第二十話 初志貫徹
「もっと気をまわせよ、シメミユ!」
「きっ、気安く呼ばないで下さいまし……っ!」
「良いから殺しやすいように協力しろっつーの!」
「いっ! 嫌ですわっ! 怖いですものっ!!」
「安心しろよ、一瞬だ! 俺の突きは『伸びるカエル』だって一撃だったんだぞ!」
「カエルと一緒にしないで下さいましっ!」
ああだこうだと騒ぎながら、縄で縛られたその体を、モゾモゾとよじらせやがって。
やりにくいったらありゃしない。
そんなに変な動きをされたら――万が一ってのがあるかもしれないだろ。
「ピィッ! 『ジィラル――――」
「『シャッター』……黙ってろ、メストカゲ。俺はヒーラーって存在が、蛇蝎の如くに大っ嫌いなんだよっ。蜥蜴も嫌いだけどなぁ!」
「クルルァッ!」
「……チッ。じっくり嬲るために "人質" を守るとか、流石は暗黒の騎士だよな。陰鬱っていうか、ダークっていうかさ。ちょっと格好いいのがことさらにムカつくぜ」
明らかな力量差があるこの局面で、俺とまめしばと言う二人……そんなちっぽけな力しかない存在が、黒と黄色を押している。
そこにあるのは、無理くり作り上げた奴らの弱点。
『シメミユと水晶玉を守らなければならない』という、俺が作り上げたハンディキャップだ。
どう考えたって格の違う相手であって、まともなぶつかり合いじゃ遊ばれるばかり。
殺すか殺されるか、なんて争いであれば……にべもなく蹴散らされて、軽くおしまい。
だから、俺たちがやろうとするのは――――――
――――『例え地に伏せようとも、少しでも痛手を負わせてやれればいい』という、捨て身で跳ねっ返りな、負け惜しみ。
悪あがきだと思うか、リザードマン。
ならそう思え。そう考えて、鼻で笑ってろ。
「ははは、はははは。お強いトカゲ面共め。格下の対応に追われてばかりじゃないか」
「クルゥァ……ッ!」
「お前らが大層大事にしてる、『実験体』とか『水晶玉』を…………死んでも台無しにしてやるぞぉ」
「ピルルゥ……ッ!!」
これは物語にあるような、死んだら終わりのデスゲームじゃない。
VRMMO。何度死んでも生き返る事の出来る、命の価値が違う世界。
それなら、色んな概念は覆る。
『殺されたら終わり』『命を奪われたら負け』『生命は、何より尊い』。
そんな考えは、この世界では通用しない。
――――ふと、【殺界】を思い出す。
卑しい女で、いやらしい女で、いやがらせをする女だ。
あいつの生業は『殺させ屋』。
ターゲットの邪魔をして、日がなずぅっと付け回し、自身を殺させる事によってカルマ値を引きずり落として平和な日常を破壊する……別名『引退させ屋』の彼女。
ヤツがするのは、萎えさせる事だ。
やりたい事をやらせずに、日々のリビハ生活を残念な物にさせ、あらゆる場所に恐怖を植え付け……この世界に萎えさせ、去らす。
『接触防止バリア』の権利を奪い取って安寧を遠ざけ、不運に巻き込みつまらない日々ばかりを送らせる、不幸を運ぶ道化師だ。
必要なのは、強さじゃない。
悪意、害意、そういう暗くて嫌な感情。
『勝つとか負けるとかじゃなく、とにかく気分を悪くさせる』っていう、夢魔のような腐れ根性。
それはある意味――――最強だ。
何しろ、負けって物がないんだから。
殴られようが貫かれようが、踏みつけられて無残に殺されてしまおうが。
気分を害し、大事な物を奪い、とことん不運を感じさせれば……それで完遂。それで満足。
