第六話 後1分
◇◇◇
「……まぁ確かに、【正義】さんに文句言ってもしょうがないよなぁ」
「っていうか、必死にどうにかしようとしてくれてるんじゃん? むしろありがたい存在だよな」
「誰だよ文句言ってたやつ。信じられねークソ野郎だな」
「あれ? さっきお前の『ふざけんな!』って声が聞こえたような……?」
「……どうしよ。やるだけ、やる?」
「っていうか、もうどうにか頑張るしか無くない?」
「やらなきゃ終わるんだろ? だったら俺は やるぞ!」
「【竜殺しの七人】も四人いるし、どうにかなるでしょ。私も頑張ってみようかな」
「いいじゃんいいじゃん、こういうヒリヒリした感じ。たまにはこんなのも面白いじゃん」
「何だか逆に燃えてきたわ。生活のかかったガチバトルとか、他じゃ出来ないぞそんなもん」
「どうせ死んでもリスポーンはすぐそこだしな! やってやろうじゃん!」
「何がラットマンだっつーの! リビハプレイヤーを舐めんじゃねえぞっ!!」
「活躍すれば二つ名貰えるかもしれねーしな! ついでにドロップアイテムとかで、ウハウハの予感!」
「おっしゃ! 俺、フレンド呼ぶわ!」
「誰か2525ちゃんねる書き込んでる? ダイブしてない人にも声かけようよ!」
「やべえ、俺マイナーコクーンなんだけど…………メジャーでダイブし直して来ても良いかな」
……群衆と言うのは、単純だ。
支持・懐疑・糾弾…………群をなして何かに対峙した時に、一人がそれに対する声を挙げるとそれに釣られて、そのまま熱伝導のように意識が浸透してしまう。
それはきっと、とても根深い物であり……集団生活を送る生き物としての、本能的な物なのかもしれない。
だからこそ、それを上手く使う能力こそが、支配者や統治者に求められる物であろう――――というのが、私の持論だ。
そういう見方をすれば、クリムゾンのさっきの行いは……悪手に尽きるという物だろう。
ただ今起こっている状況を、良いも悪いも考えず、ありのままだけを口にする。
『ラットマンが来ている』『ゲートを狙っている』『ゲートが壊れたらダイブ出来ない』。
そんな自分が知り得た情報を、愚直とも言える真っ直ぐな言葉で伝え、無闇に不安を煽るような真似をするのだ。
全てが寝耳に水であり、それをこんな切羽詰まった状況で知らされた側からすれば、混乱するのも当然の事だ。現に私も戸惑ったしな。
………… "ダイブが出来なくなるかもしれない" なんて、言う必要は無かったとも思う。
その言葉こそが、ラットマンの軍勢で浮ついた心を、不安と不満とでことさらに揺れ動かしたのではないか、と。
何せそんな不条理なルールなど、クリムゾンのせいでは無いんだから。
もしこのまま最悪の状況になったとしても、『私は知りませんでした』の一言で済ませばいいだけ。
いちプレイヤーである彼女にとって、そこには何の責任もないだろうに。
…………だが、そういう所こそが、あの【正義】のクリムゾンなのだ。
いつでもきちんと目の前の物事に向き合い、堂々とそれに立ち向かって。
嘘やごまかしなどをせず、良いも悪いも全て晒して、真っ向勝負で切り開く。
わざわざ扇動したりはしない。心を揺り動かそうという狙いをもって、聞こえのいい言葉を言ったりしない。
自分の心を曝け出し、自身の正しさをひたむきに願い、人々の善性を信じ切る。
正義の心で向き合えば、きっと誰もがわかってくれると。そう思い込みきっている。
それが『正義の旗』筆頭、紅き【正義】のクリムゾン。
このRe:behindで最も古参で、この首都を作り上げた張本人。
「みんな…………ありがとう! ありがとう!!」
「俺は協力するぞ!【正義】さん!」
「クリムゾンさんと一緒に戦えるとか、一生モノの思い出かも!」
「これで首都を守りきれたら、俺たちもヒーローの仲間入りかぁ~?」
「そうだっ! この場の誰もが、正義の心で悪を討つ……正真正銘の正義の味方だっ! 共にこの地で生きる者同士、皆で手を取り力を合わせ、Re:behindを我らで守ろうではないかっ!!」
「おおっ!」
「やってやるぜぇ!!」
