第七、五話 焼き肉食ってる場合じゃねぇ
□■□ 宮城県仙台市 生宮城牛焼き肉専門店『伊達男の高楊枝』 □■□
――――わいわいがやがやとした喧騒の中、じっと焼き網を見つめるマグリョウさん。
その視線の先には、極厚のカルビ肉がじゅうじゅうと音をたてている。
「……そんなに真剣に身構えなくても、誰も盗ったりしませんよ。みんな食べ放題なんですし」
「お、おお。そうか。俺はこういう機会が初めてだから、どうにも勝手がわからないぜ」
「限られた予算の焼き肉とかだったら、取り合いになることもままあるかもしれませんけどね」
「ふ、ふぅん……なるほど…………」
「……やってみたいんすか? 取り合い」
「えっ!? い、いや……まぁ…………」
自他ともに認めるぼっちなマグリョウさん。
そんな彼が、一体どんな義務教育期間を過ごし、どういう生活をしてきたのかは俺にはわからないけど。
きっとマグリョウさんはマグリョウさんなりに、そういう何かへの憧れみたいな物があったのかもしれないな。
……こうして友達同士で焼き肉をして、『俺の肉だぞ!』なんて事をするのは……ありがちと言えばありがちな物だし。
そういういかにも男友達の食事会って感じの奴を、やってみたいのかもしれない。
「まぁ、やりませんけどね」
「お、おう……そっか……。いや、そうだよな。食べ放題だもんな」
「そういうのは、また今度にしましょうよ。これっきりって訳でもないんだし」
「…………え? ……あ…………そっ、そうだな! ああ! 確かにそうだっ!!」
「今日は折角の生肉食べ放題なんですし、互いに好きな物を好きなだけ食べましょうよ。ちゃんと元取らないと」
「ああ! そうしよう! それがいいぜ! 俺ちょっと、もう一回取ってくるっ!」
「あっ――――まだ肉いっぱいあるのに」
そうして張り切って駆けていくマグリョウさんの背中を見つめながら、網の上ですっかり焼けた極厚カルビを皿に取り、辛口のタレをつけてかぶりついた。
――――旨い。
程よく歯を押し戻す弾力に、その咀嚼に呼応するように際限なく溢れ出る肉汁。それが舌全体に纏わりつけば、香りと味とが本物ならではの力強い旨味を主張する。
場末の牛丼チェーン店とはまるで違う、本能で感じるリアルな肉の味わいだ。
この迸る肉感と旨味の強さは、どことなくRe:behindで食べた『鬼角牛のステーキ』を思い起こさせる。
あちらのほうが野性味を強く感じたけれど、純粋な味に関してはこちらのほうが上な気がするな。どこまでも人類の舌を喜ばせるために作られた、エリート食肉って具合で。
それとも、アレかな。海で自分で獲った牡蠣やホタテはたまらないほど美味しく感じたし、鬼角牛も自分で狩って焼いたなら……また違った味わいになるのかな。
燃えるライオンも倒せた事だし、今度は鬼角牛を狙ってみてもいいかもしれない。
金儲けだけでなく、ただ美味しい物を食べるためだけに狩りをするってのが出来るというのも、これまた一つのRe:behindの正しい遊び方だ。
「――――よぉし、取ってきたぜ……あれ?」
「ん? どうしました?」
「いや、あれ? ここで焼いてた俺の極厚カルビは、どこに行ったんだ……? あれ?」
「…………」
ヤバい。めっちゃ普通に食べてしまった。誰も取らないとか言った側から、うっかり美味しく頂いてしまったぞ。
確かにあれはマグリョウさんが焼いてたやつだった。間違って食べちゃった。
……誤魔化そう。
「……焼き肉は、戦争なんすよ。隙を見せるほうが悪いんです」
「えっ……で、でもさっきはお前…………」
「油断しましたね、マグリョウ先輩。これが策ってもんですよ」
「えっ…………いや…………えぇ…………?」
