第三話 生の焼き肉
「……うわぁ……凄い数っすね……数えきれないほどの量っすよ…………」
「ああ。この俺ですら、どれほどあるのか検討もつかないぜ」
「それにこの参加人数。まるで祭りじゃないっすか。マグリョウさん、俺もう待ちきれないっすよ。早く突撃しましょう!」
「まぁ少し待て……俺たちの配置は…… "い" の十二か…………こっちだな」
そうして先導するマグリョウさんからはぐれないよう、人混みを掻き分けて進む。
事前に参加人数が多いとは聞いていたイベントだけれど、これほどまでとは思わなかったぜ。
そんな足の踏み場も無いようなこのフィールドで、それぞれが少数人であちこちに陣取る……その中に見つける、ぽつんと空いた一つの場所。
あそこが俺とマグリョウさんの、指定席だろうか。わくわくしてきた。
「……まだっすか? マグリョウさん。こっちはもう戦闘準備万端っすよ」
「落ち着けよサクリファクト。こういうのは下準備が肝心なんだぜ」
「――――『お待たせシマシタ。ご注文をドウゾ』」
「俺はメロンソーダにしよう。本当はクリームソーダが良かったが、アイスでお腹がいっぱいになっちゃうからな。サクリファクトはどうする?」
「……ウーロン茶で。っていうか、ここでその名を呼ばないで下さいよ。恥ずかしいっす」
「ああ、すまんすまん。キノサクよ」
「『ご注文を承りマシタ。それでは、ごゆっくりお楽しみ下サイ』」
自走するタッチパネル台のようなウェイターロボに飲み物を注文し、これからの準備を整える。
これから向かうのは、目を血走らせた肉食獣たちの群れの中。
自分が持ちうるポテンシャルを全て発揮し、血肉を争う戦場だ。
半端な気持ちでは、生き残れない。今こそ本気の出しどころ。
「よし! 装備のチェックだ、キノサク!」
「はい! 皿良し! トング良し! 紙エプロン良し!」
「上々だ。ならば行くぞっ! 遅れを取るなよ!」
「待ってました! 思う存分、食い散らかしてやりますよ!」
「制限時間は90分……肉を断ち切り骨に齧りつく、紅き饗宴の幕開けだぜ」
「……そういうのも、大きい声で言わないで下さいよ。恥ずかしいんで」
宮城県、仙台市。
駅から自動運転車で20分の場所にある、生宮城牛焼き肉専門店『伊達男の高楊枝』。
年に二度だけ行われる『90分間 高級生宮城牛食べ放題バイキング』には、県の内外から多数の人が訪れている。
そしてそれは、この俺――――ゲーム内ではサクリファクトと言う名の "水城 キノサク" も例外ではない。
親しい友人に誘われて、生まれて初めての "オフ会" がてら、胸を弾ませこのバイキングへと臨んでいた。
「行くぞキノサク! まずはやっぱり、仙台名物牛タンからがクールな選択と言えるだろうぜ!」
「良いっすね。俺も牛タンは好きですよ」
「……しかしやっぱり、人が多いな。歩きづらくて仕方ねぇ。『はやぶさ』を使うか?」
「……いや、現実で何を言ってんすか」
そんな俺の隣には、今日の "オフ会" で会うと決めていた親しい友人。
【死灰】のマグリョウさんこと―――― "間黒 亮二" さんが、手に持った銀色のトングをカチカチと鳴らして目を輝かせている。
…………こうしてリビハの誰かと現実で会うっていうのは、初めての事だけど……。
意外と大した違和感もなく接する事が出来るんだな。
ゲーム内とは、色んな所が違うっていうのにさ。
◇◇◇
◇◇◇
◇ 時間は少し遡り…… ◇
◇◇◇
◇◇◇
□■□ 宮城県仙台市 仙台駅 □■□
「…………どの辺かな」
朝早くに東京を出て、電車を乗り継ぎたどり着いたここ――――宮城県仙台市仙台駅。
昼前だからだろうか、昼食を取りにやってきたのか、普段はあまり目にする事のないスーツ姿の『スイッチを押すだけの仕事』をするサラリーマンたちがちらほら伺える。
そんな厳しい仕事をこなす皆々様方に心の中で "お疲れ様です" と頭を下げながら、邪魔にならないよう出来るだけ端っこを歩いて……仙台駅の2階にあるらしい『大ステンドグラス前』へと向かう。
……時刻は11時41分。待ち合わせには50分も早いけれど、すでに "彼" は来ている予感がするぞ。
何せ、約束を取り付けた時は――――あれほど大はしゃぎしていたのだから。
◇◇◇
「…………あれ、かな……?」
そんなこんなで待ち合わせ場所を見つけた俺は、そこへと真っ直ぐ向かって行きつつ…………一人の怪しい人影に目を止めた。
黒いズボンに、灰色のパーカー。そのフードを深く被り、地面に丸くなるように座る一人の青年。今からどこかを爆破しに行くテロリストと言われても納得してしまうような、怪しい風体に異様な雰囲気を持つ人物だ。
…………多分、アレだろう。凄くそれらしい。
「……でも……間違ってたら、嫌だしな」
ほとんど確定だとは思うけれど、念のために携帯通信端末を取り出し、コミュニケーションアプリで到着を知らせる。
"着きましたよ" と入力し、『送信』を押した瞬間に…………フードの男の体がびくりと跳ね上がり、まるで荒野のガンマンが銃を抜くような速さで端末を取り出すと、画面を見つめてキョロキョロと辺りを見渡し始めた。
