第二話 正義のジャスティス・馬・ホース
「"トカゲ人間" ではなく "ネズミ人間" だと!? まさか、新たな外来種だとでも言うのかっ!?」
「張り込み班から届いた報告は以上です! 伝令役は私に情報を告げるや否や、"マジやべえ" とボヤきつつ、再び西へと向かいました!」
「緊急を要する事態、という訳ですか…………隊長、どうします?」
「――――状況を確認する必要がある! この場の5名で向かうぞっ!!」
「了解です!」
「はぁ~い」
……過去に起こった、首都への竜型ドラゴン襲来事件。
あれからもう、現実時間で三ヶ月は経っているだろうか。今になって思い返せば、ずいぶん遠き日のようだ。
そんな【竜殺しの七人】が生まれる事となったあの日から、つい先日までとことん平和な毎日だった。
ちょこちょこ現れるPKや、悪い商売をするプレイヤーなどに正義を執行しながらも、何も特別な事のない……平和なRe:behindの日常だったと言うのに。
一ヶ月ほど前、海岸に表れたリス型ドラゴン。
それに続いて大量に湧いて出た、プレイヤーの天敵 "リザードマン"。
それらだけでも十分激動だったと言うのに、それに加えて『職業認定試験』の異常な変化と、新たな外敵 "ラットマン" 出現とは。
一体全体、なんだと言うのだ。最近のRe:behindは、とっても大変。
……まだまだ休みは貰えなさそう。私の預金は、増えるばかりだ。
◇◇◇
□■□ 首都西入り口付近 荒野エリア □■□
「――――よし。今は一刻を争う。スキルやスペルを全開にし、それぞれ西の観測地点へと全速で向かおう」
「えぇ~? 私、今月厳しいんですよぅ。アイテム使いたくないですよぅ」
「事が済んだら、使用した消耗品などの数を "お財布隊員" に申告するのだ。クラン倉庫からの補填を許可する」
「本当ですぅ? やったぁ」
「隊長、レビテーションで向かうんですか?」
「いや、私は――――これだ。『栄光の道を往く軍馬』」
私がその技能を口にすると、光の粒子が渦を巻き、無数の軍旗を形取る。
そのデザインは、騎士のレベル15スキル『鳳天舞の戦旗』と同じ、真っ赤な布地に黄色い紋章が描かれた物だ。
それらの旗が斜めに掲げられた光の道は、地から空へとなだらかに上がって。
そうした先の最も光が強い場所から、一匹の生物が "ぱかぱか" と蹄を鳴らして表れた。
「な、なんですか? コレ」
「騎士の26スキル、『栄光の道を往く軍馬』によって喚び出される騎乗生物だ。とっても足が早いのだぞ」
「強そうですぅ」
その身に纏うは、銀色のホースアーマー。
頭部には触角を思わせるような二本の角のあるヘルムを被り、その目は赤い闘志の炎を燃やす。
スキルによって喚ばれる召喚生物。騎士に相応しい荘厳な鎧でその身を固める、勇猛な騎馬だ。
「はぇ~……騎士は旗やらの召喚系スキルが多いと聞いていましたが、まさか乗り物まで喚び出すとは」
「カッコ良いだろう? あげないぞ」
「でもでも、この子……足が6本ありますよぅ」
「うむ。普通より2本多いから、1.5倍は早いのだ」
「……そんな単純な話なんですぅ?」
スキル『栄光の道を往く軍馬』。
急速なレベルアップで多数覚えたスキル群の中でも、このスキルは格別だ。
ゲーム内時間で1日2回しか使えないという制限はある物の、一度喚び出せば体力が続く限りに駆けてくれる。
騎乗という戦闘の有利もあるし、そもそもこのお馬さんの膂力による突進や踏みつけ自体も強力ときている、とても有用な物だ。
そして更には、このカッコ良さ。そして可愛さ。騎士っぽさ。
馬に乗るなんてした事のない私でも、何の問題もなく乗りこなさせてくれる、優しく強くカッコ良い……そんな素敵なお馬さんなのだ。
「私はこれで向かう。各員、それぞれに観測位置へ向かうぞっ!」
「了解ですぅ」
「はい!」
「それでは参るぞっ! いざ、風の如くに地を駆けよっ!!
