閑話 マグリョウ、デートする
□■□ 首都東 出てすぐの草原地帯 二つの岩がある所 □■□
「…………よう、サクリファクト」
「ちわっす。どうしたんすか? カニャニャックさんに『マグリョウが待ってるから、首都を東に出てすぐの双子岩に行ってくれ』って言われて来ましたけど」
トカゲ人間との戦いから、現実世界で三日後の今日。
コイツの生活パターン的に、ぼちぼちダイブをするかと予測した俺の考えは、どうやら間違いでは無かったようだ。
コイツを呼ぶようにとカニャニャックへ言伝を頼み、首都東で黄昏ていた所。
いつもの黒っぽい皮鎧に、緑がかった暗い色の外套という……どこか俺に似た雰囲気の装備のサクリファクトが、ぶらぶらだらりと歩いて来た。
「……ちょっと、聞いて欲しい事があってな」
「……聞いて欲しい事? なんか、珍しいっすね。マグリョウさんがただのお喋りで呼び出すの」
「……ああ。この【死灰】のトーク・ショーなんざ、滅多に無い事だぜ。と言ってもお題は…………泣き言のようなモンだけどな」
「…………泣き言? まぁ、何でも聞きますけど」
不思議そうな顔をしながら、近くに腰を下ろすサクリファクト。
……正面でも真横でもなく、微妙に距離を置いた斜め前。なるほど、人と話す時はそういう位置が良いのか。
確かにプレッシャーを感じる事もなく、顔も見れるし目を逸らすのも容易な距離感だ。
こういう細かい所で、コミュニケーションのいろはを教えて貰っているような気がするな。
「……実はな…………いや、その前に、だ」
「ん?」
「今から俺が話す事に対して、謝ったり負い目を感じたりする必要はねぇ。そういう思いを持って欲しい訳じゃ無いんだ。まずはそれを、念頭に置いといてくれ」
「…………? ……わかり、ましたけど」
言っておかねば、きっとコイツは頭を下げる。それは俺の望む所じゃねぇ。
ただ聞いて欲しいだけの話で、聞かせなければならない理由もある物なんだ。
……そして出来れば、助言が欲しい。人付き合いの先輩として。そして俺の、友達として。
◇◇◇
「…………俺を追う、気色の悪いストーカーが居るのは知ってるな?」
「あ~……あのリスドラゴンの時の、黒い女っすよね。リザードマン戦の時も、どこかからカメラで撮影してたと聞きましたよ」
「そうだ。これからするのは、ソレの話だ」
「へぇ~、なんすか?」
「…………俺は、昨日……あいつと、デートをした」
「へぇ~…………えっ!?」
――――――――――――
…………あれは、昨日の昼前の事だ。
とある理由から、アイツと一日過ごすハメになった俺は……沈む気持ちと重い体を引きずるようにして、待ち合わせ場所へと向かったんだ。
"あわよくば、居ないでいてくれ" ……なんて願ってみたけど、まぁ……届かないよな。
残念ながらも予定通りに、真っ黒いローブを着た怨霊のような一人の女が、そこに居たんだ。
『うふふ、うふふ。マグリョウ、おはよう? レイナはずうっと待ってたよ。マグリョウのためだったら、体が朽ち果てるその日まででも、いつまでだって待てるのだから』
『…………』
『てっきり、てっきりね? すっぽかされちゃうかと思ってね? 一応、サクくんの場所も覚えておいたよ。いつでも殺しに行けるようにって。ね? ね? お利口でしょ? そうすればマグリョウは、絶対来てくれるってわかってたからね? えへへ。マグリョウの事は、なんだってわかるの』
『……あいつに手ぇだしたら――――』
『大丈夫、大丈夫だよマグリョウ。うふふ。最初は憎くて憎くてしようがなかったサクくんだけど、今ではマグリョウの一部だもんね。レイナはマグリョウの、全部を愛してあげられるから。貴方の片腕まで全部全部、ちゃあんと愛してあげられるからね。心配しないで? 大丈夫だよ』
『…………』
『じゃあ、いこう? 一緒にいこう? 最初はレイナとマグリョウが、初めて出会ったあそこにいこう? きっとまだ、レイナの血は残っているよ。地面いっぱい真っ赤だよ。だってレイナは忘れてないもの。ね、いこう? 逝こう?』
『…………はぁ』
『 ね ぇ 』
