第十八話 最響の喝采
「……殺すとは、どういった意味でだ」
「文字通り、息の根を止める。そうなるかもしれないって話で、そういう事をしてもいいかと聞いてる」
「……まるで話が見えてこん。詳しく言え」
遠くに聞こえる硬質な響き。リュウとやらの太刀と緑鱗の激しいぶつかり合いの音だ。
それを背にして、大きな翼のあるトカゲが飛び回る空を油断なく見つめながら、サクリファクトが口を開く。
「…………あいつらは、情報を求めてる」
「……何?」
「殺すつもりなら殺せるはずだ。シメミユも、俺たちも。だけれどそれをしないでいるのは、スペルを封じる人質であると同時に――殺しては得られぬ情報を集めるためなんだ」
「何故そう言い切れる」
「……あいつらは、手慣れてる。プレイヤーとやり合うのは初めてじゃない。それどころか、一つの狩場に居るモンスターを相手するような……そんな弛緩と経験から来る余裕が、群れ全体から見て取れる」
確かに、そこは認めざるを得ない。
あの黄色鱗のシメミユをいたぶる事に夢中な様子。
そして黒鱗や緑鱗の奴らが行った、その場その場で対処するのではなく、ある種のルーティンのような作業感。
それから見えてくるのは、奴らの "このような状況への慣れ" だろう。
「遊んでる。確実にさ。リュウの太刀をぶん殴ってさばく仕草も、俺を追いかけ回す地面の真っ黒いやつも。空から落ちてくる青いのだって、やろうと思えば殺せるはずなのに――――あえて、そうしない。それは何故か」
「……続けよ」
「知りたいんだ。俺たちを。今後の糧とすべく、『どんな時にどういう行動を取るか』を見てるんだ。俺は知ってる。あいつらの視線は、そういう視線。ラボに取り付けられた定点カメラのような、無慈悲に過程と結果を取り続けるだけの物だよ」
視線、視線か。なるほど。
こうまで遠くにいる私では、見えぬ所もあったと言う事か。
……しかし、それだけでは足りぬとも思える。
「ある種の "経験値稼ぎ" みたいなモンだと思う。俺たちがリザードマンを最近見つけたって事は、あいつらが俺たちを見つけたのも最近って事だしさ。つまり、これは "狩り" じゃあなくって………… "調査" なんだ。空飛ぶ怪鳥に乗って、首都っていう集落周辺にいるプレイヤーたちを、調べてる」
「そう断定は出来まい」
「いいや、断ずるね。殺さない事、じっくり観察する事と合わせて――――奴らは情報の大切さを知っているってのもあるしさ」
「何をもってそう口にする?」
「最初だよ。あいつらは、装備を隠した。ギリギリまで自分の役割を秘匿した。それは知恵ある者と戦う時にだけ行う、情報の大切さを知っているヤツの行いだ」
…………そうか。
自分たちから襲撃を仕掛けておいて、これから戦う事が想定外だったと言う訳もない。
だと言うのに、鎧も武器も接触の直前まで出さず、こちらに準備する時間を与えなかった。
『"知らない" というのは、不利』と思っていなければ、そのような事もしないはずか。
「黄色鱗と青鱗は知らないけど、黒と緑は十中八九『二つ名持ち』のとびきりだ。それに加えてあの怪鳥の機動力。プレイヤーの集落への "威力偵察" って奴には、うってつけだろ?」
「…………なるほどな」
◇◇◇
「それに、これは無理やりで勝手な予想だけど…………あいつらの目的は、多分金ピカ――――お前だ」
「……なんだと?」
「奴らは首都の方向から飛んで来た。きっとそっちで、何らかの情報を得たのかな、と思う。そして帰路につく道中、奴らは目にしたんだ」
「何をだ」
「『空一面を多い尽くす強力なスペルの発現』と、『その近くで豪華な椅子にふんぞり返るやつ』をさ」
「…………っ!!」
「そんな馬鹿な行いなんて、ああ、普通じゃないぜ。そこにあるのは……異質、個性、キャラクター性だ。それはあのリザードマン共にも確かにある、『二つ名持ちの証明』に他ならない」
黒い騎士、緑の格闘家。
奴らが持つのは、大きな力と……確かな個性。
それは覚えやすさで、それはオリジナリティで、それはテーマ性だ。
