第五話 Re:behind首都防衛戦
□■□ 首都 西側入り口付近 □■□
「親愛なるリビハプレイヤーの諸君っ! よくぞ集まってくれた!! 私は【正義】のクリムゾン! 仮と言う形ではあるが、この場のまとめ役を務めさせて頂きたいっ!」
首都西門を出てすぐの地点。
ほんの僅かばかりの緑と、残るは一面地肌を露出させた土色の大地が広がるこの場所は、数多のプレイヤーによるざわめきで賑わっていた。
…………最も、この【金王】アレクサンドロスの周囲には、まるでバリアが張られたようにぽっかりとした空白が出来ているのだが。
しかしこれこそ望む所だ。これも私が今まで重ねた、日々の努力の賜物と言えるだろう。
"下手に関わると、ろくな事がない" という風評をバラ撒く事で、私の財にすり寄る下郎を遠ざける、狙い澄ました『嫌な感じのロールプレイ』。
それがストレス解消という側面もある事は否定出来ないが、そのどちらにしても有益な、身を護るための一つの手段である事には違いない。
◇◇◇
……それにつけても、この喧騒はどうだ。
首都に居たプレイヤー、そのほとんどがここに居るのでは無いだろうか。
これほど集めるのは、並の労力ではなかっただろうに。それが出来るのも、【正義】のクリムゾンを筆頭とするトップクラン『正義の旗』の人望と言う物か。
…………逆を言うなら、そうまでしなくてはならない事態と言う事なのかもしれない。
――――――新種の亜人、ラットマンの大軍勢。狙っているのは首都の『ゲート』。
周りのプレイヤーたちの会話から知ったその情報が、頭の中で渦を巻く。
先日のリザードマンたちも、目的は同じく『ゲート』だと聞いていた。
……何故? どうしてそのような事を、大群を構えて目指すのか。それをする事で、一体奴らにどんな益があると言うのか。
モンスターにはモンスターなりの、独自のアルゴリズムによる "成すべき事" があるとでも言うのだろうか。
「…………」
「……旦那様……? アレクサンドロス様?」
「……何だ、シメミユ」
「い、いえ。何だか思考にふけっているようでしたので…………。仰せの通りに捜索してみましたが、あの黒い男と……ついでに【死灰】も、ここには居ないようですわ」
「で、あるか」
「あのいい格好しいの黒い男なら、こういう所に現れてもおかしくないはずなのですけどね」
「…………」
居ない、か。あてが外れたな。
我が好敵手であるサクリファクトなら、またとないようなこの機会――――このRe:behindを守るためという、玉虫色の大義名分があるイベントで、盛大に張り切るかと思っていたが。
「……存外、冷酷なやつなのかもしれん」
「元からあの男は、酷く冷たい下衆なのですわ。いくら助けるためとは言っても、結局の所このわたくしを、刺し殺そうとまでしたのですから」
「…………ふん」
「きっと今頃首都のどこかで、身を縮こまらせて震えているのですわ。もしくは現実世界で、のほほんと過ごしているのかもしれませんわね」
「…………」
ああ、そうか。そもそもダイブしていない可能性もあるのか。
何せこのRe:behindは、現実の1分が10分に引き伸ばされる世界だ。軽く昼寝をしている間にも、世界は大きく動きを見せる。一日ダイブしないだけでも、魔宝石の取引価格が大きく変動している事だって、珍しくはないのだ。
……シメミユが言う通り、ダイブをせずにのんびりしている可能性も高いな。
社会人である私は勿論の事、自由人であるサクリファクトにも、それなりのリアル用事があったりする事もあるのだろうし。
ああ、きっとそうだろう。
いくら夢中になれるこの世界とは言え、ダイブするのはリアルの人間。食事や睡眠、些細な生活必需活動もあれば、冠婚葬祭だってあるのだろうから。
そんなリアルを感じさせずに、一体いつ寝ているかわからないほどダイブをし続けているプレイヤーなど、私は誰も…………
…………いや、一人だけしか……知り得ない。
――――リアルを捨て、人間性を捨て……およそ人らしいとは言えぬ異常さを持つ "廃人" 。【聖女】の名を持つ、あの女しか。
◇◇◇
「……私は先程、この広い荒野の向こう側――――山岳地帯にて、『外来種』の大軍勢を確認したっ! その数およそ300の、有無を言わさぬ大群だ!」
「おお……」「マジかよ……」「リザードマンかな?」
いよいよ演説を始めたクリムゾンの言葉に、黙して耳を傾ける。
……此度の奴らは西から来るのか。外来種共は北から訪れると聞いていたのだが。
「我々のように二本足で歩き、我々のように武器を構えて、我々のようにスペルも扱う存在だ! まるでリザードマンと同じ種族のようであって、その姿はまるきり違う新種族だ! それを確認した私たちは、その特徴的な見た目とリザードマンと似た様相から――――奴らを "ラットマン" と呼称する事にしたっ!!」
「ラットマン? ネズミ?」「リザードマンじゃないんだ」「最近のリビハはイベント多いな~」
……なるほど、リザードマンとは似て非なるもの……と言う事なのか。
ならば、生息域が違うと言う所にも頷ける。
あれほど残忍なトカゲ共ならば、きっと別種とは仲良しこよしとはいかぬのだろうからな。
