後編
僕は夏に貫かれた。
夏が僕らを通り抜けていった。空洞が開いた。ぽっかりと、深い穴が。
僕の眼下には見渡す限りのヌル達が蠢いていた。
ヌル達は僕を崇める。僕が彼らの母だから、親だからだ。僕はその場に座り込んだ。山の頂上、見渡す平野にごった返すヌル。彼らに与えられた目的意識はただひとつ、生きること。それだけだ。
僕の一挙一動にヌルたちが注目していた。
全てが空虚なこの世界。時はその針を刻み続けるが、僕にとっては取るに足らないことであった。そんなことはどうでもいいのだ。
重たい腰をあげた。
山の上には砦が築かれている。僕らが過ごしたあの砦をヌルたちの手をもって再現させたのだ。
================================================
僕の心の中はいつだって空虚で、そんなわけだからいくら難しい御託を並べようとも結局はそんなものに意味は無いんだ。思春期のこの心にはすべてのものが不思議に映る。ものごとの本質を知りたい、それだけじゃない自分自身について知りたい、自分とは何者なのかという生涯通しての問いに出会う。
何にもわかってもらえないんだ、ってどうせ僕らは孤独なのだと割り切って勝手に自分の中に閉じこもっていた、それが僕らであり、僕らという存在そのものを表すにはその一行で十分だった。
生きるもの。使うもの。使われるもの。死ぬ者。託されて、死んで粉々になって砕け散った。欠片が飛んだ。今日が今日たるのは、僕が僕たること、それがわかるのは結局僕だけなのだ。そうだ、僕らはどこまでも子供でどこまでもガキだった。
遠くへ。
遠くへ行きたい。
_何かが僕の中で変わっていく。
落ちた世界の目に吸い込まれるようにして落下していく、僕の体。行って、また戻る。口を広げて待っている、大穴。崩れたビル群。残骸、駅の改札。電車が走っていたであろう線路が続く。
僕らはいつだってそうだった。
僕の頭の中はすかすかだよ、いつだって。あーちゃんは壊れちゃったんだから、瓶みたいな頭になっちゃったんだ。
あの頃の僕らを僕らたらせたあの砦。もう帰りたいとは思わなかったし、きっと思えなかったはずだ、みんな。
そうだった。
みんなガキで痛い奴らばっかだった。僕はやっぱり心のどこかではみんなのことを頭の悪い奴らだと見下していたのかもしれない。旅に出るって決めた時、砦にいたのは僕らを含めて十人余りだったが、全員が反対した。それでも行ったのだ。同じ年に生まれた僕ら五人は育てられ、六歳の歳に宿命を告げられた。
「ああそうだよチクショウ!ふざけんな!あいつは馬鹿だからそういうことがいえんだろうが!ああ!」
世界は僕らをのせてぐるぐる回って、それで_
================================================
側にはブンチーがあった。
ある、あるにはあるがもうあの時のような活気はそこに残っていない。五人が一緒にいて、それでタイヤが軽快な音を立てて走る_もう取り戻すことはできない。ひとつでも欠けていたのなら、それはそのものとはいえない。
ちょうどあの時あの場所に五人がいた。あの空気感までも再現するというのは流石に無理だ、けれども僕は未だにそれに執着しているわけである。そこだけを切り取って、いつまでもいつまでも眺めていたい。僕の自分勝手な、欲望である。
それでもいいじゃないかと思う。
何も、何も与えられなかったこの世界で唯一僕が自分で考えて行動した、望んだことなんだから。僕は滅びた世界の王になろう。皆のために。大人になれずじまいだった皆のためにも。
僕は倒れた電柱に腰かけた。電柱は苔生しておりその表面は一面濃い緑色に覆われていた。ところどころ飛び出ている突起にはクモの巣がはっていた。
「聞こえてるだろうか。タノミ君、リクセ君、ミザクちゃん、アオイ君。」
僕_いや、私は呟く。
アオイ君はもういない。皆、いなくなってしまった。でも私はアオイ君を追い続けるのだ。アオイ君は私の中にいる。
皆、皆。わかるかな。世界はつまらないよ、退屈だよ。もう何も起こらないんだよ。もう新しいことは起きない。永遠に同じ現象が回り続ける、そんな世界、つまらない。
初めて見た時の、触れた時の新鮮な感覚_私はそれを欲していた。でもそれが手に入れられないとわかると、今度は過去を取り返そうとした。皆と過ごした輝かしい日々をもう一度味わおうとしたんだ。それくらいにこの灰色の世界は私に夢を見せてくれなかった。私がはじめにヌルの子を産んで、それから起こったこと。思い出したくなかった。ヌルたちは私を母と崇めたが皆のことは認めてくれなかった。すべてがヌルに食い尽くされた。全てが、全てが。
でもこれは、人類存亡という大義からしてみれば理の適っていることなのだ。そのために皆は犠牲になった。横暴だけど根は優しいリクセ君も、しっかり者で頭が良いタノミ君も、いつも私のことを気にかけてくれたミザクちゃんも、そしてアオイ君も、もう今はいない。
どこまでも無垢で、純粋だった私たちの旅路の果て、それが、これだ。私は二十六を数える歳になった。
保守軍も革命軍も今はもういない。
戦場の跡にはヌルたちが集落を築いて生活している。彼らのこの先_少なくとも私が案じることではないだろう。きっと、次の<あの日>が危ぶまれるような時には、私はもうこの世にいないはずだ。願わくば、彼らが過ちを起こさないことを信じたい。
私はふっと息を吐き出して、口を開いた。そして皆に向けていった。
「つまんない、退屈だ。面白いことなんてひとつもないよ。何もかも、始まる前から終わっちゃったんだ。」
ヌルたちの頭がいっせいにこっちを向いた。
私の言葉に耳を傾けているようだ。
「大人になるって、こういうことなんだね。アオイ君。」
私はいった。
ふいに、風が湧き上がってきた。風は私の衣服をはためかせながら、私を憐れむかのように山の向こうへ過ぎ去っていった。




