第二十一話 Wer A sagt, muss auch B sagen.
浮かべた【金王】の石ころは、十二分に働いた。
空飛ぶ大怪鳥と、その背に乗った青鱗。
ヤツを自由にさせていては、俺の策にはどうしたって不安が残る。
だからそれを消すために、空からの奇襲を防ぐバリアとさせていた。
上を埋め尽くすようにして滞空する、金色爆弾の障壁。それさえあれば、青鱗が得意とする地上へ急襲……は不可となるだろうから。
そして、仕事はもう一つ。
折角の【竜殺しの七人】による格別な魔法だ。ただの壁で終わらせる訳がない。
ヤツらの強さ、その一級品の装備に、歴戦のヒーラーという存在。
それを考えれば、俺たちの攻撃じゃあ……どうしても打撃力が足りず、トドメを刺すには至らない。
だから、特別な火力が必要だった。殺しきるための決定力が。
そうなってくると、魔法師の頂点であるアイツの極大攻勢魔法は……おあつらえむきって奴なんだ。
空にいる青鱗、地上にいるリザードマン共。
そのどちらもに対応出来るのが、アイツの力。とびきり強大で、こちら側の最終兵器な、ぶっ壊れスペル。
……だけれど、そのままじゃあ、駄目だった。
地面を揺らす・石を浮かせる・空で金メッキを施し・地面に落とす。
そんな、まるでアイツの語り口のように、迂遠で長ったらしい "準備時間" があったから。
そうまでダラダラとやっていたなら、リザードマン共は悠々と逃げられるだろうし、青鱗は急降下出来るし、最悪シメミユが巻き添えで死ぬ。
だからそれじゃあ、駄目なんだ。
"ここぞ" って瞬間で即座に弾ける。そんな機敏さが必要なこの局面。
空と地面のその間に、石で出来た通行止めを維持していなくちゃいけない場面。
――――だからこそ、この策だ。
スペルを途中で停止させ、無数の石ころを滞空させると言う行為は、どちらにとってもクリティカルな災難だ。
いつでも行けるようにしておけばいい。弾ける構えを取らせておけばいい。
空にバリアを張りつつも、落ちる寸前で留めておけばいい。
準備に時間がかかるなら、先にしておけという、至極単純な話。
それが青鱗を止める事にもなるのなら、その手を取らない理由は無かった。
スペルの途中停止ってのが、大変だとはわかっていたけど。
それでも、負けず嫌いで良い格好しいの、俺と似ている【金王】なら、必ずやると、そう思っていたから。
◇◇◇
「待ちわびたぞッ! 存分に味わえぃ、『黄金時代』ッ!!」
ぶっ飛ぶシメミユを追うようにして、リュウと二人で急いで逃げる。
先程までの戦いの地は、今ではすっかり場を変えた。草木一本残らず消える、恐ろしい未来が約束された場所だ。
ああ、なんて爽快な光景だ。
驕り高ぶるリザードマン共が、何としてでも避けたかった災厄に見舞われる……清々しいまでの雨模様。
断罪の黄金が空から降り落ち、傲慢なプライドごとヤツらを弾け飛ばす、血も涙もない処刑場になっていく。
「なぁ、サクの字ぃ」
「どうした?」
「どうしてあのトカゲ面共は、俺っちたちを追って来ねぇんだ?」
そんなリュウの疑問も、もっともだろうか。
人質を失ったアイツらなら、俺たちの下へ――――いや、そのまま駆け抜けて、【金王】を直接捕えたっていいかもしれない。
そう考えるのも自然って物ではあるけれど……それは無理だよな。あいつらにはさ。
「……それが出来るんだったら、人質なんて取らなかっただろうさ」
「ん? どういう意味でぃ?」
「守りたいヤツ…………俺の予想では、あの黄色鱗だけど…………そのために、ソイツに危機が及ぶ『黄金時代』を封じようとして、"人質" って手段を用いたんだろ。だからきっとこの状況では、守りたい物を守る事で、精一杯なんだ」
「……あぁ~、なるほどなあ」
ヤツらは強い。そもそもあんな姑息な手を取る必要は、無かったはずだ。
だから、それなら、そこからわかる。
"あの大規模魔法を封じなくてはならない絶対の理由が、どこかにあったから"。
そのヒントさえあれば、後は簡単。すぐにわかるぜ。
そうなってくれば、ここでは追えない。
新しく何かを得るよりも、今あるものを守るって事を優先するのは、当然だ。
おおかた、今頃、あの黒いのと緑のヤツで……黄色鱗を抱えて逃げ出してたりするんだろう。
そりゃあもう、必死になってさ。ざまあないな。
「かかっ! 残るは青鱗だけとなりゃあ、ガチンコ勝負でもどうにかなるわな!」
「…………そうはならないと思う。きっと」
「そりゃまた、どうした事でぃ?」
「俺が青鱗なら、さっさと逃げるよ。こんな "負け確" な状況で、そうまでして食い下がる理由なんて――――」
――――――ビィィヤァァッ!!
