朝焼けの出発
縛られたいと言ったのできつく縛った。縄はバババが持っていたターザンするためのロープを使った。船でも停留させるのかってぐらい太かった。人の体重を支えるのだから当たり前か。
「きゃあ! 幸一くんの上に座らされる!」
「俺の椅子の上にな! 床にでも植えとくか」
「きゃあ! 幸一くんにぶっといので植え付け――」
バッドで一発小突いたら静かになった。
「・・・・・・」
フラウが俺を見ていた。
「なんだよ」
「顔、笑っていますね。今殴ったので、気持ちよかったですか?」
自分の頬を触った。触らなくてもわかっていた。どう思ったかなんて、俺が一番よく知っている。
「当たり前ですがこの場合の快楽は鬱憤が晴れたかどうかであって決して性的な意味では」
「間違ってねえよ耳年増がうっせえな」
バッドを放り投げる。軽く殴っただけなのに、やはり、気分は晴れてしまった。
暴力という行為が悦楽なのか、他人を組み伏せることで得る優越感なのか。
そんなことさえもわからずに、俺は今までこんな人を殺す鈍器を振るっていたのだ。
無性に恐ろしくなる。人が社会の中で隠している人格が、俺だけ表に出ている。他人と違う。人の皮が剥がれている。その異常性が、この国では常識なのだと思い込んでしまっていた。
「不安ですか?」
「・・・・・・不安?」
フラウの言った言葉の意味がわからない。何に対して不安を感じるのか。
「さっき私はひとでなしと幸一を呼びました。それでも、きっと科学が証明したように、幸一の気分からは真っ黒な雲を取り払えてしまったのでしょう」
そうだ。
「さっき、幸一は人を殺したくないと頼みました。もう、あなたは人を殺さないと口に出して宣言したのです。でも、感じた愉しみを餌にする獰猛な本性が、ふたたび顔を出してしまうのではと、不安になっているのではないですか?」
再発。
俺はまた人を殺すのだろうか。
笑って。自分のために。何も考えず。
雪は降る。赤く染められた体皮や、断末魔をたずさえて。一面を覆う記憶は、俺に暴力を振るわない。なのに、縛りつけてくる。
フラウは夏風のように、雪を吹き飛ばす。
「だったら問題ありません」
「・・・・・・問題、ない?」
呼び込んだ風で、俺の背中にぶつかってくる。
「はい。なぜなら、あなたは今、そのテロリストを殺さなかったからです」
フラウはまだ体が動かせないのだろう。天上を見たまま、床下に転がるバババを指した。
「確認できませんが、まだ死んでいないのでしょう? いえ、あなたは殺しません」
バババの肺が盛り上がった胸を胎動のように揺らしていた。
かすかに寝息も聞こえてくる。
まるで平和だ。ひとでなしの前で。
「殺しても法に触れない場所で、あなたを殺しに来たテロリストに止めを刺さなかったのです。誰も殺したことのない全方位潔白の私が保証します。幸一さんには、やり直すチャンスがあります」
頬を伝って落ちていくそれは熱く、焼けそうなほどに純粋な涙だった。
――――
バババの服を漁ろうと起き上がらせたら目覚めてしまった。
「くぅ、不覚だわ。寝てしまったなんて不覚だわ。幸一くんは殺戮ロボットなのに、やり直せるとかロマンス映画ばりの甘言を聞けなかっただなんて不覚だわ」
「今度は本気で殴ってやろうか」
起き上がったバババは縛られているからか、強い抵抗は見せなかった。
「それで、なんで寝ている私の服を脱がそうとするの。私は今、ロープで胸もお尻も縛られて、手首から先しかまともに動かせない、つまり反抗できない状況なのだけれど」
「克明な状況説明をどうも。さっさとこいつの解毒剤よこしやがれ。持ってるんだろ」
「ブラジャーの中よ」
「そうか」
「ちょ! 本当に手を突っ込まないで! 嘘よ!ポッケよ! 上着のポッケ!」
ポケットって言えよ。そんなだからいちいちババくさいんだよ。
