第七話 RvR
□■□ 首都 西側入り口付近 □■□
「見えたぞぉ!!」
この私、【金王】アレクサンドロス率いる魔法師部隊。
それより少しだけ前に居る、前衛共が声を張り上げる。
荒野の向こう、砂丘のように盛り上がった場所の向こうから、いよいよ黒い豆粒のように見えてきた、人ならざる侵略者……ラットマン。
距離があるからか、一歩一歩にじりよるように見えるそれらは、徐々に大きく膨らんで行く。
「……多くね?」
「お、思ってたより……ヤバいかも……」
「本当に300匹いるのかよ。てっきり大げさに言ってたのかと……」
先頭のラットマン、そして続々と姿をあらわにするその軍勢の波はいつまで経っても終わりが見えない。
いつまでも続く敵の出現に動揺したプレイヤーたちが、ざわざわと声を漏らす。
確かにこれは、【正義】が言う通り……未曾有の大イベントだ。
この世界において、これほどまでの大群が列挙するなど、この【金王】ですら見た事が無いのだから。
◇◇◇
「…………」
遠くに整然と戦列を成し、足並みを揃えたラットマン。それに対峙する我々プレイヤーとの間に、びゅうと一陣の風が吹く。
宣戦布告は無い。言葉は通じぬ事を、奴らもきっと知っているのだろう。
それに、そんな物が今更あった所で……と言う物だ。
高らかに旗を掲げ、堂々と戦意を示すあの姿を見やれば、それ以上の余計な問答など不要だろう。
「……前列のラットマン共は、何だかずいぶんトゲトゲした可愛いやつに騎乗しているな。あれは一体?」
「隊長、あれは恐らくヤマアラシです。あのトゲは毒針などではない純粋な尖った体毛ですが、それなりに強度があるかと思われます。と言っても、リアルでの話ですけど」
「ふむ……」
遠くを見据えるクリムゾンがそんな疑問を口にし、その隣の『正義の旗』隊員が答える。
ラットマンがリザードマンと似て、我らのような "職業" 、そして技能の概念を持つのなら……クリムゾンのスキルによる召喚生物のような物があっても、おかしくは無い。
そんなネズミの騎兵たちが、30ほど。
ランスや剣を構え、最前列でこちらに顔を向けている。
……先陣は、あれらか。
「……ラットマンが騒ぎ始めましたよ。来そうですね」
「ああ…………諸君! 親愛なるリビハプレイヤー諸君ッ! 『Re:behind首都防衛戦』、いよいよ開戦だ!!」
「よっしゃぁ!!」「かかってこいオラァ!!」
「皆で全てを出し切ろう! 要らない人など一人もいない! 皆の力でRe:behindの首都を守るのだ! この日を後で笑って話せるよう、今日と言う日を全力で良い日にしよう!!」
「やってやるぜぇ!!」「頑張るぞぉ!」
「――――!! ラットマン、行動開始!! 向かってきます!!」
「狩人共、射撃の構えを取れ! 弾幕用意ッ!!」
「さぁ! 今ここにいる我らこそ、世界を救う英雄だっ! 隣で肩を並べる皆こそ、正義を行うヒーローたちだっ!! 我ら義を持ち正しくあらんっ!! いざ、勇ましく!! 喉鳴らせ、声を挙げよ!!」
「オオッ!!」「おー!」「ヤァーッ!!」
「首都防衛軍、戦闘開始ッ!! 正義の名の下、我に続けーッ!!」
「ジヒィィンッ!」
クリムゾンが声を張り上げ、それに呼応するように赤毛の馬が大きくいなないた。
全ての敵を踏み潰す意思で前足を上げ、それを下ろす勢いのままに思い切りよく駆け出す。
総大将が一番槍。最も危険な所へ、誰より早く身を晒すそれは、追従する者共に強い戦意を呼び覚ます。
「行くぞぉ! 隊長の赤い旗に続けッ!!」
「走れ! 走れぇっ!! 出遅れるなよぉっ!!」
「突撃ーッ!!」「ダァーッ!!」
泣いても笑っても、これっきり。
決戦の始まりだ。
◇◇◇
「魔法師部隊、前進! ネズミ共をスペル範囲内に入り込ませろ!!」
「いいかぁ!? くれぐれも味方には当てんなよぉ!! リビハのカミサマと、ウチの隊長に叱られるからなぁ!?」
「魔法詠唱! 魔法詠唱!! 破壊の支度をしろッ!!」
いつの間にか集結していたトップクラン『正義の旗』の面々、その内幾人かが檄を飛ばす。
その指示は、作戦通りの内容だ。
彼我の戦力差は、100対300。