『正義のジャスティス・馬・ホース』――――出陣ッ!!」
「ジヒィィンッ!」
「ハイヨーッ!!」
そうして手綱を強く引けば、前足を一つ大きく挙げると、まさしく疾風のように駆け出す『正義のジャスティス・馬・ホース』。
私の意を汲み、思うがままに動いてくれるソレは、まさに人馬一体と言った様子だ。
「…………"疲れて超グロッキー" みたいな名前ですぅ」
「…… "超スーパー剣ソード" とかね」
吟遊詩人隊員や魔法師隊員の呟き…………恐らく羨望の声であるソレを背なに受け、問題の "ラットマン" とやらの出現位置へ―――― 一目散だっ!!
◇◇◇
◇◇◇
□■□ 首都西 山岳地帯 □■□
「――――おっ! 隊長! 待ってたぜ!」
「どうっ! どうどうっ!!……【正義】のクリムゾン、ここに参上だ! 状況はどうなっている?」
「あっちの丘を見てくれ。外来種共がうじゃうじゃと、徒党を組んで群れていやがる」
「……確かに、居るな。しかしそれほどの数でも無いように見えるぞ? 言っても20程度しか居ないし、行軍と言う不可思議な報告にはそぐわないように見受けられるが」
「いや、さっきまでは足並み揃えて50ほど居たんだ。それが急に半分くらいが引き返し、残りはあそこで足を止めて…………まるで何かを待つかのように、ゆっくり腰をおろしてる」
「……待つ? 後続があるのか?」
「それはわからん。高い位置からあの丘の向こうを見渡す事が出来ればいいんだが」
「よし! ならば私の『神官』のスペル『レビテーション』で、上から見てみよう」
「頼みますぜ」
『神官』。それは『司祭』とは違い、神につかえる信仰系魔法師だ。
精霊とやらに祈りを捧げ、パーティメンバーの庇護や強化を行う司祭と違い、神の御力の一端を自身に宿す自己強化系の職業。
その内の一つである『レビテーション』を唱えれば、きらきら光る半透明の羽根が背中に生え、空を自由に飛び回る事が可能となる。
その可愛らしくも美麗な羽根は、妖精ロールプレイをするプレイヤーにも愛用されているらしい。
…………一部の心無い者(2525ちゃんねらーとか)などには、『虫のハネ』なんて言われているらしいけれど。
「『レビテーション』…………ほうほう」
「どうだ~? 見えるか~?」
「ふむ、確かに言う通り、丘の向こうにいくらか………………えっ」
「ん? どうした?」
「……な、なんだ…………あの数はっ!?」
なだらかながらに、それなりの高さがある丘。
その頂上付近に座り込み、食事などをしているように見えた……確かにリザードマンとは違う外来種たち。
その向こう……ずっと遠くの地に見えたのは…………おびただしいほどの、黒い影。
50や100では済まないソレは、整った陣形を築きながら、ゆっくりだけれど確実に、こちらへと歩みを進めていた。
「も、目測で……およそ、300は居るぞっ!! 全部がこっちに向かって来てるっ!!」
「はぁ!? マジかよ隊長!」
「大変だ……これはとっても、大変だっ!!」
ふさふさ毛皮に、伸びた鼻先。きらりと光る白い前歯。それが並んで、300以上。
どれもこれもが剣や杖を持ち、確かな知性をその目に宿して、足並みを揃えて行進している。
新種族 "ラットマン" の、大攻勢。
…………リザードマンのまばらな侵攻とは比べるべくもない、種族まるごと一丸となった進軍だ。
「ど、どうするんだよ隊長!」
「…………」
「隊長?」
「……どうしよう。お腹痛くなってきた」
「隊長!?」
このまま進めば、リビハの首都だ。きっと『ゲート』が狙われて、それが壊れたら――――――初めてこの地に降り立った時の説明通りに、あの場にダイブインする事が不可能となる。
未だかつてないほど本格的な、リビハプレイヤー未曾有の大ピンチ。
……なにこれ。トラブルの規模が大きすぎるよ。
私一人の【正義】だなんだで、どうにかなる物じゃない気がする。