第二十三話 M-M-M-M-Monster Kill
ストレージからざらりと取り出す、ナイフが三本。
それらを左手で雑にぶん投げる。
それぞれが三匹のリザードマンへと飛び、小盾を持つ一匹だけが弾き、残り二匹は軽く避けた。
――――――なぁ、サクリファクト。我が友よ。
全身泥と血に塗れた、俺の大事な親友よ。
スペルで傷が癒えようと、全てが元には戻らない。
流れ出た血は凝固し残り、涙の跡が頬をつたって。
焦げ、裂け、形の崩れた装備は、お前の心その物のようだ。
だから……ああ、それを思えば。これまでに無いってくらいに、頭に来るんだ。
眼の前にたむろする、正体不明の『外来種』。いずこから湧き出たようにこの地に現れた、クソトカゲ人間共がよ。
爬虫類特有の目。割れた舌先。裂けたような大きなアゴに、太くてだらんと垂れる尻尾。
一から十まで、虫唾が走る。ダンジョンの虫のほうが、よほどマシだぜ。
ああそうだ。ずっとマシだ。
何せアイツらは……虫たちは。"拘束してからなぶり殺し" なんてふざけた行いは、しないんだから。
ひたすら真っ直ぐの殺意をもって、俺の命を一目散に奪いに来る…………ひたすら誠実な奴らなんだからさ。サクリファクトを嬲ったこのトカゲ共よりは、ずっとマシだよ。全くな。
だから、死ね。死ねよリザードマン。無様に負けて、全てを失え。
俺がそれをくれてやる。みっともない終わりを授けてやるよ。
今後一生、俺に怯えろ。俺の目を見て、絶望と共に死んで行け。
俺と言う一つの個体を、灰色と言うその色を、恐怖と直接むすびつけやがれ。
…………まずは、お前と、お前から。
ナイフを避けた二匹のクソトカゲ――――それらを死神の手で、指さした。
「…………避けられるナイフを避けてドヤ顔かよ、トカゲ共。その間抜けぶりには呆れが来るぜ」
「ジャッ!?」
「シュ……ッ!? ガ……ッ!」
リザードマンへと投げられ、体をズラされ向こうへと通り抜けたナイフ。
それら二本が、それぞれ二匹の背中に刺さる。
そこにあるのは――――『灰の左手』。
俺の体にあったソレは、ナイフを投げた直後に "ふわり" と舞い散り霧散して、塵となって空気に浮かび。
そして再び結集し、奴らの背後に生えていた。
奴らが避けたナイフをキャッチし、後ろから放たれた投げナイフ。
…………孤独な俺の心を埋める、一人っきりのキャッチボールだ。意外と楽しく、それでいて有意義な物なんだぜ。
「……ムカデの麻痺毒をたっぷり塗った、死灰特製DIYナイフだ。地面に寝てろよ雑魚トカゲ共。迂闊な自分を、悔やみながら」
「ギジャアッ!!」
「まずは二匹。次はお前だ――――『かげろう』」
ナイフを弾いた唯一のトカゲ、剣と小盾を持つリザードマンが盾を突き出すようにして、一心不乱に突っ込んでくる。
剣はなまくら、鎧と盾ばっかりに金をかけたその姿は……壁役のソレだ。下らない。
「――――お前、壁役だろ? こういう場ではお呼びじゃねぇんだよ」
「ギッ!?」
「……三匹」
技能『かげろう』でその場に幻影を残し、後ろに軽く飛ぶ。
灰を操作し、ヤツの後ろに偽の俺を作り出す。
そちらに向かって盾を振るった馬鹿の背後から、鎧の隙間に剣を差し込む。
知恵ある者には敵視スキルは効かない。
敵を集めて肉壁になれないタンクなんざ…………ただのノロマで、相手じゃない。
せめて後衛を守るようにしていればいいのに、それすら出来ないのなら――――その無能なままで、情けなく終われ。
「……シ、シュルッ! シュルラァッ!!」
「シャア! "シシリィ・シャサリィ・シラルリリィ――――」
杖持ちが二匹。魔法師か。
広がる灰を纏めて、固め…………灰のカーテンで射線を切る。
「…………シャ!? シャシャ!?」
狙う先を見失えば、おおよそスペルは外れゆく。
ごうごう燃える火球は、明後日の方向へと飛ばされた。
……浅はかだ。見えないのなら、範囲の広い物で面を焼けば良いだろうに。
その判断が出来ないのかよ。それすら出来ない程度の低さで、お前は粋がっていたのかよ。
罪深い。ああ、罪が深いぜ。舐めやがって、ふざけやがって。
――――――なぁ、サクリファクト。我が友よ。
聞いたぜ。あいつに。陰気でキモいストーカー女の、スーゴ・レイナにさ。
あのクソッタレの【金王】の、そのハーレムを救うために…………自身を犠牲にするって事を、したんだろう?