世にはびこるPK共は、なんと優しいものか……と思ってしまうよな。
なにせ、ここは仮想現実。恐怖やトラウマがあると言っても、大体の場合――――殺されたって平気なんだから。
だから、一番怖いのは……死ぬ事なんかじゃあなくって。
大切な物を失う事を何より怖がるってのが、リビハプレイヤーなんだ。
何しろそれらは…… "死んでも戻らない" からな。
◇◇◇
「死ねぇぇっ!!」
「きゃぁっ!」
「クルァッ!!」
マグリョウさんに習った投げナイフ。
それをシメミユに投擲すれば、黒鱗のデカい剣によって直前で弾かれた。
いくらギリギリだからと言って、普通のヤツには中々どうして出来るもんじゃないよな。
飛来するナイフを大剣で叩き落とすなんてさ。
どうしてあんなデカい物を、そうまで速く動かせるんだろう。
何をすればああなれるのかな。ちょっと憧れ、羨ましいとも思ってしまう。アイツの性根は、最悪だけど。
「ピルゥ……」
「そんなに高く掲げていいのか? お前の水晶玉だって、俺は壊したくってたまらないんだぞ」
「ピッ!?」
ナイフは有限。もう持ってない。
だから仕方なく……と言った具合で、銀色のインゴットを投げつける。
――――クレアレム鋼。そのあまりの量でストレージには到底入り切らず、リュウの風呂敷で包んで運んでいた、俺たちの大事な戦利品。
戦闘開始前に拾い上げて細工をしてきた俺は、まずは元々ストレージに入っていたソレを……一つずつ丁寧に投げつける。
「こうまでカチカチな物がぶつかれば、水晶玉だって割れるだろうなぁ! ほらよ!」
「ピィ! ピィィ~……」
「クルルァッ!!」
『やめてやめて』と言わんばかりに情けない声をあげ、水晶玉を胸に抱くようにして、ひっきりなしに飛ぶインゴットから守ろうとする、黄色鱗。
そんな俺をどうにかしようと黒鱗が俺に叫び、突っ込んでこようとして――――遠くを見つめて、憎々しげに足を止める。
……そうだ、黒鱗。Metuberな狩人は、こちらに向かって矢を番えているんだぞ。
水晶玉に加えてシメミユも守らなくてはならないのなら、そこから動くのは無理だろうよ。
「出血大サービスだ! まだまだあるぜっ」
俺の持ち物を、手当たり次第にぶん投げる。
折れてしまった過去の剣、いつか使うと思っていた木のカップ、『伸びるカエル』の目玉に、カラフルベリーの芯。すべすべして肌触りの良い木の棒もある。
…………こうしてみると、無駄な物が多いな、俺の持ち物。
「……これはいい感じの整理整頓になったかもしれないぞ」
余計な事を言いながら、『ストレージには入れてなかった』……腰に下げた袋に入っていたクレアレム鋼のインゴットも投げる。
…………ノーコン。まるで水晶玉を壊すには至らずに、シメミユの向こう側へと落っこちた。
仄かに暖かかったのは、スペルを内包しているからだろうか。
「かかった経費は、金ピカにツケてやるんだ。だから惜しまず、ありったけを食らっとけ」
「クルゥ……クルァ……ッ!!」
「ピッ!? ピリリィッ!」
そして次に取り出したのは――――そこそこお高い、予備の剣。これは命を奪える奴だ。
だったら投げる先は……黄色鱗ではなく、シメミユにしよう。
「まめしばっ! 全力っ!!」
「――――……ょーかいっ!」
位置を後ろに下げたまめしばの声は、遠すぎてとても聞こえづらいが……雰囲気からして、十中八九了承の返事だろう。
間髪入れずに飛んできた矢を見ても、それは間違っていないとわかる。
