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狐花-きつねばな-

作者: HAL姉
掲載日:2018/03/17

男性1人、女性1人、計2人用声劇台本です。

ご使用は自由ですが、お声掛け頂ければ喜んで聞きに参ります!

録画を残せる媒体の場合は、出来るだけ残して頂けると幸いです。



(所要時間15分)

キャスト

狐(女)

男




狐

「迷い火は、人を惑(まど)わし異世界へ誘(いざな)う。

化かされ姿を消した者は数知れず…」


男

「幾千(いくせん)の時、語り継(つ)がれた御伽噺(おとぎばなし)は…嘘か、真(まこと)か…」

」



間



男

「ふう…こんなものだな」


狐

「人里(ひとざと)から10里(り)も離れた御山(おんやま)。

我等(われら)は、山神(やまがみ)様の恩恵(おんけい)を受けながら慎(つつ)ましく暮らしていた」


男

「今年の山菜(さんさい)は豊作(ほうさく)だな。

籠(かご)からはみ出す程採(と)れた。

これで暫(しばら)くは凌(しの)げる…かか様の滋養(じよう)にもなろう」


狐

「柔らかな陽射(ひざ)しにすっかり根雪(ねゆき)も消え、御山(おんやま)にも待ち侘(わ)びた春が訪(おとず)れた」


男

「…ふむ……して、ここは…

迂闊(うかつ)だった、まさか…!」


狐

「点々と群生(ぐんせい)する蕗の薹(ふきのとう)に導かれた男は、現世から隔絶(かくぜつ)された神の住まう御山(おんやま)に足を踏み入れてしまった事に今、気付いたのだった」



間



男

「…か、帰らなくては……」


狐

「何処(どこ)へ?」


男

「っ!?」


狐

「貴方様(あなたさま)は、何処(どこ)からおいでになって、何処(どこ)へお帰りになられるのですか?」


男

「…誰だ、姿を見せぬか!」


狐

「…これはこれは、ご無礼(ぶれい)を。

久方振(ひさかたぶ)りの御客人(おきゃくじん)に…浮かれていた様です」


男

「……女…?

何故、斯様(かよう)な所へ…」


狐

「可笑(おか)しな事を申される。

貴方様は、ご理解なされておいででしょう?」


男

「……此処(ここ)は…黄泉津大神(よもつおおかみ)様の…」


狐

「イザナミ様は天上へおいでです。

されど、明朝(みょうちょう)には戻られましょう」


男

「すまぬ、決して他意(たい)は無いのだ。

見逃してはくれまいか」


狐

「さて…それは、私(わたくし)めにはお答え出来ぬ事……

全てはイザナミ様の、御心(みこころ)のままに」


男

「待たれよ!

黄泉津大神(よもつおおかみ)様の恩恵(おんけい)に与(あずか)る民(たみ)として、日々祈りを捧(ささ)げてきた!

