第二十五話 レベルアップ 1
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□■□ Re:behind首都より北へ2時間の地点 □■□
「……サクリファクト。どれをやる?」
「後衛狙いで。二匹か三匹くらいは、やってやりますよ」
「よし、それなら五匹やれ」
「……スパルタっすね」
「ははっ、安心しろ。手は貸してやる」
灰ポーションの蓋を口で開けながら、俺に無茶を言うマグリョウさん。
俺自身が出来ると踏んだ数を、更に上乗せする身勝手な先輩は、今までに無いくらい機嫌が良さそうだ。
…………五匹、後衛トカゲを全部やれって言うのか。出来るかな。
いや、出来る。俺なら出来る。
何せそれを言うのは、『最強』であるマグリョウさんだ。彼が、俺にそれを言ったなら、きっと出来る。
不可能な事は言わない人だ。口だけとは対極に位置する。殺すと言ったら絶対殺すし、死ねと言ったら絶対死なす、有限実行にプライドをかける、どこまでも誠実で真面目な男だ。
なら、そんな彼が『やれ』と言ったなら……俺には出来るし、それをマグリョウさんが……させてくれるはずだ。必ずさ。
「よぉし、そんじゃあ、始めよう。……燃えるぜ」
マグリョウさんが腰のベルトからアンプルを取り、ぐいと傾け中身を口に含む。
半分ほど減ったそのアンプルから口を離したマグリョウさんは…………何気ない、本当に自然な動作で、それを近くの棍棒を持つリザードマンへと投げ渡す。
「……ギッ?」
思わず、と言った動作でそれを受け取るリザードマン。蓋の開いていたアンプルから、液体がこぽこぽ流れ出る。
俺はそんなやり取りを見ながら、剣を握って走り出す。
マグリョウさんは、もう始めている。
――――パチンとマグリョウさんが指を鳴らして、指をさす。
真っ直ぐ伸びた指の先から小さな火球がリザードマンへと飛んで行き…………その液体に濡れた手を、一瞬の内に炎が包み込んだ。
「ギ……ッ!? ギァァァッ!!」
動揺するリザードマンたちとは裏腹に、思惑通りに奇襲をしかけたマグリョウさんは、青鱗へと素早く駆け寄る。
…………だらんと剣をおろした格好のまま青鱗へと近づいて、口から液体を勢いよく吐き出した。アンプルに入っていたソレを、霧状にして浴びせるように。
「……シッ」
しかしそこは、やはりと言った所だろうか。
槍をドローンのプロペラのようにぐるぐる回し、液体を弾く青鱗。
流石の対応力だ。二つ名持ちは、伊達じゃない。
「……見上げた反応だな、槍トカゲ。………… "燃える液体" を、知っているのか?」
「シ」
マグリョウさんがクロスボウを取り出し、回転する槍へと撃ち出す。
地面ときっちり並行に、とてつもない速さで飛んだそのボルトが、槍のバリアに ぱきん と弾かれた。
ボルトに詰めてあったのであろう、黒い火薬が飛散する。
「弾けろ、『火』」
クロスボウを後ろに投げて、再び火を喚ぶマグリョウさん。
きらきら空気を輝かせる黒色火薬と接触し――――ぱぱぱん、と連続の小爆発が起こる。
……すでにそこには、青鱗は居ない。
咄嗟の判断で真後ろに大きくバックステップし、低い姿勢で槍を構えている。
「『コール・アイテム』」
「シッ!」
突撃。限界までしゃがんだ姿勢から、地面を舐めるようにする低空の突進だ。青鱗の背後にある青いオーラが、大口を開けたドラゴンのような形になっている。正直格好良い。
それはまるで、青く輝く一本の矢。
疾さ、重さ、穂先の鋭さ。そのどれをもが申し分の無い、必殺技と読んでも差し支えないほど完成された、一つの攻撃。