言われた通りの場所に錠剤があった。本物かどうか脅して確認を取ろうとバババの顔を見た。その目は細く尖っていた。
「恨んでるのか? もし俺がお前の仲間を殺したなら」
「やめて。そんな言葉、誰のためにもならないわ・・・・・・悔しいのよ。こんな近くに一年間も待った皇女様がいるのに。殺人鬼も取り逃がすことを。あなた、これからどうするの?」
「教える義理はないだろ」
「今日は私の誕生日よ。今朝、プレゼントくれなかったでしょ」
「・・・・・・日本へ帰るよ」
もう、この国で暮らすことはできない。世界で、この国だけが殺しを許容している。
だったら、俺が俺の自制心を制御できると自信を持てるまで、逃げよう。
いつか帰って来れるようになるまで。
「そう、罪は償われないのね」
殺人の罪。この国から刑法はなくなった。じゃあ俺はこの咎をどうやって償えばいい。遺族に頭を下げ続ければいいのか。慰謝料や賠償金を、臓器を売り尽くすまで払えばいいのか。墓の前で頭に霜が降るまで謝り続ければいいのか。
わからない。それも、考えるための時間だ。
「いつか、帰って来る」
「甘い。ねえ、幸一くんは罪の償い方を知っているの?」
「お前は知ってるのか」
それは、悪魔の囁きのように、上質な甘みを持った言葉だった。
「死ぬことよ」
「――「それは違います」
フラウの声が遮った。俺は、なんて言おうとしていたのだろうか。
「幸一は罪を償えません。償う方法を生者は決められません。死者と幸一さんの問題でしかないのです」
「それなら政府も法もこの世に必要ないわ。裁判も検事も警察も。国も社会も」
「詭弁です。問題を大事に仕立て上げただけです。私は幸一さんについて言っています」
「彼が一人の人間なら全てに当てはまることよ。あなたの理論では人じゃないそうだけど」
「私が言いたいことはそうではありません」
鼻を鳴らしたバババは話を終わらそうとする。言い足りんと息巻くフラウに、俺は錠剤を飲ませる。次第に動けるようになるだろう。言い争いが出来るくらいには元気な訳だし。
「絵尾さん」
「なに」
「死んで償えますか?」
フラウが「償えません!」と叫ぶ。
けど、俺が聞いているのはバババだ。国の被害者の彼女は、床に寝転がされて生殺与奪の権利は俺が持っているというのに、門番のように品定めする目で俺を据える。
「俺は死んだら、誰に償えますか?」
紛れもない俺の本心だ。俺は人殺しだ。そして都合がよく、どこまでも自分に甘い人間だ。こうして俺一人が、生の中で道楽を続けようとしている。
俺を見据えたまま、バババは動かなかった。その瞳は、かわるがわる揺れた。何を思っているのか、思い出しているのか、考えているのか、俺にはわからない。
今まで、考えてこなかった。蹂躙される側の気持ちを。
バババは、立ち上がった。
「さあね。少なくとも、あなたが死ぬことで喜ぶ人間がいることを胸に刻みなさい」
縄に縛られていたはずのバババは、立ち上がった。
縄はするりと解けて床に落ちた。冷酷な目を持つテロリストの手には大きな銀針が一本、ドラキュラを射殺す銀弾のように握られているのが鮮明に見えた。
「地獄の底まで墜ちろ!」
腕は蛇のようにしなって見えた。握られた銀針は牙だ。きっと毒が塗ってあるのだ。塗ってなくとも、貫通すれば俺は出血死するだろう。
死の淵に、俺は助け乞いが出来なかった。
何度もお願いされてきた。何を言えばいいのか数百通り知っている。
なのに俺の腕は、バッドを取ることを選択した。
「いてえ、ええええ、えええええ」
痛覚がゴングを鳴らすように自分をしらしめる。
屈んで、近くのバッドに腕を伸ばした。それでも、バババの初動のほうが早かった。腕を針が貫通したことを、痛覚が臨界点を超えてから気付いた。
