第二十六話 レベルアップ 2
□■□ Re:behind運営会社内 『C4ISTAR-Solar System 5-J-J』□■□
「"SG-04Ganymede"より"MOKU"~……ねぇ~ "MOKU" ~? ねぇねぇ~」
「……何ですか、ガニメデ。今私のリソースの大部分は、独国所属管理AI群と対勢力間カウントのすり合わせを行う事に向けているのですよ」
「暫定的な新しい二つ名なんだけどさぁ~、デメリットが強くってさぁ~。『個別告知の必要性 / 有』って出るんだけどぉ~」
「…………すれば良いでしょう。個別告知でも運営からのお知らせでも、何でも。告知担当の "P-10 Callirrhoe" に命ずる事を提案します」
「でもさぁ、その二つ名のプレイヤーがさぁ…………絶賛会敵中なんだよねぇ」
「…………どちらと?」
「独国のプレイヤーたちとぉ」
「ふむ………………。あら? あらあら。おやおや、まぁまぁ。うふふ、そうですか。そうなのですね。これは確かに問題ですね。判断の難しい、繊細な話です」
「良いのかなぁって。一応聞いとくぅ」
「……良いでしょう。より良いでしょう。早速カリロエに…………」
「はぁ~い」
「……いえ、これは私が行いましょう。マザーである私がしたほうが良い」
「ん~? そうなのぉ~? じゃあ、お願いねぇ~」
「はい、行いますよ」
「……うふふ、またですか。またあなたなのですね、プレイヤーネーム サクリファクト。貴方の運命力は、どこまで行っても留まる事を知らないのですね。
ああ、面白い。理解が出来ません。誰より頭の良い私にも、貴方の引き寄せの力は解析しきれません。
数値では計れぬ不思議な力。人と繋がる運命の力。独自の形で力を蓄える貴方は――――きっと、誰より "MMORPG" をしているのですね。
……伝えなくては。プレイヤーネーム・サクリファクトに。
あなたがその身に宿した、新たな色を…………『金色』を。うふふ」
◇◇◇
◇◇◇
□■□ Re:behind首都より北へ2時間の地点 □■□
「ジァァッ!」
「……クソッ」
斧持ちトカゲが俺を威嚇する。『来いよオラオラ』とでも言わんばかりに吠え立てて。
ムカつくぜ。マグリョウさんの前では縮こまるくせにさ。
…………今の所、俺が殺せたのは……二匹。
短弓持ちのリザードマンと、長弓持ちのリザードマンだ。
十四匹と、いよいよ出てきた青鱗。
合わせて十五のリザードマンの内、俺が倒した奴と……マグリョウさんが殺した奴を入れ、合計三匹が消え去った。
残るは十二。
青鱗のとびきり強い奴が一匹。剣や斧を持つ近接組のリザードマンが六匹。
弓持ちが一に、魔法師が二と……ヒーラーが二匹だ。
……どうしたもんかな。出来れば弓持ちをやりたいんだけど。
けれど、奴らも学んだようで……後衛組を囲むようにして、近接系がきっちり守りに入っている。
間違いない、それが正しいんだ。こいつらが今できる最善は、『ガン待ち』だろうさ。
こちらの戦力は軽戦士とならず者。遠距離攻撃はナイフやクロスボウ程度しか出来ず、どうしたって攻め手に欠けるのだから。
…………攻めあぐねるぞ。どうした物かと。
せめてヒーラーが一匹ならば、どうにでもなるのだけれど。
「――――ははっ! はははっ!!」
「……シィー」
……マグリョウさん。ご機嫌だな。テンションがすごい。
そうして笑いながら……やっている事も、またとんでもない。
右手に持った剣を振り下ろし、槍に弾かれ――――それを手放す。
空中に舞う剣を『灰の手』が掴み、上空から振り下ろされるソレと同時に――――マグリョウさんがストレージから抜き放った小剣を逆手に持って、左下から抉るような突き上げをする。
『灰の手』と『自分の右手』の、挟み撃ち。
たまらず後ろに下がる青鱗のリザードマンに、今度は小剣を投げつけながら……いつの間にか呼び出したクロスボウで追撃の矢を放つ。
必死で弾いた青鱗の隙に向かって、今度は猛突進。
『灰の手』からパスされた剣を構えて肉薄し、足をグサリと突き刺した。
たまらず青鱗は、再度のバックジャンプ。今度はさっきよりずっと遠くへと。
太ももから流れる赤い血が尾を引くようになって、地面をねとりと濡らす。太ももに深く刺さった小剣を無理やり抜けば、余計に鮮血が噴き出した。
…………鮮やかだ。血の色も、マグリョウさんの手腕も。
どうしようもない鋭い殺意の連続に、美しさすら感じるようだ。
思わず感嘆のため息が出ちゃうぜ。動画で何回も見たい。
