閑話 彼女と聖女の昔の話 上
…………いらっしゃいませ!『ドラゴン・バスタード・ポーション屋』へ、ようこ……って、あん?
何だよ、アンタ。『ヴァーチャル・ワールドワイドウェブ』のライターさん?
ふ~ん、そんな有名所の記者さんが、一体何の用で…………え? アタシに話を聞きたい、だって?
……あのさ、ここはポーション屋だぜ? 誰かと話がしたいだけなら、噴水広場にでも行って――――
――――って、ああ。なんだ。チイカの事かよ。だったら早く言えっての。
それなら話すぜ。アタシで良ければ、いくらだって付き合ってやるよ。
ここは『旧ドラゴン・バスター・ポーション屋』。ドラゴン襲来を乗り越えて、その名を『バスタード』に変えたアタシのお店。
そんなアタシが扱ってるのは、ドラゴンもぶっ飛ばす最高のポーションと、ドラゴンをぶっ飛ばした彼女の話。
上質なポーションの提供と合わせて、あの子を悪評を払拭する事が、今のアタシがRe:behindを続ける理由だからね。
……だからさ、ライターさん。
話をする前に、一つだけ。一個だけお願いがあるんだ。
リビハの情報サイトをやってるって事はさ。アタシの話を記事にするんだろ?
……うん。じゃあさ、その時はさ。
あの子を、酷く……悪いようには、書かないで。
出来る限り最高に、優しい記事にしてあげて欲しいんだ。
あの子って、どうしても……勘違いをされがちだから。
どうしようもなく馬鹿なヤツらが誤解して、悪い噂を流してるだろ? 血まみれだとか何とか言ってさ。あの子は何も言わないから、そういう風に思われちゃうんだよ。
……うん。そう。馬鹿なヤツらが、ね。
昔のアタシみたいな、どうしようもない馬鹿なヤツは、勘違いをする物なんだよ。
◇◇◇
アタシがRe:behindを始めてから、もう1年は経つのかな。未だにあの日は覚えてるよ。
元々どうしてもリビハがしたくって、生活費支給のほとんどを貯金して。
そうしてずっと憧れてた矢先の……招待チケット当選。
とっても嬉しかったな。まるでカミサマが、アタシの願いを叶えてくれたみたいでさ。
チケットを手に入れてからは、ダイブの日をずっと待ちながら……Re:behindについて調べまくってたよ。わくわくしながらね。
ダイブしたらまず何しよう? 海も見たいし山にも登ってみたい。本物みたいにリアルな動物にも触ってみたいし、美味しい物だって食べてみたい。ちょっと恥ずかしいけど、ロールプレイしてみようかな? とも考えたりな。
そんな感じで色々やりたい事はあるけど、だけどやっぱり一番は――――お金を稼ぎたいって思った。
自分の力で労働をして、閃きと才を活かした成果を掴むんだ。そうして自分で得たお金で、リビハでもリアルでも贅沢をしたいって……そう思った。
Re:behindって言ったら、今あるVRMMOの中でも飛び抜けたクオリティと公式RMTで有名で、ついでに世界はまだまだ未知に溢れてるとも聞いた。
そんな中で、お金を稼ぐにはどうしたらいいのかなって、一生懸命考えたよ。
楽しくて、稼げて、一番ハッピーになれる物は何かなって。
そしてアタシが選んだのは、錬金術師だった。
ほら、薬とかを作るのって、何だか楽しそうじゃんか? 薬草をすり潰したり、二つの液体を混ぜてみたりさ。
他のVRゲームでは戦う系ばっかりやってたアタシだから、そういう女の子らしいのをずっとやってみたかったんだ。お金もガポガポ稼げそうだしね。
何かと何かをこねこね混ぜて、遊び半分で余計な物も入れてみて――――偶然すごい薬が出来ちゃったりして、大金持ちな有名人になっちゃうかも~って、都合のいい妄想したりもしてたよ。
【天才薬師】、なんて二つ名がついちゃうかも……なんて思ったりしてね。夢にまで見たんだぜ? 笑っちゃうよな。
◇◇◇
そんなこんなでいよいよ迎えた、ダイブイン初日。
事前予習と、他のVRゲームに慣れてるって自信もあったアタシは、ダイブ初日の案内も受けずに行動を始めた。
街の近くの素材を集めて、『錬金』に必要な道具も揃えて。