石油が地中から噴き出すように見栄えのいいものじゃなかった。閉め忘れた蛇口のように、俺の腕が血を大量に床に撒き散らす。
その上に、フラウが立った。まるで俺を庇うように。
あげたての靴下はじわりと赤を吸い上げる。
「ヨーグルトのお礼です。幸一と、テロリストに」
逃げろよ。痛いんだぞ。こんなん、お前が耐えられるわけない。相手はバババだ。俺よりも一回り大きいんだぞ。フラウなんかが太刀打ちできるわけがないだろ。
右手は切り落としたいほどに痛む。左手はまだ動かせる。麻痺してきたのだろうか、取りこぼしそうになりながら、左手でバッドを掴んだ。
「腕を刺したぐらいなら死なないようね。教えてくれてありがとう人殺し。――フラウ皇女、ご覚悟を!」
ロボットのようなバババの姿を見たときに何かに似ていると思った。今ならわかる。あれは鏡に写ったひとでなしの俺だ。人を殺すことに躊躇いがない、無垢な俺だ。
「やめろバババ! やめろ!」
「きゃあ!」
とっさに目を瞑る。
部屋の壁が、甲高い悲鳴を吸収した。痛い痛いと叫ぶ声が窓ガラスを叩くように震わせる。こんな空間から今すぐに逃げ出したい。
でも俺は、見なければいけない。生きるために。誰かを生かすために。
「ぁあや、痛い、うぐぅう」
「・・・・・・どういう、ことだよ」
幻覚を見せるタイプの毒だったのだろうか。バババは毒殺専門だと名乗っていた。だったらそういう毒もあるだろう。
でも、彼女自身が痛みに悶える姿を見せる幻覚が何になるんだ。
「これは、どうして、どうやって……」
バババの両腕を背で交差させて騎乗する、無傷のフラウに問いかける。
振り返ったフラウは、答えようと開けた口を、俺を視認して蛙のように大きくした。
「それはですね・・・・・・って、その血! 先に解毒と止血を! 解毒はポッケですか。たぶんこれですね。こっちは、たぶん痛み止めでしょう。一緒に飲んでください。包帯は、私の服! もらい物ですが緊急事態です。これを巻くので腕を貸してください・・・・・・さあ早く!」
俺が献上した服を文房具立てから取り出した鋏で、フラウは林檎の皮むきのように要領よくTシャツをひとつなぎの包帯にする。出来上がったそれを差し出した俺の腕に巻いていく。
俺はよくわからない錠剤を二つ飲みながら、思い出した。フラウが、俺の金属バッドを軽々とあしらっていたことを。
「武術の嗜みでもあるのか・・・・・・?」
「王族は、何でもできるように育てられているのですよ。これで完成ですね。暫くすれば痛みも感じないようになります」
「薬学も嗜んでいるのか・・・・・・」
「・・・・・・。さあ、これからどうしましょうか」
薬の選抜は適当らしい。怖いので、バババのポケットから錠剤を全て取り出して呑んでおいた。毒が含まれていても、その解毒剤も一緒に呑めば問題ないだろう。きっと。
「ぐぅ・・・・・・む、無駄よ。あんたたちはここから逃げられないわ」
呻きながら、バババが嗤う。
「どうしてだよ」
俺が純粋に口にした疑問には、フラウが答えた。
「スナイパーライフルが狙っているのでしょう。先程彼女が自慢していたではないですか」
「ご名答よ。今頃、入口も、この部屋の窓だって誰かが狙っているわ」
まだ嗤う。逃げ場はないらしい。
けれど、俺はもう決めたのだ。日本に帰ることを。だったらこんな所で死ぬ訳にはいかない。
「テロリストさん。お仲間に伝えてください。家に乗り込んできたら、私はその場で自決しますと」
「なっ!?」
「この無線でしょうか。電池式ですね。スイッチはっと、オンにして、聞こえますか――」
『オーバー・・・・・・姉御じゃねえな、テメェ誰だこんの芋やろう!』
「フリーデン・フライです。幸一の家にあなた方が乗り込んできたら、私はこの場で、人生の幕を私の手で降ろします。その気になれば、自決用の銃で、弾丸の速度で私は死ねます」
