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本気でプレイするダイブ式MMO ~ Dive Game『Re:behind』~  作者: 神立雷
第五章 応えよ、響け、目を覚ませ
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第十一話 * ふくろのなかにいる *



「…………」




 袋から半分体を出して、首をかしげるようにキョロキョロ動かす、全身真っ白な女性プレイヤー。


 身に纏っているのは荘厳なローブ。所々にある金色の刺繍は、実際に金を糸状にした物。

 頭にあるのは白い百合。プレイヤーの努力と薬剤による品種改良の結果で生まれた、 "ただひとつの百合" という装飾アイテム。


 そのどちらもが、プレイヤーたちから贈られた物だ。

 決死の覚悟で狩られた大物モンスターの毛皮を、幾重にも繰り返し脱色して作られたローブ。そこに鍛冶師(ブラック・スミス)彫金師(ゴールド・スミス)が技術の粋を持ち寄り作った金糸を使い、数えきれないほどの裁縫師ウィーバーが総力を結集して編み込んだもの。


 Re:behind(リビハ)中の園芸師(ボタニスト)錬金術師(アルケミスト)が花と薬剤を持ち寄って研究と生育を重ね、ようやく完成したオリジナルの花。

 現実世界には無数に存在し、この世界ではそれ一つきりの…… "ただひとつの百合" 。


 いつまでも初期装備に身を包んでいた『噴水広場の聖女様』に、少しでも礼をしようと考えたプレイヤーたちによる、献上の品々だ。


 ……ある意味で、私のマントと同じ物。

 リビハプレイヤーたちの技術と善意――――その集大成。


 白いローブと、白い百合。

 それこそが国内外の『Re:behind(リ・ビハインド)』で最も有名なプレイヤーの代名詞。

 今ではすっかり死の象徴の、完成された二つの装備を身につけるのは……【聖女】のチイカである証。




「というわけで、ボクのお仕事はこれでおしまい。前座な道化師(ピエロ)は退散さ」


「…………お……おっと、てれ……ぽーたー……」


「ん? なぁに? チイカちゃん」


「……はい、にんじゃ……?」


「ん~? 何を言っているの?」


「…………もんすたー……はいびせんたー……?」


「まぁいっか。頑張ってね、チイカちゃん。みんなをその手で救うのだっ! なんてね、んふふ」




 目をつむったまま、【殺界】のほうを振り向く【聖女】。

 表情は変わらず、慈愛の笑みを浮かべたままだ。


 しかし、()()()()()()らしい。殺界が顔を歪めて舌を出す。




「うへぇ……こっち見ないでよぉ、くらくらしちゃう」


「…………」


「ひゃぁ~だめだめ、もう限界っ。最近捨てすぎて『くのいちドレス』の予備もないし、さっさとスタコラサッサだぜぃ」




 顔を両手で隠すようにして、その場で軽く二回ほど飛び跳ねた【殺界】が、霞のように姿をかき消す。

 そうした所を見た次の瞬間、背後に気配が生まれ出た。




「んふ、【正義】ちゃん。キミも早く離れなよ。あとは彼女がやってくれるからさ」


「……殺界ぃぃ……ッ!」


「あらら、どうして怒るのさ? ネズミは死んで、リビハはきっと守られるんだよ? 今日のボクは、紛れもない正義やよ」


「それは…………」


「救う形にこだわってばかりじゃ、取り返しのつかない事になるんだぞぉ?」




「そんな事、貴様に言われずとも……っ!」


「って言っても、今まさに()()なんだけどね。もう取り返しがつかないよ」




 そう言って【殺界】が指し示す方角で、【聖女】がじっと何かを見つめていた。

 そこにいるのは1匹のラットマン。聖女に向かって槍を向ける、灰色のネズミだ。




「かわいそうな事だけど、ネズミの不運はもう始まるよ。巻き込まれ事故はゴメンだし、ボクはおいとまさせて貰うねぇ。ばいば~い……どろんっ!」


「あっ……! ま、待て――――」




――――パンッ!