本当は間違えちゃっただけだけど、そういう事にしておこう。
気ままな友達同士の食事なら、こういう事もままあるんだし。
「……なるほどな。業火の上で肉が舞い踊るこの場所は、あたかも朗らかな宴席のように見えながら――――その実、陰謀・謀略が渦巻く伏魔殿と言う訳か。人間ってのは奥深く、それでいて欲深い物だと知るぜ」
「…………」
なんか、マグリョウさんの変な中二病スイッチが入ってしまった感じだ。
…………まぁ、どことなく楽しそうだし、このままでいいか。
◇◇◇
◇◇◇
「ふぅ、食ったな」
「制限時間、あと45分もありますよ。勢い付け過ぎましたね」
「そんな食うほうじゃねぇしなぁ」
別に元手はかかっていないのに、二人で "元を取る!" なんて言ってはしゃいだ結果、時間を半分以上余らせての満腹となってしまった。食べ放題にありがちな失敗だ。
こんな事なら、もっとじっくり味わって食べればよかったな。
「マグリョウさんが俺の肉ばっかり狙うからいけないんすよ」
「隙を見せるほうが悪いんだぜ。俺は隙を逃さねぇ。ダンジョンの虫共だって、背中を見せたらナイフで外殻を切り裂き、腕を突っ込んで臓腑を引きずり出してやるんだ」
「ちょ……食事中にキモい事言わないで下さいよ」
「臓腑と言えば、この白モツってのは美味いな。一休みしたら、最後のシメに取ってくるか」
「よくそんな話の流れで食欲沸かせられますね……」
「最後のシメで思い出した。先日ダンジョンで変な物を見つけた話はしたっけか? 変な模様の大きな魔宝石でな。触ると動けなくなって真っ暗な所に閉じ込められたような映像が見えるっていう、よくわからん謎のアイテムだ」
「へぇ、何でしょうね。それはどうしたんすか?」
「とりあえず触れないように布でくるんで、カニャニャックにくれてやったよ。ダンジョンアイテムってのはどうにも意味がわからん物が多くていけねぇ。この前カニャニャックがいじってたモノなんてな――――…………」
膨らんだお腹をさすりながら、楽しいピクニックの思い出を語るような顔のマグリョウさん。
この人は本当、隙あらばリビハの話をし始めるな。
心酔しているとも言えるほどに、リビハの全てが大好きなんだろう。
ここまで情熱的になっているプレイヤーが居てくれるってのは、リビハの開発者も嬉しい事なんじゃないだろうか。
◇◇◇
「いやぁ、やっぱり俺はもう無理っす。もう十分堪能しましたよ」
「……ん~……うん…………う~ん?」
「どうしました? 個人携帯端末とにらめっこして」
「いや……何か、リビハのスレが異常に早くてな」
「早い?」
「キノサクとの待ち合わせ場所でチラッと見た時から、まだ1時間ちょっとしか経ってないのに、スレ番号がすげえ飛んでるんだよ」
「へ~、何かあったんすかね~」
結局残り時間はだらだら過ごし、間もなく制限時間が切れるという頃。
コーヒーを飲んでゆっくりしている俺の目の前で、難しい顔をしたマグリョウさんが疑問を口にする。
その内容はきっと2525ちゃんねるの事なんだろうけど……俺はあそこはあんまり見ないし、よくわからないな。
「……んだこりゃ?『急募! ラットマン情報スレ』?『首都防衛戦 本スレ』? 何の話だ?」
「……ラットマン? なんすかそれ」
「…………どうやら、今まさに発見されたばかりの新しい『外来種』らしい。ネズミ面の亜人だとよ」
「リザードマンに続いて、またっすか? せわしない事ですね」
リザードマンに続く新・外来種、今度はネズミ人間なのか。
ネズミ……ネズミねぇ…………。
う~ん。何だかあんまりパッとしないな。
トカゲと比べるとなんとなく可愛らしい感じがするし、どことなく弱そうな気もしてしまう。