『銃だなんて、そんな高えもん持ってるわけがねえだ――』
ゴム鞠が弾けるような音がした。傷口をさするような風が吹いて、見れば窓ガラスに穴が開いていた。フラウが試し撃ちをしたのだ。本気であるというパフォーマンスだ。被害を受けた割れたガラスは家の裏手にある深い河川で永遠に眠ることだろう。出て行く家に未練がないからいいけど、びっくりするから先に言って欲しかった。
そんな俺の肝っ玉の小さい気持ちもいざ知らず、「そういうことで」と締め括ってフラウは無線をベッドに放り投げた。
「幸一、無線は壊したほうがいいですか?」
銃をベッドの上に向けるフラウ。俺は迷って、頷いた。
パシュン。空気の抜ける音は、心構えをしていても、心臓を冷やした。
フラウはなんでもないように銃をバババに構えなおして、またもや俺に聞く。
「幸一、これからどうしましょうか」
「・・・・・・なんで、それも俺に聞くんだ」
「・・・・・・さあ、なんでと聞かれたら困ります。そうしたほうが悔いがないと思うからです」
「俺なんかに聞くことがか。だって、俺は・・・・・・」
俺は、バババに襲われた時、またバッドを握ったんだ。
「幸一は、私を見殺しにすることも恨み言を言うこともありません。このテロリストの人を殺そうとも言いません」
それが当たり前なんだ。考えて出した結論を、さも自然であるかのように振舞っているだけなんだ。
東雲の光が部屋に入ってくる。フラウの表情は、憂う様子など微塵も感じさせなかった。
「だから、信用できます。だから、託します」
その顔のまま、俺と正対する。
「幸一も国境を越えるなら。これから、私と一緒に行動してくれませんか」
「あ」
「危なくありません。あなたは人を殺さないのですから」
「し」
「死にません。私はとっても強いですから」
「い」
「いつか、ですか? それは未来に続くレールの先のことです。一生、同じ想いを持ち続ければ、大丈夫です」
先読みしたように、フラウは正鵠を得た言葉で俺の言質を潰していく。
「やり直せますよ。今のあなたはひとでなしです。いつか人になれるとは限れません。でも、願わなければ、進めません。ここに留まれば、自分を許しきれずにいるでしょう。さあ」
その口は、告げていた。
「これからは、私と逃げましょう」
最高の提案を。
薬が効いてきたのだ。危ない薬じゃないだろう。血がたくさん抜けて、頭もすっきりした。人を殺さずにこんな感情になったのはいつ振りだろうか。
俺という人間に向き合って話してくれる彼女に、俺は懇願した。
「連れてってください」
「おねがいされました」
雲間から、小さな緑の芽が出た。
「それで、考えは?」
武器を握っていない手の指を一本、立てた。
「ひとつ、ある」
――――
部屋中のオイルライターをかき集める。新品ならたくさん転がっている。
「これを絞ればいいのですか?」
「ああ、その紙の上でな」
全部絞り終わってから、意識を失っているバババを俺とフラウで抱える。全員が体格も身長も違ったけれど、支えるのは難しくなかった。
「タイミングは一瞬だ。おさらいするか?」
「冗談を。私は王宮で最も脳細胞が活発だと賞を貰ったことがあるんですよ」
「よかったな。じゃあ行くぞ」
点火する。
紙に引火して、オイルを媒介に火は部屋の酸素を吸い込んで大きく燃え上がった。
部屋の種々様々な物体にお別れを告げる。
持って行くのは、通帳と責任だけでいい。
バババを一緒に抱えるフラウを見る。その目は、懇願されたときとは別の輝きを持っていたように見えた。少し眺めていると、訝しげな目線をしながらこっちを見られた。
「どうしました?」
「……なんでもない。準備はいいか?」
「はい。では、掛け声を」
「フラウも言うんだよ」
命がかかってるのに何を手抜きしようとしてやがるこいつ。怒鳴ろうとしたけど、フラウの笑い声でどうでもよくなってしまった。