「そうして奴ら――――ラットマン共が目指すのは、あちらから見て真っ直ぐ東…………つまりはここ、我らが首都の方角であるっ! このままみすみす素通りさせては、我らの首都は奴らに食い荒らされるだろうっ!!」
「マジか~。リザードマンより組織だって動いてるんかな」「レストラン壊されたら困っちゃうなぁ。明日特別席の予約してるのに」「俺は持ち家ないし、むしろどんどんやれって感じ」「お前最悪だな」
先日のリザードマンは、ちらちらばらばらと襲撃するだけであったが……此度のラットマンとやらは、全体で一つとして動いているのか。
……今この時のクリムゾンのような、明確な指揮者が居るのだろうか。残忍ながらに、一種の社会性と言う物を持つのかもしれない。
「建物は直せばまた戻る! 畑は再び耕せば良い! ドラゴンのように荒らして過ぎ去るだけであるなら、貴重品を整理してダイブアウトすれば良いだけの事だ! ……しかしこの度は、そのような余裕のある状況ではないっ!!……300を数えるラットマンの軍勢、奴らの目的は――――恐らく首都のセーブポイント『ゲート』の破壊である可能性が高いのだから!!」
「『ゲート』? あれって壊れるモンなのか?」「色んなドラゴンが首都に来ても、あそこだけは壊されなかったよね」「そもそも何でそうだとわかるんだ?」
これは先程、我がクランハウスでも聞いた話だ。
奴らが目的とするのは『ゲート』。根拠もなにも無い物であるし、未だかつてない眉唾な話でもある。
しかして正義のアレがそのように思い至るには、何かの確固たる理由があるのだろう。
そして、万が一それが起きた時、一体どのような事が起こりうるのかも……知っているのかもしれない。
……私のクランハウスを訪れた際の慌てぶりを見れば、それはきっと只事ではなさそうだ。
「そうかもしれないし、そうではないかもしれない! しかし、もしそうであった場合! そしてそれが止められなかった場合に待っているのは――――『ゲート』の利用不可…………つまりは "ダイブインが出来ない" と言う、考えうる最悪の事態が起こってしまう可能性があるのだっ!!」
「……え!? マジかよ!?」
「『ゲート』ってそんな大事な物なのか!?」
「ど、どういう事!?『ゲート』が壊されたら、私たちはもうRe:behindができなくなるって事!?」
「何だよそれ、こっちは月額払ってんだぞっ!!」
――――なんだと? ダイブイン不可?
それは聞き捨てならぬ言葉だ。のっぴきならない非常事態だぞ。
「おかしいだろ! クレーム入れろよ、クレームを!」「こんなの詐欺じゃん! 意味わかんない!」「ふざけんなよ糞運営! そんなの聞いてないぞ!」
周囲のプレイヤーが沸き立つが、それも無理のない事だ。
15万円というそれなりに高額な月額料金を取り、更にはダイブする度金銭を要求する、その集金主義。
そしてそのお返しとばかりに『ゲーム内クレジットのリアルマネーへの変換』を行う事で、現実の生活と強制的に直接の結びつきを持たされるこのRe:behindを、運営の勝手な都合でプレイ出来なくさせるとは。
そんな暴挙が、罷り通って良いはずが無い。
……それこそ、私のような上客は、心の底から "冗談ではない" と言っても許されるのではないだろうか。
…………本当に、それは勘弁してくれ。この世界に、いくら使ったと思っているんだ。
「不平不満はあるだろう! 運営に言いたい事もあるかもしれない! しかし、我らが今すべきなのは……彼らに責任を問う事ではないっ!! 我らのリビハを守るため、自らの手でそれを掴む努力こそが必要なのだ!!」
「うるせー!!」「ふざけんなぁ!」「金返せぇっ!!」「法的に問題があるんじゃないのかぁ!」
まるで爆発したかのように、プレイヤーたちが一斉に怒号を張り上げる。
『ゲート』がダイブの "出口" である事は周知の事実と言う物だが、それが壊れたらそこで終了だとは…………流石にそんな滅茶苦茶なルールがある事を、誰が信じられようか。
目的も何もなく、ただこの地で生きるだけで良かった毎日。
そこへ突如に宣告された、世界が滅ぶ災厄の兆候。
いつの間にか始まっていた、終わりをもたらす絶望のイベント告知。
"もう間もなくすれば、このRe:behindが終わるかもしれない" と言う、現実世界にまで影響を及ぼすゲームオーバーの可能性。
その知らせを受けた群衆の声は、ある意味悲鳴じみた響きを持っていた。
"運営は何を考えているんだ"。
"そんな滅茶苦茶な身勝手が、許されて良いはずが無いだろう"、と言うような、抗いようのない上位者の横暴に対する……嘆きの響きだ。
…………それは私も、例外ではない。
これはある意味トラウマであるし、自身にもダメージのあるセリフだけれど。
それでもついつい、頭の中で叫んでしまう。
『いくらなんでも、非道徳が過ぎるぞ』と。
◇◇◇
「――――た、頼むっ! みんなっ!! 怒る気持ちもわかるけど、お願いだから話を聞いてっ!!」
「ダイブイン不可とか、意味わかんねーよっ!!」「ざっけんじゃねぇよ! 補償とかしろよ!!」「負けたらサービス終了!? ある意味デスゲームじゃん!!」「どうしろっつーんだよぉっ!!」
「……てめえらぁ~…………ッ!」
――――ずがんっ!