ならばきっと、奴らが二つ名を得る条件は……我々と等しく。
だからきっと、私が二つ名持ちだと言う事を、奴らは知った。
尋常ではない出来事が起こっている戦場に、椅子に座った変なやつがいるのだ。
『二つ名持ち』と当たりをつけるには、十分な要素だろう。
「人質を取ったのは、それが色んな意味で効果的だと知ったからだろ。俺たちを殺さないのは、二つ名持ちのお前を引きずり出すためだろ。情報を得ながら、お前が前に出るのを待ってるんだ」
「……余の退却は、余もやつばらも、望んでいないと言う事か」
「ある意味、俺たち全員が人質みたいなもんだな。死なれたら困る……丁重に扱わなければならない、と言う意味で」
「だから、『殺す』と言う選択…………か?」
「いや、それだとただの嫌がらせだろ、そうじゃない。俺が言っているのは――――『シメミユの救い方』だよ」
…………リスドラゴン戦、だったか。
私も動画で見たが、中々どうして小狡い事を思いつく物だと、少しばかり感心した。
あのようにボロボロになりながら、よくも頭を働かせる物だと。
そして、今。
その時の小賢しい男が目の前で、あの時と同じような事をしている。
苛烈な戦いの最中、切った張ったの時間の中で、様々な情報をかき集め……それらを統合し、精査して。
その上で、自分に出来る最大を見つける男、サクリファクト。
ああ……憎たらしい。随分と楽しそうにして。
その楽しそうな場に、私を無理やり引きずりこんで。
本気でゲームを楽しむ事を強要するのか。現実に生きる社会人の、この私に。
時間と金を浪費するばかりの、限りなく非生産的なこの世界で。
「"死は救い" とでも言うつもりか」
「そんな言葉遊びする気もない。もしかしたら誰かがさくっと死ぬかもしれないけど……そうなったらなったで、気持ちよく許してくれって事だよ」
「賭け事は好かん。その場では、世捨て人にこそ女神が微笑むと聞き及ぶのでな」
「これはゲームだぜ。生きるか死ぬかにベットしたって許されるんだ。たまには "本気の伸るか反るか" に巻き込まれろよ」
「……"外れ" で命を落とすなら、逆の場合は何を得るのだ」
「"してやったり" って思えるぜ。最高だろ?」
得る物は、満足だけか。
なんとしょうもない。
…………しかし、ああ……それもそうか。
ここはRe:behind。ゲームの世界。
得てしてゲームとは、そういう物であるべきなのか。
金と時間と労力を使い、ただひたすらに夢中になって『自己満足』だけを追い求めるのも――――間違いでは無いのだろう。
◇◇◇
◇◇◇
「――――今だっ! 金ピカっ!!」
「指図をするなっ! 請えっ!!」
「いいから早く見せてみろっ! アレクサンドロスっ!」
「…………全く、あの物言いといい、その策といい……憎たらしいにも程がある。"我は持つ。是が非もにべもを言い成らす――」
――――……カン。
サクリファクトが語った作戦は、なんとも悪辣な物だった。
リザードマン共の知恵を利用し、周囲にも無茶を強いる酷い内容だ。
"出来なくもないが、とても大変"。
そんな指示を出すあいつに悪気は無いのだろうが、それを言われた側としては……たまった物ではない。
「ふふふ、『魔力のポーション』を一本いただきますよ。アレクサンドロスさん」
「…………"黙せ、従え、頭を垂れよ。王を認めて地に満ちよ――」
――――……カン、カン、カン。
金髪に細目の男――――キキョウと言ったか。
『燃えるライオン』の競売の場では、中々堂に入った口上を並べていた気がする。商売に興味があるのだろうか。
……ならば、私にはゴマをすっておいたほうが良いだろうに。
わざとらしい "さん付け" には、刺々しさをしっかり感じる。
「……少しだけ、魔力が減っている気がしますね。喉も乾いた気がしますし。そういう訳で、もう一本」
「………… "ペルセポリスを炎で燃やせ。ミレトス、イッソス、ハリカルナッソス――」
――――カン! カン! カン! カン!