そうしてその先……この場所で、口にするのもはばかられるような "検証" をされていたんだろう?
聞けばわかる。そしてその、ボロボロな姿を見れば……十分知れたぜ。
辛かったよな。苦しかったよな。よくぞ耐えたぜ。よく頑張ったよ。
だから…………だから見ていろ。逆寄せの時だ。
お前にやりたい放題をしたカス共に、その罪を精算させてやる。
「おせぇよ、カスがぁっ!! これで四っ!」
「シャ!?」
「――――『ジャラルァ』ッ!!」
「…………同士討ち。仲間を殺して重ねた罪を、命をもって粛々と償え。五」
地を這うように走って近寄り、何の変哲もない剣で、何の工夫もなく斬りつける。
詠唱を終え、発現準備を済ませたトカゲが打ち出す氷を、斬ったトカゲを盾にし受け止め――――死んだら捨てて、氷を飛ばしたトカゲのドタマをクロスボウでぶち抜く。
「クルシャァッ!!」
「キャシュゥ!!」
「『はやぶさ』『コール・アイテム』喚くな。うるせえ。『コール・アイテム』『錬金』」
槍持ちが二匹。前と後ろから挟み込むようにして。
背後から迫るリザードマンに向け、灰の腕を地面から呼び出し、下から突き上げるようなアッパーカットを食らわせる。
前から繰り出される刺突を軽く避け、懐に潜り込みながら……今作った爆発ポーションを、口の中にねじ込んで。
呼び出された『カマキリの粘液』を上に投げて剣で割ったら、落っこちてきた背後のリザードマンを後ろ手に掴む。
「……息を合わせて、仲良く死んどけ。六と七」
仰向けのような格好で掴んだ背後のリザードマンを、ぬるりとした手で前に押し出し…………つるんと俺だけ、抜け出し、蹴りつけた。
カウントゼロ。爆発ポーションは弾け、六匹目と七匹目が同時に頭を消し飛ばす。
――――――なぁ、サクリファクト。我が友よ。
俺はコミュ障、不出来な男だ。社会に生きる事の出来ない、ダメ人間だ。
だけどお前は、言ったよな。気が合うって。友達だって。
だから、俺は……怠らないぜ。お前のために、努力する事を。
唯一得意な "戦い" と言う手段で、お前のために、出来る事を。
カニャニャックが言った言葉。
"最強であれ"。
それこそ俺の生きる道。お前と共に歩む、この世界での生き方だ。
…………ああ、ならば。それならば。
こうまで心が震える事は、他にない。
我が親愛なる友のため、毎日鍛え尽くしたこの力を、思う存分振るうんだ。
俺がお前のために出来る事を、やっと手にした新たな腕で、これでもかってヤレるんだぜ。
胸の種火が燻り揺らぎ、瞳の奥がちりちり弾ける。
炎のように猛る怒りと、死灰のように冷たい剣で。
【死灰】の名の下、動かす左腕でもって――――リザードマン。お前らの全てを、踏みにじってやるぞ。
それこそ俺の生きる意味。サクリファクトの友である証。
怒りに身を任せ、友のため。【死灰】のマグリョウ、灼熱の時だ。
そうして死灰は再び燃ゆる。何遍だって、燃えるんだ。
◇◇◇
「ジャァアッ!!」
槍持ち二匹を処理した所で、また一匹の盾持ちが迫る。
…………つまんねぇ攻めだ。トカゲに期待は、してないけどよ。
「…………ベッ!」
「ジャッ!?」
がしりと剣と盾で鍔迫り合いの様相。力比べは若干敗色の気配だ。
口にくわえていた『灰ポーション』を噛み砕き、破片となったガラスを顔面へ吹き付ける。
たまらん、と言った具合で目をつむり、急いでその場を離れようとする盾持ちリザードマン。
…………なんだそれ? ガラスが入ったのは、片目だけだろ?