『――――ヒッ!』
『駄目だよマグリョウ。今日は折角のデートなんだから。よそ見してると、殺しちゃうぞ? うふふ』
『一緒にいこうねぇ~……思い出の場所だよぉ~……ティレットちゃんも、居たら良かったのにねぇ~……うふふぅ』
『…………誰だよ、ティレットちゃんって』
――――――――――――
「うわぁ……何か、ヤバいっすね」
「前を歩いていたと思ったら、およそ人には不可能と思える角度で顔を振り向かせてな。心臓を鷲掴みにするような声で "ねぇ" って言うんだ。思わず俺も喉が引きつり、情けない声が出ちまった」
「うわ、こわ…………っていうか、一体どうしてそんな事に? とある理由って、何ですか?」
「……いや…………これは、取引だったんだ。俺が望んだとも言える」
「…………取引?」
「お前がリザードマンに攫われたあの日、カニャニャックの店でだらだらしてた俺の所へ、あいつが……スーゴ・レイナがやってきた。お前の状況を継ぎ接ぎの言葉で俺に伝えて、最後に交換条件を突きつけて来たんだ」
「それが、その……?」
「ああ。 "サクリファクトの位置が知りたければ、丸一日レイナに付き合え" と」
「…………それで、その条件を?」
「ああ、飲んだ。そうするしか無いと思ったからな」
「……俺は――――――」
「謝るなよ。これは俺が望んだ事だ。お前に謝って欲しいとか、恩を感じて欲しいとか、そういうつもりで言ってるんじゃねぇんだ」
「…………はい」
「これはただの、愚痴みたいなもんだ。お前はそれを聞いてくれさえいればいい」
口では相槌をうちながら、納得のいかない顔つきをするサクリファクト。こんな事を言われて、何とも言い難いってのもよくわかる。
だけど言わずにいられない。俺の心をなだめるためと、コイツの今後のためにも、だ。
「そうして俺とあいつの、忘れられない一日が始まった。あいつがしきりに『デート』と言うから、俺もそう表現しちゃいるが…………アレはそんなモンじゃなかったぜ」
「……あんな陰気な女と連れ歩きだとか……一体どんな事をしたって言うんすか?」
「うん…………なんつーか…………そうだな……。言うなれば、悪魔の儀式とか、そんな感じだったな」
「おお、それはまた……」
「あとはアレだ。ひたすらな恐怖体験。それに尽きる」
――――――――――――
…………俺を出迎えたあいつと一緒に、薄暗い森を歩き始めた。
森のざわめきに耳をくすぐられながら、木々の合間をとすとす踏み鳴らす俺の足音。
それを追うようにして、レイナの "ずる……ずる……" と言った引きずるような移動音。
……何だかいつもより、森の空気も冷えているようだったぜ。
……そんな時間を無言で過ごす、10分程度の合間にも。
あいつは、とことんイカれていやがったんだ。
『……うん、うん。そうだね。ありがとう。レイナはがんばる。がんばるよ』
『…………』
『え? そうなの? そうなんだ。凄いね。嬉しいねぇ。それならレイナとマグリョウは、ずっと一緒にいられるんだね』
『…………おい』
『ん? どうしたの? マグリョウ。レイナにご用?』
『……お前はさっきから……誰と喋ってんだよ』
『え? "ピーゼロニ・スポンデ" ちゃんだよ? ここでお話しているじゃない。聞こえないの?』
『…………き、聞こえねぇよ』
『うふふ。 "私は深淵より這い出し冥府の暗光 ピーゼロニ・スポンデ" だって。実体は持っていないらしいよ? でも喋れるの。話せるの。レイナに色々教えてくれるの。凄いよねぇ。不思議だねぇ』
『…………』
――――――――――――
「……な、なんすかそれ」
「あれはきっと…………おばけだぜ。ああ、そうに違いない。絶対そうだ。レイナにだけは、その超常的な存在が、はっきり見えていたんだよ……」
「や、やめてくださいよ……俺、そういう霊的な物とか苦手なんすから」
「俺だって大嫌いだ。ピーマンよりも嫌いだぜ。想像してみろサクリファクト。隣でボソボソぶつぶつと、虚空に向かって話しかけてんだぞ? それもずっとだ。クソ怖いだろ?」
「ヒィ~ッ」
