狐花-きつねばな-
男性1人、女性1人、計2人用声劇台本です。
ご使用は自由ですが、お声掛け頂ければ喜んで聞きに参ります!
録画を残せる媒体の場合は、出来るだけ残して頂けると幸いです。
(所要時間15分)
キャスト
狐(女)
男
狐
「迷い火は、人を惑わし異世界へ誘う。
化かされ姿を消した者は数知れず…」
男
「幾千の時、語り継がれた御伽噺は…嘘か、真か…」
」
間
男
「ふう…こんなものだな」
狐
「人里から10里も離れた御山。
我等は、山神様の恩恵を受けながら慎ましく暮らしていた」
男
「今年の山菜は豊作だな。
籠からはみ出す程採れた。
これで暫くは凌げる…かか様の滋養にもなろう」
狐
「柔らかな陽射しにすっかり根雪も消え、御山にも待ち侘びた春が訪れた」
男
「…ふむ……して、ここは…
迂闊だった、まさか…!」
狐
「点々と群生する蕗の薹に導かれた男は、現世から隔絶された神の住まう御山に足を踏み入れてしまった事に今、気付いたのだった」
間
男
「…か、帰らなくては……」
狐
「何処へ?」
男
「っ!?」
狐
「貴方様は、何処からおいでになって、何処へお帰りになられるのですか?」
男
「…誰だ、姿を見せぬか!」
狐
「…これはこれは、ご無礼を。
久方振りの御客人に…浮かれていた様です」
男
「……女…?
何故、斯様な所へ…」
狐
「可笑しな事を申される。
貴方様は、ご理解なされておいででしょう?」
男
「……此処は…黄泉津大神様の…」
狐
「イザナミ様は天上へおいでです。
されど、明朝には戻られましょう」
男
「すまぬ、決して他意は無いのだ。
見逃してはくれまいか」
狐
「さて…それは、私めにはお答え出来ぬ事……
全てはイザナミ様の、御心のままに」
男
「待たれよ!
黄泉津大神様の恩恵に与る民として、日々祈りを捧げてきた!
己が頼みを聞いてはくれぬか!」
狐
「…私を何と見受けして、それを願いますやら」
男
「そなたは狐であろう?」
狐
「おや…貴方様は慧眼をお持ちの様で」
男
「戯れ言はよせ」
狐
「いいえ、賛辞を述べているのですよ。
私の真の姿を、一目で見破る人間がいようとは…
あぁ、成程…」
男
「…何だ?」
狐
「今宵は望月…我等妖の気も昂り、覆い切れないのでございましょう」
男
「それが何だと、問うているのだが」
狐
「ふふ…それは、貴方がた人間も、例外ではないと言う事です」
男
「…そなたの言は図りかねる」
狐
「私は貴方様が言い当てた通り、狐でございますから」
男
「…己の欲の為にこの地に足を踏み入れた事、平に詫びる。
しかし…帰りを待つ母が居る故、案内を請い願いたい」
狐
「穢れを赦せと?」
男
「不躾な願いとは心得ている、が…」
狐
「…いいでしょう」
男
「真か!」
狐
「…貴方様は私を狐と見抜いた上で、それでも請うた。
浅ましい人間と侮った私を…何故よすがと出来るのか、お答え下されば」
男
「…そなたの、その眼だ」
狐
「眼、ですと…?」
男
「あぁ、澄んだ紅玉の様なその眼は、信ずるに足る」
狐
「そうでしょうか…?