【殺界】がバックステップで姿をくらますとほぼ同時に、何かが弾ける音がする。

 荒野の土肌に、首を失ったラットマンの赤い血が飛び散った。




「チュ!? …………チュチューッ!」


「ヂュゥゥッ!!」




 突然現れた聖女を警戒していた周囲のラットマンたちが、にわかに色めき立って声を挙げる。

 "あれは敵だ、殺すべき存在だ" と認識し、一斉に狙いをつける。




「チュチュゥッ!」


「ヂュヂィーッ!!」




「まーまー」




 荒々しく鳴き声を挙げるラットマンに囲まれた【聖女】の、あどけない声。


 何故、こうまでけたたましい戦場で、これほどはっきり聞き取れるのか。

 その不可解さが、私の心を余計に脅かす。




「――くそっ! 退避だ2人ともッ! 下がるぞッ!!」


「オオ? あれは……【聖女】か? なんだってこんな所にいんのよ。つーかここ、どこだよ」


「ステーキ!? 知性を取り戻したんですか!? 早く逃げましょう!!」




「ちゃんと」




 詠唱は2段階目だ。

 しかし、すでに効果は出始めている。


 頭がフラつき、視界が歪む。体の細かい傷はすっかり治って。

 足元に生えていたささやかな枯れ草が、緑色を取り戻し――――そして再び枯れ果てて、はらはらと風に流れて行く。




「ぷれい」


「チュ……っ!?」


「ヂ…………」




 3段目。全速力で首都方向へと走る。

 背後でラットマンのうめき声がする。終わり行く命の、きしむ音。




「いんぼーく」


「チュ……チュゥッ!!」




 詠唱完了。ギリギリ安全圏へと辿り着き、振り返って【聖女】を見やる。


――――黒い雨が、彼女に襲いかかっていた。


 いずれかのラットマンにより、彼女に向けて集中砲火の指示が出たのだろう。

 無数の矢が、互いにぶつかりあって折れるほどに密集して乱れ射られ……【聖女】に向かって降り注ぐ。




「…………」




 そして、着弾。

 相変わらず座ったままの【聖女】。その頭や体の隅々まで余す所なく、大量の矢がしっかり射抜く。

 彼女が座り込んでいた岩は矢を弾き、その周囲の地面には深々と突き刺さる。

 天然の処刑台の上で、白い少女が穴だらけになった。


 流れ出る血がローブを汚す。

 真っ赤な液体が体中のいたる所から流れ落ち、水に垂らした絵の具のように丸く広がり岩を濡らして。

 頭の出血で重さを増した百合の花びらが、白から赤にその色を変えて、また血が滴るように地に落ちる。



 普通であるなら、これで終わりだ。

 明らかに致命傷で、死に戻りは間もなく……と言った所だろう。



 だが。




「…………」




 だが、不変。

 何事もなかったかのように、変わらぬ微笑みを浮かべる【聖女】は。


 薄目を開けて、最後の言葉を口にする。






「『えりあ ひーる』」




――――パパパンッ!