「俺は昨晩、電気を消して眠れなかったぜ。シャワーだって浴びてない。そういうのに狙われると、背後が危ないと聞くからな」
「……確かに。それは英断っすよ」
これが、わざわざ昨日の出来事をコイツに語る、その理由だ。
怖いんだよ。単純に。誰かに言わなきゃ頭の中でぐるぐるなって、忘れたくても忘れられないんだ。
友達に相談して厄を祓って、この体にまとわり付いた "オバケ感" を消さなきゃいけない。
そうして身を清めたりしないと、いつまでもオバケに好かれる――――そう、2525ちゃんねるで見たのだから。
「……そして、俺たちはダンジョンへと辿り着いた。南の森深部にある、前にお前と一緒に行った所だ」
「ああ、あそこっすか。懐かしいですね」
――――――――――――
…………そんな恐怖に耐えながら、やっとの思いで辿り着いた、南の森のダンジョン入り口。
いつもは胸が高鳴って仕方がないその場所も、その時ばかりは憂鬱だった。
あんな気持ちでダンジョンへ入るのは、後にも先にも一度きりだろう。
……あいつと二人で中へと入り、一番始めの分かれ道。
右に進めば奥へと行けて、左は行き止まりに罠しかない分岐路だ。
そこをレイナは、左に行った。最初の頃に何度か行ったきり、俺がしばらく行っていなかった、左の道に。
『見て。マグリョウ、見て。懐かしいね? 見て。初めてレイナと出会ったここは、今でもしっかり血まみれなのね』
『……どこにも血なんてねぇだろうが。変な積石は置いてあるけど』
『これはお墓。ここでね、いつもこれを見てるの。ずっとずっと忘れない、大事な大事な思い出だから。このお墓に、この手袋を乗せてね。お手手をくんで、目を閉じて。そうして思いを馳せてるの』
『…………何だそりゃ? 赤い、手袋?』
『ティレットちゃんとレイナの、仲良しの証だよ。レイナはこれを見る度に、ティレットちゃんを思い出せるの。大好き、大好きだよティレットちゃん。私はあなたを、ずうっと忘れないからね』
――――――――――――
「それって、まさか」
「…………」
「あの女、スーゴ・レイナは……そこで友達を、亡くしたんですか? それってそういう事っすよね?」
「…………」
「……でも結局、ゲームだから…… "死に戻り" はするだろうし……何だろう? ペットとかかな?」
「……俺も、そう思った。そうして捻じ曲がってしまったのかと、そう考えた。だが…………」
「……だが?」
「実際は、まるで逆だった。予想の斜め上だったんだぜ」
――――――――――――
…………俺はそうして積石の前で手をくんで、じっと動かず祈るレイナの背中を見つめてた。
今お前が言ったように、大事な何かを失くしたのかと、予想をしてな。
……だから、思った。ちょっとは人間らしい、情に厚い部分も見れたなって。
それなら少しは、コイツの気持ちも理解する事が出来るかなって。
そうして俺は、レイナに声をかけたんだ。
『……そうか…………お前は…………ここで大事な友達を、亡くしてしまったんだな。ここはその子の、お墓なんだな』
『え? ううん。違うよ?』
『……えっ』
『これはレイナのお墓だよ? ここはレイナがティレットちゃんに、裏切り殺された思い出の場所なの。だからずうっと忘れないんだ。この血もずっと消えないんだ。ずっとずうっと、うらめしやなんだ』
『…………』
『レイナを裏切った。レイナの気持ちを裏切った。友達なのに、親友なのに、ずっと一緒だって言ったのに。酷い。憎い。恨んでやる。呪ってやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる』
『…………うわぁ……』
『会いたいよ。殺したいよ。遊びたいよ。復讐したいよ。お話したいよ。会いたいよ。直接呪いを刻みたい。あなたの体に藁人形をくくりつけて、釘を根こそぎ打ち込みたいよ。手袋を編むみたいにして。一本一本、丁寧に』
『…………ひぇっ』
『……うん、うん、ありがと、スポンデちゃん。レイナは頑張るよ。忘れず頑張る。うらめしやって、ずっと覚えているからね。スポンデちゃんもお手伝いしてね。うふふ』
