第六話 本気でゲームをしてみよう
□■□ 首都にある酒場 『駄目人間の飲んだくれ亭』 □■□
◇◇◇
「それにしても…………ふくくくっ。ダイブ後の"心臓ならし"が四十秒って、聞いた事ないよ~」
「ふふふ。それだけ短いと、コクーン出てから"心臓ならし"する部屋に行くまでに終わってしまいそうですね」
「でもね~、素敵なお姉さんとお喋り出来たから良かったよ~」
先日ロラロニーの膀胱がワガママを言って解散になってしまった後に、全員がダイブインしたタイミングで集合する事にした俺たち。
軽くつまめる物を口慰みに咥えて、たまたま会った新人教官のウルヴさんと雑談なんてしながら…………全員が揃うのを待ち、今に至る。
「まぁロラロニーがアホなのは何時も通りだとして――――結局この前の金稼ぎの件はどうなったんだよ?」
「あっ、ひどい!」
「おう、それだそれ! 集めた情報の交換会と行こうじゃねぇかっ!」
「……それではまずは、私からよろしいでしょうか?」
「おうおう、やっぱり商売と言ったらキキョウだよなぁ! 教えてくれや!」
ウルヴさんが席を立ち、改めて五人でパーティとしての会話を始めると、待ってましたと言わんばかりにキキョウが手を挙げる。
ド本命だから最後に回すのかと思ってたけど、最初なのか。
リュウは好きな物を先に食べるタイプだな。俺は最後に残すタイプ。
「やはり短期的な商売として手軽に堅実な利益を得るには、波に乗るか・穴を突くかの二択であるでしょう。私はその二つの内、不慣れな皆さんと共に成せる事という考えから――――穴狙いを選びました」
「ふむふむ、なるほど?」
「現状から見える "穴" …………先の雑談にて私が言った『銅の魔宝石の需要が上がっている』という情報を元に、銅の魔宝石の産出地と供給量を大まかながら調べ尽くしましてね」
「……んん? ちょっと待って? それって、どこで採れるか、どのくらい採れるかを聞いて周ったって事? そんな事、無料で教えてくれるの? ちょっとは名の知られたMetuberの私のインタビューでも、そこまでは教えてくれなかったよ?」
「ふふふ。対岸に黄金が積み重なっているのが見えているのに、渡し船に代金を渋る必要がありますか?」
「…………あ、そう。お金払ったんだ……」
キキョウは落ち着いた雰囲気と堅実な思考のように見せかけて、時に大胆な事をする。小遣い程度じゃそんな貴重な情報は買えないだろうし、それなりに払ったんじゃないか? よくやるな。
「そうして得た情報を元に、メインの産出地にキャンプしている『とあるクラン』とお近づきになりまして。めでたく『ポーター』の役割に滑り込む事が出来たのですよ」
「ぽーたー?」
「運び屋とかそういう感じだよ、ロラロニーちゃん。この場合はキャンプと首都を往復して魔宝石を運ぶお仕事って事じゃないかな?」
「ふふふ、ビジネス上のものですがね」
「で、その宅配代で稼ごうってのかぁ? な~んかパっとしねぇなぁ」
「いえいえとんでもない。いいですか、リュウジロウくん。今首都の銅の魔宝石は、イレギュラーな産出以外全てが私の手を経由しているのです」
「ん~? どういう事でぃ」
「あっ……!? いやいや、えぇ……?」
まめしばが気づいた。俺も気づいた。
いや、気づいたけど……それは駄目だよな? 違うよな、多分。
「つまり、銅の魔宝石が欲しい方は私に『お願い』をしなければならないのですよ。それがどんな劣悪な品であろうとも、どんな値段であろうとも。夢が広がりませんか? 相場の十倍で良いから売ってくれと懇願する哀れな――――」
「いやいやいや駄目でしょ! それは駄目だよキキョウ! 炎上するって!」
「ふふふ、燃やした所で、灰から魔宝石は生まれません。銅の魔宝石は私が独占しているのです」
「ハッキリ独占って言ってるし! だめだよそれはぁ! なんか、モラルとかそういう感じで、だめ!」
「俺もまめしばに賛成だな。大きな力に押しつぶされそうな、良くないにおいのする行いだろ、それはさ」
駄目だよな、それは。
現実の金に直結するRe:behindの市場でそういう行いは、敵を作りすぎる。
それこそ、仮想・現実に関わらずさ。