ダイブアウトしていた者や首都の外に出ていた者、『花畑に近い街』にいた者などが続々と集結してきたはいるものの、現状では踏み潰されるほどに数の差がある。
その中で、唯一潤沢な戦力があるのが――――クリムゾン率いる前衛部隊。
ならばまずは、その前衛隊でラットマンの進軍を受け止め、我ら後衛部隊で出来る限りラットマンを消耗させる。
そうして耐えている内に、2525ちゃんねるによる外部への呼びかけや援軍要請を受けた者共が集うのを待つ。
幸いこちらはリスポーン地点である『ゲート』が近いのだ。
デスペナルティのステータス減少などはあるものの、ネズミ共よりは戦線復帰までの時間は確実に短いはず。
ひとまずの、耐え忍ぶ時。
――――だが。
「【金王】さんッ! 頼むぞッ!!」
「わかっている…………有象無象がどれほど数を揃えた所で、余の金碧輝煌なる魔の法の前では何の事もない。魔法師たちよッ!! 余に連なり、杖を構えよッ!!」
「はいっ!」「今更偉そうだとかは言わないぜ!」「わ、わかりましたぁ!」
「貴様らも聞け! 一般プレイヤー共! 余のスペルは加減を知らぬ! 黄金の煌めきに目をくらませて、おめおめ巻き込まれるではないぞッ!! …………"我は持つ。是が非もにべもを言い成らす、絢爛豪華な輝きを――――……」
私の面制圧のスペルの前では、1でも10でも……300だろうと同じ事。
見える所のその全てを散らすスペルがあれば、何もかもを消し飛ばす事が出来る。
ラットマンの大軍勢も、耐えるための作戦も。
何もかもを弾け飛ばして、今この瞬間で雌雄を決してやろうじゃないか。
「魔法師部隊、斉射ーッ!!」
「魔法『ファイア・レイン』ッ!」「『風をなぞる雷撃』ッ!」
「『プチ・メテオ』ッ!」「『岩弾』」「『こおるつぶて』」「『竜へと届け、我が風刃』ッ」
「――――……ここに余が在った事、存分に嘆き、弾けよ『黄金時代』」
空全体を掴むように右手を握り込めば、無数の金色が地に向かって落下する。
狙いはラットマンの遠隔攻撃や魔法師の火力部隊。それらが全て消え去れば、勝ちはすぐそこという物だ。
これで終わる。否、終われ。
この私も私なりに、Re:behindを大事に思っているのだ。
ならば、このまま……終わってしまえ。ラットマン。
「……うはっ! すんげえ魔法っ!」
「こりゃあ決まりじゃないかぁ? 流石だ、【金王】っ!!」
「案外あっけなかったね」
「旦那様、お見事でございますわ。さぁ、魔力のポーションをどうぞ」
「……ふん。余にかかればラットマンの何匹だろうと――――……む?」
その輝きを弾けさせ、今にも地表を這いずるラットマン共を吹き飛ばそうとしていた私の『黄金時代』。
それら一つ一つが、不自然な位置で炸裂を始める。
…………まだのはずだ。あそこは地面ではなく、弾けるべき位置ではない。
キンキンジャラジャラと黄金の残滓を撒き散らすあの場所は、標高およそ10メートル……何も存在しない中空のはず。
「――――……!? 敵後衛部隊の一団が、特大の魔宝石の周りで何かを詠唱し続けていますっ!!」
「うっすら光の壁が見える……バリアのような何かが、空に張られているぞ!」
「あれは……女司教の『光壁』!? でも、あんな大規模なもの…………!」
"女司教" 。得意系統は浄化と守護。あれは、その職業の防御のスペル。
しかし、あれほどの広範囲を――――我が『黄金時代』の全てを防ぐバリアなど、私は未だかつて見たことがない。
「……何だ、あれは」
「…………共有」
「……【天球】? 貴様は何か知っているのか?」
「触媒、共有。複合……乗算」
「…………?」
その "女司教" の熟達したプレイヤー、【天球】スピカが何事かを呟く。
……どういう意味だ? ぶつぎりの単語では訳がわからん。
こういう切羽詰まった時くらい、面倒なロールプレイはやめてくれよ。
……いや、私も他人の事は言えないんだが。
「なるほどなるほど! 流石スピカちゃんデュフゥッ!!」
「……何だ、豚。貴様は何事かを理解しているのか?」
「ぶ、豚!? 酷いデュフゥ~!!」
「な、なんですの? この醜い生き物は。オークか何かですの?」