何だこいつは。どう考えてもポーションの無駄遣いだろ。やめろよ。
コイツも生意気で憎たらしい。恨みを買う覚えはないぞ。
……まさかとは思うが、"ロラロニー" を金で買おうとした事を、未だに根に持っているのだろうか。
いや、流石にそんな事はないだろう。
「はぁ、嫌ですね。スペルによる精神疲労は、現実の脳とは関わらない幻覚だと言われていますが…………個人的には、後を引くと思っているのですよ」
「…………」
「そもそもは貴方のお仲間のせいで、私まで巻き込れているのです。全てが済んだら、ロラロニーさんに謝って下さいね。謝るまで許しませんよ」
そんな事があった。未だに根に持っていた。
しつこいぞ、コイツ。
…………それほどまでに、彼女を大切に思っていると言う事だろうか。
「 "賛えよ! 讃えよ! その名を叫べ!! 余こそがアレクサンドロス! 金剛輪際の王であるッ!!" 」
「さぁ、そこでストップですよアレクサンドロスさん。浮かせず落とさず、全てをその場に留めて下さい」
「……く……っ!!」
元からそういう手はずだった。言われるまでもない事だ。
しかし、これは…………想像以上にキツいぞ。
何と言えば良いだろうか。
自分と全く同じ腕力の相手と、腕相撲で真剣勝負をするような。
立ったまま出来る限りの前のめりになって、転ぶ寸前で持ちこたえているかのような。
限界いっぱいのギリギリ感。
これ以上ないくらいに、自身が生み出した力を押し留め、せめぎ合わせて。
「う……く……ぅ…………ぉおっ!」
「ア、アレク様っ!」
「だ、大丈夫なのだ? お顔が真っ赤で……今度は真っ青なのだ」
「余が財産よ…………ポ、ポーションを……ここに…………っ!!」
二つ名【金王】。『スペルに込められる魔力を増やす』とは良く言う物だ。
それはまるで、魔力量を望むがままに込められる――――そんな壊れスキルの説明であるように思えるが、いざ蓋を開けてみれば…………まるで別物。
『スペルを発現させると、その一度で魔力をすべて消費する』という、違う意味での壊れたスキルだ。
イカれた蛇口。ひび割れたダム。穴の空いた風船。
どんな些細なスペルを願おうとも、全ての魔力とそれに応じた滅茶苦茶な威力のスペルが勝手に出てしまうというのは……控えめに言って、呪いでしかない。
「……アレク様ぁ、どうぞぉ~」
「――――んっ! はぁっ! はぁっ!」
「…………幾らかばかり、落ちました。着弾点はここから遠く離れた所ではありますが、浮かぶ石ツブテの層が薄れていますよ」
「わかっている……っ! ……クソッ!」
辛い。果てしなく。
今この場に浮かべた黄金色の石、その総数2258個。
それら全てが地に落ちようとするのを、ゴリゴリ削れる魔力によってフラつく頭で念じ、止める。
頭が痛い。爆発しそうだ。
右手で空を握りつぶすようにして制御しながら、もう片方の手で魔力ポーションを飲むのが止められない。
痛む胃を左手で抑える暇など、無いほどに。
「ぐぅ……おぉぉ……っ!」
「アレク様……」
「……また落ちました。どんどん数を減らしていますよ。やれやれ……【金王】とは、この程度の物でしたか」
「……この……っ!」
こちらを見る細い目。金髪め、馬鹿にして。
お前も魔法師なら、この辛さがわかるだろう。決して他人事ではないはずだ。
だと言うのに、突き放すような物言いをして。
お前もサクリファクトと同じく、私に媚びぬ愚か者か。
「魔法師の極点……そう聞いた時は、それはどれほどの存在なのかと胸を高鳴らせた物ですが…………さほどでも無かったようです」
「…………貴様ァ……」
「私もサクリファクトくんも、数々の【竜殺しの七人】と相まみえて来ました。彼らはその誰も彼もが信念を持ち、自分が自分である事に誇りを抱いて、この世界で堂々と生き抜いていました」
「…………」
「しかし、アレクサンドロスさん。貴方はどうですか。それほどの力を持つほどまでにRe:behindを熱望しながら、まるで自身はこの世界を求めていないかのようにして。一歩引いた所から小馬鹿にするようにして、真剣になろうとしない」