さぁ、いよいよ大詰めだ。
一時足りとも気の抜けない、化かし合いの真剣勝負は始まってるんだ。
ここ一番で気合を入れろよ、リザードマン。
……そして、俺。
「ありがたく殺されろっ! ハーレム女ぁっ!!」
「ひぃっ!」
「クルァッ!!」
力の入れ方、腕の振り方。それらをマグリョウさんから教わった俺の『剣投げ』は、綺麗に真っ直ぐシメミユへと飛ぶ。
それを剣で弾く黒鱗は、やっぱりギリギリ……だけど、正確だ。
きちんと芯を捉える様子は、何かのスポーツのようですらある。
……その横にいる黄色鱗を見る。
まめしばの雨あられな矢を『光球』で防ぐ事ばかりに、必死な様子でいるな。
――――――行ける。
「これが俺の、何もかもだ。この剣と、ついでにツルハシも食らいやがれっ!」
「クル……ッ!? …………ガァッ!!」
腰に刺していたメインウェポンのロングソード。ベルトに引っ掛けていた採掘用のツルハシ。
それらをまとめて連続二投。殺せる物と、殺せない物……そのどちらもが、シメミユに飛ぶ。
黄色鱗はまめしばの相手で精一杯。緑鱗はリュウとタコが、止めている。
ならば、この対処は――――黒鱗。お前がするしかない。
その実験体を失いたくないのなら、経験から来る瞬時の判断で、どうにかこうにか凌いで見せろよ。
その取り回しの悪い、大剣でもってさ。
「ぐぅっ! い、痛いですわ……!」
選び取ったのは、命を奪うに至る剣だけを弾くというアクション。
まんまと狙い通りにその身を飛ばしたツルハシは、シメミユの腹に突き刺さる。
無駄にひらひらした服に、そのイカリのように返しの付いた先っぽを、引っかけるようにして。
同時に飛ばした剣とツルハシ。
一つのナイフをギリギリ弾くのが精一杯の黒鱗には、その二つどちらをも防ぐ事は出来ない。
だから、必然……殺傷能力が無いであろうツルハシを、スルーする事を選んだ。
選んだ、と……思っているのか?
――――いいや、違うね。
そうするように仕向けたんだぜ、この俺が。
――――――眼の前のリザードマン共には、道が三つあった。
一つ。
"実験体" を連れて、この場からさっさと逃げる道。
二つ。
俺たちを皆殺しにして、次の機会に賭ける道。
三つ。
最初の予定通り、シメミユを捕獲したまま俺たちを圧倒し、金王を引きずり出して捕縛して、連れて帰って検証をする道。
どれを選ぶかは、知っていた。
自分たちが強い事を知っているお前たちが、何を考えるかなんて、明白だ。
なぁ、リザードマン共。強き者たち。二つ名持ちよ。
お前らは確実に……逃げないだろう?
曲げないだろう? 己の力を、信じるんだろう?
お前らが持つソレは、経験から来る自尊心だ。
強者の自信で、二つ名持ちという自負。
俺たちのような弱者にひっかかれて、おめおめ逃げたり、めそめそ曲げたりする訳がない。
絶対三つ目。初志貫徹。
弱小モンスターな俺たちに立ちはだかられても、意にもかえさない……プライドがあるだろう。
リザードマン共。トカゲ面共。
お前らは、ライオンだ。『燃えるライオン』と同じなんだ。
俺たちが弱いとわかっているから、慢心し、図に乗り、傲慢になって。
自分の力に酔いしれながら、弄んで悦に浸って、そしてやりたい事をやりたいようにするんだ。
決して俺たち相手に、本気を出したりしないんだ。
それは強者のプライドが、許さないんだから。
…………そんな思考を、何て言うか……知ってるか?