俺の言葉を遮って聞こえた、空気を斬り裂くような鋭い咆哮。
それはまるで、俺の言葉を否定するかのようなタイミングで。
今もなお地面に落ち行く金のツブテ。まだ全てが落ちきっていない、空のバリア。
そんな黄金のカーテンの向こう側から、はっきり届けられる……怒りの声だ。
「ビァァッ!!」
そして今度は、目に見える。その声の主のデカい影。
空を埋め尽くす金色の隙間に、その力に満ちた強大な体をねじり込ませて。
その上に乗るリザードマンは、そんな怪鳥の首元に跨がり――――槍をバトンのようにギュルギュル回す。
ドローンについた、プロペラみたいだ。ずっと昔の時代にあった、『センプウキ』とかいうやつにも似てるかな。
……それにしても。マジかよ、アイツ。やる気かよ。
「――――おいおいッ! 来やがるぞォッ!?」
「……嘘だろ? そこまでかよ」
ギンギン、ジャラジャラ音を出し、金の残滓がキラキラ舞い散る。
青鱗の回転させた槍のバリアが、浮かぶそれらを蹴散らしながら、地面へ真っ直ぐ降りてくる。
……いくら槍で壊していたって、ノーダメージとは行かないだろう。
現にあの怪鳥も青鱗も……その身に爆風を受けてボロボロだ。
そこまで……そこまで必死になるのか。
それほどまでに全力で、実験体を持ち帰る――いや、そうじゃないか。
お前も俺たちプレイヤーと、同じなのか。青鱗。
やると決めたら、やり遂げる。
それをするのに、そこまでの覚悟を持ちうるのか。
青い鱗のリザードマン……俺と同じく全力で、"Re:behindを、生きるモノ"。
「狙いは、あの女かッ!? 畜生ッ! 駆けるぜェッ!!」
俺たちが走る大分先……飛ばされたあとに『"引き寄せのイベリス"』で引っ張られるシメミユに向かって、真っ直ぐ突っ込む大怪鳥。
その上に乗る青鱗は、その手に縄を、しっかり持って。
あの縄は、なんらかのアイテムだ。
初めにシメミユが捕われた時、意思を持つような動きでもって、彼女の体にぐるぐると巻き付いた物だ。
――――止めなきゃいけない。
じゃないと、全てが台無し。ひっくり返る。
「ウオオッ!!」
「駄目だっ、間に合わないっ!」
「バリバリ気合、全開でぇ――――――」
「こればっかりは、気合じゃどうにも…………いや、気合の入れ方の話かっ」
ふと、馬鹿みたいな事を思いつく。だけれど、きっと可能性はある事。
リュウの馬鹿力と俺の軽さがあれば、出来なくもない気がしなくもない。
……だけど、大丈夫か? 本当にやるのか? そんな博打を、この瀬戸際で?
策でもなんでもなく、ひたすら願いを込めるばっかりの、滅茶苦茶な無茶を?
――――いいや、迷うな! そんな時間はない!
ここで何とかしなくては、今までの努力が水の泡なんだ!
そんな結末、俺は嫌だし。皆嫌に決まってて。それに、なにより……大嫌いな、あいつのために……っ!
折角こうして本気を出した、この世界と真剣に向き合ったアレクサンドロス……あいつには!
『本気を出してよかった』と、そう思わせてやらないと!
『それをしたから報われたんだ』と、希望を持たせてやらないと!