浅慮は身を滅ぼしますよ」
男
「だとしても、後悔はせぬ」
狐
「…では、参りましょう」
間
男
「……道中、黙しているのも趣が無い。
幾つか問うても良いか」
狐
「…私めがお答え出来る事でしたら」
男
「この地は現世とは隔たれているのか?」
狐
「…問いに返しますが、何故その様に思われたのです」
男
「いや…道折、時節では咲き得ぬ花が目についたのでな」
狐
「御山は四季折々の花が息吹いております」
男
「常世では無いと?」
狐
「全ては、イザナミ様の御心を慰める為」
男
「……そうか」
狐
「貴方様は先程、黄泉津大神様の恩恵を与る民と仰っておりましたね」
男
「そうだ。
古より、この日の本をお創りになられた神として、崇めてきた」
狐
「…イザナミ様は……貴方がた人間が信仰し思い描いている神ではありません」
男
「…何…?」
狐
「御方の御心は…遥かな時を閲して慟哭しておられる」
男
「それは…」
狐
「かのお声に集うた我等にも、その御心は一寸も和らぎませぬ。
此処は、御方の安寧を願い、留める地。
揺り篭と言えるでしょう」
男
「幼少より、長や老達から教えを受けている。
思いは等しい」
狐
「真に救えるのは…後にも先にも、かのお人だけ…イザナミ様は御方を一途に想い、待ち侘びておられるのです」
男
「…御方……しかし」
狐
「…いいえ、詮無き事を申しました。
例え幾星霜時が流れたとしても、それは叶いますまい」
男
「……だとしても」
狐
「…何です?」
男
「無意味では、無い」
狐
「…えぇ。
私も、そう願っております」
男
「届かぬ想いは、決して無いと信じている」
狐
「……一つ、私からも伺って宜しいでしょうか?」
男
「何だ?」
狐
「何故貴方がた人間は、急くのですか」
男
「急く…?」
狐
「ええ」
男
「……そう、見えるのだな」
狐
「はい」
男
「…ふむ、考えた事も無かったが……敢えて言うなら、有限を理解しているからだろう」
狐
「有限…ですか」
男
「あぁ。
主らと違い、人々は齢5、60が関の山だ。
その短い生涯に、意味を見出したいのだ。
生きた証として、な」
狐
「ふむ…確かに、我等に寿命というモノはありませぬ」
男
「…幼少の折、それが羨ましくもあった。
だが…」
狐
「何です?」
男
「有限であればこそ、人は喜び、怒り、哀しみ、楽しみ……愛するのだろう」
狐
「……我等には、酷く得難いモノです」
男
「そうか…
それは理解出来ぬが…それ故に得られるモノもあろうな」
狐
「…悠久の時は、それを持たざる者には羨望の的となりましょうが……
我等には、貴方様がたの生涯が…尊く、眩しく…」
男
「おや、此処は…」
狐
「あぁ、着きましたね。
さぁ、この河をお渡りになれば、人里に戻れましょう」
男
「何と美しく、そして…恐ろしい光景だ…
夥しい一面の…」
狐
「我等の眷属、曼珠沙華が咲き誇るこの地は、現世と彼岸の境目。
名残り惜しゅうございますが…此処で…お別れです」
男
「…眷属?」
狐
「えぇ。
貴方様はご存知無いやもしれませぬが…この曼珠沙華には、様々な異名がございます」
男
「幾つかは知っている。
彼岸花、というのが正式な名であろう?
地方によっては、死人花、幽霊花、地獄花…どれも、おどろおどろしい名ばかりだ」
狐
「元来、この日の本には自生していなかった花なのです。
大陸より伝来し、帰化したと聞き及んでおります」
男
「では、人の手によって根を生やし、分布していったのだな…」
狐
「この先は、私の眷属であるこの曼珠沙華が、貴方様の足元を照らし導きとなるでしょう。
母君には、貴方様が息災であられた事、必ずやお伝えしておきます故」
男
「…母君?」
狐
「さあ、現在生へお戻り下さいませ…カグツチ様」
男
「何を申して…!?
………消えた、か…」
間
狐
「……貴方様は、我等が存じている通りの…実直で、質実剛健な方であらせられた…
例え輪廻のさなかでも、その質は何一つお変わり無い事、嬉しゅうございました。
輪廻から解脱されたその時は…その時こそ、イザナミ様の御心をきっと…解して下さる事でしょう」
間
男
「仄かに青く灯る花を道標に…
そうか、眷属、と申していたな。
狐火…確かに、曼珠沙華の異名にそれらしい名が…
しかし、あの狐…何故……カグツチ…その名は、黄泉津大神様の……」
狐
「喜び、怒り、哀しみ、楽しむ…
有限の時を経て、真実の愛を手にした時……
魂は解き放たれ、きっと終着なさるでしょう」
男
「…かか様!
只今戻りました。
さぁ、夕餉の支度を共に…」
狐
「一日千秋の思いで、いつまでも…
貴方様のお帰りを、お待ち申し上げております」
-終-
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