死亡し、『ゲート』に戻ったプレイヤーの大半が……戦える状況に無いんです」


「な、なぜ? どうして?」



「わからないんです。『わからないんだけど、怖い』と。『理由はわからないけど、足がすくんで動けない』と言って、ほとんどが怯えてしまって。立っている事すらままならないんですっ」




 …………怖い?

 何が? 死ぬ事が、か?


 いや……それはおかしい。

 このRe:behind(リ・ビハインド)をプレイしているのなら、死はそれなりに身近にあるものだ。

 ならば、それなりに慣れているはず。




「おかしいですね。そんなに死ぬのが怖いというのも、余り聞かない話です」


「オレもよく死ぬってのよ。気持ちのいいモンじゃねーけど、そんなに背筋はいきんをブルブルさせるほどでもないと思うぜ」


「……その場合は、背筋せすじと言って下さい。漢字は一緒ですけど、意味合いが全然違いますから」


「お~ん?」




 何故だ。どうして()()が、そうなるのだ。

 死は怖い。確かに怖いが……そこまででもない。

 結局は『ああ、死ぬってこんな感じか』というくらいの物で、決して立てないほどの恐怖を味わうものでもない。


 ……あの新人の、サクリファクトくんですら。

 リスドラゴンに飲み込まれ、『死ぬ感覚』と『キャラクターもデリートされる』という二つを同時に味わった上で、きちんと戦闘に参加出来ていたのだ。


 ならば、前線から死に戻ったプレイヤーが――――新人ではない歴戦のリビハプレイヤーたちが、恐怖で身体を縮こまらせるなど、普通ではない出来事だ。




「……ごく一部が恐怖で身を震わせていると言うならば、私も十分納得出来る。しかし、()()とはどういう事だ? 一体何が起こっている?」


「わからないんです。恐怖で震える本人たちに聞いても、『わからない、思い出せない。だけど怖い。今までで一番こわい』と言うばかりで。ごくごく一部のプレイヤーは戦いに出ていますが、本当に少数なんです」


「…………何だ。どういう事なのだ……」




「あ、そういえば」


「ん? どうした、タテコくん」


「そういうプレイヤー、最近たまに聞きますよね。丁度リザードマンの発見があった時くらいから」


「…………ああ、言われてみれば……そうかもしれないのだ」




 タテコくんの言葉で思い出す。確かに最近、そのような事を言っているプレイヤーをちらほら見かけた。


 それは最近の事であり、以前には見られなかった事。

 そして、その者たちに共通するのは――――『リザードマンににキルされた』プレイヤーだと言う所。




「……まさか……『外来種』にキルされると、()()があるのか?」


「その可能性が高いかもしれませんね。死に戻る間に、物凄い恐怖映像を見せられるとか」


「全身の筋肉がいっせいに失くなる幻覚とかか?」


「違いますよ! それが怖いのはステーキだけ…………いや、よく考えたら普通に怖いですね!?」




 ……あり得る。このRe:behind(リ・ビハインド)を統べる、あの意地悪なマザーAI "MOKU" であるなら、そういう仕様にしている可能性が、十分に。


 そうだ、()()は意地悪なのだ。

 で、あればこそ。

『ゲート』を狙い合い、互いを滅ぼし合う関係の『外来種』と我々プレイヤー…………その両名のいさかいに、特別なものを挟み込んでいるのではないか?


 何せ『ゲート』は、我らが生まれいづる地点だ。

 ダイブすればそこに現れ、死ねばそこへと戻り行く。

 ならば、それを破壊し合う争いの最中に、()()()を奪い合っていては……収拾がつかない。


 そうだ。きっとそうなのだ。

 そうであるなら説明がつく。




「『えりあひーる』」


「チュ!?」




 ……と、なると……。

 あの【聖女】の行いは、正しく『恐怖を振りまく行為』であるのだろう。


 頭が弾け、ささっと殺され。その後に悪夢を見せられる。

 ……殺されたラットマンたちからすると、今でも浮かべているであろう聖女の慈愛の微笑みが、それこそ底知れぬ恐怖と雁字搦めで紐付けられているのだろうか。




     ◇◇◇




「どうしますかッ! 隊長!!」


「……『ゲート』が壊されては元も子もない。私を含む前線部隊が一度後方へ下がり、後方の部隊をそのまま押し込むように首都内部へと後退させる」


「了解ですッ! 先に伝えて来ますッ!」



「ステーキ、僕らも下がりましょうか」


「よくわかんねーけど、わかったってのよ」




 最大にして唯一の戦闘目標は、首都の『ゲート』を守る事。

 ここでいくら我々前衛部隊や【聖女】がラットマンを押し止めようとも、側面から回り込んだラットマンに好き勝手させていては、全てが水の泡だ。


 ……まだ戦える者で、守るしかない。

 圧倒的物量差を持つ相手に対し、防衛にまわる。そんな悪手を選ばされた。


 ……そしてなおかつ、死んではならない。

 死ねば未だ見ぬ『恐怖』が待っている。立てなくなるほどに、脳へと擦り込まれる。


 死なないように、ゲートを壊されないように。

 二つに注意を払いながら、戦わなくてはならないのか。




「…………くそぅ……」




 思わず口から悪態が漏れ出る。余計な仕様が足に絡まった気分だ。まさかそんなルールがあるとは。せめて事前に知らせてくれれば良い物を。

 ……それこそ、いつもの悪党の位置を知らせてくれるように、特別にでも。




「とりあえずこの場は、【聖女】のチイカさんに任せましょう。気持ちよくヒール無双してますし」


「すげーよなぁ。あんなに殺しても、まだにっこり笑ってるってのよ」


「……ここから表情が見えるんですか? ステーキは相変わらず目がいいですね」


「おう、ばちこり見えるっての。聖女と、その近くにいる白いウサギもな」


「…………ウサギ? 荒野に? 珍しいですね」




 そんなヒレステーキの視線を辿れば、確かに小さく白っぽいナニカが見える。

 あれは――――『白羽根ウサギ』か? 主に首都南の草原に生息しているはずだが、どうして荒野にいるのだろう。何かに追い立てられたか?




「そういえば【聖女】はウサギが好き――――って、あれっ?」


「おお? なんだぁ?」


「……えっ」




「……ぼーぱる! ぼーぱる……ぼーぱる!」




 それは、一瞬だった。

 ウサギが【聖女】のチイカに近寄り、彼女がそちらに顔を向けた、その瞬間。


【聖女】が()()()()()焦った声を出し、その姿にノイズが走る。

 そして、瞬く間に彼女の全体像がぐにゃりと揺れて、ぱしりと電気が収束し――――綺麗さっぱり、消え去って行った。


 ……目減りはした物の、未だ大群と呼べる数がいるラットマン。

 それらと、プレイヤーの陣営から突出した私たち3人との間に、静寂ばかりが漂う。




「……な……っ!? あれは……!」


「あれって……ダイブアウト時のエフェクトですよね? まさか "ダイブアウトした(落ちた)" んですか? この状況で?」


「な、なぜだっ! どうしてこんな局面で……っ!」




「ウ~ン、【聖女】はウサギが嫌いなんじゃねぇのかぁ?」


「んん? ステーキ、何を言うんですか。【聖女】はウサギが大好きで、だからこそウサギ狩りをするプレイヤーを必死で止めると言われているんですよ」


「でもよ、それにしたってあの顔は……なぁ」


「……僕には遠くて見えませんでした。一体どんな顔をしていたって言うんですか?」


「何だかウサギを見て "ぼーぱる" と呟いた途端、この世の終わりみたいな顔をしてたってのよ」


「へぇ」




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