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第十九話 相棒




 問題を解決する時は、その根っこの部分を考えなきゃいけない。

 では、この場合の問題点とは、何なのか。


 それは『いたぶられている事』だ。シメミユという女が、あいつらに。

 死なないように気を使われ、時折魔法(スペル)で癒やされながら、丁寧に痛めつけられている事なんだ。


 何故そうするのかって言ったらきっと、それはヘイト稼ぎの挑発タウント行為。

 そして、そうでありながら……プレイヤーの壊し方を、彼女の身で実験しているって事もあるのだろう。



 …………実験。調査。

 つまりは、検証だ。


 どのような種類がいるのか、どんな行動を取るのか。

 何を嫌がるか、どんな攻撃が有効で、どのくらいで死に至るのか……。

 今日より明日、明日より明後日の戦いで、プレイヤーという存在をより効率的に狩るための、情報集め。



『何て残忍な』なんて、とてもじゃないけど言えないよな。

 結局の所、彼らは鱗と尻尾を持ったリザードマンで、俺たち人間とは別の生き物。つまるところ、あいつらにとっては…………()()()()()()()()()()()なんだ。


 自分とは違う生き物。この世界で、殺しても良いとされている存在。

 それの生態を探り、弱点を見つけ、効率の良い殺し方を模索するって言うのはさ。


 俺たちが、その辺のモンスター相手にそうしているのと……何ら変わりのない事なのだから。




     ◇◇◇




「頼むぞキキョウ……よし、リュウっ! お前はそのまま緑鱗だっ!! 食い止めろっ!!」


「――――ん? ああっ! 合点でぃ!!」




 黒い騎士をタコに任せて、俺はキキョウとまめしば、そしてロラロニーと作戦会議をした。

 その後に金王にも概要を伝え、準備を整え戦いの場に戻り――――リュウに声をかけた。


 そう。リュウはその作戦を、欠片も知らない。

 じゃあ何故ヤツは、ああまで快活に『合点』と言えるのか?


 そんなの簡単。

 "そういうヤツ" だから。それだけだ。




「さぁ始めるぞ、トカゲ面……『我が二枚貝』『一切れのケーキ』」


「クルロロロ…………『ジィルシュルルァ』」




 剣を突き刺し、何かを唱える。そうして喚ぶのは、黒い影。

 ねとりと蠢き深淵へと引きずり入れる、悪夢のような漆黒だ。




「……検証してたのは、お前らだけじゃあないんだぞ」


「クルロロ……」




 喉を鳴らすような音を出す、不気味な黒鱗。そいつが手に持った黒い大きな両刃剣から滲み出る黒いモヤモヤを引き連れ、迂回して黄色鱗に突っ込む。


『シメミユ』の首を掴んでいたソイツは、こちらに振り向き顔を歪めた。

 …………知性があるんだろう。鬱陶しい者を見る表情。

 ついでに言えば、知性があるとした上で――――性格の悪さも見て取れる。

 嫌な表情しやがるぜ。まるで虫を見る目のようでさ。




「お前が沈めよ黄色鱗!」


「ピュルルゥ! 『ジィルルッ』!!」


「――――うおっ!」




 "寄るな" と言った内容なのだろうか。こちらに向かって吐き捨てる鳴き声は、ぴゅるぴゅる言ってとってもキモい。

 それにしたって、あの高い声……それに、どことなくしなやかな動き……コイツはメスか?

 まぁ、だからなんだって訳でもないし……敵は敵だから、どうでもいいか。


 そんな黄色いメストカゲが『ジィルルッ』と叫んで手を掲げると、俺の体が弾かれた。

 魔法(スペル)か、そうだろうな。コイツは黒い騎士を癒やしたヒーラーであるし、自己防衛の弾くスペルの用意があるのは当然だ。



 …………着地、そして顔を上げて見える。

 キラキラ煌めく土台に乗った、丸いクリスタル。水晶玉と呼ぶんだったかな。

 ……とても高くて、そして()()()だ。




「まめしばっ! 狙えっ!!」


「あいあいっさー!」


「ピュルッ!? ピュルリィッ!『ジィラ』!」




 俺の背後から矢が飛来する。それは真っ直ぐ水晶玉へと向かい――――『光球』によって撃ち落とされた。

 初弾はハズレ。だけれどそれも、想定内。

 お前に光球という手があるってのは検証済みだ。




「どうした? 余裕が消えたぞ黄色鱗。さっきみたいに高々掲げてみろよ、その玉をさ」


「ピィィ……ッ! 『ジィル――――」


「黙れ。『シャッター』」


「ピッ!? …………ピィィ?」




「クルルァッ!」


「おっと」




 剣を顔の横に構え、切っ先をこちらに真っ直ぐ向ける黒鱗が、俺に向かって猛烈な勢いで突撃してくる。

 その足元を濡らし尽くした地面を這う影は、すっかりと消えていて。


 そうだろう、そうするよな。

 石も花も、俺が落とした『ヒツジジャーキー』の皮袋すらも。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()は、味方に迫った敵には……使えないよな。