「失礼な事を言う女デュフ! 僕は歴とした、人間デュフ!! 将来スピカちゃんの乗り物になるのが夢な、普通の男なんデュフゥ!!」
「……良いから説明をしろ。この女の言う事は、余には理解が及ばん」
「仕方ないデュフねぇ」
見た目、喋り方、そして将来の夢。
どれ一つとっても普通ではない不気味な男が、したり顔をして話し出す。
このような機会でなければ、確実に関わりのない生き物だろう。この件も含めて、すべからく未曾有と言うべきか。
「大天使スピカちゃんの予想では、ラットマンの "女司教" 集団は、あそこに見える特大の魔宝石という一つの触媒を共有して『光壁』を発現させたんデュフ。一匹の詠唱を手伝う形として、大勢で一つのスペルを編んだんデュフね。それらの願い――――魔力は合わさり、乗算のように膨れ上がったんデュフ」
「……そのような事が、可能なのか?」
「…………常識」
「合体魔法と呼ばれる、ある程度の魔法師パーティなら皆がやる事デュフよ? 現世に舞い降りしアフロディーテ・スピカちゃんが言う通り、常識デュフ。逆に金王さんがどうしてそれを知らないのか教えて欲しい件について!」
……知らなかった。そのような事が可能とは。
そのような工夫をする必要などなかったから、調べる事もしなかった。
つまりは、アレか。
私が一人で行っている『一つのスペルに全てを込める』という行いを、数の力で強行する……と言った所か。
力ない者の懸命な知恵。
生き残るための一工夫。
手に持った力の最利用。
……どこぞの生意気な好敵手のようだ。
私の前に立ちはだかる者は、いつだってそうして小賢しい。
「……疑問」
「どうしたんデュフ? スピカちゃん」
「……既知?」
「むむっ?」
そう言いながら私を指差すスピカ。
それは私にも意味がわかるぞ。
『【金王】のスペルを知っていなければ、あのような的確な集団スペルは用意出来ないのでは?』と言う事だろう。
「……それも確かに腑に落ちん。何故にやつばらは、余のスペルに即時対応出来たのだ」
「旦那様の御威光が、薄汚い野ネズミ共の巣にも届いていたのでは?」
「……ふむ」
「私の個人的な意見を言わせて貰えば、先日のリザードマン戦がキッカケなのではないかと考えるよ」
「…………貴様は……」
唐突に背後から首を突っ込んできた声に振り向けば、そこに立っているのは……見知った顔だ。
黄緑色の長い髪に、毛先が薄紫になっている垂れ目の女。
纏っている白いロングコートは、緑や赤で毒毒しい汚れをそのままに。
【ドクターママ】カニャニャック・コニャニャック。
【死灰】と懇意な熟練錬金術師であり、おかしなアイテムばかりを好む変わったプレイヤー。
「【金王】アレクサンドロスくん。先日キミはリザードマンとの戦いにおいて、その力を発揮しただろう?」
「……アレを、ネズミに見られていたとでも?」
「というか、それをリザードマンが録画して……どこかにアップしたんじゃないかな? Metubeとかさ」
「……何を言ってるんですの? モンスターがMetube? 全然意味がわかりませんわ」
馬鹿な事を言う。何故モンスターであるリザードマンが、動画投稿サイトを利用するのか。
あれらの中身が "生きるAI" だとでも言うつもりか、コイツは。
……流石ダイブ依存の【死灰】と親しいだけある。現実と虚構の違いがあやふやになっているようだ。
どこぞで見たぞ。【死灰】は現実でも、時折ナイフを抜くような動作をし、下手をするとスキルを発動したりしようとすると。そのようなまでにイカれたリビハ中毒者であると。
「私も私なりにね、色々調べていたのさ。リザードマンの生態にその立ち振舞、扱う異能やそれぞれの個性なんかをね。気になった事は調べ尽くすタイプなんだ」
「…………」
「今までに無い、それぞれが個性的過ぎる違いを持つモンスター。異様にプレイヤーを敵視する性質。明らかに感情を見せ、独自の言語やルールを持つような人間性と社会性。おかしさの結晶のような存在だ。調べ進めて行く過程は、とても有意義な物だったよ」
「旦那様? この方は、少し頭がアレだと囁かれておりますわ。付き合うのも程々にして、今は戦闘へ集中すべきかと」
「…………」
