第十七話 最狭の遊び方
「うおおっ! 何だよこの黒いのは! しつこすぎるぞっ!」
「く……っ! この緑鱗の拳、疾くて重――――グハッ! なにくそ、てやんでぃっ!!」
「だめだぁ~、矢も防がれるよぉ~! 何アレ? 女司教の『光球』にしか見えないんだけど!」
「私の魔法も『光球』の前ではかたなしですね。それに……上空からの奇襲も非常に厄介です」
「みんな頑張れ~」
芳しくないな。それぞれがそれぞれに にべもなく対応され尽くしている。
囚われのシメミユを奪い返す所か、各々が敗北を喫してしまいそうな状況だ。
やはり、強い。
足を止めての接近戦をする緑鱗の格闘家は、リュウとやらの大太刀を全て殴り返して力量差を見せつけるように。
そして黒い騎士は、影を操りクルクル笑い声を零しながらサクリファクトを付かず離れず追い回す。
黒い騎士も緑の格闘家も、サクリファクトとリュウとやらをまさしく圧倒――――いや、あれは……遊んでいるのか。
体ではなく刀身を殴るという行いも、影で囲わずゆっくり追い立てるようないたぶりも。
決着をつけるつもり等更々無い、確かな自信から来るお遊びの時間なのだろう。
それに、あの黄色鱗もどうだ。まるで【天球】スピカのような、光球制御の自由自在ぶり。
時折黒い騎士に癒やしのスペルを飛ばしている事からして、ヤツの役割はヒーラーであるのだろうが…………あの光球制御。サポートとしても思わず唸らされるほどだ。
手に持つ水晶玉が増幅器か? 見たこともない物だが、並の物ではない力を感じる。
リザードマンに伝わる秘宝のような物だろうか。正直な所、とても欲しい。
「……ふむ」
「…………あの~……アレク様?」
「何だ?」
「……助けるんですか? シメミユを」
私の財産の一人である『べるぷーる』が、おずおずと言った様子で声をかけて来る。
その背後に待機する『リエレラ』と『クルッククルクック』も、何か思う所がある表情でこちらを見つめて。
「……不満か?」
「い、いえっ! 不満、っていうか…………アレク様がそんな感じになるの、珍しいなって思って」
「意外なのだ。てっきり、軽く見捨てるのかと思ったのだ」
「リエレラもぉ~」
「……で、あるか」
「…………もしかして、アレク様……シメミユの事を、そこまで……?」
「そっ、そうなのだ!? シメミユはアレク様にとって、特別な存在なのだ!?」
「ワオ~ショックぅ~」
……喧しいな。姦しいと言うべきか。
シメミユがああまで恐怖に歪んだ声をあげているというのに、よくもここまで能天気でいられる物だ。
それもこれも、彼女たちの経験不足による物なのだろうか。
ゲームをゲームとして見ている、その侮りと言ってもいいかもしれない。
◇◇◇
私の財産は総勢12人。
そんな中でも、現在侍っている4人は特別に意識が高い。
――――と言っても、私の金を浪費する意欲が、という話だが。
世界を破壊する魔王、いつしか訪れる大災害……そんなロールプレイングゲームにありがちな大目標は、この世界にはない。
このRe:behindにおいて、決まった遊び方や最終目標と言う物は、無いのだ。
必ずしも戦いに身をやつす必要もなければ、武器や防具の作製を行う必要もなく、只々この『作られたファンタジーな世界』を楽しむ層も一定数存在する。
日々、仲のいい者と日向でおしゃべりに興じる者。
街中にいる大道芸プレイヤーや歌を歌うプレイヤーを見て楽しむ者。
変わった所では、首都にあるレストランの給仕を進んで担当したり、掃除をする事に情熱を燃やす者さえいたりする。
大気が汚染された現実世界。機械が支配する社会。
そんな中では決して出来ぬ、この世界ならではの "体験" を求める者も多くいるというのが、このRe:behind。
そんな場所だからこそ、私の財産たちは………… "金持ちである私に寄り添う事で、毎日気楽に贅沢をして過ごす" というプレイスタイルを取っている。否、取れている。
今現在囚われの身である『シメミユ』。彼女は、司祭をレベル4持つ。
それは私の財産において、唯一無二の『戦いに役立つ職業を取る者』である。
ハキハキ喋る『べるぷーる』は『木工師』のレベル2であるし。
のだのだうるさい『クルッククルクック』は『裁縫師』が3だ。
間延びする喋り方の『リエレラ』に至っては、『道化師』が1だけである。
なんともしょうもないキャラクタービルドと言わざるを得ない。
……が、逆を言うなら、彼女たちの目的が私に寄り添う事なのだから、最も効率的で正解に近い事であるのも確かだ。
職業認定試験という、無駄金と無駄な時間を取られる事を避け。
極力私に気に入られる事で、現実世界とは何もかもが違うこの世界で、悠々自適に遊んで暮らせるのだ。
外を見やれば、必死に日々の生活費を稼ぐ労働者たちが目にうつり。