首都の中に錬金術師が多く集まる共有の製薬施設みたいな所があるっていうのも知っていたから、早速そこに行ってポーション作りを開始した。
何より早く、物を作ってみたかったしな。
そしてアタシは初期装備のまま、乳鉢で薬草をゴリゴリしたり、火を焚いて煮込んだりして、アタシなりのポーションを作った。
出来たアイテムの名称は『清涼のポーション』っていう、ただ頭がスカっとするだけの物だったけど、周りの先輩錬金術師たちは褒めてくれたよ。 "初日でポーションを作れるのは、凄い!" ってね。
そこから色々伝手も出来て――――アタシのリビハは、順調に始まったんだ。
来る日も来る日も素材を集めて、ポーションに変える毎日だった。
先輩たちがご祝儀代わりに、こぞって買い上げてくれるんだ。貯金もガンガン増えて行ったよ。
そんな先輩の中に一人、特別に目をかけてくれてる人がいてね。
いつも少しだけ足りない素材をくれたり、ちょっとしたアドバイスをしてくれたり――――とっても頼もしい人だった。
男だったし、最初はアタシとリアルで関係を持ちたいのかなって勘ぐってたりしたけど……そんな邪な気持ちなんか一切感じられなくてさ。だから、すっかり信じきってたんだ。
アタシのリビハは順調に始まって、順調に進んでたって訳。怖いくらいにね。
◇◇◇
そうして毎日ポーションを作りながら、着実に貯蓄を増やしてた。
順風満帆、世は事も無し。アタシには錬金術師の才能があるって、毎日乳鉢をこねくりまわすのが楽しくて仕方がなかった……そんな中での、一つの日。
その特別目をかけてくれてた先輩が、アタシに相談事を持ちかけてきた。
何でも、近い内に活動拠点を『花畑に近い街』に移そうと思ってるらしくてさ。
『だから、首都にある自分の店が要らなくなるんだ。良かったら買わないか?』
って具合でね。
そりゃあ、いつかは自分のお店が欲しいと思っていたけれど、アタシはまだまだ新米だ。いくらなんでも早すぎるんじゃないかって思ったけど……。
そんな風に迷ってるアタシに向かって先輩が
『リィリなら自分の店で十分にやっていけるよ。正直俺は、キミは誰よりも才能があると思ってる』
とか言う物だから、ついついその気になっちゃったんだ。
その時のアタシの貯金は、日本円を全部ミツに変えて120万ミツ。先輩のお店は知人価格で800万ミツだって言うから、680万ミツをどうにかしないといけなくて。
だけどそんな大金なんて、アタシにはどうすればいいかわからなくて。
そうやってウンウン唸るアタシに、先輩は言ってきたんだ。
『リビハのクレジットを直接入金してくれて、とっても信頼できるお金貸しがいる』
『個人でやってる物だから、よっぽど信用足りうる人じゃないと紹介しない。だけどリィリなら……』
『リィリの腕なら、すぐに軌道に乗る事が出来る。そうすればそんな借金なんて、あっという間に返せるよ』
『俺にはもう必要ないから、店にある鍋や家具はそのままプレゼントするよ。俺からの気持ちだ』
って、甘い言葉ばっかり囁いてね。
――――チャンスだって思った。一気に成り上がるまたとない機会だって。
借金は少し怖いけど、でもアタシには才能があって、それにこんなに都合のいい巡り合わせに恵まれる、絶対的な強運まであって。
そうして乗り気になりつつあったアタシは、先輩の
『リィリが悩んでる間に、他の人に買われちゃうかも』
って言葉を聞き終わる前に、"買う!" って大声で叫んでた。
数字がいっぱい並んだ借用書と一緒に、自分の店を手に入れた。リビハを始めて一ヶ月の事さ。超特急にも程があるよな。
そんな感じで手に入れたのが、首都の噴水広場に面した一等地――――つまりはここ。この店だ。
◇◇◇
有頂天だったよ。人生で一番満たされてた。
成果を褒められて、才能を認められて、その上誰も見たことのない早さで自分の店を持ったんだ。生産系職業の最終目標とも言える、自分の店を、最速でさ。
だから、勘違いした。自分は特別な存在だって思い込んだんだ。