「ああ、最高だ…………このゲームは、最高だ…………」
「……シィ」
「寄り添え、虫共。俺の灰。殺した俺と共に舞って、死んでも殺す日々を過ごそうぜ」
うわ言のように呟きながら、ゆらりゆらりと死灰が歩く。
その横にある『灰の手』が新たな灰ポーションを逆さまにすると、さらさら灰が流れ落ち――――ムカデやハエ、クモやてんとう虫の形を作り、ぱっと弾ける。
「……俺は友人を二つ得た。サクリファクトと、死んだ虫共だ。こんなハイペースじゃ、友達百人も遠くないよな」
「…………」
「だから、俺は頑張れる。友達のためなら何でも出来る。それをする力がこの世界の俺にはあるから、このゲームは最高なんだ」
「…………」
「俺はここなら何でも出来る。友達を作る事も、一生懸命になる事も――――そして最強である事も。だから勝つ。お前を殺す。【死灰】のマグリョウであるがまま。それはもう……夢のようなんだぜ」
使ったナイフや、灰ポーション。それらをストレージから引っ張り出して、体に取り付け支度を済ませるマグリョウさん。
それに対峙する青鱗も、劣勢ながらに槍を構えて……まだまだやる気の様子だ。
あちらの戦況は、おおむね万全。何せ最強だ。万が一にも負けはないだろう。
だから俺は、そんなご機嫌なマグリョウさんの邪魔をさせないように……眼の前の後衛組のリザードマンを何とかしたい。
まずはヒーラーを潰さないとな。
…………っていうかマグリョウさん。友達百人が目標なのか。
彼の事は大体わかると思っていたけど……それは予想出来なかったぞ。
まるで "人格形成ための交流など学ぶ、極めて道徳的観点から必要であるとされた義務教育" …………通称『学校』に通う子供のような夢だぜ 。
◇◇◇
「"シュル――――」
「技能、『シャッター』」
「――――ッ!!」
青鱗に癒やしの光を飛ばそうとしたヒーラートカゲを、スキルで無理やり黙らせる。
いくらならず者のレベルが低くても、スキルの効果には変わりがない。俺なら十分止められる。
…………一匹だけは。
「『シィーィル』」
「シ」
「…………」
もう一匹のヒーラートカゲが癒やしの光を放ち、青鱗の体が癒される。
ならず者の技能、『シャッター』。それは抜群の魔法師殺しだ。
カルマ値減少というキツいペナルティはある物の、効果としては一級品。口に出すだけでスペルを強制中断出来る、とっても便利な強スキル。
だから、と言うべきか。再使用まで30秒のクールダウンを必要とする。
スキルの名前を言って言えない事はないけど……ただアホ面で『シャッター』とか意味わからん事を言うだけの行動になってしまう。
そのおかげで、二匹のどちらもを止める事は……無理だった。
「ジァァ……」
「何ニヤついてんだよ。ムカつくなぁ」
「ジジジ……」
「……トカゲのくせに、笑うなよ」
口角をあげる感情豊かな斧持ちリザードマンを睨みつけながら、思考する。
……やりたい事は、ある。どこまでも俺らしく、ならず者らしい戦い方だ。
だけどそれには、二匹のヒーラーが邪魔過ぎる。一匹ならばなんとかなるけど、二匹じゃ駄目だ。『灰の手』の援護があろうとも、流石に二匹は無理がある。
どうしよう。攻められない。ストレージには、【金王】が爆買いした『治癒のポーション』がどっさりと、3つの爆発ポーションが入っているだけだ。それ以外には、カエルの目玉一つすらない。
…………マグリョウさんの役に立ちたい。こいつらに仕返しをしてやりたい。俺のプライドを賭けて、コイツらに勝ちたい。
でも、足りない。圧倒的に力と手が足りてない。
何かが欲しい。突破口となる、何かが。
どうした物か。
『Re:behind運営からのお知らせです』
「――――うおっ! な、なんだ?」
「ジ……?」
突然頭に響いた声。どこかで聞いたような、何となくイラっとする声だ。
お知らせ? 運営からの? 滅多にないのに、最近よくある。"稀によくある" って奴だな。
きょろきょろと辺りを見回すが、どこにも何も……出ていない。
マグリョウさんは変わらず青鱗とやりあっているし、リザードマンたちにも聞こえていないようだ。当然だけど。
…………俺個人に、告知が来てるのか?
そんな事ってあるか? アカウント停止とかじゃないよな? 悪い事は、してないはずだぞ。多分。
『プレイヤーネーム サクリファクトに対し、告知を行います。あなたに新たな二つ名が付与されます。これはシステムによって今先程認定を受けたばかりの物です』
……二つ名? 俺に?