やれるだろ? まだイケるだろうが。何してんだよ、日和りやがって。
血の涙を流しながらにその場で堪えるってのが、タンクの務めじゃ……ないのかよ。
「…………はぁ~……」
「ジィィ……ジャァ……ッ!」
「……くっだらねぇなぁ」
「…………キシィッ!?」
そうする俺に、弓を向けていた……狩人タイプのリザードマン。
遅すぎる。灰で作った左腕に胸のベルトを抜き取らせ、肩を狙って飛ばし当てれば……キシキシ言ってよたよたフラつく。
…………気が萎える。折角盛り上がっていたというのに、だ。
だって、そうだろ。
こんな、こんなに。
これほどまでかと、ため息をついてしまう。
「…………なぁ、トカゲ共。寝ぼけてんなよ」
「シュルル……」
「しゅるるじゃねぇよ、カス。なぁ、本当にさ……それで……そんなんで、本気なのか?」
「…………」
「浅はか、浅薄、浅慮で浅智。ド下手、クソザコ、低レベル。"間抜け" "クズ野郎" "使えないヤツ" 。…………ほんと、手の施しようがないまでに腑抜けだわ」
弱い。どうしようもなく。
まるで手応えを感じない、初心者狩りでもしている気分だ。
こんな手腕のゴミ共が、サクリファクトをいじめていたのか?
全くもって、よっぽど胸糞悪いぜ。
何でバラバラに攻めて来る? 数の力で押しつぶせよ。
自分の得意をぶつけてこいよ。相手の不得意を暴こうとしろよ。
覚悟を決めろよ、殺し合いの。死ぬ気で殺すか、殺す気で死ねよ。
足りない。全て。何もかも。
技術も装備も経験も…………そして何より、本気度が。それが圧倒的に足りてない。
……馬鹿じゃねぇのか、コイツらは。
何もわからぬ相手だと言うのに、たった一人と油断して…………まるで力を試すかのように、もったいぶった攻勢で。
それでこのザマ。七匹失った。
二十二匹中――――ああ、あっちの岩に座った……青いヤツ入れたら二十三だが。
とにかくその内、七匹を…………油断と侮りで、失った。
…………馬鹿が。程度が、低すぎる。
「……ジャァ……ジャア……ッ」
「…………おい、タンクトカゲ。『治癒のポーション』をくれてやる」
「…………ジャァ……ッ!」
「ほらよ、これで治るだろ」
治癒のポーション。魔法の秘薬。プレイヤーでもモンスターでも、ダンジョンの虫共でさえ癒やしきる、この世界における "万能薬"。
ガラスが入った片目をこする、覚悟の足りないリザードマンに、その霊薬をかけてやる。
……みるみる内に血が洗い流され、綺麗な黒目に元通り。
「……治ったか? 治ったな?」
「…………?」
「……よし」
「――――ジッ!?」
ぎしり、と右手で首を締める。
……思ったよりも、スベスベしない。爬虫類の皮膚だと言うのに。
それに、少し暖かいぞ。トカゲの血は、冷たいと聞いたが。
「俺は武器もスキルも、何も使っていないぜ。ただ首を掴んで、ゆっくり折るだけだ。わかるか? "舐めたプレイ" だ、舐めプ」
「ジ……ジ、ジ……ッ!」
「ほら、折れるぞほら。いいのかほら、死ぬぞ死ぬぞ」
「…………シュ、シュルァッ!!」
「ああ、残念……八匹目の被害者だ。かわいそうになぁ、折角治ったのになぁ。雑魚に生まれて、雑魚と共にいるせいで……雑に殺されてしまったなぁ」
「ギジャァッ!」
「ジュルァッ!!」
「ははっ! キレたキレた。そうだ、そうだぜトカゲ共。それでこそ、だ。お前らが本気になればこそ、きちんと負けさせ、捻じ伏せられるぜ。ははははっ!」
そうだ。怒れ。憤れ。その激情のまま、全力で来い。
総力を結集し、持ちうる全ての物を使って、今この時の殺しを願え。
……そうして初めて、踏みにじられる。
徒労だ、無意味だ、無駄な努力とあざ笑い…………自尊心ごとズタズタに、最悪の敗北をくれてやれるんだ。
「"撃墜対被撃墜比率"は、8キル0デス。俺の "連続殺害" を、総掛かりで……止めてみろ。出来る物ならな」