「…………」
「私にはそれが、酷く滑稽に思えます。真剣にならないのではなく――――失敗を恐れ、本気を出す事を怖がっているだけ…………真剣になる事が出来ない臆病者にしか見えません」
こちらが無駄話出来ないのを良い事に、べらべらと好き勝手を言ってくれる。
そのどれもが的を射ていて、心にぐさりと刺さってくる。
…………臆病にもなるだろうよ。
現実世界で "失敗したら一巻の終わり" という、綱渡りのような日々を過ごしているんだから。
『ご意見対応』と『ロボットの管理』。それは、私でなくても出来る事。
誰でも出来るからこそ、会社も、クレーマー共も……私という個人は求めていない。
会社は私にスイッチを押して欲しいのではなく、責任を取る誰かであれば誰でも良くて。
クレーマー共は、本当に私に意見があるわけではなく……文句を言える相手なら、誰でも良いのだ。
それなら、それらに本気であたるのは馬鹿だろう。
一々下らない『ご意見』に本気で心を揺り動かしていては、おおよそまともではいられないのだから。
斜に構えて一歩引き、流すようにして日々を生きる事も……ああ、するだろうさ。
そうして刷り込まれた――――"何事にも、正面からぶつからない" と言う生き方は…………私の精神に、深く刻みこまれているんだ。
ならば、こうもなるだろうよ。
「…………きっとサクリファクトくんは、貴方がそこぬけに嫌いなんです」
「……ハァッ……ハァッ!」
「何故ならば…………彼も以前、貴方と同じタイプでしたから」
「…………な……に……?」
「本気になるのは格好悪い。全力を出すなど馬鹿のする事。そう言って不真面目な態度で周囲を嘲笑い、そうではない特別な自分が冷静なオトナである、と……そう思いこんでいたのでしょう」
「…………」
「しかし彼は、知りました。みっともなく足掻く事の素晴らしさを。それが実を結ぶ事の清々しさを。本気を出してもおかしくないこの世界の、かけがえのなさを」
「…………」
サクリファクト。お前は、そうなのか。お前も、そうだったのか。
ああ、そうだよな。本気になるというのは、怖い事なんだよ。
失敗したらどうする?
全力を出しても出来ないのであれば、その本気には何の意味もない。
笑われたらどうする?
マジになっちゃって馬鹿じゃないの、と、冷笑されるのが嫌なんだ。
それに、己の力をまるごと曝け出したなら……その先で、自分の無力が露呈するかもしれない。
自分の限界を……知ってしまうかもしれない。
それは、怖い事なんだ。
そんな臆病者の自分をごまかすため、『私は大人だ』と言い訳をするんだ。
何事にも情熱を燃やせなくなった自分を、出来る限りに良く言って……自分自身を、納得させるために。
「…………だからこそサクリファクトくんは、貴方にもそうしてみろと言うのでしょう。シメミユさんを救いたいと願った貴方に、本気を出せる舞台を用意したんです。そこにあるのは、挑発や煽りも含まれながら――――大部分は、貴方への期待ですよ、アレクサンドロスさん」
「…………期待……だと……?」
「彼は無茶をしますが、無理は言いません。貴方なら出来ると思ったからこそ、そう言うのです。【金王】だろうとお金持ちだろうと、そんな物は知った事かと蹴り飛ばし――――只々ひたすら、『アレクサンドロスさんを動かす中の人』の力に期待をしているんです」
天のツブテが揺れ動く。
私の心の揺らぎをそのまま反映させて。
『そうしろ』ではなく、『出来るか』と聞いたサクリファクト。
『やれ』ではなく、『みせてみろ』と言ったあの男。
そこにあったのは、無理強いでもなく指図でもなく…………私の力への、期待なのか。
小賢しい策に必要なのは、その状況への理解と、持ちうる力の再確認。
金髪、リュウとやらにMetuber……そしてロラロニーとそのタコの持つ総力を使い、目的を成すための策を練った――――サクリファクト。
ある物はあるし、無い物は無い。