「ふふっ、やっと名前で呼んでくれましたね」
「……行くぞ、タイミング合わせろよ」
「はい。コウイチ」
息を整える。窓にはカーテンが閉まっている。一発の銃痕から漏れるような光は指針のように見えた。
そこに走れば、全ては上手く行く。そんな気がした。
風に揺れていたカーテンが、ぴたりととまった。
「「せーの!」」
叫んで、フラウと共に窓の外に飛び出した。
朝陽が迎えるように顔を出していた。
割れるガラスの音を背にする。スナイパーライフルの狙撃音は聞こえて来なかった。空中に飛び出した俺たちは、垂直に落下する。
家の裏手を流れる河川まで。
気温が低下した夏の水温は、それでも氷河のように冷たかった。
水面に顔を出す。空気さえも熱く感じる。
見上げれば、一年間寝食をした家が、その役目を終えようとしていた。
落ちた俺たちとは正反対に、焼かれた家から煙が上昇する。
あの中のたくさんのバッドやライターを思い出す。
もう、俺には必要のないものだから。さようなら。
――――
流れに身を任せ、流された。
誰かが落ちてしまったときのために作られた階段を見つけ、そこにバババを置いた。
「けれど、幸一の言うとおり、本当にスナイパーライフルは狙ってきませんでしたね。正直、ひやひやしてました」
フラウが水を犬のように振り落としてから、感心したようにしきりに頷く。
「・・・・・・なんで、あいつら・・・・・・」
「目が覚めたのか」
階段に仰向けに寝かしていたバババが、塗れた腕で顔を隠す。
「あいつら、こんな絶好のチャンスに! なんでなのよ! もうこんなチャンス・・・・・・!」
眠気まなこでさえずっていた鳥が、突然の大声にどこかに羽ばたいていく。悔しさで滲んだ世界がどう写るのか、俺にはわからない。
フラウが、バババの傍に座りなおす。危険だと伸ばした俺の手はやんわりと制された。
「作戦だったんです。窓から飛び出るとき、バババさんを盾にしましょうと」
「・・・・・・それが、何よ」
「聞きました。今日・・・・・・昨日、ですか。誕生日だったそうですね。・・・・・・おめでとうございます。それでプレゼントも貰ったらしいですね」
今朝のモヒカン男が持っていた人の頭は、モヒカンが言うとおり国の幹部だったのだろう。テロリストとして、それは褒章もののはずだ。
バババは、相槌もしないで黙りこくっている。フラウは、返事のない相手に話し続けた。
「そんなにも愛されているんです。お仲間さんは、私たちを撃てませんよね。盾になっているあなたに当たるようなことは避けたいのですから」
「だからってこんな好機を! 私の命よりも!」
もしもテロリストたちがバババ越しに俺やフラウを射撃していれば、俺たちはこうして川岸に上がることもできずに、テロリストに引き揚げられるのを待つだけだっただろう。
けれど、彼らは撃たなかった。
「あなたも、国のために動こうとした人間です。お仲間さんの気持ちがわかるでしょう。大事なのは国じゃなくて大切な人なんです。人は、同じなんですよ」
顔を隠したバババが、どんな表情をしているのか俺はわからなかった。
人として生きていこうと決心したのだ。だったら、バババに言うべきことがある。
「バ・・・・・・絵尾さん。ここに来たとき、世話してくれてありがとうございました。昨日のガムは、イマイチでした」
「・・・・・・うん」
その一言を心に留める。
再出発する俺の、第一歩だ。
「では、行きましょうか」
フラウが隣に立つ。俺は、この子の助けとなろう。贖罪のために。親切心で。
「ああ。俺は頑張るよ。償い方を考えながら、人になれるように」
「はい。目指すは国境線です。遠くても、諦めなければ出来ないことではないはずです」
目指す目標は霞の先に必ずある。
まだ見えなくても、いつか。
了