「ふふふ、まめしばさんとサクリファクトくんは意外と潔癖なんですねぇ」
「まめしばさんは顔出しMetuberだから、清潔感にこだわりがあるんだよね~」
「そういう事じゃないよ、ロラロニーちゃん……」
商売人としては、間違ってはいない考えなんだろう。
しかし、だからといって勝手が過ぎると、叩かれたり道徳心を疑われたりするビジョンしか見えないよな。
それに、キキョウとまめしばと俺だけだったら出来なくもないかもしれないけど…………リュウジロウとロラロニーには荷が重いだろ。
リュウは馬鹿だからごく普通に無理だとして、ロラロニーにそんな非道を働ける器用さがあるとは思えない。
そういう狡猾な器用さは、コイツのキャラには似合わないしな。
「なんかよくわからねぇが、お天道様に顔向け出来ない事はよしておこうぜぇ?」
「ふふふ、そうですか。残念です。ちなみにポーター契約はもう解約しておりますので、ご安心を」
「……駄目って言われるの、予測してるじゃん。私のカメラにキキョウのわる~い顔が映ってるよ~?」
「一つの手段を提示し、それが可能だという証拠をお見せしただけですよ。悪いことはしないほうがいいですからね。そうでしょう? ロラロニーさん」
「ん~? うん! そうだよね~」
年若い俺たちに、"いざとなった時のなりふり構わない方法" ってのを……教えてくれたのかな。
試算だけでなく一度実際にモノにしてくるなんて、生真面目というかなんというか。
良い教育だってのは、わかるけど。
「それじゃあ次は……まめしばはどうでぃ!」
「私? う~ん、私は色んなプレイヤーに聞いてまわったんだけど…………これって情報はなかったかなぁ?」
「まぁそりゃそうか。食い扶持を晒すのは、てめえの飯を客人にごちそうするようなモンだしなぁ」
「それもそうなんだけど、やっぱり皆『普通の稼ぎ』だったからね。モンスターを倒すとか、そういうクエストを受けるとか。素材を買って薬を作ったり、武器や防具を作ったりね」
結局の所、今の俺たちがRe:behind内で出来る金稼ぎってのは、その程度のモノだよな。
ゲーム内通貨"ミツ"をリアルマネーとトレード出来るこの世界だからこそ、裏技みたいな事で増やすのは…………それこそリアルと変わらないほどに厳重な監視の下で、しっかり出来ないようにされてるんだ。
万が一にも下手なバグなんかが見つかった日には……全てのミツの価値が大幅に下がってしまうんだろうしさ。
「なるほどなぁ――――で、サクリファクトは何かあったかよ?」
「……俺は、あるぜ。完全な答えが」
「おっ! サクちゃん凄い自信だね?」
「おうおう、こりゃいいや。御高説を賜ろうじゃねぇか」
「現実で"スイッチを押す"仕事をして、得た日本円をゲーム内クレジットに変える。これが一番に早くて、手間も知識もいらない最高のやり方だ」
これが俺の冴えた答えだ。首都噴水広場でぼけーっとしてるだけじゃないんだぜ。
そういうキャラはロラロニーだけで十分。
これこそが、違う角度から物事を見ることが出来る…………サクリファクト流。
視点を変えて盲点をつく、とびきりに抜群な解答だ。
「う~ん、私はそれはちょっと……」
「俺っちもお断りだなぁ」
「ふふふ、それはちょっと遠慮したいですね」
「私もやだな~」
あれ? 何だよ。
総スカンだぞ。
……なんでだよ。
皆して……。
「リアルで稼ぐのが嫌だからこの世界に来たんだしさ~。Metubeは別だけど」
「ここで稼ぐ事を諦めた、敗北みてぇな選択だと思うぜ。俺っちはよ」
「『Re:behindで商人として生きる』という事ではなくなってしまいますからね、残念ですが」
「私、現実じゃ何も出来ないもん」
そうか。そうなのか。
いや…………自分もそうだったか。
"スイッチを押す仕事" が嫌だから、ここで稼いで生きて行こうとしたんだっけ。
「最悪そういう手段もあるかもしれないけどさ。みんな、"現実の不毛な仕事"がやりたくないからRe:behindを始めたんだよ、きっと」
それもそうか。そうだよなぁ。
そこぬけにシビアなRe:behindじゃなければ、いくらだってVRMMOは出来るんだ。
この厳しくも辛い、だけども特別な世界で生きるって決めた理由を……忘れちゃってたなぁ。
