第二十七話 外れで命を落とすなら、逆の場合は何を得るのだ
――――――俺に新しい二つ名がついた。その名は【金王の好敵手】。
それに付随して齎された能力は、『カルマ値を全消費し、ローグのスキル効果を上昇させる』と言うもの。
そう語るだけ語ったRe:behindの最上位存在…… "MOKU" という名のマザーAIは、要件は済んだとばかりにあっさり姿をくらませた。
元から見えては無かったけどさ。
…………正直、困るな。曖昧すぎる。
効果の上昇とはどれほどなんだ? っていうか、どういう形で "上昇" するんだよ。
魔法を止めたり、反撃ダメージを与えたり、回復効果の阻害をしたりと……とにかく様々な効果があるならず者のスキルを、ただただ "上昇させる" と言われても。
何がどうなるのか、これっぽっちもわからないぞ。
それに、そのデメリット。消費する物も問題だ。
『カルマ値』。それは善悪の数値化。
この世界にとって、良き者なのか悪しき者なのかを定める――――通称では『良い子ポイント』なんて呼ばれたりもする大切な物だ。
それを、全消費。つまりはゼロにすると言うのは……中々の覚悟が必要になる。
…………そもそもの話。
その『カルマ値』という物は、マスクデータ――――確かに存在はしているものの、俺たちには見る事の出来ない数値だ。
メニュー画面を開いても載っていないし、誰かに聞いても答えがある訳でもない。唯一その値がどれほどかと確認する方法は、『接触防止バリアが働くか、否か』という乱暴な手段しか存在しないんだ。
上げ方も不明。下がり方もぼんやり。現在の値を確認する事も出来ず、ようやく知る事が出来る機会は "安全地帯で殺されるほどの存在になった時" だけ。
ついでに言えば、そんな存在――――いわゆる、バリアによって守られない『悪いプレイヤー』になった事が、周りにバレたら…………
…………殺してもいい存在として、名声と金を求めるプレイヤーたちに、袋叩きにされるばかりだろうな。
……っていうか、その二つ名効果で "何をするのか" も、難しいよな。
『ヴァイヴァー』の効果を上昇させて、反撃ダメージを大きくする? そうなる保証も無いと言うのに、それに頼るのか?
『サキラ』で五感を鈍らせるか? それはどれほどの物になる?
『死人の荒い息遣い』で回復効果の無効――――それは無理だ。触れないといけない条件があるし、その前提条件が変わるとは思えない。
『一切れのケーキ』で自身の反応速度を上昇――――だめだ。慣れない強化は事故の元。足が10倍早くなったら、多分転んで膝を擦りむく。
いっそ『我が二枚貝』で、"ローグのスキル効果を上昇させる、という効果を上昇させる" と言うのはどうだろう。
良いかも。ランプの魔神に "一つ目の願いは、願いを三つ増やしてくれという願いだ" とでも言うような、とんちを効かせたひねくれ者の答えかもしれない。俺らしい。
…………迷う。何をするべきか、どうすればいいのか。そもそもその効果を使うべきなのか、と。
結局の所、俺は平凡な一般人なんだ。唐突に大きな力を与えられても、その使い方がわからぬ内は、どうしたって手に余らせてしまう。
実験したい。どれが、どれほど、どうなるのかを。
それを知って、理解してから、丁寧に策に組み込みたい。
出たとこ勝負は趣味じゃないんだ。そういう生き方は、余りして来なかったから。
…………だけど。
「――――しぶてぇなぁ、青トカゲェっ!」
「……シ」
「『キュシュルゥ』ッ!」
「……チッ」
こちらを油断なく見つめる斧持ちや剣持ちリザードマンの後ろから、魔法師タイプのリザードマンがスペルを放つ。
それはマグリョウさんへと飛んで行き、彼に回避を強要する。
青鱗への致命打を与えようとしていた、彼に。
時間が無い。猶予は過ぎた。いよいよ奴らは、『ガン待ち』からマグリョウさんへの妨害行為をし始めた。
…………思考している暇はない。今すぐ俺が、なんとかしなくては。
マグリョウさんがそれを任せてくれたのだから、何としてでもやらなくちゃいけない。
やりきる。マグリョウさんのため、俺のため。