「いたる所に気まぐれに出没するリザードマン。その行動、目的、手段……それらを見て、私は一つの疑念を持った。その後に調べれば調べるほど、その疑念は強く大きくなっていった」
「……旦那様?」
「まぁ待て、シメミユ」
「……そうして遂に、疑念から確信に至る出来事があった。先日サクリファクトくんとキミたちがやりあった、カラフルな鱗の4匹組。それらから明確な解を得られたのさ」
カニャニャックがそう話すのは、忘れもしないあの時の事だろう。
シメミユをいたぶり、こちらを小馬鹿にし、サクリファクトにまんまとやられたあの4匹の話だ。
あそこで何か特別な事はあっただろうか? 得た気づきとは何の話だ。この女はあの場に居なかったはずだが、動画でも見たというのか。
「……私のお気に入りのウェブサイトの一つ、とある『ダイブ式VRゲーム総合情報サイト』にね、定期的に組まれる特集があるんだ。『Re:behindの有名プレイヤー』を紹介する、そんな特集。以前は日本国のプレイヤーばかりだったけど、最近はネタ切れみたいで……中国や独国の有名プレイヤーも紹介しているんだ」
「……だから、何だと言うのだ」
「最新の記事は、独国のものだったよ。独国のリビハでは知らない人がいないほどに有名な、特徴的な4人組のね。クラン名は『Die letzte Fantasie』だったかな?」
「…………?」
「その4人の誰もがとても個性的で、リビハの広さにしみじみとしたよ。
前衛を務めるのは "闇を操る黒騎士" 。
火力は "拳で戦う格闘家" と、"翼竜に乗って空から奇襲をしかける槍使い" 。
そしてそれらの回復を一手に担うのが、"水晶玉を持つ女性ヒーラー" 。
どうだい? 似ているものが他に無いほど、独創的な集団だとは思わないかい? 【金王】アレクサンドロスくん」
「――――おい……貴様……まさか」
「ど、どういう事ですの? それではまるで、あの憎きリザードマンたちの、写し鏡……」
「デュフ?」
「……冗談」
「リザードマンは、海外プレイヤーだ。だからきっと、ラットマンも海外プレイヤーだよ」
「…………そうか」
「ええっ!? ア、アレが、プレイヤーですの!?」
…………異論は無い。
余りにも、納得し安すぎる。
確かにどこかに居るはずなのに、誰も海外プレイヤーに会った事がないという謎。
世界的に認められた通貨である日本円と、同じような価値を持ちうるゲーム内マネー。
感情・知能・社会性……果ては職業やスキルに、ストレージの利用までをもする『外来種』という存在。
それら全ての疑問の欠片は、カニャニャックの仮説で納得が行かされてしまう。
何故プレイヤーを襲うのか、日本だけは例外なのか、種族の違いは何を指すのか。
それらも、そこから考えを巡らせれば……導き出されてしまう。
「……リザードマンは独国。ラットマンは中国か米国。であれば、我ら日本国プレイヤーは……? やはり、それなりのもの……なのか?」
「うん、まぁ……そうだね。……研究所の海外アクセス可能な端末で、答え合わせも見てしまったしね」
「言え。何だ? 我らは奴らにどう見えている?」
「……それは後からにしておくれ。精神科学者として、今キミたちがその答えを聞く事は、推奨されないから」
「…………」
「な、なんですの!? どういう事ですの!? 旦那様、わたくしにわかりやすく教えて欲しいですわっ!!」
「ぼ、僕も聞きたいデュフ!」
「……愕然」
「ともあれ今は、この戦いに集中すべきだと思うよ。きっと【正義】のクリムゾン・コンスタンティンが言う "最悪" は、ジョークじゃないと思うしね」
「……ただのモンスター襲撃イベントかと思っていたが、まさか『大規模PvP』とはな」
「種族まるごとのぶつかり合いだから、どちらかと言うと――――『Race vs Race』と言った所じゃないかな?」
「そのように言われると、詠唱を編む舌が絡まりそうだ」
「うん、そうだろうね。だからこれは、一人の精神科学者としてではなく……一人の人間としての言葉という事にしておいておくれ」
「ずいぶんと都合よく変わる立場だな?」
「オン・オフに関しては、キミも中々の物じゃないかな? 【金王】アレクサンドロスくん」
「…………」