――――――――――――
「怖っ!!」
「クッソ怖いだろ? あいつは本当にヤバすぎるんだと、再認識した瞬間だったぜ。血なんてどこにも無いってのに、血まみれだなんだと嬉しそうに言ってよ。……それに加えて、ティレットとか言う知らん奴への、感情の篭もりまくった恨み節だ。目とかもう、完全にイっちゃってたんだぜ」
「あの姿でそんな事言ってるのを想像するだけで……ぶるりと震えが来るようっすよ」
「そうして最後は『すぽんで』とか言う背後霊的なモノと、楽しそうに会話までしやがるんだ。俺はヤツの後ろに、立ち並ぶ墓石とヒトダマを幻視したね」
「ヒエ~ッ」
◇◇◇
「っていうか、マグリョウ先輩」
「ぁん?」
「そもそもの話、どうしてそこまで好かれちゃってるんですか?」
「…………知らねぇ」
「し、知らないって」
「本当に身に覚えがねぇんだよ。初めて会ったのだって、ろくに覚えてなかったし」
「何かしたんじゃないんすか? 惚れられるような、男前な事とか」
「……いや、してないはずだ。何しろ…………」
「何しろ?」
「俺はアイツを見つけては、殺し続けてただけだったからな」
「…………えぇ……」
――――――――――――
…………サクリファクトの疑問はもっともだ。俺も幾度も自問した。
『何故コイツは、俺にこうまで粘着するのか?』それさえわかれば、退避も出来るかと思ってな。
……だけど結局、わからなかった。
どれほど記憶を掘り返しても、俺に覚えがあるのは―――― "只々殺すか、殺されるかと言う関係" ……そればかりなんだから。
優しくした覚えもなければ、朗らかな会話をした事だって一度も無い。
あいつと俺の間にあるのは『殺意』という名の、純粋で誠実なコミュニケーションだけだったはずだ。確実に。
……と、俺がそんな考えを巡らせている間に、祈りを済ませたレイナが立ち上がる。
で、用は済んだとばかりに俺の手を引き、ダンジョンの外へと抜け出した。
『懐かしいね。この木。マグリョウがダンジョンから出て、装備の点検をする目印の木だよ。レイナはここで幾度も殺されたの』
『……てめぇは殺気が強すぎるんだよ。ちっとは学べ幽霊女』
『えへへ、だって、だって。我慢できないんだもの。マグリョウを刺して、ぐちゃぐちゃにかき回して。そうしてマグリョウがレイナに命乞いをする時を想像するだけで、レイナの胸はとくとく鳴っちゃうんだ。だからね、幸せ。とっても幸せ。明日はどうやって殺しに行こうかなって、わくわくしちゃって仕方がないの』
『…………てめぇがどれだけ身を隠そうと、この【死灰】を殺すには至らねえ。俺はいつでも致命の準備を構えているぞ』
『うん、うん。だからね。だからレイナは、マグリョウが大好きなの。愛しているの。うふふ、大好き。両思いだね? 恥ずかしいな』
『…………』
『レイナはずっとあなたを見てるよ。あなたもレイナを、ずうっと見てるの。これって相思相愛ね。レイナは男の人とお付き合いするの、はじめてなんだ。うふふ、えへへ』
『…………何を、言ってんだよ……お前は……』
『大丈夫だよ、大丈夫。レイナはあなたの全てを愛すよ。一欠片だって逃さずに、全部全部を愛すから。一欠片だって、逃さない。逃さないぞ。ティレットちゃんみたいには、逃さない。絶対逃さないからな。どこまでだって追いかける。地の果てだって、暗闇の奥の奥だって、ずっとずっと追いかけてやる』
『…………』
――――――――――――
「うわぁ…………もう完全に怨霊じゃないっすか……」
「こうして語る分にはまだマシなんだぜ。あいつはそんな事をまくしたてながら、ぐるんぐるんと首を動かして、だけれど視線だけは外さないんだ。壊れた自動人形みたいな動きでぐるんぐるんと顔を傾けながら、じーっとこっちを見続けるんだ」
「……ヒエッ」
「……俺はあんなに怖いもの、他に見た事がないと断言出来るぜ」
「俺もトラウマになりそうっすよ。怪談話を聞いてる気分だ」
そうして自身を抱くようにするサクリファクト。
確かにこれは、インターネットでもよく見られる、オカルティックな与太話のようであるけれど。