「みなぎってきた!」
……むしろ、クリムゾンがこういう人物だからこそ、人気と人望があるのかもしれないな。
聞こえのいい言葉を並べたり、今までの歴史にあるような、集団を率いる際の常套手段などを用いたりもせず。
只々等身大の人間であるがままに、一生懸命の頑張りを見せる彼女だ。
従いたいと言うよりは、それを支えたいと言った気持ちにさせてくれる。
絶対君主などではない、どこまで行っても親愛なる隣人。
王と言うよりは、旗印。
戦場で先陣をきる…………ああ、だからこそ。
クリムゾンの立場を表す言葉―――― "『正義の旗』筆頭" という表現は、しっくり来ると言う物か。
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「まずは "役割" ごとに分かれてくれ! 大雑把でも良い!」
「はいは~い! みなさんご注目ですぅ! 魔法師やヒーラーは【金王】アレクサンドロスさんの周辺へ! "補助役" 系をする縁の下の力持ちさん方は、【天球】スピカさんの元へ! "前衛役" の方は【脳筋】ヒレステーキさんの周囲に……それぞれ集まってくださ~い!」
「ワシは【鍛冶屋の髭ジイ】、"髭切らず" だ! 武具に不安があるやつは、ワシの所に持ってこい! 本格的な打ち直しなんぞは出来ねぇが、軽い研ぎと拭き上げくらいはスキルでやってやる!」
「『ドラゴン・バスタード・ポーション屋』の店主、 "リィリ・ラィリ" で~す! 臨時で露店を出すぞ~! プレイヤー作の治癒ポーション、この場に限って3万ミツだっ! 原価割れだから、転売はやめろよな~!」
あちらこちらで己が出来る事をしようと、プレイヤーたちが声を挙げる。
まるでかつてのドラゴン祭。
だが、今日に限っては――――『復興のため』ではなく、そうさせないための催しだ。
…………ならば、この【金王】も。
『この場に勝つ事』それだけを考え、その他の事は全て度外視した上で…………。
持ちうる力を惜しみなく使い、可能な限りの最善を取るべき、か。
「……シメミユ、使いを頼めるか」
「…………はい、旦那様。クラン倉庫の魔力ポーションを、ありったけ……でしょうか?」
……はた、と息を止めてしまう。
確かにそうだ。そう言おうとした所だった。
しかし、何故それがわかる? 私らしくもない、【金王】にあらざるべき奉仕精神の行いだと言うのに。
思わずじっと、シメミユを見つめれば。
ふわりと上品な笑顔で微笑み、私の頬に軽く手を当てる。
「……わかるに決まっておりますわ。これだけ隣に居るのですから」
「……そうか。頼む」
「はい…………ふふ。最近のそういう旦那様も、わたくしはかけがえなく思っているのですわ」
「…………」
……何とも言えぬ格好のまま、走り去るシメミユの背を見つめる。
カネ目当てだ財産だと、どこかで距離を取るようにしていたが…………思っていたより、私は見られているのだな。
何だか少し、恥ずかしくもある。
だが、まぁ……悪くはない。
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「――――隊長、先触れによれば、あと10分ほどでラットマンの群れが目視出来るかと」
「……そうか。いよいよだな」
先頭に立つのは、紅き【正義】のクリムゾン・コンスタンティン。
真紅の鎧を身にまとい、黒いマントを背に羽織って…………左手に旗を、右手にブロードソードを構える。
その隣には、銀色のホースアーマーで身を固めた赤毛の馬が堂々と立ち、荒野の向こうをじっと見つめて鼻息を吐き出す。
プレイヤー筆頭、先陣をきる正義の代表。
身を包むオーラは、炎のように天に向かって、轟々と強く燃え盛る。
「……奮闘」
不意に浮かんだ、無数の『光球』。
それらは遊び踊るようにくるくるふわふわと浮かび回って、一人の少女を彩っている。
紫のローブに、同色のとんがり帽子。その先っぽをゆらゆら揺らして、大きな『天球』の上にぺたりと座る……絵に描いたような魔法少女。
他の誰であるはずもない、『光球』のプロフェッショナル――――【天球】のスピカ。
