密かに生きるべき者の開幕譚
暑くもなければ寒くもない。かといってすごしやすいわけでもない。この辺の気候はどうも微妙でちょうどいい気温になったためしがない。そう思いながらプチトマトに水をやっている。可愛らしい黄色い花が二、三個咲いている。このプチトマトのおかげでけっこう食費を節約できている。まあ、そんなことはどうでもいい。今夜の夕飯はなんにしようか久しぶりに姉が遊びに来てくれることだし姉が好きなパスタでも作ろうか。そう考えながらトマトのプランターの前から立ちあがり普段乾物が入っている棚を漁ったが………
「あれ……ない…」
この前特売で十束ほど買った乾燥パスタが一束ものこってなかった。よく考えればこの頃朝昼晩ずっとパスタ三昧だったな。てきとーに作ったキャベツとツナのパスタがわりと美味しかった。どうしよう。パスタを変更して別の物を作ろうか…そう考え今度は冷蔵庫を開けてみた。が、
「……マジかよ……」
冷蔵庫を開けてみたのまでは良かった、しかし何も入ってなかった。本当に何も入ってない。代わりに空いているスペースに自分が入れるくらいスカスカだ。唯一はいってた醤油が申し訳ない程度に存在感を放っている。
「私に買い物行けと言わんばかりに何も入ってないな………」
仕方ない。行くしか選択肢はないだろう。醤油でなにか作れといっても材料がなければ無理だろ。姉が来るまでには帰ってこれるだろうか。まあ、いざとなれば合鍵で入ってくれるだろう。私は立ちあがりその辺に脱ぎ散らしてあった黒のパーカーに袖を通して、財布とタッチパネル式の携帯をポケットにねじ込んだ。そして玄関へと向かい、立て付けの悪いドアを蹴っ飛ばして開けた。このドアを蹴っ飛ばして開けるのはいい加減やめたほうがいいかな……。日に日にドアの開くスピードが速くなってるような気がする。そう思いながらドアの鍵をかけアパートの錆びきった階段をかけ下り人気のない通りを私……アギリは歩いていった。