己(おの)が頼みを聞いてはくれぬか!」


狐

「…私(わたくし)を何と見受(みう)けして、それを願いますやら」


男

「そなたは狐であろう?」


狐

「おや…貴方様は慧眼(けいがん)をお持ちの様で」


男

「戯(ざ)れ言(ごと)はよせ」


狐

「いいえ、賛辞(さんじ)を述(の)べているのですよ。

私(わたくし)の真の姿を、一目(ひとめ)で見破る人間がいようとは…

あぁ、成程(なるほど)…」


男

「…何だ?」


狐

「今宵(こよい)は望月(もちづき)…我等(われら)妖(あやかし)の気も昂(たかぶ)り、覆(おお)い切れないのでございましょう」


男

「それが何だと、問(と)うているのだが」


狐

「ふふ…それは、貴方がた人間も、例外ではないと言う事です」


男

「…そなたの言(げん)は図(はか)りかねる」


狐

「私(わたくし)は貴方様が言い当てた通り、狐でございますから」


男

「…己(おのれ)の欲の為にこの地に足を踏み入れた事、平(ひら)に詫(わ)びる。

しかし…帰りを待つ母が居(お)る故(ゆえ)、案内を請(こ)い願いたい」


狐

「穢(けが)れを赦(ゆる)せと?」


男

「不躾(ぶしつけ)な願いとは心得(こころえ)ている、が…」


狐

「…いいでしょう」


男

「真(まこと)か!」


狐

「…貴方様は私(わたくし)を狐と見抜いた上で、それでも請(こ)うた。

浅ましい人間と侮(あなど)った私(わたくし)を…何故よすがと出来るのか、お答え下されば」


男

「…そなたの、その眼(まなこ)だ」


狐

「眼(まなこ)、ですと…?」


男

「あぁ、澄(す)んだ紅玉(こうぎょく)の様なその眼は、信ずるに足(た)る」


狐

「そうでしょうか…?

