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本気でプレイするダイブ式MMO ~ Dive Game『Re:behind』~  作者: 神立雷
第五章 応えよ、響け、目を覚ませ
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閑話 彼女と聖女の昔の話 中

     ◇◇◇




――――え? ソイツに文句を言わなかったのか、って?

 馬鹿言うなよ。真っ先にやったに決まってるだろ、そんなの。アタシは堪え性がないんだから。



 店を開いて三日目さ。全部に気付いたアタシは、我慢もせずに飛び出した。

 わざわざ戦闘職の護衛を4人も雇って、『花畑に近い街』に向かって、先輩を見つけて詰め寄ったさ。騙したな! ってキレながらね。


 そうして顔を真赤にするアタシに、アイツは半笑いで言ったよ。

『うん、騙したよ。だから何?』

 って。



 頭がカーっとなって、ポーションを投げつけた。『接触防止バリア』にぱりんって弾かれた。

 "決闘デュエルしろ!" なんて言ってみたけど、鼻で笑って立ち去られたよ。もう用済みだとばかりに、すっかり馬鹿な初心者(NOOB)を見る目で見ながらさ。



 ……悔しかった。色んな事が。

 どうしてアタシなんだ、とか。

 どうして誰も教えてくれなかった、とか。

 そもそもどうして、アタシは自分で気づけなかったのか……とか。

 そんなムカつきと後悔と今後の不安で、何だか色々どうでもよくなっちゃって。




 ……露店で手持ちのポーションを売って護衛に金を払うつもりだったから、帰りは一人で首都に戻った。

 途中でモンスターに襲われて、全身滅茶苦茶に食われて殺されたよ。

 ちょこっとだけ残ってた有り金も、"死亡時ペナルティ(デスペナ)" で目減りして。


 そうしてしみじみ思うんだ。このモンスターも先輩も、中身は全く同じなんだって。

 のこのこ歩く弱そうなやつの、背後からしっとり忍び寄って……ばくりと噛みつき、糧にする。


 沢山の錬金術師(アルケミスト)たちだって、一緒なんだ。

 初心者が騙されそうになっている……じゃあ助けてあげなくちゃ、なんてならないんだ。ポーション売りのライバルが減るなら、丁度良いやって笑ってたんだ。


 結局アタシの周りに居るヤツは、表の顔ではにこやかに笑いながら、隙を見つけて食ってやろうとする――そんな外敵ばっかりだったんだ。



     ◇◇◇



 四面楚歌の世界をこそこそ歩き、デスペナで重い体を引きずりながら、客が来ない店に帰る。

 こんなに惨めな事は無いよ。

 拭っても拭っても溢れる涙が鬱陶しくて、感情を入力するダイブシステムにだってムカついて。


 ずっと夢見てたRe:behind(リビハ)の世界は、思っていたより厳しい所だった。

 今ではすっかり『正義の旗』とかP(プレイヤ)K(ー・キラ)K(ー・キラー)が見回るこの世界も、あの頃じゃまだまだ化かし合いの世紀末でさ。

 "騙されるほうが悪い" "全ては自己責任" って言葉が、あっちこっちで当然のように語られてた。


 そんな中で、ぼけっとしてた自分が悪い。

 それはわかってた。

 ……わかっていたけど。


 ずっと待ってた念願の、このRe:behind(リ・ビハインド)を始めたばかりのアタシに残ったのは……お古の錬金道具一式と、才能があると勘違いしてた人並みの才能と、客が来ない店と――――多額の借金だけ。