 だからこうした。情報を元に導きだした、お前の影を封じる手段だ。

 検証ってのは、大切なんだぜ。




「『ヴァイヴァー』『サキラ』――――くっ! 重いな、嫌になる」


「クルロロ……クルァッ!」




 反撃ダメージの『ヴァイヴァー』。そのやり返しを十全に発揮するには、ある程度は強くダメージを受ける必要がある。

 だけど、黒鱗ヤツの持つ両刃剣は…………それはもう、強力そうな物で。


 それに加えてあいつの雰囲気。膂力と技術を併せ持つ、【正義】さんのような力ある存在の立ち姿。

 下手をすれば、俺が手に持つ安物のロングソードごと全身真っ二つにされる恐怖があった。

 だから、五感を鈍らせる効果の『サキラ』を使う。


 本来こうしたガチンコをするには向かないならず者(ローグ)の、出来る限りに威力を殺す……苦肉の策だ。




「こりゃあ大変だ。死んじゃうぜ――――だからその前に、コイツを殺さなくっちゃな」


「ひ……っ!? あ、あなた……なにをっ」


()()()()()()。首都へと "死に戻れ" 」




 俺が狙うは()でも()()でもなく…………囚われの女、シメミユ。彼女の心臓だ。

 黄色鱗の回復ヒールの隙もないくらい、一瞬で決める決死の一撃で、彼女の命を奪い取る。



 この場の問題は、彼女が『いたぶられている事』。

 ならば、()()()()()()。この場から消えてしまえば、もうそれ以上…………それをされる恐れはない。


 殺して救う。死なせて逃がす。

 自殺が出来ないこの世界だからこそ、同じ生き物が善意で殺すという手段がありうる。


 俺は、彼女を、殺して逃がす。


 …………そんな動き(ムーブ)を、リザードマン共に()()()()()