浅慮(せんりょ)は身を滅ぼしますよ」


男

「だとしても、後悔(こうかい)はせぬ」


狐

「…では、参りましょう」



間



男

「……道中(どうちゅう)、黙(もく)しているのも趣(おもむき)が無い。

幾(いく)つか問うても良いか」


狐

「…私(わたくし)めがお答え出来る事でしたら」


男

「この地は現世とは隔(へだ)たれているのか?」


狐

「…問いに返しますが、何故その様に思われたのです」


男

「いや…道折(みちおり)、時節(じせつ)では咲き得(え)ぬ花が目についたのでな」


狐

「御山(おんやま)は四季折々(しきおりおり)の花が息吹(いぶ)いております」


男

「常世(とこよ)では無いと?」


狐

「全ては、イザナミ様の御心(みこころ)を慰(なぐさ)める為」


男

「……そうか」


狐

「貴方様は先程、黄泉津大神(よもつおおかみ)様の恩恵(おんけい)を与(あずか)る民(たみ)と仰(おっしゃ)っておりましたね」


男

「そうだ。

古(いにしえ)より、この日(ひ)の本(もと)をお創(つく)りになられた神として、崇(あが)めてきた」


狐

「…イザナミ様は……貴方がた人間が信仰(しんこう)し思い描(えが)いている神ではありません」


男

「…何…?」


狐

「御方(おんかた)の御心(みこころ)は…遥かな時を閲(けみ)して慟哭(どうこく)しておられる」


男

「それは…」


狐

「かのお声に集(つど)うた我等にも、その御心(みこころ)は一寸も和(やわ)らぎませぬ。

此処(ここ)は、御方(おんかた)の安寧(あんねい)を願い、留(とど)める地。

揺(ゆ)り篭(かご)と言えるでしょう」


男

「幼少より、長(おさ)や老達(ろうたち)から教えを受けている。

思いは等(ひと)しい」


狐

「真に救えるのは…後(あと)にも先にも、かのお人だけ…イザナミ様は御方(おんかた)を一途(いちず)に想い、待ち侘(わ)びておられるのです」


男

「…御方(おんかた)……しかし」


狐

「…いいえ、詮無(せんな)き事を申しました。

例え幾星霜(いくせいそう)時が流れたとしても、それは叶(かな)いますまい」


男

「……だとしても」


狐

「…何です?」


男

「無意味では、無い」


狐

「…えぇ。

私(わたくし)も、そう願っております」


男

「届かぬ想いは、決して無いと信じている」


狐

「……一つ、私(わたくし)からも伺(うかが)って宜しいでしょうか?」


男

「何だ?」


狐

「何故貴方がた人間は、急(せ)くのですか」


男

「急(せ)く…?」


狐

「ええ」


男

「……そう、見えるのだな」


狐

「はい」


男

「…ふむ、考えた事も無かったが……敢(あ)えて言うなら、有限(ゆうげん)を理解しているからだろう」


狐

「有限…ですか」


男

「あぁ。

主(ぬし)らと違い、人々は齢(よわい)5、60が関の山だ。

その短い生涯(しょうがい)に、意味を見出(みいだ)したいのだ。

生きた証(あかし)として、な」


狐

「ふむ…確かに、我等に寿命(じゅみょう)というモノはありませぬ」


男

「…幼少の折(おり)、それが羨(うらや)ましくもあった。

だが…」


狐

「何です?」


男

「有限であればこそ、人は喜び、怒り、哀しみ、楽しみ……愛するのだろう」


狐

「……我等には、酷(ひど)く得難(えがた)いモノです」


男

「そうか…

それは理解出来ぬが…それ故(ゆえ)に得られるモノもあろうな」


狐

「…悠久(ゆうきゅう)の時は、それを持たざる者には羨望(せんぼう)の的(まと)となりましょうが……

我等には、貴方様がたの生涯(しょうがい)が…尊(とうと)く、眩(まぶ)しく…」


男

「おや、此処(ここ)は…」


狐

「あぁ、着きましたね。

さぁ、この河(かわ)をお渡りになれば、人里(ひとざと)に戻れましょう」


男

「何と美しく、そして…恐ろしい光景だ…

夥(おびただ)しい一面の…」


狐

「我等の眷属(けんぞく)、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)が咲き誇るこの地は、現世と彼岸(ひがん)の境目(さかいめ)。

名残(なご)り惜(お)しゅうございますが…此処(ここ)で…お別れです」


男

「…眷属(けんぞく)?」


狐

「えぇ。

貴方様はご存知(ぞんじ)無いやもしれませぬが…この曼珠沙華(まんじゅしゃげ)には、様々な異名(いみょう)がございます」


男

「幾(いく)つかは知っている。

彼岸花《ひがんばな》、というのが正式な名であろう?

地方によっては、死人花(しびとばな)、幽霊花(ゆうれいばな)、地獄花(じごくばな)…どれも、おどろおどろしい名ばかりだ」


狐

「元来(がんらい)、この日(ひ)の本(もと)には自生(じせい)していなかった花なのです。

大陸より伝来(でんらい)し、帰化(きか)したと聞き及(およ)んでおります」


男

「では、人の手によって根を生(は)やし、分布(ぶんぷ)していったのだな…」


狐

「この先は、私(わたくし)の眷属(けんぞく)であるこの曼珠沙華(まんじゅしゃげ)が、貴方様の足元を照らし導(みちび)きとなるでしょう。

母君(はばぎみ)には、貴方様が息災(そくさい)であられた事、必ずやお伝えしておきます故(ゆえ)」


男

「…母君(ははぎみ)?」


狐

「さあ、現在生(げんざいしょう)へお戻り下さいませ…カグツチ様」


男

「何を申して…!?

………消えた、か…」



間



狐

「……貴方様は、我等が存(ぞん)じている通りの…実直(じっちょく)で、質実剛健(しつじつごうけん)な方(かた)であらせられた…

例え輪廻(りんね)のさなかでも、その質(しつ)は何一つお変わり無い事、嬉しゅうございました。

輪廻から解脱(げだつ)されたその時は…その時こそ、イザナミ様の御心(みこころ)をきっと…解(ほぐ)して下さる事でしょう」



間



男

「仄(ほの)かに青く灯(とも)る花を道標(みちしるべ)に…

そうか、眷属(けんぞく)、と申していたな。

狐火(きつねび)…確かに、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)の異名(いみょう)にそれらしい名が…

しかし、あの狐…何故……カグツチ…その名は、黄泉津大神(よもつおおかみ)様の……」


狐

「喜び、怒り、哀しみ、楽しむ…

有限の時を経(へ)て、真実の愛を手にした時……

魂は解き放たれ、きっと終着(しゅうちゃく)なさるでしょう」


男

「…かか様!

只今(ただいま)戻りました。

さぁ、夕餉(ゆうげ)の支度(したく)を共に…」


狐

「一日千秋(いちじつせんしゅう)の思いで、いつまでも…

貴方様のお帰りを、お待ち申し上げております」




-終-

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