そんな青鱗が迫り来るのを、マグリョウさんは二つの小瓶を持ったまま微動だにせずじっと見つめて――――槍の穂先と灰色が ぶつかり合う、その直前。
ガヂャッ! という音。
それと同時に、青鱗が……まるで熱いものにでも触れたかのように飛び跳ね、横に逸れる。
「…………チッ。勘の良い野郎だぜ」
「…………シィ……」
俺にはわかる。
あの音は、マグリョウさんが愛用するトラバサミの音だ。愚直な突進に対し、さりげなく置いたトラップアイテムが閉まる音。
マグリョウさんはきっと、青鱗の突進を食らいながら足を封じ、手に持った『治癒のポーション』で体を癒やしながら……横にぷかぷか浮かぶ『爆発ポーション』でもって、ひといきに決めるつもりだったんだろう。
彼ならそうする。俺にはわかる。
マグリョウさんはそういう人だと、俺は知っているから。
…………そうだ、俺にはわかるんだ。
マグリョウさんがしたい事は何なのか、灰色の男の戦い方はどんな物か。
そして、そんな彼が……一番迷惑に思う敵が、どいつなのかと言う事も。
「……お前だろ、弓持ちぃ」
「シュル……ッ!?」
一瞬の内に始まったトップ同士の戦い。それは苛烈を極めてる。
【殺界】との戦いの時も激戦ではあったけど、あれよりずっと生き死にが近くにある。全てのアクションに即死効果がついているような、心底本気のぶつかり合いだ。
……そんな瞬きを許さぬ戦場だから、周りのトカゲも油断して――――マグリョウさんと青鱗ばかりを見つめてる。
その派手なやり合いがありがたい。地味で普通な一般人の俺だから、そのドンパチに隠れるようにして……後衛組がいる場所に潜り込める。しめしめって感じだ。
まるでこちらに気づいていないリザードマンたちの背後から、マグリョウさんの教え……『刺したら死ぬ場所を刺す』を意識しながら、狙いを定めた。
好きに選べる対象の中から、一番に小さい弓を持つリザードマンをチョイスして、心臓辺りを突き刺し、殺す。
「まずは……一匹」
マグリョウさんにとって邪魔なのは、細かい射撃を得意とし、取り回しの効く短弓持ちだろう。
ならば、もう一匹……今殺したモノとは別の小さい弓を持つトカゲ。
ずいぶん小柄に見える "弓リザードマン" を、優先的に処理したい所だ。
「ジ……ジラァッ!」
そんな欲張る俺に今更気づいた、弓持ちと杖持ちからなる後衛組たち。俺に向かって吠え立てて、武器を構えて戦闘態勢を取る。
……何故この距離で、矢を番えるんだろう。腰のナイフは使わないのか? どう考えても弓を使う距離ではないと思うけど。
まぁ、俺にはむしろ都合が良いか。
「……『死灰』」
ひとたびその名を呟けば、俺を灰のオーラが包み込む。
マグリョウさんほど濃くはないし、灰を動かす力もないけど……狙いを付けづらくさせるには十分だ。
濃霧のような灰に紛れて、その二つ名効果を利用し、隠れる。
『これを上手く使うには、精一杯に "灰のフリ" をするんだ。空気より軽い気持ちになって、ふわふわした感じでさ。大きいお風呂に浮かんでる心持ちでもいいんだぜ』という……あまり参考にならないマグリョウさんの教えを思い出しながら、風に吹かれるようにゆらゆら揺れる。
「ジィッ! ジィィッ!」
しかし、リザードマンも馬鹿じゃない。
マグリョウさんのように使いこなせず、軽戦士のスキルで隠密性を上げる事も出来ない俺は、やっぱりある程度見えてるらしい。
「丸見えかよ。困ったな。いっそストレージの爆発ポーションを全て出して、お前らを殺して俺も死のうか――――」
……と、そんな事を口にする俺の視界を…………濃い灰色が遮った。
…………マグリョウさん、か?