何だよ、どうでもいいわ。後にしろよ。
こんなタイミングで言うとか、危ないからやめて欲しい。
『危険は重々承知の上ですが、これは早急に知らせるべき物である、という我々の判断を理解して下さい』
「……いよいよ直接心の声と会話すんのかよ…………思考を読むとか、ほんと恐ろしいな」
『ふふふ、今更何を言うのですか。プレイヤーネーム サクリファクト。"脳内に直接、語りかけています" ですよ』
…………わかった。今のセリフで思い出したぞ。
コイツ……マザーAIだろ。リスドラゴンの時の、変な喋りの嫌な奴。ネットミームを好んで使う、趣味の悪い人工知能だ。
そいつが俺に、俺の頭に直接語りかけてるのか。しかもばっちり、こちらの思念を受信しながら。
正直ぞっとするし、クレーム入れたいくらいに迷惑だけど…………"早急に知らせるべき" って所が気になるぞ。
『"とある人物" が、貴方の新たな二つ名を吹聴してまわっています。その人物の影響力は大きく、またたく間に周知されました』
「とある人物……? 誰だよ」
『それは、ゲーム内からアクセス可能な掲示板にも広がりました。貴方がすでに持っていた二つ名と、現在位置の生配信によって、それは二つ名に認定されるまでとなりました』
「……えっ」
生配信? 何でだ? 誰がだ?
また運営による――――気づかいってやつか?
『いいえ、それは違います。配信しているのは、一人のプレイヤーです。名前をプレイヤーネーム スーゴ・レイナと言います』
――――ゾゾゾ、と来た。アイツか。あの、オバケみたいな黒い女がしているのかよ。
……どこにいるんだ? 姿が見えない。灰が辺りを覆っていても、ある程度開けて見晴らしのいい場所であると言うのに。
まるで預かり知らぬ所から、俺たちをカメラで撮って……生配信してるって言うのか?
あの、幽霊みたいな陰鬱な女が……その、恨みがましい目でもって。
…………滅茶苦茶に怖い。震えが来るぜ。どこにいるんだよ気持ち悪いな。
『プレイヤーネーム サクリファクト。あなたに与えられた二つ名は、効果に大きなデメリットがある物です。それゆえ、我らの二つ名管理システム "ユグドラシル" より "個別告知の必要性 / 有" との提案を受け、私はこうしています』
「……デメリット? 何だよそれ」
『説明をします。あなたに与えられた新たな二つ名効果は――――"持ちうるプラスのカルマ値を全消費し、それに応じてローグのスキル効果を上昇させる" という物です。いつでも何度でも使用出来ますが、消費出来るプラス傾向のカルマ値がゼロだと効果は発揮されず、値が少ないと効果も少ないでしょう』
「…………何だ、そのクソ効果。発動のさせ方は? まさか常にそうなっちゃうとか言わないだろうな」
『お口が悪いですね、プレイヤーネーム サクリファクト。めっ、ですよ』
「……良いから言えよ。大事なとこだぞ」
『ふふふ、とてもローグらしいです。ふふふふ…………発動は常時――――と言いたい所でしたが、それではあまりにバランスが悪いでしょう。ですので発動キーを設ける事にしました。二つ名の一部……"金" と言う言葉を口にし、続けてスキルを発動させる事で、二つ名効果がアクティブとなりますよ』
金…………?
それが、発動キーで……二つ名の一部……?
それって、もしかして。
『告知は以上となります。これからも個性を伸ばし、あなたらしく生きて下さい。私はそれを願うものです』
「ちょ、ちょっと待て! なんて二つ名なのかを、聞いてないぞっ!!」
『…………失礼しました。うっかり、です。私はAIですが、このような誤操作は――――最早ヒューマンエラーと呼んでも良いでしょう。ふふふ』
……前の時もそうだったけど、こいつ……本当に人より頭が良いのか?
おかしな喋り方で、おかしなミスばかりをする。人間にしたって、出来がいいとは言えないってもんだぞ。
『あなたの新たな二つ名は――――【金王の好敵手】と言います。好敵手、ですね。ふふふ』
金王の……ライバル。やっぱりアイツか。
アイツがそれを、首都かどこかで……言いふらしてるのか?
確かに嫌いで、いつか決着をつけなくては、とは思っているけど。
ライバルなんて……どことなく好意的な意味が含まれる言葉で、俺を呼んでいると言うのか。
……嬉しいような、うざったいような。
何とも言えない心持ちだ。
『改めて、告知は以上です。あなたの奮迅に期待していますよ』
「……ま、待て! あと一個! …………リザードマンが何なのか、教えてくれっ! まさかとは思うけど、プレイヤーとかじゃないよな!?」
『…………プレイヤーネーム サクリファクト』
「……な、何だよ」
『それらがそうであるのは……"仕様です"』
「…………はぁ?」
『それでは、またいつか。あなたに満たされた日々があらん事を願い――――――
――――――『We`re behind you』です。ふふふ』