この話ってのは、そうじゃない。フィクションではない、ガチ話だ。
俺にとっても、サクリファクトにとっても。
「……最初に俺は、言ったよな。これは愚痴だと。お前に聞いて欲しいだけだ、と」
「ん? ……そっすね」
「本当は、少しだけ違う。ただ愚痴ってるだけじゃあないんだ」
「……へぇ。じゃあどういった事っすか? 厄払いとか?」
「それも無きにしもあらずってもんだが、もう一つ」
「なんでしょう」
「…………あいつは、レイナは……お前の事も、見ているんだ」
「……え? …………えっ!?」
――――――――――――
…………そもそも、だ。
どうしてお前が攫われた位置を、レイナが知っていたのかって話だぜ。
あいつが追うのは【死灰】のマグリョウ、その全て。
一欠片も余すこと無く、その仄暗い眼に写し続けてる。
だから、その瞳には――――【死灰の片腕】も、映っていたんだ。
『大丈夫だよ、マグリョウ。あなたの髪も、あなたの足跡も。そしてあなたの新しい片腕も、レイナはちゃあんと見つめているからね』
『…………おい、それって』
『うふふ、サクリファクトくん。サクくん。素敵ね? マグリョウの半身。マグリョウの大切な子。レイナはあの子も、大好きよ』
『……あいつに手ぇだしやがったら…………』
『うふふふ、うふふ。あのね? 最初は凄く憎かったの。マグリョウの孤独を埋める席は、レイナが予約していたのにね? そこに割り込む不届き者は、ぶっ殺そうって思ったの。毎日毎日追いかけ続けて、殺す瞬間を狙ってたんだよ?』
『…………』
『だけれど、あの子は、サクくんは…………ずーっと首都に引きこもって、中々お外に出なかった。やきもきしちゃった。殺したいよ殺したいよって、レイナは思わず、自分で自分を刺しちゃった。自傷行為で泣いちゃったの。サクくんのせいだよね。酷い子だよね』
『……いや、それはお前が勝手にやったんだろ』
『それでね? ようやくお外に出たと思ったらね? 今度は【殺界】が隣にいるんだもの。ああ、また殺せない。折角殺せると思ったのに! レイナをそうして虐めてくる! 酷い! 酷い!』
『…………』
『……あんまりムカついたものだから、南の森で見つけた二つ頭の蛇に、八つ当たりをしちゃったよ。皮を剥いだりお湯につけたり、尻尾を細かく刻んで頭に食べさせたり』
『……ヘビ…………この森に?』
『だけれどその後、あの子は変わった。マグリョウがナイフで刺した、あの時からね。変わったの』
『……それも見てたのかよ』
『うふふ、マグリョウ。初めて見たよ。あなたの涙目。可愛い泣き顔。レイナはきゅんとしちゃったよ』
『…………』
『そして、そんなマグリョウの、心の隙間を埋めたサクくん。ぽっかり空いてた所に入って、マグリョウにとって無くてはならない存在になっちゃった。そうでしょ? レイナはわかるよ。そうなんだよね? ね?』
『…………まぁ……』
『だからレイナは愛するよ。マグリョウの全部、その髪の毛一本までね? 愛してる。だからね、そんなマグリョウの大事な半身だって、愛せるよ。ちゃんと愛してあげられる。死んじゃう所を見ててあげるし、レイナが殺してあげるんだよ』
『…………意味わかんねぇよ、クレイジー女……』
――――――――――――
「え、俺……そういう感じになってるんすか? すげえ嫌なんすけど」
「ああ、レイナはお前にも憑いている。これはある意味、俺の落ち度だ。悪いな」
「いや、マグリョウさんが謝る事じゃないっすけど…………」
「そういう訳で、注意喚起だ。レイナの "愛" は……ストーキングと殺害、その二つ。どちらにも気をつけておけ。一応な」
「気をつけろって言われても……」
「まぁ、アレだ。隙を見せなきゃいいだけだぜ」
「殺しに来るのはまだしも、付きまとわれるってのは…………」
「よっぽど鬱陶しい時は、強制ダイブアウトでもすりゃあ良いんだ。リビハのオバケにサヨウナラってな」
「なるほど。それは名案――――――」
「 ね ぇ 」
「――――ッ!? ヒィ~ッ! 出たぁ!?」
「てめぇ、レイナ……近くにいやがったのか」