鳴き声だってトカゲの忌々しい声とは違って、チューチューって感じの愛嬌あるモノなんだろうしさ。女子に人気が出そうな感じだ。
「最近のリビハは色々ありますね~……ああ、このコーヒー美味しいなぁ。豆も本物の奴なのかなぁ」
「……いや待て。何だかすげえ感じになってるぞ…………2525がお祭り状態だ」
「なんすか急に~……言ってもたかがネズミでしょ? それよりマグリョウさん、コーヒー飲まないんすか? 中々良い奴ですよこれ」
どことなくフルーティな香りに、程よい酸味とコクのある味わい。
これは中々良い豆だ。多分。
少なくとも、缶コーヒーよりは美味しい気がする。ちゃんとしたコーヒーって感じで。
「"ラットマンが大群を成し、Re:behindの首都へと向かっている。プレイヤー側も対抗しうるべく、出来る限りの人数を揃えて挑む構え"」
「へぇ。何かのイベントですかね?」
「"ラットマン側の総数300に対し、プレイヤー側は100に満たない程度しかいない。援軍求ム"」
「ずいぶんな数っすね~…………いやぁ、本当にいい香りだ。俺って結構、コーヒーにうるさいタイプなんすよ」
何となく得意気に言ってしまったが、うるさいと言ってもそれは缶コーヒーのメーカーの話だ。
やれあそこは甘すぎるだの、こっちは香りが薄いだの、安物の中でのワガママを言うだけの事。
しかし、今ここにあっての俺は、違いがわかるコーヒー通な気分だぞ。
ここはそこそこに高級な焼肉専門店だし、それならこれはきっと上質な豆な訳で。
そんな良品をきちんと楽しめる自分の舌に、少しばかり自信を持ってしまう。
良い肉をお腹いっぱい食べて、食後に良いコーヒーを飲む。
何だかとっても上流気分だぜ。セレブって言うんだったかな。
「"狙われているのは首都の『ゲート』。万が一それを破壊された場合、初期組からの情報によれば――――…………はぁ!?」
「ちょ、大きい声出さないでくださいよ。高級なお店ですし、俺たちもそれなりの振る舞いをしないと……周りのお金持ちなお客さんたちが見てますよ」
「ダ、ダイブインが不可能となり……Re:behindが出来なくなるとの事"」
「……えっ?」
なに? マグリョウさんは、何て言った?
ダイブイン不可って、どういう意味だ?
「ど、ど、どういう事っすか?」
「わからねぇ……何だこれ? 釣りか?」
「さ、流石にそんなのは無いでしょう! いきなり過ぎますって!」
「そうだよな……流石にこんな…………いやでも、スレの進みが早過ぎて…………」
こくり、と唾を飲み込む。
口内に残ったコーヒーの苦味は、まるで上等に感じられない。
「スレッド一覧もすげえ。『首都防衛戦臨時スレ』『お前ら今すぐダイブしろ』『クソ運営死ね』『運営に問い合わせるスレ』『なごみに通報しまくるスレ』『僕のゲートも閉鎖されそうです』…………阿鼻叫喚だ」
「お、大騒ぎじゃないっすか! って事は…………」
「この燃えっぷり、洒落じゃなさそうだぞ」
「な、なんで!? どうしよう! ど、どうします!?」
「『……申し訳ございマセン、お客様方。あまり騒がれますと、他のお客様方のご迷惑となりマスノデ……』」
「……落ち着けキノサク。とにかくダイブだ。外じゃ何もわかりやしねぇ。急ぐぞ!」
「わ、わかりました!!」
一体何がどうなってるんだ。
新種族、首都防衛、Re:behindの終わり?
全部が全部寝耳に水で、まるで理解が追いつかない。
……何にせよ今は、焼き肉食べてる場合じゃなさそうだ。
「マ、マグリョウさん! 会計は!?」
「先払いだっ! 済ませてる! 行くぞっ!!」
「『ご利用、ありがとうございマシタ』」