彼に憂いなく力を振るわせるため。俺が彼の片腕たるために。
ちっぽけなプライドと、友のため。全てを差し出し、やりきるべきだ。
やろう。本気で。ありったけで。
この局面で訪れた、またと無いようなこの機会。
迷うな、俺。出し切れ、サクリファクト。
「やるぞ、やってやる…………俺は【死灰の片腕】なんだ」
「ジジィ?」
俺は弱い。装備は安物で、レベルも低い。経験も足りなければ、知識もそれほどじゃない。特別な才能だって、ありはしないんだ。
だから、何でもするしかない。持ってる物を全部使って、今この時だけの、捨て身の覚悟で。
…………ああ、そう考えれば……これはなによりだ。
自己犠牲を顧みない、自身を生贄にして、願いをかなえる俺にこそ。
"カルマ値を全て消費する" と言うこの二つ名は、ぴったりなんだ。
「――――行くぞっ!」
「ジッ!?」
「『我が二枚貝』ッ!『ヴァイヴァー』ッ!!」
死灰という単語を口にして、灰のオーラを再度身にまとう。
右手には剣。左手には『爆発のポーション』を二つ持ち――――そのまま駆け出し、反撃ダメージを与えるトゲを体に生やして、突っ込む。
「うぉぉっ!!」
「ジァッ!」
最前列の斧持ちへと真っ直ぐ突っ込み――――スライディング。
どっしり構えたトカゲの足は、細身の俺を難なく通過させた。
入ったぞ。お前らの陣に。
「弾ける小瓶だっ! 一緒に食らえっ!」
「ジジッ!?」
二つの内一つを投げつけ、割れた小瓶を爆発させる。アイテムによって自身も巻き込まれるケースが『自傷行為』とならないのは……確認済みだ。それでも結構痛いし熱いんだけどさ。
「ギァッ!」
「うらぁっ!!」
魔法師トカゲの近くにいた剣持ちが、爆風でよろめきながら…………俺に向かって剣を突き出す。
避けられなくもない。だけど、避けない。
避ける時間を反撃に回し、トカゲの突きを迎え入れながらに、俺も突く。
ダメージの等価交換だ。
「ギッ!?」
「……スキル分だけ、おまけしとくぜ」
俺が受けたのは、トカゲの突きだけ。
トカゲが受けたのは、俺の突きと…………『ヴァイヴァー』の反撃分だ。
ならず者から贈られる大サービスだぜ、喜びやがれ爬虫類。
「我慢比べだ。剣も斧も熱いのも、俺はさっきまでやられてたから……ある程度は慣れてるぜ」
「ギィィ……ッ」
「弱音を吐くなよリザードマン。お前だって男だろ。俺は耐えたぞ。頑張って泣かなかったんだ」
爆風をトカゲ共々身に受ける、剣をお互い突き刺し合う――――痛み分け。
何も持たない俺だから、ひとより多目に何かを差し出す――――なりふり構わぬ攻勢だ。
痛いか、リザードマン。痛いだろうよ、クソトカゲめ。
俺だって痛い。痛くて辛くて苦しいけれど。
――――やられるばかりのさっきよりは、ずっとずっと清々しいんだぜ。
「ジァァッ!!」
「……おっと」
斧持ちが蹴りつけて来るのを、体を反らして難なく避ける。
ヘロヘロの蹴り。その手の斧は豪華な物だけど、格闘は不慣れのようだ。いや、さもありなん。そうでなければああまで大股開きで仁王立ちはしなかっただろうな。
――――――ヒーラーと魔法師からなる、後衛。それらを守る陣形。
その選択はとても厄介であったけど、ある意味で幸運でもあった。
こいつらは、こういう場に慣れていない。
青鱗の統率がなければ、散発的に攻撃するしか出来ないような――――パーティプレイ経験の浅さ。それがある。
だから、この密集。
ぎゅうぎゅう詰めにも程があるから、剣を振れずに突きをして、斧が振れずに蹴りをする。
"同士討ち" を恐れる余り、この中に潜り込んだ俺に対して……のびのびと得意な攻撃を繰り出す事が、不可能となっている。
あのマグリョウさんですら、不慣れなパーティ戦ではミスをするんだ。
ならばこのトカゲ共は……明らかな失態を犯すか、それに怯えて足が竦むか。どちらかなのは明白ってもんだぜ。
ちなみに、最悪のケースとして――――凶暴なトカゲ面だし、味方殺しも上等だぜ! って具合で来る事も覚悟していたけど…………そこまで狂暴ではないらしい。
いや、それもそうか。