『驕り』と、そう呼ぶんだぜ。
「だから、俺がシメミユを殺そうとするのなら。お前らはきっと……それを上から捻じ伏せて、自分たちの目的を変わらず果たそうとするって……そういう驕りがあると、わかってた」
「クルァッ!」
「金王を引きずり出す。シメミユは持ち帰る。俺たちの事は適当に遊んで追い散らし、まるで相手にしない。そうする過程の俺の "嫌がらせ" は、所詮雑魚のする悪あがきで……どうにでも出来ると思っただろうさ」
刺さったのは、ツルハシ。
シメミユの頭に飛ぶロングソードと、体に飛ぶツルハシだったら、どちらを弾くかなんてわかりきってる。
命を奪うには至らない、武器ですらないツルハシを……重要視する訳がないと。
…………いや、重要視出来ないように。そう思うように、していたから。
「俺の目的は、殺して救う事なんかじゃない。
――――その細い目で見ろよ、リザードマン。
殺すには至らない鈍い刃のツルハシ、そしてキラキラ光るクレアレム鋼のインゴットには…………キキョウのスペルが貯蓄され、その力を開放させる瞬間を、今か今かと待っているぞ。
そのどちらもが、反発の力だ。俺の仲間が手塩にかけて込めまくった、『磁力魔法』という名のスペルだ。
俺は最初っから――――全員生きて帰る事を、ひたすら目指していたんだぜ」
シメミユを殺そうとした――――それはブラフ。
"彼女を死に戻らせようとしている" と思わせるための、必死の演技。
水晶玉を壊そうとした――――それも、まぁブラフだ。
人質も宝物も台無しにしようとするローグ、という……キャラクター付けのロールプレイ。
黄色鱗に向かってぶん投げたインゴット――――それこそ要で、一番の嘘。
俺が狙ったのは水晶玉ではなく、シメミユの向こう側へインゴットをバラ撒く事だ。
"死は救い" かもしれないが、それは負けだ。敗北の選択だ。
俺たちは何より欲張りで、求める物はまるごと全部。
死に逃げをするなんて言うイマイチなエンディングなんざ、求めてる訳がないんだよ。
――――俺たちが、悪あがきをしていると思ったか?
――――せめて一矢報いてやろう……そんな格下の情けない食らいつきだと、侮っただろうさ。
…………だから、出来た。準備を整えられた。
格下だから、油断を引きずり出せたんだ。
俺たち自身が、どうしようもなく小さな存在だからこそ。
俺たちが取る行動の、その一つ一つが……弱い力であったからこそ。
その内に眠る本気の一手を、仕込む事が出来たんだ。
「驕ったな、リザードマン。
インゴットの位置を思うがままに調整し、ツルハシを狙った位置に引っ掛け、殺すフリして殺さずに。
俺はそうして、本当にやりたい事をきっちり全部、邪魔をされずにやりきれたんだぜ。
……お前らがそこぬけに、間抜けなおかげでなぁっ!
――――出てこいっ!【死灰の片腕】!!」
二つ名スキルを発動させて、灰のオーラを身にまとうのは、戦うための物ではなく……合図。
遥か後方に位置するキキョウに、細工が済んだ事を知らせる目印。
こちら側から見て奥の位置。
体にツルハシを絡ませたシメミユの向こう側で、インゴットが明滅を始める。
……キキョウはここに居ないから、俺がそれを言ってやろう。
「『"離別のアネモネ"』だ。大事な実験体にお別れしろよ間抜け共っ! はははっ!」
「――――きゃあぁぁっ!!」
あちらこちらが同時に発光し、何重にも重ねがけされた反発のスペルが、ひといきに開放され――――
――――――シメミユの体は、インゴットと反発したツルハシに引っ張られる形で、思い切りよく飛ばされる。
リザードマン共から、離れるように。"主人" の元へと、帰り行くように。
「――――リュウッ! 離脱っ!!」
「合点承知の助ぇっ!!」
どうだ、二つ名リザードマン。
まんまと救いきってやったぞ。
完璧な下剋上―――― "してやったり" だぜ。ざまあみやがれ。
「やれぇっ!! 【金王】ッ! アレクサンドロスゥゥッ!!」
「随分時間をかけおって、待ちぼうけたぞッ! 存分に味わえぃ、『黄金時代』ッ!!」