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プロローグその一 Re:behindにおける一般プレイヤーのある一日




「……はぁ……はぁ……っ」



――――男は急いていた。


 眼の前には3匹の猛犬。食欲と殺意を体中に滾らせるモンスター共だ。

 尖った牙としなやかに動く体を持ってはいるが、所詮()()

 3匹いようがこちらが上手。落ち着いて対処出来れば、何も問題はない。



 しかし、男は焦っていた。落ち着いた対処等出来そうも無いほどに。

 背中に汗がつうっと流れ、焦燥から軽い寒気すら覚える。

 姿も見えない暗くて恐ろしい足音が、男の背を追い立てる。

 急げ、急げと幻聴が聞こえる。

 時間はもうない、猶予は過ぎた。

 男は強く、確実に追い詰められていた。



(早く、早くしないと……っ)



 その気持ちは隙を生み、綻びを作り出す。

 野生の獣はそれを逃さない。

 1匹の獣が男の右側面に鋭く回り込むと、大きく口を開けて飛びかかった。



「っ……!!」



 追い詰められた男は決着を()()()

 即座の結果を求める余り、飛びかかる獣をそのまま串刺しにしようと剣を突き出した。

 短慮……定石通りであれば一度受け、崩して有利を取るこの局面。

 そんな中での、決着を急いだ男の選択。


 必殺の剣は獣の耳に浅い傷を負わせるだけで、男の求める決着は齎されない。

 それどころか、注意が疎かになっていた反対側から獣が駆け寄り――足を()()()と噛まれてしまった。


 所詮格下の牙、深い傷にはなっていないが……これでは足の力を十全に発揮する事は難しいだろう。

 より一層の慎重な、じっくり時間をかけた()()()戦いが求められる。

 時間は無いと言っているのに。


 底なし沼のように――もがけばもがく程――深みにはまる。

 急いては事を仕損じる、焦るな、落ち着け。

 いや、そんな時間はない。早くしなければ。

 もう時間がないんだ、今日がリミット――もうすぐ終わり。


 早く、早く。さっさと倒して、クエストを完了して、報酬を貰ったその後に……。



 ずしん。

 小さな揺れと大きな音に、男と獣は気を取られる。

 大きく上がる土埃は、なんらかの大きな力が動いた証だ。

 大規模魔法か、はたまたアイテムによるものか。まさかドラゴンという事はないだろう。

 ここから少しは距離がある、こちらには何の影響もないと男が前に意識を移すと――――



――――3匹の獣は、音に怯えて逃げ出していた。

 それがこの世界(ゲーム)の現実感。

 モンスターだって生きていて、恐怖を感じれば逃げ出しもする。

 弱いが故の小心者。所詮雑魚で、仮想のこの地で息をする一つの生物。



「ま、待てっ!! 待てよっ!!」



 男は後を追おうとするが、怪我をした足では上手く走れない。

 あっという間に置いてけぼりで、獣の姿を見失う。



「待ってよ……あぁぁ……もうだめだぁ……」



 泣きそうな顔でへたりこんだ彼は、絶望的な顔で一人、呟いた。



「市役所が閉まる……今日が納税期限だったのに……。

 明日から連休で、遅延損害金が……うあぁぁ……っ」



     *



 心得として、覚えておいていただきたい。

 一つ、格下だからと油断してはならない。

 一つ、戦闘中に余所見をしてはならない。

 一つ、常に冷静でなければならない。



 そして何より、納税は速やかに行う事。

 遅延損害金は、結構取られる。

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