 何でアタシがこんな目に。アタシが何をしたって言うんだ、って。

 処理しきれない悲しみと、どこにもぶつけようのない怒りで、ぶくぶく溺れそうだった。




 お店の入り口、そこのドア。その曇りガラスから見える外には、相も変わらず邪魔くさい人だかり。


 へらへらにこにこ心底楽しそうにして、沢山のプレイヤーが笑ってる。アタシの気も知らないでさ。


 その中心にはいつも通り、白い女が両手を組んで祈ってた。

 ほんわか優しい笑顔と、目を瞑ったいつもの顔で、何の憂いもないツラをして。




――……ふざけやがって。アタシはこんなに辛いのに、そうして調子よく過ごしやがって。


――……そもそもアンタがそこにいるから、アタシの商売が終わってんだろ。


――……そうやって金が稼げないから借金も返せなくって、どんどん深みにハマって行くんだ。



――……アンタがそこでヒールをするせいで。アンタがアタシの邪魔をするせいで。


――……お前が居るせいで! お前のせいで! この辛さは全部が全部――――……




『お前のせいだっ!!』


『お前がそこでヒールをするから、アタシが迷惑してるんだっ!』


『何が無償の愛だっ! 何が慈愛の精神だよっ! 馬鹿じゃないのかよっ!!』


『偽善者! 偽聖女! 良い子ぶりやがって! ムカつく! ムカつくんだよぉ!!』


『邪魔なんだ! 消えろぉ! 疫病神ぃ! ふざけんなあ!』


『消えろ! 消えろクソ女っ! アタシの店の前から、この世界から消えちまえよっ!!』




 気づけば体は自然と "聖女様" の前に立ってて、口が勝手に動いてた。

 ぼろぼろ泣きながら、首をかしげるチイカに向かって、訳がわかんないままに癇癪を起こして怒鳴ってたんだ。

 もう、色んな事がぐるぐる渦巻いて。何がなんだかわかんなくなっちゃって。


 アタシがこんなに辛いのに、目の前でのんきにへらへら人気者してる "聖女様" を。

 太陽みたいに周りを照らして幸せを振りまいて、その隅っこに日陰を作り出してる事にも気づかない彼女を。

 そんな彼女に集まり寄った、にこにこ笑顔の数えきれないほどのプレイヤーたちを。


 否定せずには居られなかったんだ。


 …………逆恨みだよ。

 そもそも、元々この場所は――――あの詐欺師が店を建てる前から、あの子が指定席にしていた場所なんだからさ。

 後から来たのはこの店で、あの子に文句をつけるのなんて……お門違いもいいとこだよな。


 でも、言わずには居られなかった。

 アタシがこんなに辛いんだから、へらへらニコニコしてないで、ほんの少しでもその辛さを味わえって思ってさ。

 傷つけてやろうって思っちゃったんだ。






 ……だけど、彼女は。

 そんなアタシに向かって、あの子はさ。


 いつも通りの笑顔にもっと沢山の優しさを乗せて、そうっと静かに微笑んで。

 小さな声で『ヒール』って言って、アタシに暖かい光を飛ばすんだ。



 …………惨めで。悔しくて。情けなくって。

 …………そんで最高に、ムカついて。

 チイカの『接触防止バリア』を狂ったみたいにバンバン叩いて、子供みたいに大声で喚きまくった。

 馬鹿にするなって、何様だって、泣きじゃくりながら叫んでた。



 そこからだ。アタシの不安も不満も全部、あの子に向けられる……そんな『逆恨み』の日々が、始まったのは。




     ◇◇◇




 それから毎日、ひたすら嫌がらせした。

 あの子が座るベンチを壊したり、取れにくい塗料を塗ったり、色々とね。


 でもそうすると、あの子の取り巻き連中が対策するんだ。

 ベンチは一々直されて、塗料は綺麗に拭き上げられて。ベンチの足元に臭い泥を撒き散らしてやった時なんて、自分の上着をそこに掛けるヤツまでいてさ。どうしようもなく腹がたったよ。

 どんだけ大事にするんだって。あんな良い子気取りの偽善者を慕う、馬鹿が馬鹿をやってるって。


 そんな感じで毎日色々やったけど、どうしても取り巻きが邪魔をする。

 リビハの中では効果が出ない。だから今度はリアルで追い詰めようと思って、掲示板で悪口を書いたり、何気ない所に細かく悪評をバラ撒いてた。

 変装してパンツを盗撮してネットにアップしたり、あの子のフリして体を売るサイトに登録したり……思いつく事は全部やったよ。

 どうにかして "聖女様" の笑顔を曇らせてやろうって躍起になって、それだけを生きがいに頑張ってたんだ。


 最後の最後はもう、行き着くところまで――――リアルの特定にまで手をつけたけど、なぜだか一切情報がなかったな。

 でもそれで逆に助かったのかもしれない。もし住所がわかっていたら、アタシは今頃『なごみ』行きだっただろうからね。




 だけどあの子は、変わらなかった。

 どれだけアタシが嫌なことをしても、たまにちょっとだけ悲しい顔をするばかりで、根っこはずっとそのままだった。


 それがことさらにアタシの心を荒ぶらせて、頭の中をかき混ぜた。強がるなって余計に怒った。

 何度も噴水広場で顔を合わせては、正面から思いっきり罵倒して――――責任を取れ、リビハを辞めろ! って騒ぎ立てた。

 いよいよ街の外で見つけたら、ここぞとばかりに泥を投げたり失敗作の臭いポーションを投げたりって、直接の嫌がらせもした。


 だけどあの子は、変わらない。

 ずっと同じ雰囲気のまま、アタシに向かってヒールをするんだ。ふわって微笑んでさ。




 アタシはもっとムキになった。もっともっと意固地になった。

 あの子に嫌がらせをするために、必死で月額と借金の返済分を稼ぐ日々で、それしか頭に入ってなかった。


 変装して露店でポーションを売ったり、体を売って稼いだりもしたよ。出来る事は何でもやって、死ぬ気で小銭を稼いでは――――次はどんな嫌がらせをしてやろうかって、あの子をどうやって酷い目に合わせようかって、毎日毎日それだけを考えて、歪んだ充実の日々を過ごしてた。


 一部では有名だったらしいよ。"聖女様に楯突く性悪錬金術師(アルケミスト)がいる" ってさ。

 何も悪いことをしていないのに、ギャンギャンあの子に悪口を言うそんなアタシに……危うく【天災薬師】なんて二つ名がつきそうになってたりもしたよ。

 夢見てた【天才薬師】と一文字違い。ニアミスだけど、大きな違い。そんなのゴメンだったから、掲示板で必死に自演して……二つ名はかき消したけど。



 そんな感じで、ある意味、さ。

 あの子がいなければ……とっくにリビハは辞めてただろうって思うよ。

 アタシの心にあったのは、鬼角牛の黒角みたいに捻じくれきった復讐心だけだったんだから。






 そんな()()()()()()毎日を過ごしていた、あくる日。

 忘れもしない、いつも通りの青空の日。


 あの子の笑顔のように暖かい日和で、あの子の髪色みたいな雲がぷかぷか浮かぶ、あの子の心みたいに平和な首都の空に。


 とうとうアレが――――真っ赤なドラゴンが、飛んできたんだ。




     ◇◇◇




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