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三話

「それじゃ、始めようか!」

「「「…………」」」

「完全無視かよ! ドチキショォォォォォォォォォ!」

 敵の最終防衛ライン、レゴラス平原に俺の声が虚しく響く。

 昔は緑あふれる森だったらしいが、度重なる戦争で木々は焼かれ小細工のしづらい見渡す限りの平原。

 ラダニア軍がここを選んだのも頷ける。兵力で劣る俺たちを包囲殲滅するつもりだ。

「ここが正念場です! みんな! 頑張りましょう!」

「「「おおおおおお!」」」

 そんなことを考えている俺の耳に、イリーナの声に反応し歓声を上げる魔物たち。

 確かにここだけ見れば、鎧姿の彼女は勇ましくて可憐で、伝説の戦乙女にも見えなくもない。

「ふふん!」

 だが、どう見てもあのドヤ顔は、俺を馬鹿にしているとしか思えない。

 でも、それは仕方の無い事かもしれない。

 俺とイリーナの階級は一つだけ俺の方が上だが、もともとこの第十二兵団はイリーナの部隊。

 しかも戦闘力はあるが、どこか一癖のある、いや、癖しかないあぶれ者ばかりを集めた部隊。

 そんな奴等が、いきなり入って来た俺の言うことなんて聞かないのは当然、逆にイリーナの言葉には完全に従順と言った所だ。

 父親に『自分の部下は家族と同じ』と教えられ、『私の部隊の兵は皆家族』と言う自分の言葉を、忠実に実践した結果だろう。

 ちなみに、伝令の兵だけが嫌な顔をしながらも、俺の命令を聞いてくれる。

「それじゃあ、仕方ないですけど、テイルさんの作戦通りにしますが……大丈夫ですか?」

 その不安げな彼女の顔を見て、弱音を吐く奴は部隊には一人、一匹もいないだろう。

「がはは! イリーナ様より先に敵を倒して、手伝いに行きますよ!」

 逆に彼女の緊張をほぐそうと言う言葉が響き、兵の間に気合が入るのを感じる。

 女教師に恋する学問所の子供かお前ら!

 別に悔しくねーもん! ばーか! ばーか!

「不思議ですね? テイルさんから邪悪な何かを感じます!」

 イリーナに睨まれ、俺は視線を泳がせ、ごまかすように咳払いを一つ。

 魔物だと言うのに、こいつの心眼がハンパない。

「よし! 作戦開始……って言ってくれるイリーナ?」

 それでも通訳のようだと、苦笑しながらイリーナが作戦の発動を示唆すると、魔物たちは統率のとれた動きを見せる。

「一番隊、突撃!」

 シオンが感情の薄い言葉と共にここらでは見かけない。軽く反り返った片刃の剣、刀を馬上から敵に突き出し、馬の腹を蹴る。

 彼女の率いる一番隊は、その刀の切れ味のように、綺麗に重厚な敵陣形を真っ二つに切り裂いていく。

 さらに彼女の部隊は軽快な動きでそのまま敵右翼の後ろに回り込み、攻撃しては引き、引いては攻撃するを繰り返し、左翼との合流を妨げている。

「敵左翼、合流を諦め、こちらに転進してきます!」

 右翼の味方と合流するのを諦めた左翼の兵が、こちらに突進を始めてきた。

 なんとか半分になった敵だが、それでもこちらの兵力より上。

 俺たちを余裕で倒せると思ったのだろう、騎馬を前面に押し出しなんの戦術も無いまま横一列で突っ込んでくる。

 その数と勢いに浮き足だしそうになるが、魔法も矢も飛んでこない。

 まあ、魔物は何も考えてないから、数で押せると思ったのだろう。

 だが今回、魔王軍には俺がいる。

「エアー弾用意!」

 騎馬隊の前に並ぶ、オーガやトロールの大型の魔物。

 その手には樽ほどの大きさの丸い筒。

『エアー弾』

 俺が考案した新兵器の一つだ。

 原理はいたって簡単。

 コルクで蓋をした筒の中にある空気を、押し棒で押して圧縮してやると、その圧縮された空気は逃げ場を求めコルクを押し出す。

 まあ、よく人間の子供が遊んでいる玩具だ。

 だが、その筒の大きさが樽のサイズで、押す者が子供ではなく力自慢の巨人族。オーガやトロールだったら?

「一発ぶちかませ! ってお願い」


 ポンッ! ポンポン!


 やたらと軽快な音が戦場で鳴り響くと、

「な!?」

「はへ!」

「ふべ!」

 高速で飛んでくるコルク弾に、訳も分からずに騎馬から吹き飛ばされ、強制的に落馬される騎士たち。

 この新兵器――殺傷力こそかなり控えめだが、発射されたコルク弾は着弾した瞬間の衝撃が強く、まるで鎧の上から大金槌で殴られたような威力……らしい。

「な? 何が起きた!」

 騎馬が乱れ混乱し始めた先陣に、勝利を確信していたであろう敵の司令官らしい男が、悲鳴に近い声を上げる。

 生き物は基本的に未知のものに恐怖する。

 それは鍛えられた兵士でも同じ、いや、死と隣り合わせの兵士や軍馬だからこそ、余計に過敏な反応をしてしまう。

「三列目! 撃て!」

 三度目の間の抜けた音が響き、並んで突進していた仲間が次々に倒れる様に、恐怖しない兵は決して少なくない。

「ぐは! いでぇ、痛ぇよ……」

 さらに暗闇から、鈍器で殴られたような不意の痛みに喚く恐怖は、当事者だけでは無くその周りにも伝染していく。

「ひゃ! ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 屈強な兵士がその恰好に似合わない悲鳴を上げると、横一列に並んで威圧感を出していた隊列がほころび始める。

「よし! 四、五列撃て! イリーナ! 発射後、隊列の乱れた場所に突っ込め!」

「はぁぁぁぁぁぁ!」

 完全に恐怖が伝染し浮き足立つた敵兵に、俺の指示に返事もしないイリーナ率いる八〇〇の魔物が、大気を揺るがす雄たけびを上げながら突撃していく。

 正直、味方の俺でもびびる彼女の勢いを見て、敵はどう思ったろう? ……もちろん逃げた!

「逃げる兵はかまうな! 右翼の兵と合流させて混乱を広めさせろ! イリーナが戻ったら、すぐに敵右翼に攻撃を仕掛ける!」

 我ながら声を張ったはずなのだが、イリーナのいない今、俺の指示に反応を返す者はいない。

 ……まあ、作戦は伝えているから、彼女が戻った後でも良いんだけど……くすん。


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