全てを守る "絶対防御" の力を見せつけ、我こそ此処にと名乗りをあげた。
「……スピカ。頼むぞ」
「ふんす」
「よっしゃ! いよいよ俺の、フリーポーズの時間だなぁ!!」
ずどん、と地を鳴らす音。
粗末なボロ布だけを身にまとって、肩に『何かの大きな骨』を乗せる、ひたすらな大男。
そうしてその身を守る術がなかろうと、全身に在るはちきれんばかりの筋肉は、並の剣ならば刃も通らないのではと思わされてしまう。
それほどの膂力。それほどの強力。重機のように迸るパワー感。
全身余すこと無く――――それこそ、その脳みそまでが筋肉の男。
【脳筋】、ヒレステーキが……これみよがしにポージングをする。
「今日ばっかりは全力で、限界を越えてヤるってのよ! こうまで首都が追い込まれてたら、俺の筋肉の追い込みにも丁度いいだろう!?」
「……意味わかんないですよ、ステーキ」
「頼もしいぞ、ヒレステーキよ」
むきっと言う擬音すら聞こえてきそうな、露骨なマッスルポーズを取る男。
それを合わせて白い歯を見せつけるようにすれば、何よりわかりやすい返事の言葉となるだろう。
「……筋肉で会話するのは、僕とだけにしてくださいよ」
「おいおいなんだよタテコ、嫉妬してんのかよ? 俺の筋肉への、独占欲なのか?」
「違いますよ! 他人様に、要らぬ迷惑をかけないで欲しいって意味ですよ!!」
そんな会話をしながら、自身の装備……小・中・大の三つの盾をメンテナンスするのは、ヒレステーキの相棒 "タテコ" とやらだ。
奴が守って、ヒレステーキが打ち砕く。そのシンプルを極めた戦闘スタイルは、それゆえの盤石を誇る。
「……タテコ殿も、ありがとう」
「気にしないで下さい。僕も、消えたくはありませんからね」
「……魔力のポーションの心配は無用だ。今ここにある物の他、余のハーレムが続々と届けてくれるだろう。さすれば何も憂いは無い。我らが魔法師の真なる力を振るうのだ。群れをなす矮小なネズミ共など……金塊珠礫の輝きに目をくらませ、そのまま木っ端微塵となるだろう」
「【金王】、アレクサンドロスよ。そのスペルと金、両方の力を振るってくれる事…………本当に、感謝に尽きるのだ」
「…………ふん! 余が掌握するこの首都に、薄汚いネズミの足が入るのが、我慢ならぬと言うだけだっ!!」
「……それでも、ありがとう」
「…………ふん!」
「隊長! およそ後5分です!!」
「わかった」
…………現実にとことん嫌気がさして、逃げるようにこの地に舞い降りた時。
いの一番に好ましく思った、このRe:behindにおける絶対のことわり。
――――『自己責任』。自分の身は自分で守り、自分でした事だけの責任を、自分だけで取る。
そういったこの世界における絶対の理屈に、酷く胸を震わせた覚えがある。
ならば、これこそ……『自己責任』だ。
自らの道は自らで切り拓き、苦難が待ち受けていようとも……誰かに頼る訳でもあらず、自分の力で掴み取る。
その先に待つのが勝利だろうと敗北だろうと、その結果の責任は、自分に返って来るばかり。
『スイッチを押すだけの仕事』とはまるで違う、己の意思で何かを行い、己がした事だけにその身を捧げる世界。
だから、この世界が気に入ったのだ。
…………右手がぷるぷる震えだす。
やらねばならぬ。やるべきである。やってもいい。やったほうがいい。
自身の死力、その全てを出し尽くし、未来を勝ち取るのだ。
そうしなければいけない世界だから。
それが許される世界だから。
だからこうまで、心底本気になれるのだ。
「……来るか、ラットマン! 正義の心に負けはないぞ!」
「……不屈。制勝」
「ウオオオッ! パンプアーップッ!!」
「こっちは生活がかかってんだ! 死ぬ気以上で張り切るぞ!!」「や~ってやるぜぇ!」「よ~し! 頑張ろうっ!」「えい、えい、オー!」「それがし、獅子奮迅!」
「…………来い。ネズミ共。我が黄金の一端を、その身を伏して浴び、跪拝して賜るが良い」
――――――Re:behindの存続を賭けた開戦は、間もなく。