「さぁ、殺してやる! 死に逃げの手助けだっ!」


「や、やめっ」


「ピュッ!? ――――ジ、『ジィルルッ』!!」


「チッ……!」




 そうした俺の狙いに気づいた黄色鱗が、焦った様子で俺を吹き飛ばす。

 それを見る黒鱗も、俺を追うのではなく――――シメミユを守るようにして、彼女を背に負った。

 ……だろうな。わかるぜ。

 死なれたら、困るよな。



 リザードマン共(こいつら)は、検証している。様々なケースを調べている。

 俺たちに向ける物は一体何が効果的で、どんな時にどういう事をするのか。


 歴戦の気配を持ち、首都の方向から飛んで来た手練。

 明らかに俺たちプレイヤーとの戦いを経験したお前らならば――――きっと知っているんだろう。


『俺たちが死ぬと、霞のように消えてしまう』って事象をさ。




「……だったら、そうさせまいと動くよな。何せ、逃げ足を壊した実験体だ。消えたら困る、もったいないと……そう思うよな」


「クル…………」


「シメミユは、土産だろ? 持ち帰りたいんだろ? そんでもって、出来る事なら……金王のやつも、捕えて連れて行きたいんだろ? わかるぜ、その気持ち」


「ピィィィ……ッ!」




「だから俺は、その邪魔をする。『職業』の概念を持つお前らなら、きっと知ってるはずだ。

 カルマを減らして "妨害(嫌がらせ)" ばかりを好んで行う――――ならず者(ローグ)って名前の、性格の悪いひねくれ者をさ」


「クルァ……ッ」



 震えろ、トカゲ共。

 大事な実験体も、宝物のような水晶玉も。

 目つきの悪いならず者(ローグ)がじっと睨めつけて、奪い取ろうと狙っているぞ。




     ◇◇◇




「オラオラァッ! どうしたトカゲ面ァッ! このリュウジロウをはっ倒して見せやがれぃ! もっと気合入れて来いやぁっ!!」


「ジャァッ!!」




 先程とは打って変わって、シメミユを守るリザードマンと、それを殺そうとする俺――――そんな構図のこちらの近く。

 緑鱗と対峙するリュウは、頭にデカいタコを乗せながら…………ひたすら、ただひたすらに殴られている。




「かは……っ!…………へっ! 効かねぇなァ……!」


「ジャァァ…………」




 恐ろしいまでの速さで繰り出される緑鱗の拳を受けて、それでも気丈に笑うリュウ。

 そんなアイツの頭の上のタコが、とぷり……と液体を垂れ流し、リュウの体に染み渡らせる。


『治癒のポーション』。金王がこれみよがしに無駄遣いしたそれをたっぷり含んだ白いタコは、いつもよりずっと膨らんで。

 それを頭に乗せながら、いつまで続くかもわからない消耗戦に身を預ける…………何とも間抜けで、とことんキツい役回り。

 "とにかく緑鱗を足止めする" と言う作戦を、何も聞かずに真摯に務めるリュウには、頭が下がる思いだな。




「女を殴る外道の拳でぇ…………漢一匹リュウジロウ、打ち倒されてたまるかってんだよォ! オラァッ! もっと来いやァッ!!」


「ジ……ジャァッ!」




 湧き出る緑のオーラ。速くて鋭い圧倒的な攻撃力。今は足を止めているが、きっと身軽で素早くもある。

 純粋なアタッカーとして、あの緑鱗ほどの存在も、中々いないだろう。

 いくらタコから配給されるポーションで傷が癒えると言っても…………体は無事であろうとも、心は違う。精神は違うんだ。並の男じゃあ、あの大役は務まらない。


 しかし、リュウは違う。アイツなら出来る。

 何せ、そういう男だから。



 普通は無理だろ。普通はさ。

 説明もなしに、まるで勝ち筋の無い相手と "その場でやりあえ" と言われて。

 何故そうすべきなのかも知らなければ、どう考えたってやられるばかりの未来しか、見えないんだ。

 普通の人間であれば…………"やってられるか" と投げ出す場面だろう。



 だけれど、リュウは。俺の言葉にハツラツな返事をしたアイツは、違う。



 力量差は明らかで、大太刀だって弾かれて。

 ポーションによって、体力は無限だとしても…………いつまでも繰り返し、一方的に殴られるだけ。

 その身を挺して、死ぬ気で堪えて、体力の上がり下がりを味わい続ける地獄の時間。



 …………だからどうした、と、アイツは言うんだ。その苦境が何なのだ、と。

 迫りくる弾丸のような拳にも怯えず、どれだけ痛みを感じようとも、揺るがずに。

 裂帛の気合でもって、全ての苦境を覆す――――並々ならぬ、精神力。


 そこにあるのは、自分の信念。そして生き様。

 …………それと友への――――俺への厚い、とても暑苦しくて熱すぎるほどの、信頼だ。

 それがあればいい。それさえあれば、後の残りは気合を入れるばっかりで……全てを乗り切る事が出来てしまう、馬鹿でアホで真っ直ぐな男。



――――俺が『それをしろ』、と言ったから。

 じゃあそれが一番なんだな、とひたすら信じて、何としてでもそれをやりきる。


 リュウジロウってのは "そういうヤツ" 。

 赤くてうるさいとんでもないアホ。



 そして……最高の、相棒だ。




「……頼もしい奴だよ、本当にさ」


「ピィィッ!!」


「……その顔、窮鼠に噛まれたような面だな。何だ? トカゲ如きが一丁前にプライドを持つのか? 眼の前にいる者から逃げ出す事を、良しとしないような――そんな矜持が、リザードマンにもあるっていうのか?」


「…………」




「ああ、あるよなあ……絶対そうだ。何せお前らはきっと……『二つ名持ち』。何かをやり遂げた成功者だ。だったら譲れぬ所ってのも……トカゲはトカゲなりに、あるんだろうな」


「クルゥ……」




「自信に裏打ちされた態度。経験から来る侮り。

 俺たちの生態を検証するっていう、反吐が出そうなその驕り。

 お前らが持っている『格上という自負』と、『とびきり膨れた自尊心』は、俺にしっかり伝わったぞ。

 ……だったら、やってみろ。守ってみろよリザードマン。持ち帰りたい実験体を、大切にする水晶玉を、その積み重ねて来た自尊心を。ならず者(ローグ)の剣から、綺麗さっぱり守ってみせろ」



「ピュルルゥッ!!」


「クルルァッ!!」




 誰かが大事にする物を、ヘラヘラ笑ってぶっ壊す。

 そこには善性なんか微塵もなくって……純然たる悪童の所業でしかない。


 調べただろう? 検証勢。

『職業』という概念が、リザードマン共(お前ら)にもあるその力が、こちら側にもあるって事をさ。


 だったら……結びつけろ。状況を見て、思い至れ。

 嫌がらせばかりをして、スペルを止めるこの俺が持つキャラクター性。

 俺はこんなに――――()()()()()()()()


 知れ。俺の『職業』を。

 そうしてそうだと思い込め。


 俺は、お前らが嫌がる事ばかりをする、と。

 ……そう思い込め。



 それでこそ、俺の策は成る。

『俺はシメミユを殺そうとしてる』と思わせる事が出来れば――俺の勝ちだ。




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