笑って怒って、ああまで感情豊かなコイツらだ。俺たちのような仲間意識も、持つのだろう。トカゲながらに。
という訳で、ここまでは大方予想通り。
「ジャァッ!」
「シャ! ………… "シュリィラ・シャサリ――――」
「 "キリルゥ・リリリルゥ――――」
「 "シュル――――」
「 "シィラ――――」
「……来たか。『ヴァイヴァー』」
しゃーしゃーしゅるしゅる喧しいのは、魔法師とヒーラートカゲだ。
斧持ちの号令を受け、全員で同時にスペルの構えを取っている。
それは恐らく、俺への対処。
俺が一匹ずつしか詠唱妨害出来ない事を覚え、それに対応した一斉詠唱。
全部がひといきで顔を出す、作りそこねたモグラたたきって感じだ。
…………そうだよな。そうなるよな。
対象指定型の『足を止めるスペル』や『体を重くするスペル』なんかがあるのなら、それをするのが最善だろう。
わかってた。
わかってたから、どうするのかも……考えたんだ。
――――――俺の新たな二つ名、【金王の好敵手】。
捧げられる物も曖昧で、使用して得られる物もよくわからない……まるで中の見えないブラックボックス。
安定なんて言葉とは程遠い、正しく出た所勝負のギャンブルだ。
「"シャリラル・シュリル――――」
それで良い。だからこそ良い。
"自分が扱いなれた物だけを使い、確実な勝利を" だなんて驕れるほどに、俺は大きな力を持っちゃいないんだしな。
その場にある全ての物を、小賢しい頭で全部利用し、捧げられる物があれば全て捧げる……それが俺の戦い方で、得意な生き方って奴なんだ。
「"キキリ・ルルゥ――――」
だから、考える。決して冴えてる訳でもない、極普通のこの頭で。
この二つ名が、どういった物なのかを……考えるんだ。
小さな気づきを巡らせて、一つ一つを揃えて行って。答えが見え無ければ、辿り着くまで思考を続け、ハズレの目が一番に減るまでそれを続ける。
小細工の積み重ね。さかしい考えを山になるまで蓄えて。
そうして得るのが、俺の策。
ランダム要素を出来うる限りに排除した、残すは "出来たら良いな" って祈るばかりの謀。
所詮、俺なんてただのモブだ。手軽な無双は出来っこないし、そんな世界は求めてない。
必死に頑張り、ひたすら目指して、とことん祈って……前を向く。
そうして得難き小さな望みを本気で掴み取るしか、選択肢のない "MMOをプレイする一人のプレイヤー" なんだから。
「 "シュレリィ――――」
だから散々、思考を巡らせた。
そうして色んな事を踏まえた結果…………つまる所、二つ名ってのは……『どうしてそれを得たのか』が重要だ、と。俺はそういう解釈に至った。
ならば俺は、それに賭ける。
大したモンじゃないこの頭で導き出した、俺なりの答えを頼りにして。
"二つ名が【金王】との関わりによって生まれたのなら、そういう形でこそ輝くものだ" と、そう思い…………そうであるよう、願うんだ。
「 "シィラルゥ――――」
金王の好敵手と言う名であるのなら。
アレクサンドロスに立ち向かうための物であるのなら。
ひたすらアイツに対峙する……そういう力であるべきだ。
とことん魔法師を殺すものであるべきだ。
ああ、きっとそうだろう。そういう二つ名なのだから、そういう形でこそ発揮されるべきなんだ。
「" シュシュラル――――」
きっとこれは、そうある力。
【金王の好敵手】と言う名の、 "アレクサンドロス" に抗うため力だ。
……その身で味わえクソトカゲ共。
これが、つべこべうるさい竜殺しすらも封殺する――――――
「『キャシィ――――……」
「――――金色塗れの王殺し……技能『シャッター』」
「…………ッ!?」
「……? …………!?」
「…………ッ」
ちりん、と何かが落ちる音。金貨が地面に溢れるような、澄んだ音色の金属音。
後衛トカゲの魔法は飛ばず、近接トカゲは技能も出せず。
トカゲを全員、黙らせた。
――――まるで時が止まったような静寂の中。
確かな出来栄えを、胸に感じる。
…………この場の賭けは、俺の勝ち。
"してやったり" だ。ざまあみろ。