…………不審過ぎる。それなりに待ち合わせの人が居ると言うのに、彼の周囲だけは空白が出来てるぞ。完全な危険人物だ。
「…………まぁ、そんな所もらしいと言えばらしいけど」
そんな挙動不審な動きも、ある意味では一つの目印だ。
端末への反応と言う確証も得た俺は、改めてその男へと向かって行き――――
――――初対面でありながら、いつも通りに声をかけた。
「ちわっす。来ましたよ」
「……よ、よう。サクリファクト。いい朝だな」
「もう昼ですけど」
「あ、ああ! そうだな! 昼だ! すっかりそうだぜ!! いい昼だ!!」
顔はそのまま。背丈もそのまま。
持っている雰囲気が幾らばかりか柔らかいのは、その体に物騒な刃物などがくっついていないからだろうか。
これが【死灰】の現実の姿。
特に感動とかはないけれど、それなりに新鮮に感じられる。
「リアルでは全身灰色じゃないんすね」
「あ、当たり前だろ……。ここにダンジョンは、ねぇんだからよ」
「まぁそうなんですけど…………てっきり、灰色が大好きなのかと思ってましたよ」
「好きでもねぇし、嫌いでもねぇ。俺は只々、灰と共に在るだけだ」
「…………へぇ」
……少しだけ、言葉に詰まる。
マグリョウさんのこういうセリフって……キャラクター作りじゃ無かったのか。
てっきりそういう人になりきっているのかと思っていたけど、素の状態でそうらしい。
…………まぁ、だから何だと言う訳でもないけどさ。俺も人の事言えないかもしれないしな。
「よし。早速目的の場所に向かうとするか。腹、減ってるだろ?」
「勿論っすよ。俺は今日のために、昨日の晩ごはんも軽めにしたんですから」
「そいつは何よりだ。俺も昨晩は、アイスしか食ってねぇ」
「…………またレイナに言われますよ」
「あ、あいつの名前を出すんじゃねぇよ! それをどうにかするために、こうしてお前を呼んでるんだからよ」
マグリョウさんの言う通り、今日の目的は大きく分けて二つある。
一つ目は、これから昼食を取りに行く――――『高級生宮城牛食べ放題バイキング』。
そしてもう一つが、マグリョウさんの引っ越し先を探す事だ。
マグリョウさんが毎日のように唐揚げ弁当を買っているらしい、弁当屋。
何の心変わりがあったのかは知らないけれど、最近は足が遠のいていたその店に、再び通うようになったらしい。
そうして毎日通いつつ、店員のおばちゃんと徐々に交流を深めていたマグリョウさんが、とある日そのおばちゃんから『食べ放題招待券』らしく。けれども、一緒に行く人が居なかったため、渋々諦めるんだと聞いた。
『それは何だかもったいないっすね~一人で行けばいいのに』『馬鹿言うなよ、地獄だろ』なんて他愛もない雑談をしながら軽く調べた所、どうやらそのイベントは、知る人ぞ知る大人気な物らしく、その招待券はネット上で数万円もの金額で取引されるほどの貴重品である事がわかる。
そういう訳で、どうしたって毎日牛丼三昧のお肉大好きな俺であるし、意味深な目つきをチラチラ送ってくるマグリョウさんを無視し続ける訳にも行かなかったので、この "オフ会" に臨む事となった。
まぁ、何にせよ……今日食べられるのは『高級生宮城牛』だ。いつも食べている "タンパク質をソレっぽく加工し、様々な旨味成分を注入した偽物の肉" ではなくて、実際に草を食んで育った生体動物の肉――――通称『生』。
普段はそんな "本物の肉" なんて食べられないし、この機会にたっぷり味あわせて頂こう。
一体どんな味なのか、今からとっても楽しみになってしまうぜ。
……ちなみにもう一つの、彼の引っ越し先を探す事については……。
……いいや、今はそれを考えるのは、よしておこう。
胸の内を変な事でいっぱいにして、折角空けてきたお腹のスペースを埋めるのはよくないし。
「ま、まぁ! とにかく行こうぜ!」
「そうっすね。腹ペコですし」
……しかし、あれだな。
声や動きはリビハのマグリョウさんそのままなのに、見た目は現実の人間っていうのも、違和感があると言うかなんというか。
そのうち慣れるんだろうけど、なんとも不思議な感覚だ。
「……そういえば、移動はどれくらいかかったんだ?」
「30分くらいっすかね? 早かったですよ、新しいタイプの超高速鉄道」
「へぇ~……じゃあ何かあればすぐ行けるな」
「リビハで会えばいいでしょうに」
「まぁ、そうなんだけどよ……」
「……っていうか、マグリョウさん」
「ぁん?」
「その、自分の体をペタペタ触るのは……なんすか?」
「あ、いや……灰ポーションやらアンプルやらが付いてないと、どうにも落ち着かなくてなぁ」
「……リビハ脳って奴ですね」
「せめて腰に剣くらいは欲しい所だぜ。歩行のバランスが取りづれぇ」
「帯剣なんてしていたら、AI入りの "治安維持機関" か、『なごみ』行きのどっちか間違いなしですよ」
「ただの棒でも良いけどな」
「それならば……ひたすら "凄い変な人" 扱いで済むでしょうね」
……VRMMOにどっぷり浸かった人間の、闇の部分と言った感じだろうか。
限りなく現実に近いエンターテイメントが及ぼす影響が、今ここに垣間見えた。
こんな会話が出来るのも、現実で会ったからこそ、なのか。
それならこれも、それなりに、楽しい物だと思えるかもな。