そんな感じで調子に乗りまくったアタシは、錬金術師が集まる場所で、散々自慢をしたりした。
"アタシはここを卒業する" 、"アンタらも早く自分の店を持てよ" 。
"アタシは成功者だ"。"ここでくすぶってるアンタらとは、違う存在だ" ……ってね。
当然、いい顔はされないよな。何をイキがってんだ~って、沢山敵意を向けられた。
それと一緒に、しかめっ面の忠告も受けた。調子に乗りすぎるな、この世界は甘くないぞ、とか、そんな感じの。
……アタシにはそれが、嫉妬に見えた。
成功したアタシに対するやっかみだって考えて、ロクに聞くことをしなかった。
"あばよ敗北者共。アタシはこのまま突っ走るぜ" とか、調子に乗った捨て台詞を吐いてその場を後にした。
…………馬鹿過ぎる、って思ったろ? いいよ隠さなくって。アタシだって今はそう思うんだからさ。
でも、舞い上がっちゃったんだ。信じちゃったんだ。
自分の実力を褒められて、どうしようもなく嬉しくなっちゃったんだよ。
……今思えばさ。おかしい事はいっぱいあったよ。
その先輩がいる時は、他の錬金術師が近寄って来ないとか。
アタシの年齢とか色々を考慮して借りられる、限度いっぱいの金額で丁度お店が買える事とか、アタシにとって都合が良すぎるだとか、色々ね。
だけど、気づけなかった。
Re:behindって新しい世界に夢を見すぎてて、世間を知らなすぎるアタシだったから。
甘言、って言うのかな? それにまんまと乗せられて――――すっかり騙されちまったんだ。
◇◇◇
おかしいな? って思い始めたのは、店を開いてすぐだったよ。
首都で一番に人が多い噴水広場、そこに隣接した立地だってのに……まるで一人の客も来やしないんだ。
高い店舗代を払って少しだけ余った金で、必死に作った『治癒のポーション』。自分で素材を集めて作った『魔力のポーション』。それと、最初に作った『清涼のポーション』が沢山。品揃えは完璧のはず。
だって言うのに、誰も来ない。店の前には沢山の人がいるのに、誰一人として入って来ないんだ。
そんな疑問は、すぐに解けたよ。
店の前の人だかり――――それは【噴水広場の聖女様】に群がる沢山のプレイヤーだったんだ。
そう。そこは "聖女様" の指定席。
朝も夜も関係なく、ずっとそこにいる……彼女のお気に入りのベンチがあったんだ。
……埋もれるよな。こんな小さな店なんて。
店前にそんなとびきりの存在が居たら、こんなポーション屋なんて目に入らない。
そして何より、人だかりが邪魔過ぎて、物理的にお店に入れない。
……それに、必要も無いんだし。
一つウン万もする『治癒のポーション』なんて、普段遣いは誰もしない。
強いていうなら今この時に、自然治癒が待てないって時だけ。
だけどそこには "聖女様" が、チイカがいる。
代金なんて請求せずに、両手を握って柔らかく微笑んで、心の底までぽっくり癒やす、どこまでも良い子ちゃんなヒーラーがいる。
だったらポーションなんて要らないよな。暖かくって優しい光でパパっと治すか、高い金出してこんな液体を飲むかを選ぶなら、誰だって前者のほうが良いに決まってる。
……一等地だなんて、まるきり勘違い。
ポーション屋として、およそ考えうる最悪の立地さ。首都の端っこのほうがずっとマシだよ。こんな場所、100万ミツでも買うヤツは居ない。
――――ああ、そうか。
だから、この店は安かったんだ。
だからアタシに持ちかけたんだ。
だからあんなに急いでて、だからあんなに都合が良かったんだ。
そういう風にするために、先輩はアタシに近寄ったんだ。
先輩とのアレコレを後から思い返してみれば、詐欺師の常套手段みたいなごまかしばっかりなんだよな。
安い餌で信用を釣って。親身な振りして信頼を積み上げて。
Wikiでも見ればすぐわかるような情報を、アタシだけに教えてくれるような顔で言ってきて。
そうしてどんどん持ち上げて、調子に乗らせて……ひっかける。
アイツはずっと、アタシのためだ~なんて顔の裏側で、馬鹿な初心者を手のひらで転がして笑ってたんだよ。
◇◇◇