マッチ○売りの少女
あまり、真剣に読まないように。
少女は寒空の下、籠いっぱいに入った何かを見ては頻りに溜め息をついていた。
これを全て売らなければ、ほぼ一年中家にいる父親から罵倒され縄で縛り吊し上げられては、生温い蝋燭を身体中に振り撒かれ鞭でキツく叩かれてしまうのだ。
けれど、少女はそんな事を嘆いて溜め息をついているのではなかった。
寧ろ、快感を感じていたから。
変態なところは血筋なのだろう。
しかし、そんな父親に凌辱されるよりももっと酷い事が今日。
いや、明日にも自分の身に降りかかる事を嘆いていたのだ。
少女は、籠から取り出した何かをみつめて、なんとか悲劇を回避する方法を考えてみる事にする。
あかぎれた両手を擦り、白い息を吐きかけ懸命に暖めようと試みた。
ひっそりと路地裏に佇み、遠目に映る一家団欒に羨望の眼差しを向ける。
薄汚れた赤い頭巾を深く被り直し、床に置かれていた籠を手にした。
その籠の中身を見る度に嫌気が差し、眉間に皺を寄せる。
「……売れるわけないじゃない……」
少女は儚く呟く。
それもそのはず。
籠の中は大量の『マッチョ』で埋め尽くされていたのだ。
───『マッチョ売りの少女』───
溜め息が辺りに吐き出され白く染めるも、『マッチョ』達は寒さなど感じず忙しなく筋トレに励み汗だくだった。
その暑苦しさは少女を暖めようとしてくれているようだが、それが逆効果だという事に全く気付いていないようだ。
休憩を済ませ少女は再び参道へと足を運び、行き交う家族やカップル達に声をかける。
「マッチョは要りませんかあ~?」
思わず立ち止まるも、傍迷惑そうな態度や素振りで皆は少女を避けてゆく。
「あっついマッチョは要りませんかあ~?」
言っていて、いったい自分は何をしているのだろうかと後悔する。
どんどん、人だかりは減ってゆき、少女は独りぽつんと取り残されてしまった。
しかし、高級そうなコートを身に纏った老人がそんな少女の元に興味津々に近寄り声を掛けてきたのだ。
第一声があまりにも気持ち悪かった。
「ダブルバイセップスはあるかい?」
闇の中へと潜りたい衝動に駆られるも、買ってくれそうなので必死に耐える。
商売とは、斯くも酷しいものなのだ。
籠の中をまさぐり、関係の無い『マッチョ群』を毛散らかす。
そのポージングに相当する『マッチョ』を優しく摘まみあげ、ぎとぎとにまみれた掌の上で老人に披露した。
「ほっほーう。これは見事な『マッチョ』じゃ! どれ、ひとつ貰おうかの。いくらじゃな?」
彼は懐から黒革の長財布を取り出し目を爛々と輝かせ値段をうかがう。
「えっと……50セクシーになります」
「ほう。安いね。ひの、ふの……ほい。50セクシーじゃ」
「あ……ありがとうございますッ!!」
老人は笑顔で少女に応え、受け取った『マッチョ』をポケットに思いきりダイレクトに突っ込んだ。
「おう、おう。これはよいものだ……」
ポケットに手を突っ込み、握り締められた『マッチョ』は嬉しそうに老人にポージングで愛情を示す。
汗で滲む掌の感触に浸る老人はやがて帰路へつき姿を消した。
「……………………」
まさか本当に売れるとは思わず。
開いた口が塞がらない少女は僅かながらにも希望の光が見えた気がした。
需要があるのだと。
少女は初めて手にした報酬に笑顔が込み上げてくる。
だが、それも束の間。
再度、声掛けに励むものの以降、全く誰も相手にしてくれなかったのだ。
寒空の下、ずうっと薄い服装でいたせいか。
少女は凍え震えて、一際大きなオヤジくさい嚔をする。
「ぶわっくょーい! ちくしょーい!」
すれば出るのが鼻水だ。
ぶらんと垂れたそれはそう語る。
するとその先には、てらてらと闇を照らす輝きは『マッチョ』の頭部へと粘りついてしまっていた。
次いで、少女が軽く鼻を啜るとひとりの『マッチョ』が籠の中から釣れあがる。
彼は頻りに、「アニキー! アニキー!」と叫びながらポージングに勤しむ。
「ふ……ふふふッ」
その光景を目の当たりにして、少女の口許から思わず笑い声が零れた。
今度は勢いよく鼻水を啜ると、付いてきた『マッチョ』は少女の鼻の穴にずぼっとその頭を突っ込んでしまったのだ。
そのせいで、再び放たれる大きな嚔。
「ダイナマイッ!!」
妙な奇声を発する少女。
斯くして、それは大爆発を引き起こし少し離れた所で経営されていた商店が一瞬にして壊滅した。
多数の死傷者で埋め尽くされては、阿鼻叫喚の地獄絵図が周辺で繰り広げられている。
いったい何が起こったのかと突然の出来事に呆然と眺める少女。
今此処に於いて、少女は異能力を覚えたのである。
解説しよう。
《ユニークスギル:嚔をすると任意の物を爆発させる。ただし掛け声は「ダイナマイッ」に限る。1『マッチョ』を消費する》
つまり、少女は爆発系の『スギル』を覚えたのだ。
決して『スキル』では、ない。
そして解説にもあった通り、いつの間にか先程ぶら下がっていた『マッチョ』の姿は何処にもなかった。
それもそのはずで、飛んでいったのも、爆発したのも『マッチョ』なのだから。
彼は寒空の果てから笑顔で永遠のさよならを告げた。
少女はまさか自分が爆発魔とは、目前の事件の犯人だとは思いもせず。
再度訪れる身震えに逆らえず、今度は控えぎみに嚔をした。
「へーちょ」
可愛らしいが不似合いな掛け声であったが、やはりだらしなく垂れてしまう鼻水は止められずに。
今度は両方の鼻の穴から垂れてしまったので、ふたりの『マッチョ』が籠の中から釣れ上がってしまったのだ。
それらは互いにポージング勝負を仕合いながら実力を讃え合い漢らしく抱き合っている。
だが、検討むなしく鼻水は啜られ、やがて、再度少女の鼻の穴へと双頭は吸い込まれる。
「だっだっだっ、ダイナマイッ!!」
oh。 Yeaaaa。
珍気な嚔は盛大に轟き、目前にあった町並みは豪快な爆発音と共に消え去る。
其のトンでもない破壊力は少女のユニークスギルを更に進化させたのだ。
だが、少女は気付く。
「……あ……おうち。 ── なくなっちゃった……」
ジョブ『家なき子』に転職した少女の話はまだ始まったばかり。
まだまだ、籠のなかに山程ストックされた『マッチョ』を片手に。
少女Aは、未だ見ぬ世界を手中に納めるべく、旅に出るのであった。
これは、そんな少女が決して叶うことの無い幸せを夢見る物語である。
── 完 ──
最後までお付きあい、誠にありがとうございました。
登場人物。
少女A。
マッチョ。
金持ちの変態じいさん。
町行くカップル。
一家団欒。
其処らの野良犬。
死傷者、多数。
某、童話のif企画に乗っかってみようと思いましたが。
あまりにも、酷すぎるので辞めました。
元ネタは、遥か昔にゲームや漫画で知った『超○貴』です。
ご存じの方も、そうでない方々も。
読んで笑っていただけれは幸いかと。
運営さんに消されないことを祈りつつ。
暫く姿をくらまします。
|д゜) ジー