「やかましいってのよっ!!」
「…………ッ!?」
……誰より大きな声と合わせて、爆発のような衝撃音が響き渡った。
地面が波打ち、足がよろめく。私のスペル『黄金時代』と比べても遜色の無い、大地震のような激しい揺れだ。
それをしたのは、一人の男。大きな骨を振り下ろしたまま、体中から湯気をたてる、誰よりガタイの良い大丈夫。
【脳筋】、ヒレステーキか。
「俺にはイマイチ、何がどうなってんのかはわかんねぇけど……今がそうしてギャーギャー喚く時じゃねぇって事は、わかるってんだよ!」
「…………」
「そうしてピーピー騒ぎ立てて、何かがどうにかなるってのかよ? お前らにとって一番良い事が、それで手に入れられるってのかよ! なぁ! そこのお前さんよ、そうなのかよ!? 」
「…………えっ、いや……あの……」
「違うだろ!? それが一番良い事じゃあ、ねぇんだろ!? だったら余計な事はしてないで、一番良くなるようにすんのが一番良いだろうがよ!」
「……あ……は、はい…………すんません」
「胸筋を鍛えたいっつーのに、レッグプレスマシンを使っても……意味は無いだろッ!?」
「……いや、それはちょっと……よくわかんないですけど…………」
しんと静まる西門前で、脳みそまで筋肉の【脳筋】が脳筋なりに、芯を食った事を言う。
確かに奴の言う通り、運営でもないクリムゾンにあれこれ文句をつけた所で、我らの生活が守られるという結果は起こりえない。
言葉は足りぬが、もっともだ。奴は女性嫌いと聞いていたが、意外な助け舟が出て来たな。
「なぁ【正義】よ。まだ終わるって決まった訳じゃあ、ねぇんだろ?」
「あ、ああ。そうだ、そうなのだ。まだまだ出来る事はあるのだ」
「だったら顔を上げろってのよ。男だ女だに限らなくても、そんなめそめそしてる奴には……俺の筋肉は従えないってのよ」
「そ、そうか……すまない…………いや、ありがとう。感謝するぞ、ヒレステーキ!」
「へっ! 気にすんなってのよ!! コンテストに向けて仕上げているのに、『フライドチキン』なんて食ってたら――――キレも台無しってな。そういう事だろ?」
「……えっ? あ…………う、うん……。そ、そうなの……かな……?」
いくら脳みそ筋肉の考えなしとは言ったとて、何らかの信念は持つのだろう。
少なくとも今この場では、クリムゾンよりも真っ直ぐに……何より志すべき一点だけを見据えた【脳筋】ヒレステーキは、誰より正しい事を言ったのかもしれない。
「――――皆の不満は重々理解している。しかし、だからこそ……聞いてくれ。この場の皆でラットマンを退け、首都の『ゲート』を守るのだ。今ここにいるプレイヤー全員で、自分たちの明日を……未来を、守るのだ」
「…………」
「何をしたって許される、自分の好きなように生きられる。そんなそこぬけの自由度を持つRe:behindだからこそ、その存続も自分たちで掴み取る…………いや、掴み取らねばならぬのだ」
「…………」
「どうか……どうか、お願いだ。私に力を貸してくれ。今ここに居るプレイヤー、そしてここに居ないプレイヤー。その全ての人々の明日のために、どうか……奴らを。ラットマンを、ここで一緒に食い止めて欲しい」
先程とは打って変わって、静かな口調で一人一人に真摯に語りかけるようなクリムゾン。
それはか細いとすら言えるほどの声量であると言うのに、妙にはっきり耳に届く。
全員を見渡すようにしているはずなのに、ずっと目が合っている気がした。
「負けたら即座にサービス終了。掛け値なしの決戦イベント――――『Re:behind首都防衛戦』だ。再びダイブをするために、明日も皆で遊べるように。我々プレイヤー自身の力でもって……この地を本気で、守り抜こう」