◇◇◇
「そうすると、結局どうするのさ? みんなで私みたいに動画撮ってMetuberとして稼ぐ?」
「……俺には出来ないな。恥ずかしい」
「サクリファクトくんは照れ屋さんだね~」
「おいおい兄弟たち。俺っちをお忘れじゃねぇか?」
「リュウ、何かあるの? 無いでしょ」
「あるぜ――――ご機嫌で抜群な、このリュウジロウ・タテカワの名をかけてオススメ出来る……金儲けの秘策がなぁっ!!」
この金稼ぎ騒動のそもそもの原因となった、その食い意地のせいで財布を空にしたリュウジロウ。
気に入った寿司屋に通いつめて金を失くした男が、どんな策を出すっていうんだよ。
「それは…………こいつよ!!」
「なにこれ? 網かな? おっきいね~」
「そうだぜロラロニー! この前拾った蜘蛛の巣と、俺っちなけなしの銭で気のいい裁縫師に作らせた、リュウジロウ印の投げ網でぃ!!」
「ふむ。投げ網という事は……魚、ですか?」
「おうよ! 俺っちの調査では、ここでは肉に比べて魚の供給量が圧倒的に少ねぇ。キキョウの言葉を借りるなら、それこそ穴ってモンだぜ。獲るには釣り竿でちまちま釣らなきゃならねぇし、船も無いこの世界じゃデカい魚は特大の魔宝石より珍しい。それをこの網で、ぱぱっと集めて売りさばくのよ!! どうだ? いい案だとは思わねぇかっ!?」
…………意外と、悪くないかもしれない……か?
金がないのに網を作る代金を払った事はひっかかるけど――――結構良いんじゃないか? リュウのくせに。
「なんか、よさそうじゃない!? 動画映えもしそうだし!」
「ふふふ。少し、わくわくしますね。観点が違うというのは、新しくも面白い物を生む……誰もやった事のないソレは、強く興味をそそられますよ」
「楽しそうだね~! やってみようよ!」
俺の時とは違って、皆が大絶賛だ。ロラロニーまではしゃいでるぞ。
くそ。悔しい。
けど、確かに名案だ。リュウに負けるなんて悔しいぜ。
「……いいんじゃないか? 網も作っちまった事だし、やってみよう」
「へへっ! そうこなくっちゃなぁ! そうと決まれば早速出発よぉ!! 海は首都から東に真っ直ぐ行くとあるらしいぜっ! いざいざいざぁ、行くぞオラァ!!」
「おいおい、落ち着けよ。遠出になるし、準備は入念にしていこうぜ――――それにしてもリュウ、よく魚なんて思いついたな」
「いやよぉ、リアルじゃ寿司食う金もねぇから、ちょびっと余ってる金でRe:behindで寿司食おうと思って魚探してたら、急にビビっときたもんでなぁ。魚獲ったら捌いて食おうぜ。余った分だけ売りゃいいんだし」
……マジかよ。
結局食い意地じゃねーか。
そんな奴に負けたのかよ。
…………いや、それも当然か。
何だかんだで、この世界から一歩身を引いてたからな、俺は。
それこそ、いざとなったら現実に逃げればいいって……斜に構えてクールなフリして、実際の所弱気で及び腰な……どうしようもなく情けない奴になってたんだ。
……こんなザマではいけないな。ちゃんと現状が把握出来てない。
無料期間が終わるって事、この世界で生きるって事。
誰も彼もが力を出し切る――――"本気を出す"ってのが恥ずかしくない世界って事。
そしてこの世界だけできっちり生ききると言う、その覚悟。
そういう所をわかってたつもりで、まるでわかっていなかった。
アホな赤髪、リュウジロウ。
性悪商人の金髪、キキョウ。
うるさい青髪Metubeのさやえんどうまめしば。
そして、茶色な髪でおとぼけ女の……ロラロニー。
何だかんだで愛着が湧いてきたこのパーティで、この世界できっちり生ききる。
必死で頭を動かして、決死の覚悟で金を稼いで、庇護を嫌って矜持をもって。
そういう意識が足りなかった。真面目になったつもりで、出来てなかったな。
ちゃんとしよう。改めよう。
これからは、違うぞ。俺だって真剣に…………本気でゲームしてやる。
序章は終わりだ。
生まれ変わったつもりでやろう。
陽気な仲間たちと、この仮想現実にしっかり足をつけて……この世界で生きていくんだ。
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