様々な要因をこねくり回して組み上げた策…………そこに含まれた『私のスペル制御』という一つのピース。
それは、あいつにとって……不確定な要素ではなく。
『出来る』と信じた結果の、大きな策謀のいち部分。
サクリファクト。黒くて生意気なならず者。
貴様は、金にも勇名にも立場にも決して媚びず、只々真っ直ぐアレクサンドロスを――――この『元橋 殻斗』を見つめるような熱い視線で、私の底力を信頼するか。
「……くく……ははは……」
「……どうしました? 魔力酔いで、おかしくなってしまいましたか?」
「ああ、そうだ。余はおかしい。頭が煮えくり返るぞ! ぬははは!!」
「…………」
私なら出来る、と。そう言うか。
それを信頼し、策に埋め込むか。
…………正直者のお前が。
本気でこの世界を生きるお前が。
私なら出来ると思っているから、それを私に頼むのか。
それを踏まえて、その上で――――大きな事を成そうとするのか。
お互い嫌い合う関係でありながら、それでも尚――――私の力を、信じるのか。
【竜殺しの七人】でもなく、【金王】でもなく、奴隷でも社畜でもなく。
他の誰でもないこの私自身を信用し、一人の人間として私を望み、その全力を発揮する事を求めるか。
はは、何という事だ。これは何たる事か。
私が、試されている。金ではなく、この私自身が。
ああ、血が滾る。心が跳ねて、口が歪んでしまうじゃないか。
体が軽い。胃も痛まない。頭のモヤも、消え去ったっ。
私なら出来る! あのあけすけな物言いの男が言うのだ、間違いはない!
全力を出していい! それがおかしくない世界で、それが正しい局面だ!
羽目を外す土台は整った!
貴様がそれをすると言うのなら――――私だって、やってやろうじゃないか!
「ぬんっ!」
「……おや、急に持ち直しましたね。心変わりでもあったのでしょうか?」
「下賤な者にはわからぬさ。それに、まだまだこれからよ」
「……これから、ですか?」
「貴様は言ったな。"目減りした" と。――――ならば、足すまで。それが【金王】。それこそが余よ!! 上がれぇっ!!」
「…………つ、追加……ですか?」
「減れば足す。際限なく。金に飽かせる余が詰む金貨は、いつもどこでも青天井よ! 上がれえぇっ!!」
血管が切れそうだ。体も痛い気がする。
明日は筋肉痛だろうか。いや、もういい歳だ。明後日辺りに来るだろう。
――――ははは。望む所だ。
なにせ本気の本気を出すのだ。そうでなくてはな。
ああ、まだ足りないぞ。右手だけでは間に合わない。
左手も使い、両手を広げて空へと叫ぶ。
「まだまだ増えろ、埋め尽くせ! 余の名を今日に刻むのだ!! 世界に余が名を響かせろっ!!」
「アレク様ぁ、ポーションで~す」
「私は団扇で仰ぐのだ」
「後ろにお椅子を出しましたよっ! アレク様っ!」
「ぬははは! そうだ、財産たちよ! 貴様らには何も求めん! ただ余に侍り、贅を尽くせっ! 王たる余の装飾として、余が往く覇道を飾り立てよ! その行い、まさしく大義であるっ!」
「…………3000? いや、4000にも及ぶでしょうか。まるで金色の夜空…………。まさか、こんな……一体どれほどの……」
クルクックの手作り羽団扇。火照る体を撫でる微風。
リエレラによって恭しく差し出される魔力ポーションは、ホテル・レストランの給仕のように厳かで。
背後に控えるべるぷーるの豪華な玉座があれば、私はその前に立つ王となる。
「総数4182! これこそ余が魔の真髄よ! 賛えよ! 讃えよ! その名を叫べ!! 余こそがアレクサンドロス! 金剛輪際の王であるッ!!――――――財産たちよ、喝采せよッ!!」
「さっすがアレク様っ! 世界で一番、一等賞っ!!」
「アレク様こそ最強なのだ。私はきゅんきゅんしちゃうのだ」
「すご~くかっこいいよぉ~、アレクさまぁ~」
爽快だ。ストレスフリーな、素晴らしい気分だ。
普段は胃を抑える左手だって、こうまで高々掲げられるぞ。
全身全霊の本気プレイ。
コレがお前の――――サクリファクトが見ている景色か。
中々どうして、悪くないじゃないか。