リビハってのは、最高なんだと言う証明を――――望んだ未来を見せてやらなきゃ駄目なんだっ!!
「リュウッ! 俺を飛ばせっ!!」
「――応ッ!」
聞かない。問わない。考えない。
やれと言ったら、即実行。俺の相棒、リュウジロウ。
俺とお前の二人なら、どんな無茶でもやれるはず。
「全力全開ッ! 安心しろぃ、みねうちだァッ!!」
「みねうちは当たり前――――うぉぁあっ!!」
刃を逆にして、思い切り。何かのスポーツのようなフルスイングの、重い斬り。
なるほど。その狙いが俺の腹であるのは、【腹切り赤逆毛】という二つ名効果を発揮するためなんだろうな。
瀬戸際での頭の回転は、俺よりよっぽど早いじゃないか。
おかげで俺は加速して、シメミユに向かって一直線で。
――――……だけど、僅かに届かない。
あと一歩、勢いが足りていない。
だから。
お前も、わかってるよな。
白くてキモい、賢い軟体。
「タコォッ! 俺を、ぶっ飛ばせぇっ!!」
言うが早いか、吹き飛ぶ俺に、もう一度の強い衝撃。
リュウの頭の上から飛んだ……八本足に全力を込め、体内に溜め込んだ『治癒のポーション』を全力で吐き出しながら、弾丸のような勢いで俺を押す――白いタコ。
別にお前は好きじゃないけど。
何だかんだで役に立つとは思ってるぞ。
「――――うおおっ! どうにかなれぇぇっ!!」
二つの押し出す力で飛ぶ。届く、届くぞ……必死で手を伸ばせ。
……待て。何に向けて手を伸ばすんだ?
シメミユを掴んで、だからどうなる? 結局縄は巻き付いて、彼女は連れて行かれるだろう。
だったら何も、解決しない。まるで無駄で終わってしまう。
じゃあどうする。
武器はもう無い。縄は切れない。
青鱗までは届かないし、縄を止める事も出来ない。
シメミユと縄は、接触寸前。避けさせる事だって、無理だろコレ。
…………ああ、だったらしょうがない。こうするか道は無い。
他に手はなく、それだけが正解。ならばやろう。やるぜ。やってやる。
――――――なぁ、【金王】。成金でいけ好かない男、アレクサンドロスよ。
お前は、よくやったと思う。そのロールプレイのまんまに、必死になって本気を出してさ。
だから、俺はお前を認めるぜ。やるじゃないかって、讃えてやるよ。
一人のリビハプレイヤーとして、お前と言うプレイヤーを、素直に尊敬してやるんだ。
だから何でもやってやる。
お前の願いは叶えてやる。
シメミユは必ず守ってやるよ。
これが俺の役割だ。
自己犠牲を武器とするならず者の、一番それらしいやり方だ。
「俺を連れてけ、クソトカゲェェッ!!」
狙うは、縄。
シメミユに巻き付くその前に、俺の手でそれを、絡め取る。
遠慮するなよリザードマン。
連れて行く雑魚プレイヤーを、選り好みはしないだろう?
縄をどうにかする事も、シメミユを何とかする事も、そのどちらも出来ないのなら。
俺が "実験体役" を……奪い取る。
俺を攫え、リザードマン。
「――――なっ!? あ、あなたは何をっ!」
「……お前の主人の金ピカに伝えろ。"お前も結構やるじゃん" ってな」
ぐん、と体が引っ張られる。
気づけば縄は、俺の体を蛇のように締め上げて。
……不安しかないが、笑ってやろう。
目的は達成されるんだ。俺の身がどうなろうとも、勝負は勝ちで、ざまあみろだぜ。
これこそまさに。
"身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ" 、だ。
「サクの字ィィーッ!!」
「そのうち戻るぜっ! じゃあな、リュウっ!」
青鱗の持つ縄に捕われ、ブラブラと揺れる。
これから行く先は――――地獄かな?
まぁいいか。空は青いし、やりたい事はやりきった。
それにこの風。この景色。俺は空を、飛んでいる。
初めてやったが……空を飛ぶって、気持ちがいいんだなぁ。
思わぬ爽快な体験に、これからの恐怖も消し飛ぶ気がした。