それと比べる自分たちの、なんと自由で上々な事か。
決して本気になどなりはせず、ゲームだからと刹那的に過ごし、立ち行かなくなったらさっぱり辞めてしまえば良い。そんな気兼ね無さでもって。
『上手いやり方』で素晴らしい時間を過ごす……その優越感に浸る事が何より楽しい。そんな毎日。
金を奪われる側にしてみれば、とてもたまった物ではないぞ、と言う話だが…………そうなった原因は私にもある。大いにある。
ならば、納得するしかないのだ。例え、胃が痛もうとも。
◇◇◇
「……特別と言えば、特別だろう。余の財産は、その全てが特別だ」
「じゃ、じゃあ……私が捕まっちゃっても、アレク様は助けてくれるんですかっ!」
「ふん、当然だ。余の財は有り余るほどに多大であるが……だからと言って、下民がその一旦にでも許可なく触れる事は決して許しておらぬ。それをした者には、このアレクサンドロスの名の下に、大いなる裁きを与えるのだ。ぬははは!」
「そんな……そんなに私たちを大切に思ってくれているなんてっ!」
「リエレラは嬉しいよぉ~。そんな状況、物語のお姫様みたいだねぇ~」
「私もきゅんきゅんしちゃうのだ。思わずキッスをしちゃうのだ。ん~……」
「……おい、何してんだよ、腐れハーレム共」
「むっ! 黒いおじゃま虫なのだ。あっち行けなのだ。しっしっ!」
サクリファクト。血まみれの黒い男。
ざくりと袈裟斬りを食らったのか、左肩から右腰にかけて斜めに付けられた大怪我に、私の足元にあったポーションを振りかけ、口にする。
遠慮が無いな。まぁ、良いが。
「黒い騎士はどうした、サクリファクト」
「タコが顔面にへばりついてる。多少の時間稼ぎにはなる」
「ほう? あの白い軟体は、見かけによらず使えるな。飼い主の教育の賜物か?」
「まぁ、そんな訳で俺は――――お前にお伺いを立てにきたんだ」
伺う、伺うとは。
どこまでも生意気で、私の金にも力にも媚びないこの男が、そんな表現をするとは。
嬉しさや満足感より…………不安がよぎるぞ。
まるで常時居丈高な上司が、笑顔ですり寄って来る時のような。
「…………何だ、改まってからに」
「お前の下品な課金アタックのおかげで、奴らの "したい事" と "出来る事" は大方わかった。その中で、俺たちがすべき事も固まった。それをするには、お前の力と許可が必要だ」
「…………何?」
「まずは、その力。あの『黄金時代』とかいう趣味が悪くて扱いづらい、火力ばっかりクソ高いゴミ魔法だ」
「言葉に気をつけろ。余の金甌無欠な魔の法に対し、そのような物言いは――――」
「あのスペル――――途中で止められるか?」
「……何だと?」
「キキョウに聞いた。スペルとは、一つの流れだと。火球を生み出し、ぶつけ、弾けさせる…………それは一つの定型のように扱われるが、実際は手順を一つずつ命じているのだと」
「…………ふむ」
「だから、火球を生み出して――――そのままって事も、出来はなくないと。それこそがスペルの制御であり、そこに魔法師としての力量差が出るのだと」
確かに、それは間違いではない。
スペルという一つの力の発現を順に考えた形として、そのようにも捉えられるのは事実だ。
そんな中で、私の『黄金時代』は……大分して3段階。
"地面をかき混ぜ、石や岩を空へと引きずり出す"
"それらを空中に浮かべ、爆発の力という金メッキを施す"
"そして地表へ向けて発射し、全てを滅ぼす"
と分けられる。
それの、途中か。
確かに出来なくもないのだろうが……した事もないな。
「空に浮かべるシーンで止めて欲しい。出来るか?」
「…………」
「やれって言ってるんじゃない。出来るか? って聞いてるんだぜ、【金王】さんよ」
ああ、この男。これでもかと煽って来て。
口の端を歪ませて、侮るような表情で。
それはお前の挑戦状か。
頭が熱くなる。イラっとする。これは紛れもないストレスだ。
しかし、胃はまるで傷まない。嫌な気持ちにもなりはしない。
――――未だかつてないタイプの、悪くないストレス。
良いだろう、サクリファクト。
私は他の誰でもない、【金王】を操る者だぞ。
この世界の私に出来ぬ事など、何一つないと言う物だ。
「この金王に不可は無い。貴様がその卑しい頭をみっともなく下げると言うのなら、ああ、やってやらぬ事もないぞ」
「はいはい、お願いしますよ腐れ金ピカ様」
「ふん! どこまでも生意気な餓鬼だ!…………まぁ、それは良い。それよりもう一つ…………"許可" と言うのは何の話だ」
「あ~。うん……いや…………これは相談なんだけど」
「勿体ぶるな、早く言え。時は金である」
「あの女――――シメミユだっけ?」
「いかにもそうだが」
「あいつ…………殺してもいいか?」
…………何だって?