「――――『はやぶさ』『闘心』、捌いてみろよ、青トカゲっ! 『さみだれ』ぇっ!!」
「……シッ」
灰のサポート。俺を隠し、庇ってくれるマグリョウさんの優しさ。
……普通に青鱗と戦いながら、さりげなく灰を動かして……俺を隠す手伝いまでもしてくれているのか。まるでこちらなんて見ていなく思えるのに……なんて器用さ。なんてありがたさ。
先輩の気遣いに感謝しながら、心なしか暖かい気がする灰に包まれて――リザードマンの視界から逃げるようにして動く。
灰の濃い所、薄い所。右に行ったり左に行ったり……精一杯のかくれんぼだ。
――――成果はあった。長弓を下げた一匹が、完全に背を向けている。
剣を首にひっかけるようにして……引き抜いた。
「……二匹目」
俺に課せられた宿題は、残り三。いい調子だ。こちらは何も失っていない。中々強いぞ、俺。
そんな油断が生んだのか、濃い灰の中で何かとぶつかる。
……壁役トカゲだ。後衛の守りのため、近くにいたのか。
当然ソイツもこちらに気づき、盾で打ち付けるシールドバッシュの構え。まずい。
剣は右手。左側にいるタンクトカゲには、応戦が間に合わない。
咄嗟に左手を挙げ、なんとかダメージを抑えようとして……ぐらり、とタンクトカゲが倒れる姿を目に映す。
……なぜ、とは言わない。わかりきってる。
タンクトカゲの頭に生えた、一本のナイフ。灰色の刃物。
マグリョウさんの、ヘルプによる物だ。
――――――強いな、マグリョウさんは。しみじみ思うよ。
青鱗と正面からやり合いながら、こちらを視界に入れていて。
"危なくなったら、助ける" じゃない。"危なくなるから、助けておく" という動きをしている。
信じられないぜ。どんだけデキる男なんだって。心の底から感心してしまう。
そして、そんな人と友人でいられる事が……何より嬉しく、誇らしい。
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「――――槍は懐が、弱点なんだろっ!!」
「シ」
「……チッ、体術もあるのかよ。器用なトカゲだぜ」
青鱗の槍を掻い潜り、肌がふれあいそうな程に肉薄したマグリョウさんが、ベルトのナイフをくるくる回しながら首を掻き切りに行き――――青鱗がその右腕を絡め取り、膝でマグリョウさんを蹴り上げる。
鎧のトゲで脇腹に怪我をしたマグリョウさんが、一度距離を取って治癒のポーションを取り出した。
…………そんな様子を横目で見ながら、ふと思い出す……少し前の事。
リスドラゴンとのレイド戦。
ダンジョンに二人で行った、苦い思い出。
そして…………動画で目にしたマグリョウさんの、孤高の軽戦士の戦い方。
それらで発揮されたマグリョウさんの強さ。それは全てが、一人用だった。
どこまで行っても結局個人の、ソロとしての強さだった。
リスドラゴン戦では、チームワークと言うより……個々の力を使った感じで、息を合わせるというよりは『それぞれが出来る事をする』と言った作戦だったし。
ダンジョンに行った時は、パーティプレイの不慣れさが災いして、同士討ちをするまでの失態を犯して。
そして、動画で見ていたマグリョウさんは――――全てを一人で完結させて、他の何人にも頼らない……どこまでもソロとして強くあった。
だけれど、今は……全然違う。
共に戦う俺を見て、繊細で緻密なサポートをしながら、自分のやるべき事もする。
決して独りよがりなんかじゃない、誰かと共にいる事を学んで、理解していると感じるんだ。
……変わったよな、マグリョウさんは。
根っからの冷たさや考え方は、そのままだけど。
それでも確かに、何かが変わった。
【死灰】の新たな力だってそうだ。
以前のマグリョウさんならば、何かを利用する事はあっても…………何かを頼りにしたりは、しなかったのに。
今では "灰" を、隣に置いてる。一つの戦力として、"灰" に何かを命じて、任せてる。
俺と言う友を信頼し、仕事を任せて、それの助力を十全にしてくれている。
誰にも寄り添う事をしない、どこまでも孤独を望む彼だと言うのに――――"灰" と "俺" と言う "自分じゃない何か" を信頼し、それと共に何かをしている。何も間違いなどせずに、きちんとそれが出来ているんだ。
……変わった。前と比べて。
装備や職業のような数値の物ではなく、考え方のレベルアップ。
キャラクターが強くなったのではなく、それを動かすリアルのマグリョウさん自身が、一つの成長をしたんだ。
『何かと共に居る』と言う事を知った。そんな感じだと思う。
全部を自分でするのではなく、一つを任せ、一つを任され……互いに互いを助け合いながら、目標を果たすってのが。
それが、出来るようになった。
孤高の軽戦士、マグリョウさん。
【死灰】で【迷宮探索者】のそのままに、独りで居なくても良くなった、誰も寄せ付けない強さの男。
…………もう、コミュ障なんかじゃない。
誰かと一緒に居る事が、きちんと出来ている。
唯一の弱みだったそこが埋まれば、彼に出来ない事は……何もない。