「ねぇ? マグリョウ? レイナの髪留めを知らない? デートの時から見当たらないの。22個の内一つだけ、どこを探しても見つからないの。マグリョウ、知らない? 持ってない?」
「……知らねぇ。知らねぇから、どっかいけ」
「おかしいなぁ? 大事な大事な、髪留めなのに。どこかで落としちゃったかなぁ? 悲しい。悲しい。レイナは悲しい」
おろおろしながらキョロキョロと、辺りを見渡すようにするレイナ。
明るい首都東の草原であっても、コイツがそこに居るだけで…………仄暗いお化け屋敷に変貌するぜ。
大体、何だよ髪留めって。異様に黒くて異常に長い髪の毛の、あっちこっちについてるじゃねぇか。
そんだけあれば十分だろうに。
「悲しい。悲しい…………あ、そうだ。ねぇ、マグリョウ?」
「…………んだよ」
「昨日の夜は、お部屋の電気、ずうっと点いてたね」
「…………!?」
「つけっぱなしで寝ちゃったの? 駄目だよ。ちゃんと消さないと」
「……え……それって……マ、マグリョウさん…………」
「あとね? ゴミの分別、出来ていなかったよ? アイスも食べ過ぎ。体に悪いよ?」
「…………」
「仕方がないから今度レイナが、ご飯を作っておいてあげるねぇ。お醤油は買った? この前切らしていたよねぇ」
◇◇◇
◇◇◇
「……なぁ、サクリファクト」
「……なんすか」
「今日お前の家、行っていい?」
「え……嫌です」
「何でだよぉ! 友達だろぉ!?」
「と、友達だけど、それは流石に無理っす! マグリョウさんを家に入れて、アイツが俺んちにまで来たらどうするんすか! リアルストーキングとか、流石に無いっすよっ!!」
「泊めてくれよぉ! 一人じゃ眠れねぇんだよぉ!!」
「い、嫌っすよ!」
「…………どうしよう。外泊でもするか」
「外に出る前に、部屋に塩とかを撒いたほうが良いっすよ」
「ええと、江戸川区のホテルは…………」
「……ちょっと待って下さい。何で東京に来るんすか?」
「……サクリファクト、江戸川だろ? この【死灰】のマグリョウの見立てでは、近くに知り合いがいるほうが、色々安心出来ると考えるぜ」
「…………いや、俺青森っす。宮城のマグリョウさんは、北上するべきですよ」
「おい! 嘘つくんじゃねぇ! お前が江戸川に住んでるって、前に絶対聞いたはずだぞ!!」
「ホントウっすよ。ヒッコシしたんすよ~」
「白々しいぞサクリファクトォ! お前も一緒に呪われろよぉ!!」
「あっ! やっぱり巻き込む気満々じゃないっすか!!」
・おまけ
・レイナがサクリファクトの命を狙っていたのは、リスドラゴン戦の直後くらいからです。
(「中々外に出てこない」と言っていたのは、サクリファクトがトラウマで首都に引きこもっていたため)
・リザードマン襲撃の日、レイナはサクリファクトたちがインゴットを掘っている時からずっと見ていました。
・レイナの髪飾りは、ダンジョンにいる虫型モンスターのアゴや爪を加工した物です。マグリョウが極たまにダンジョンでデスすると、そのトドメを刺した虫の一部を持ち帰り、裁縫師のスキルで髪留めにして頭に付けています。形は大体虫の一部のままなので、よく見るとキモいです。
(リスドラゴン時にサクリファクトが語っていたように、レイナは黒髪のあちこちに髪留めをぶら下げています。サクリファクトは『メリー・ゴー・ラウンドみたいだ』と言いましたが、富士急ハイランドにある神アトラクション『鉄骨番長』のほうが近いです)
・リザードマンがプレイヤーたちに対して特別に残忍なのは、レイナが原因です。
→とあるリザードマンの調教師のペットである『中和のヘビ』を、【殺界】が連れてくる。
→その『中和のヘビ』を見つけたレイナが、八つ当たりで虐め倒す。
→調教師のペットは主人とパスが繋がっているので、『中和のヘビ』の飼い主がぼんやりながらも結構な恐怖体験をする。
→リザードマンにとってのプレイヤーは、とても残忍で容赦の要らない相手だと認識される。
→ジャシャァ~ッ! という感じになりました。
『中和のヘビ』は本来花畑の最奥(花畑にあるダンジョン入り口付近)だけに生息する生き物です。