 乾いた荒野の地の上に、真っ赤な花が咲き乱れる。

 まるでグラスに注がれたワインを零したように、聖女近くから順序よく広がって。


 白い彼女を中心として、辺り全てが血に染まる。

 半径およそ15メートル。一発必中、不可視で不可避の終撃ラスト・アタック



 周囲のラットマンたちは――――弾けて死んだ。


 咲いたばかりの白い百合。その花びらが舞い散った。

 地面に落ち、血を吸って。じわりと赤に変わっていった。




     ◇◇◇




 それは、【聖女】に近い一部のラットマンたちにとっての終わりで。

 それ以外の全てのラットマンにとって、始まりだった。




「…………わーらっと……わーらっと……」


「チ、チチィッ!」




 白い少女が何事かを言いながら立ち上がり、ゆったりとした動きで歩み出す。

 体に刺さった矢が、花びらと一緒にぽろぽろと抜け落ちる。




「『チュァァ』ッ!!」




 1匹の魔法師(スペルキャスター)が、【聖女】に向かって火球を飛ばす。

 まるで避ける素振りすら見せず、思い切りぶつかり――――燃え上がった。




「チュチュゥ! …………チュ!?」




 戦果に喜ぶラットマンだったが、自身の魔法(スペル)によって起こった顛末を再度確認し、目を剥く。


 燃え上がりながら歩く少女。燃える前と同じスピードで移動を続ける少女。

 燃えている事以外、何も変わりのない少女。


 白銀の髪は端から燃え、チリとなって風に運ばれ……しかし、決して尽きる事はない。

 皮膚の焼けるにおいはするが、しかし全く動じずに、そのままのペースで歩み続ける。

 ローブに火は回らず、代わりにその内側へと炎が走る。白い布地の下で火炎が揺れる。

 百合は燃えている。花弁が燃えさしとなり、黒い炭に変わって、はらはらと舞い散る。

 そうして再び花が咲く。焼かれて芽吹き輪廻する。焼き枯れ続けて、再び咲き続ける。



 炎から身を護る防御のスペルではない。そのような特殊耐性を持つユニーク装備な訳でもない。スペルが不発した訳でもない。

 効果は出ている。きちんと燃えているし、焼け落ちて行っている。


 だからこそ、ラットマンには意味がわからないのだろう。

 ちゃんと燃えているはずだ。しっかり焼いているはずだ。

 だというのに、何故。


 何故焼け焦げぬ。何故燃え尽きぬ。何故その歩みが止まらぬのだ……と。




「チュゥ!? チ、チュ!!」


「ヂュ! 『ヂュィヂュ』!!」




 火球を出したラットマンが困惑する場のすぐ近くから、今度は氷のツブテが撃ち出される。

 散弾銃から吐き出される鉛玉のように、鋭い速さで標的へと向かい……炎上しながら歩き続ける【聖女】の腹部に抉りこむ。



「ヂュ!!」



 そのラットマンが杖を振るう。次の効果を発揮するために。

【聖女】の腹部にしっかりヒットし、めりこむ氷。それが彼女の体に突き刺さったまま――――事細かく破裂した。


 強い冷気が散乱し、辺り一帯を氷の世界に変えていく。

【聖女】の全身を氷で包み、その歩みを止めさせた。




「ヂュヂュウ~ッ!」


「チュー!」




 今度こそ明確に行動不能だ。それを見た魔法師(スペルキャスター)ラットマンたちが、杖を掲げて自身を讃える。


 しかし。

 そんな彼らの喜びは、長く続きはしなかった。




「……ヂュ?」




 みし……と軋む音。ぱき……と割れる音。

 彼らの三角耳にも届いたであろう立て続けの異音は、氷漬けの白い少女から鳴り。

 徐々に、徐々に大きさを増し、状況を変えて行く。




「チュゥ……!?」




 そして、開放。砕けた氷が光を反射し、きらきらと彼女を彩った。

 氷に囚われた【聖女】は、さしたる苦労もなくそこから抜け出し、再び同じペースで歩み始める。




「ヂュヂュ!? ヂュゥゥ!?」


「チュゥ!」




 幾重にも重ねてぶつけられた、普通であれば死んでいるはずの攻撃。しかし彼女は止まらない。

 矢で貫かれ、炎で燃やされ、氷で固められた。しかし彼女は変わっていない。


 炎と氷を出した2匹のラットマンたちは、そんな疑問がいよいよ恐怖に変化しつつあるようで。

 困惑の声に怯えを乗せて、何事かの言葉を交わす。




「ヂュ!? ヂュヂヂ!?」


「チュチュウ!」




――――それを見つめる、慈愛の視線。

 深まる微笑み。組まれる両手。


 小さく呟かれる、なにかの言葉。




「ヂュウ! ヂュヂュ――――」


「チューゥ!? チュ――――」




 ぱぱんっ! という2度の破裂音。


 互いに顔を向け合い、作戦をたてていた2匹の魔法師(スペルキャスター)ラットマンたちは。

 全く同時のタイミングで、そのネズミ頭を無残に弾けさせた。




【聖女】がキョロキョロと首を傾げている。

 慈愛の微笑みを絶やさぬまま、最初と何も変わらぬままで、ゆっくり足を踏み出した。



「まーまー」



 生と死を司る徒花が、無数のラットマンへと歩み行く。

 彼らに訪れた終わりの時間は、まだ始まったばかり。





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